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第4章 ニートと富国強兵
第8話 奇跡
しおりを挟むティナたちと別れたあと、悪魔城からゲートでオルマと雪華騎士数名を連れてメレスの生家のあるアルディス湖へとやってきた。
「久しぶりに来たな」
「そうね。光は1年ぶりくらいかしら」
「そんなもんかな。しかしこんなに精霊がいたなんてな。凄いなここ……」
俺は湖の湖面で飛び交う水の精霊の多さに驚いていた。
あ、フラウがすごい勢いで湖に向かっていった。久しぶりに来たから旧友と遊びたいのかな?
しかし1年前は精霊が見えなかったから気にもならなかったけど、まさかこんなにいるとは思わなかった。
この間ポーションの材料になる水を得るためにエルフの森の湖に行ったけど、その時もかなりの数の精霊がいて驚いた。さすがにここは精霊界と繋がっているというあの湖ほどはいないけど、それでもエルフの森から遠く離れた場所にあるこの湖にこれほどの数の精霊がいるんだもんな。
「お母様が気に入っていた湖だもの。精霊が多くて当然だわ」
「いやそれにしては多くないか? この間デートした時に行ったさ、エルフの森近くの新領地の森や湖にはここほどいなかっただろ? 」
エルフの森の近くのうちの領地の森でさえ、ここの半分くらいの精霊しかいなかったと思う。
もしかしてここも精霊界に繋がってるのか? エルフの森以外で?
「確かに言われてみればここまでの数はいなかったわ」
「私には精霊は見えませんが、他の土地に比べそんなに多いのでしょうか? 」
「俺も帝国全土を見たわけじゃないけどね。でもここだけ異常に多いのはわかるよ」
俺は湖でフラウが何やら楽しそうに精霊たちと話している姿を見ながら、リリアの質問にそう答えた。
「きっとお母様が精霊となって見守っていてくれてるのね。お父様がそう言っていたもの。生前お母様は上位精霊使いだったわ。だから精霊界からたくさんの精霊を連れてきてくれているのかもしれないわ」
「そうか。きっとそうなんだろうね。メレスは幸せ者だね」
俺は湖をまるで母親を見るように見つめるメレスを、そっと抱き寄せながらそう答えた。
俺がティナや長老から聞いた話では、エルフは死ぬと精霊界にいる確かシルフィーナだったか? そんな名前の精霊神の元に行ったあと、精霊かエルフのどちらかに生まれ変わるらしい。そうして修行を積んで、いつかエルフの上位種であり半精霊であるハイエルフとして生まれてくるそうだ。
そのハイエルフが産まれると、世界樹の苗というのがエルフの森に現れるらしい。この苗を育てるのがエルフとしての使命なんだそうな。ちなみにダークエルフは世界樹を守る防人《さきもり》だそうだ。
嘘かほんとかわからないけどエルフに伝わる口伝では、この世界樹にはあらゆる病を治す葉と、食べると寿命が伸びる実が成るらしい。
世界樹は1万年ほど前の遥か古代には存在していたそうだ。けど、この樹を手に入れようとする他種族の者たちとの度重なる戦争により焼失してしまったらしい。絶対狙ったのは人族だと思う。
それ以降ハイエルフが産まれることはなく、エルフはまた長い修行の時を重ねているんだってさ。
しかしハイエルフってどんな見た目なんだろうな。精霊に近いってことはウンディーネとティナを足した感じかな? やばいな、相当な美女だよなそれ。
