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第一章
神王
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葵は本殿の居室に連れ戻された。
目覚めるなり、隣で菊乃が泣きべそをかいていた。だいぶ心配をかけてしまったようだ。
心配してくれる人がいるというのは良い事だ。だが、本殿に居ても命が危ないことには変わりはないので、複雑な気持ちになった。
ひどく汚れていた身体も綺麗になっていた。気を失っている間に菊乃を含めた下女数人がかりで洗ってくれたらしい。ありがたいことだが、想像するととんでもなく恥ずかしい。
菊乃はすぐに粥を用意してくれたが、一度に色んな事があったせいで、せっかくの食事も喉を通らなかった。
あの後、村はどうなったのか、それよりも紗華が無事なのかを知りたいのに、菊乃は何も知らないと首を横に振るし、それ以外に情報を得る手段がない。もう気分は最悪だ。
その後は、いよいよ神王に面通しをしなければならないらしく、この国での正装に着替えさせられた。
白衣に真っ赤な袴に着替え、髪を後ろで一本に結われ、おでこを出したくないのに前髪まで上げさせられた。見た目はすっかり社に仕える巫女だ。
今は本殿一階にある外陣の真ん中に正座させられている。
両側には、神官の男達が葵を挟むようにして座っている。年齢こそバラバラで、水干と袴の色も様々だ。
上座から見て右側には微笑を浮かべた優男風の青年が座り、左側にはリンがピンと背筋を伸ばして座っている。互いに向かい合っているのに、二人とも伏し目がちで、何を考えているのか見当もつかない。
葵はリンに視線を送ってはみたが、こちらに目を向ける気は微塵もないようで、相変わらずの無関心を決め込んでいる。
つまり、葵に助け舟を出す気はないということだろう。こちらとしては、殴った事を謝ってほしいくらいなのに。
(まあ、謝っても許してやらないけど!)
建物や着ているものは神職らしいのに、全員が帯刀していて、ひどく違和感を感じる。
(……本物、なんだよね)
そういえば、村ではリンも刀を持っていた。あの時は村が襲われていたし、考える余裕もなかったから気が付かなかったが、神職の人間が武器を振り回すなんて普通は考えられない。
それにしてもこのピリついた空気がなんとも息苦しい。
神官達の物珍しげな視線を一心に受けて、葵は居心地悪く身を捩った。何やら葵を見てヒソヒソと話したりするのも癇に障る。
(────なんとかして、もう一回抜け出せないかな……)
次の逃亡の手立てを考えていると、奥の方から布ずれの音がした。神官達が一斉に姿勢を正し、上座に向かって頭を下げた。
ただならぬ空気に、いよいよ神王が現れるのだと察したが、作法など知らない葵はとりあえず周りに習って頭を下げた。
今にも、お殿様のおなーりー、と聞こえてきそうだ。
「水波盛がご当主、神王惲薊様、おなーりー!」
(──本当に言った!!)
土下座しながら上座を盗み見ると、現れたのは宮司のような格好をした、強面の男だった。
顔も体格もリンとは少しも似ていない。本当に親子なのだろうか。
男が部屋に一歩踏み込んだだけで、急に空気が重くなった。この男にはそれだけのオーラがある。
惲薊は上座のさらに畳一段高い高座に胡座をかくと、第一声を放つ。
胸の奥にまで響くような、重い声がした。
「面を上げよ」
一斉に顔を上げて姿勢を正す様は、まるで訓練された軍隊のようだ。
張り詰めた空気に緊張している葵を、惲薊が見据える。その眼力に、手にじんわり汗が滲む。
「名を、葵といったな」
「は、はいっ!」
思わず声に力が入った。
まるで裁判にかけられている被告人の気分だ。
「聞き慣れぬ地名を申したとか。ここに流れ着くまでの経緯、話して聞かせよ」
普通に訊ねただけなのだろうが、妙に威圧的に感じて萎縮してしまう。
ただでさえ顔が怖いのに、鋭い眼光はまるで槍で心臓をつつかれている錯覚を起こす程だ。
蛇に睨まれた蛙の気持ちを、今ならよくできる。
「あ、あの、私……あんまり覚えてないんです。気を失っていたので……」
緊張で声が震えたが、なんとか答えた。
しかし返答を聞くなり、惲薊が眉間のシワをさらに濃く刻んだのを見て、葵は不安でいっぱいになった。
このまま睨まれ続けたら胃に穴が空いてしまう。
「覚えている事だけでも良い」
その声はさらに緊迫したように思う。
むしろ、質問したいのはこちらの方なのに、葵には質問権はないようだ。
「離島にある祠に居たんですが、その傍にある井戸に落ちて、気が付いたらここに…… 」
「井戸? 井戸に落ちて、いかようにここまで流れ着いたのか?」
「わ、わかりません……でも、ここは私のいた国でないことは確かです。あんな大きい鳥の化物なんて、普通いないし……」
惲薊はわずかに目を細めた。勘繰るような視線を浴びて葵は縮こまる。
もう一度、助けを求める視線をリンに送ったが、やはりこちらを見てはくれなかった。
(フォローなしか!!)