ティナの契約精霊であるウンディーネとは、俺がその姿を見えるようになってから今まで以上に親密になった。相変わらず言葉はわからないけど、彼女が水文字を書いたりしてくれるので意思の疎通はできている。
ウンディーネは上位精霊になってから女子高生から成人女性の見た目になってさ、半透明だけど優しい顔をしたスタイル抜群の美女になった。精霊といってもみんな微妙に顔や体型が違うんだよね。恐らく転生前のエルフの時の姿に似ちゃうんじゃないかな。
ああ、メレスが契約してる中位精霊のフラウも相当な美少女だ。ほんと氷の精霊らしくキリッとした見た目でさ。彼女が上位精霊になるのが楽しみで仕方ない。いったいどんな美女になることやら。
「お母様に光を紹介する前に、家で紅茶とケーキをご馳走するわ。その後にお墓参りに行きましょう」
メレスは俺の腕に自分の腕を絡めながらそう言った。
「それはいいね。ご馳走になろうかな」
おやつの時間にはまだ早いけど、メレスとリリアとお茶をしてオルマたちを屋敷に置いから墓参りに行けばいいか。墓参りの帰り道の湖畔でイチャイチャするのもいいな。
俺はそんなことを考えながら空いた方の手をリリアと繋ぎ、メレスと一緒に屋敷へと歩き出した。
俺たちの後ろからはオルマたち雪華騎士が続いている。
そして屋敷に向かうために湖に近づくと、フラウを囲んで話していた水精霊が突然大量に襲い掛かってきた。
「うおっ! ちょっ! いきなりどうした!? 」
俺はいきなり大量の精霊に囲まれ何が何だかわからなくなっていた。
なんだ? 前に来た時は精霊がこんなに集まってるとかティナに言われなかったのに。
「どうしたのかしら? すごく興奮してるわ」
「え? 俺!? え? 何? 着いてこいって? 」
俺はまだ下級精霊にもなっていない精霊たちが、身振り手振りで屋敷とは反対方向に行くように誘導しているのがわかった。
「フラウも付いていくように言ってるわ。何かあるのかもしれないわ……光、行きましょう」
「あ、ああ……」
なんだ? 精霊が俺に何の用だってんだ?
俺は何か知っていそうなフラウに視線を向けたが、彼女はニコニコしているだけで俺と視線を合わせようとしない。
こりゃフラウのドッキリか何かかな? まったく、どこにいてもイタズラ好きな精霊だな。ティナのウンディーネを見習って欲しいよ。
あの子パソコンの操作まで覚えて、液体シリコンで実体化してティナの仕事を手伝ってるんだぞ? 最初ティナの仕事机の隣でパソコンを打っている姿を見た時はぶったまげたけど。
上級精霊にもなるとすごいよな。夜も腕を色んな道具に変形させてティナを悦ばせてるし。まあ俺も変幻自在のウンディーネの身体でマッサージしてもらってるけど。うん、最高だった。
俺はそんなことを思い出しながら、どうせまたフラウのイタズラだろうと気楽な気持ちで精霊たちの後を付いていった。
「あ、この先は……」
「ん? 何があるんだ? 」
20分くらい湖の横を歩き、湖を囲む森の中に入った頃。隣にいたメレスが何かに気付いたようで、俺はこの先に何があるのかを確認した。
「お母様のお墓があるの」
「ああ、墓参りを先にしろって言いたかったのか。何だよフラウ、それならそうと言ってくれればよかったのに」
俺は相変わらずニコニコしながらメレスの肩にいるフラウにそう言った。
フラウは俺に視線を向けた後、またニコリと笑って精霊たちの方に視線を戻した。
何だ? まだ何かあるのか?
俺はフラウの仕草に首を傾げながらも、黙って精霊たちの後に付いていった。
すると前方に高さ5メートルはありそうな、クリスタルみたいな材質の薄い水色のお墓が木々の間から垣間見えた。
それは背の高い木々に囲まれつつも湖と屋敷のある方向だけ拓けており、メレスを見守っているかのようにひっそりと佇んでいた。
「光、お母様のお墓よ」
「こんなところにあったのか。空からは見えなかったな」
俺はお墓の前に立ち、掘られている文字を読みながらメレスにそう答えた。
墓石には『誇り高きエルフにして最愛のアルディス。ここに眠る』と刻まれていた。
まあ魔帝が書いたんだろうな。最愛の女性を失った悲しみは相当なものだったんだろう。その辺は同情するよ。俺だったら耐えられそうにない。そりゃその女性の忘れ形見であるメレスを溺愛するのも無理もないか。
俺はそんなことを考えながらも、用意しておいたエルフの森に咲いていた花を墓前に供え、メレスと共に手を合わせようとした。
しかし
「お、おい! 何だよ。墓参りくらいさせろよ」
「フラウ? 」
精霊たちが俺とメレスの前に立ち、墓の後方を指差しながら俺の服を引っ張る仕草をしてきた。
俺が墓参りの邪魔をするのはマナー違反だぞと注意するも、精霊たちはまるでいうことを聞かない。
フラウもメレスに墓の後ろに行くように言っているみたいだ。
「フラウが後ろに行くように言うだけで、何も話してくれないわ。まだ何かあるのかしら? 」
「おかしいですね。この先は何もないはずなんですが……」
メレスもリリアもこの先に何があるのかと首を傾げている。
「はいはい、言う通りにすればいいんだろ? まったく、ゆっくり墓参りもできやしない」
俺はもう諦めて精霊たちの言う通りにすることにした。
そしてメレスを連れ精霊たちの指差す方向に向かうと、そこは墓石の真裏だった。そこには人一人が通れるほどのミスリル製の扉があった。その扉は魔法陣が掘られており、大量の魔力を表面に漂わせていた。恐らく封印か何かだろう。
するとその扉を精霊たちが指差し、俺に入るように促した。
「おいおいおい、これってもしかして遺体が埋葬されている場所に繋がる扉なんじゃないか? 」
さすがにここに入れってのは無理だろ。
「ええ、この扉の向こうに階段があって、地下のお母様が眠っている棺がある部屋に入ることができると幼い頃にお父様から聞いたわ」
「やっぱり。フラウ、そんな罰当たりなことはできないってみんなに伝えてくれ」
俺は少し怒り気味にフラウへとそう言った。
しかしフラウは首を横に振り、メレスの耳元で何かを囁いた。
「え? 良いことがあるの? でも……そう……光、フラウが光に中に入るように言うの。そうすれば良いことがあるって。ここまでフラウが言うということは、きっと何か理由があるはずよ」
「ええ!? いやいや、さすがにそれは……魔帝だってブチ切れるだろうし」
俺がもし恋人の墓に他人が勝手に入ったらブチ切れる自信がある。いや間違いなくぶち殺す。そんなことを俺にやれって? そりゃ酷すぎだろ。
「メ、メレス様。さすがに陛下に何も言わず中に入るのは……」
オルマがさすがにこれはマズイとメレスをいさめた。
「構わないわ。もしかしたらお父様も知らない、お母様が遺した何かがあるかもしれないわ。そうだとしたらお父様もわかってくれるわ。光、封印を解いて中に入りましょう。お願い……」
が、効果はなかった。
「う……わかったよ……いいのかなぁ……『滅魔』 」
俺はメレスが真剣な表情でお願いをする姿に抵抗できず、渋々と扉に掛けてある魔力的な封印を解いた。
「ありがとう光。さあ、中に入りましょう。リリアとオルマだけ付いてきて。他の皆は警戒をしていて」
メレスは封印の解かれた扉を開き、俺とリリアたちにそう言ったあと中へと入っていった。
「うん……」
俺は墓荒らしをしているような気分になりながらも、メレスの後に続いた。
リリアとオルマはすごく嫌そうな顔をしている。そりゃ魔帝の最愛の女性の墓を荒らすんだ。後のことを考えたら気が重いだろう。残る雪華騎士たちも冷や汗を流してる。魔帝に見つかったらその場で斬られかねないもんな。
でもなんでメレスの母親の遺体がある部屋に俺を……まさか……いや、2年前に亡くなった人でも駄目だったんだ。200年も前に亡くなった人は無理だろ。
ということはやっぱりメッセージ的な何かが残されてる?
いずれにしろ、こりゃとっとと入って早いとこ終わらせて逃げたほうがいいな。
そう観念した俺は、魔道具の魔導光球盤から光球を飛ばし狭い階段を下りていった。
ここにいるみんなが暗視のスキルは持っているけど、真っ暗なところはリリアが怖がるからな。今も後ろから俺のズボンを強く握ってるし。
そして長い階段の先にある扉を開けると、そこは人が50人くらい入れそうな広い部屋になっていた。天井も高く、光球により照らされた壁のあちこちには、エルフの森でよく見かける植物や水精霊の絵が彫られていた。
そんな部屋の中心にミスリルでできた白銀の棺が一つ、ぽつんんと置かれていた。
その棺の周りを、俺たちの後を付いてきた大量の精霊たちが囲み飛び跳ねていた。
「これがお母様が眠っている棺……」
メレスはそう呟いた後、膝をつき棺に触れた。
「特に棺に何か彫られているわけでもないな。周りにも何もないし。フラウ、もういいだろ。なんでここに呼んだのか教えてくれよ」
俺はメレスの母親が残したメッセージ的な物が何もないことから、いい加減フラウになぜ精霊たちとここに呼んだのか教えるように言った。
するとフラウはゆっくりと頷き、メレスの耳元で何かを囁いた。
「えっ!? 」
「どうしたメレス。フラウはなんて? 」
俺はフラウに驚きの表情を向けるメレスに、フラウが何を言ったのかを聞いた。
「光……死者蘇生をお母様にしてって。お母様がそれを望んでるって……ここにいる精霊たちはお母様だって……」
「ええ!? どういうことだよそれ!? 」
まさか本当に200年も前に亡くなったメレスの母親を蘇生しろって!? というかこの大量にいる精霊がその母親? どういうことだ?
「わからないわ。でもフラウがそう言うの。光……お願い。一度だけ試して欲しいの……お願い……」
「いや、やるのは構わないけど……ただメレスにも前に話したろ? この世に魂が残っていないと蘇生はできないって。大抵は1年か2年で魂は輪廻の輪か精霊界に帰っちゃうって。例外は俺が魂を吸収した場合だけだって」
俺が魔物を介して得た魂なら一部だけど現世に残ることはできる。今のところ一部だからといって、後遺症とかは確認できていない。蘇生したら元の魂の大きさに戻るのかもな。その辺は神じゃないから俺にはわからない。
つまりメレスの母親の魂が俺の中にない以上、現世に魂が残ってなければ蘇生はできない。
200年だ。いくらなんでも残っているわけがない。
「わかっているわ。それでもお願い。お父様が言っていたの。生前お母様がもしも死んだとしても、精霊となってこの湖で私を見守ると言っていたって……フラウがここにいる精霊たちがお母様だと言ったの。だからもしかしたら……お願い、光……」
「そんなことを……わかったよ。やってみるよ」
死んでも精霊界に還らず我が子を見守るか……子を想う母親に気持ちは男の俺にはわからないけど、あんな不幸な亡くなり方をしたんだ。もしかしたらもしかするかもな。
俺はメレスの母親の生前の言葉を聞き、その可能性に賭けることにした。
そして流石に棺を開けるのは躊躇われたので聖剣を空間収納の腕輪から取り出し、スキルの威力を増幅して棺越しに死者蘇生のスキルを発動することにした。
「精霊たちは下がって。行くよ……『死者蘇生』! 」
俺は精霊たちに離れるように言ったあと、棺の前に立ちスキルを発動した。
その瞬間。天井に白い魔方陣が現れ、それはゆっくり回転をしていった。そしてその魔法陣からスポットライトのように光が棺を照らしたその時。
棺から離れていた精霊たちの身体から、無数の白い小さな光が飛び出し次々と棺の中へと入っていった。
「!? 」
俺はその光景に驚きつつも、スキルの発動を止めることなく目の前で起こっている不思議な現象を見守った。
やがて棺を照らす光が消え、続いて魔法陣も消えていき部屋は静寂に包まれた。
「成功……した」
スキルが最後まで発動した……魔力も減っている。棺からも……魔力を感じる。
そんな、まさか本当に死者蘇生が成功するなんて。あの精霊から出た光……あれはもしかして……
「こ、光……いま成功って……」
「光殿、本当に成功を? 」
「あ、ああ……自分でも信じられないけど、間違いなくスキルは成功したよ。棺から魔力も感じ……」
棺の前にいる俺に駆け寄り、驚きと希望に満ちた表情のメレスとリリアに答えていると、棺の中の魔力がより強くなったのを感じ俺は言葉を止めた。
その瞬間。
バンッ!
「やったわ! 復活よ! 生き返ったわ! 」
棺の蓋が吹き飛び、中から白い死装束らしき物を着た金髪の女性が飛び出した。その時に何やら鈴の音が聞こえたが、俺はそんなことよりも飛びだした女性の姿に目を奪われていた。
女性は20代後半くらいの見た目で、耳は普通のエルフよりも長く死装束の胸元を押し上げる胸はメレスやティナよりもやや小さいほどだった。しかしその顔は異常とも言えるほど整っており、とても美しかった。
そんな彼女は俺の目の前で片腕を腰にやり、そしてもう片方の腕を天高くあげ天井を見上げていた。
「あ……あの……もしかしなくてもアルディスさん……ですよね? 」
俺は天井を見上げたまま目を瞑り、生き返ったことの喜びを全身で感じている様子の女性に恐る恐る声を掛けた。
なんでこんなにハイテンションなんだ? 普通ここは……とか戸惑うんだけど。
「そうよコウくん。私がアルディスよ。精霊たちの言う通りにしてくれてありがとう。さっきフラウから話を聞いた時は興奮したわ! まさか白骨状態からでも蘇生できるスキルを持ってるなんて! いったいなんなの貴方!? ラージヒールでメレスを助けてくれただけじゃなく、そんなとんでもないスキルまで持ってるなんて最高過ぎよ! もう超愛してるわ! ハッ!? ああ……メレスロス……私の可愛いメレスロス。ママよ! 貴女のママよぉぉ! 」
アルディスさんはハイテンションなまま怒涛の如く俺に話したあと、メレスの存在に気付き棺からジャンプして彼女の前に着地して抱きしめた。
「お……おかあ……様? あ……ああ……おかあ……お母様!! 」
「そうよあなたのママよ。ああ……メレスロス。あなたを置いて先に逝ってごめんなさい。あなたがフラウとお友達になれなくて、苦しんでいる時に何もできなくてごめんなさい。でもずっと見ていたの。あなたが辛い時も、コウくんに出会って幸せそうな顔をしている時もずっと。湖の精霊と一緒にずっと見守っていたのよ……」
「ああ……おかあさま……お母様……ずっとお会いしたかった……ずっと……ずっと……」
「ママもよ……ずっとこうして話したかった。抱きしめたかった。やっと、やっと……」
「お母様……ううっ……お母様……」
「精霊となってずっと見守るってのは本当だったってことか……」
俺は泣きながら抱き合う二人を見ながら、先ほどのアルディスさんの言動と合わせてなぜ俺がここに導かれたのかを理解できた。
アルディスさんは亡くなったあと、どうやったかは知らないが精霊界に戻らず精霊となってこの湖でメレスをずっと見守っていたんだろう。
だからフラウから俺の情報を聞くことができたし、湖の屋敷で俺がラージヒールでメレスを治したことも知っていたのだろう。
なんて人だ……娘のために200年以上も現世に留まっていたなんて。
だからこそ奇跡が起きた。魂が残っていたから俺のスキルで蘇生することができた。
母親の愛情ってすごいな。お袋も駄目息子だった俺をどこかで見守ってくれているのかな。
「ううっ……光殿」
「アクツ殿……」
「まさか蘇生が成功するなんて思わなかったよ。メレスを愛する母親の気持が奇跡を起こしたんだと思う」
俺はメレスとアルディスさんの奇跡の再会を目の当たりにして、目に涙を浮かべているリリアとオルマにそう話した。
「光殿……ありがとうございます。メレス様が一番欲しかったお方を呼び戻していただいて」
「アクツ殿。メレス様はご自分が産まれたせいで、母上が先帝に亡き者にされてしまったとずっと心を痛めていました。今日メレス様はアクツ殿によって救われたのです」
「違うよ。アルディスさんの娘を想う気持ちが強くなければ、いくら蘇生のスキルがあっても生き返ることはなかった。母は強しってことだと思うよ……ん? チッ、やっぱ来たか。またすごいタイミングだな……」
俺は墓に入る前に展開していた広範囲の探知に、よく知る二人の反応が引っ掛かったことでやはり来たかとため息を吐いた。
あんな厳重な封印をしていたんだ。解除して魔帝が気づかないはずないよな。ましてや最愛の女性が眠る墓だ。それに……
俺は棺の中に転がっている共鳴の鈴を見て、間違いなく血眼になって向かってきているはずだと確信した。
「オルマ。魔帝とラウラが来る。外にいる雪華騎士たちを中に連れて来てくれ。血走った二人に斬られかねない」
「あ……ハッ! す、すぐに呼んできます! 」
オルマは慌てた様子で部屋を出て階段を駆け上がっていった。
さて、俺が外に出たら一戦しなくちゃならなくなるな。さすがに墓荒らしみたいな事をしておいて魔帝をぶっ飛ばすのは気が引ける。ここで待っていた方がいいだろう。どうせすぐ大人しくなる。
それから地上にいた雪華騎士の女の子たちが慌てた様子で降りてきて、アルディスさんが生き返ったことを知り驚きまくっているタイミングで、二つの魔力反応がこの部屋の真上にたどり着いたのを感じた。
そしてその二つの魔力は勢いよく階段を降りてきて、部屋へと飛び込んできた。
「許さんぞ墓荒らしども! 皇帝自らその首を……なっ!? 魔王……にメレス? 」
「よくも姉さんの墓を荒らしたわね! 楽に死なせないわ! 生きたまま皮を剥ぎ尻から熱した鉄棒を突き刺……あっ! アクツ様!? 」
「よう、二人とも」
俺は顔を真っ赤にして烈火の如く怒り狂いながら入ってきた二人の前に立ち塞がり、片手をあげて挨拶をした。その時若干ラウラの言葉にドン引きしていたのはナイショだ。泣いちゃうからなラウラ。
俺の背後では二人の声が聞こえたからだろう。背を向けメレスと抱き合っていたアルディスさんの泣き声がぴたりと止まった。
「な、なぜメレスと魔王が……ハッ!? ひ、棺が!? き、貴様! アルディスの亡骸を盗みにきたのか! 」
「待て待て! なんで俺がそんなことする必要があんだよ! 落ち着け! 怒るのはわかるけど、お前俺のスキルを知ってんだろ? その俺がここにいる。その意味をよく考えろって」
俺は頭に血が昇り短絡思考に陥り、メレスがいるにも関わらず剣を振り上げてきた魔帝に落ち着いてよく考えるように言った。
「スキルじゃと!? 貴様のスキルと墓がどのよう……!? ま、まさか……そ、その金髪……そこにおるのはエスティナ……ではない……のか? まさ……か……まさか……」
「あ……ああ……この魔力……うそ……ア、アクツ……様……ほ、本当に? 」
「ああ、アルディスさんの魂は精霊界に還っていなかった。ずっとこの湖でメレスを見守っていたんだ。だからほら、アルディスさん」
俺は目を見開き震えた声の二人にそう言って後ろを振り返り、肩を震わせているアルディスさんに声を掛けた。
するとアルディスさんは抱き合っていたメレスと離れ、立ち上がりながらゆっくりと振り向き魔帝とラウラにその顔を見せた。
そして溢れる涙をそのままに、口もとに笑みを浮かべて口を開いた。
「ゼオルム……ラウラ……私……生き返っちゃった♪ 」
「お……おお……そ、その声……その姿……ア……アル……ディス? アルディス……なのか? 」
「あ……ああ……ね、姉……さん……アルディス姉さん」
「グスッ……そうよ……アルディスよ……ずっと二人を遠くから見ていたわ。ゼオルム……不器用なのに私たちの娘のメレスロスを一生懸命育ててくれてありがとう。ラウラ……約束を守ってくれたのね。長い間メレスロスとゼオルムを陰から支えてくれてありがとう。二人とも……ずっとこうして話したかった……ずっと会いたかったわ」
アルディスさんはそう言って二人へ向かって両手を広げた。
「あ……あ……なんと……いうことじゃ……アルディスが……余の……余のアルディスが……」
魔帝は手に持っていた剣を床に落とし、信じられないといった表情でアルディスさんの元へと一歩、また一歩と近づいていった。
「姉さん! 」
そんな魔帝の横をラウラが走り抜け、アルディスさんの胸に飛び込んだ。
「ああ……ラウラ……私の可愛い妹……」
「姉さん! アルディス姉さん! 私……私は……うぁぁぁぁん! 」
「アル……ディス」
魔帝がフラつきながらもアルディスさんの前にたどり着き、絞り出した声で最愛の女性の名を呼んだ。
「ゼオルム……」
アルディスさんは泣き笑いの表情で魔帝の名を呼び、それに応えた。
「アルディス……アルディスゥゥ! うおおぉぉぉぉ! 余は! 余は! すまぬ! あの時守ってやれなくてすまぬ! 余はずっと後悔を……おお……おおおぉぉぉ……」
魔帝はアルディスさんをラウラごと抱きしめ、先帝から守れなかったことを涙を流し詫びた。
「いいのよゼオルム……覚悟していたことだから。私が死んだのはあなたのせいじゃないわ。それよりもリヒテンラウドには感謝しないと。メレスロスを匿ってくれたんだから」
「おう……おう……」
「お父様……お母様……」
ラウラが魔帝とアルディスさんに挟まれて苦しそうにしていると、アルディスさんの背後からメレスが二人にそう声を掛けた。
メレスの顔はもう涙でぐしゃぐしゃだ。
「ええそうよメレスロス。あなたのパパとママよ……これからは家族三人ずっと一緒よ。ああ、メレスロスの叔母さんのラウラもね」
「ぷはっ! ひ、酷いわアルディス姉さん。私はまだ若……ううっ……アルディス姉さん……」
ラウラは魔帝とのサンドイッチから頭だけ抜け出すと、アルディスさんに文句を言いかけてまた彼女の胸へと顔を埋めた。
「お父様! お母様! 」
メレスは横から両親を抱きしめ、親子三人で頬を寄せ合いながら涙を流していた。
リリアもメレスの隣で両手を顔に当てて泣いている。
俺はそんな五人からそっと離れ、部屋を後にして階段を上り地上へと出た。
「アクツ殿……」
すると俺を追いかけてきたのか、オルマも墓から出てきて声を掛けてきた。
「オルマ、あの四人を頼むよ。俺は転移装置を設置してから帰るからさ」
「いいのですか? アルディス様も陛下も、アクツ殿に感謝したいと思うのですが……」
「いいんだ。俺はメレスが望んだからやっただけだし。アルディスさんと魔帝のためにしたことじゃない。だいたい魔帝の泣き顔なんて気持ち悪くて見てらんないし、感謝の言葉をあの口から聞いたら吐く自信がある」
メレスが墓の中に入ろうと言わなければ俺は入らなかった。
アルディスさんが精霊として200年以上も現世に留まり続けていなければ、そもそもスキルは成功しなかった。
魔帝は棚ぼただな。そんな奴に感謝されても嬉しくない。というか想像しただけで気持ち悪くて吐きそうだ。
「ふふふ、アクツ殿はいつもそうですね」
「まあね。でも、メレスに家族が戻って良かったかな。今日は良い気分で眠れそうだ」
「ふふっ、アクツ殿が好きなハッピーエンドだからですか? 」
「あはは、そうだね。これ以上ないくらいのハッピーエンドだね。じゃあ俺は行くよ。後のことはよろしく」
「はい。アクツ殿。メレス様が母親と再会できる日が来るなど想像もしていませんでした。本当にありがとうございます」
「いいさ。メレスにはたっぷりお礼をしてもらうから」
「ふふっ、では私たちは全力で見て見ぬ振りを致しましょう」
「ははは、頼むよ。あの親馬鹿がうるさいからさ」
俺はそういってもう誰も眠っていない墓を後にした。
そしてあらかじめリリアを通して話をつけていた、メレスの屋敷のメイドに案内された部屋に転移装置を設置し悪魔城へと帰ったのだった。
良かったなメレス。これからはお母さんにいっぱい甘えるんだぞ。
200年分たっぷりとな。
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地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
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