期待はしていなかったが、泣きそうになる。
葵の不可解な話に、神官達はそれぞれで思考をめぐらしている。
しん、とした空気の中、葵は思い切って口を開いた。
「わっ、私……巫女じゃないと思う、んです……」
思考を止めた惲薊が、再びじろりとこちらを見下ろした。どうやら目つきが悪いのは元々なのかもしれない。
「それはない」
いとも簡単に否定された。少しくらい、その可能性もあるということを考えてくれても良いのに。
惲薊は自分の首の後ろを軽く叩いた。
「水巫女である印があろう」
「でもこれは……」
葵は項に手をあてた。
目が覚めた時に、リンがこの傷を確認していた。
「その傷は、お主が水波盛の生まれであるという証拠でもあるのだ」
「これが、ですか?」
うむ、と頷いた。
「それはお主の親が付けたものだ」
「そんなはずありません!! 生まれも育ちも日本のはずです!!!!」
神官達が首を傾げ、隣同士で口々に疑問を投げ合い始めた。あちこちで「にほん?」という単語か繰り返されている。
そんなざわめきの中でも、リンだけは口を噤んでじっと事の成り行きを見守っている。本当に、何を考えているのかわからない。
「そのような国名に聞き覚えはない」
「私だって、水波盛なんて聞いた事ありません」
惲薊は顎に手を当てて考え込んでいたが、思い出したように口を開いた。
「そういえば、珍妙な着物も着ておったな。祖国のものか?」
「はい……でも、わりとどこにでもあるものでしょう?」
「かのような着物は見た事がない」
ブレザーを見たことがないのなら、この国には洋服自体が存在しないのかもしれない。
「せ、制服です。学校の……」
「ほう、学生か。裕福な家柄で育ったのだな」
「そんなことないです。子供が学校に通うのは当たり前じゃないですか」
またどよめきが起きる。先程よりも大きく。
なぜそんなに驚くのか、葵には皆目見当がつかない。
神王は難しそうに眉間に皺を寄せた。
「学舎に通うのは、ほとんどが裕福な家柄の者じゃ。両親は何をしておる?」
「ち、父は会社員で、母は専業主婦です」
惲薊が難しい表情をして口を閉ざした。惲薊だけではない、その場の全員が厳しい顔で葵を見ている。
神官の一人が、不満を漏らすような口調で言った。
「お主、先程から何を申しておる?」
「なにって……」
葵は何が失言だったのかも分からずに困り果てた。
「そのような奇妙奇天烈な文言を並べるなど、我らをはぐらかしておるのか?」
「もしや、真の事が答えられぬのではあるまい?」
「お主、真に水巫女か?」
「他国の手先ではないのか!?」
疑問が膨れ上がり、疑いに変わっていく。あからさまに敵意を向けられ始め、葵は焦った。
「わ、私だって分からないことだらけなんです! こうして言葉だって通じているのも不思議なくらい……だって、外国なら普通、言語が違うでしょう?」
一瞬の静寂の後、そこらかしこで小馬鹿にしたような笑い声があがった。
「娘、他国であっても言葉くらい通じるぞ」
「にほん、という国は本当にあるのやら……」
「もしや虚言ではあるまいな?」
神官達はどっと笑い出した。我慢できずに噴き出したような笑い方。きっと最初から真面目に話を聞く気などなかったのだ。
葵は俯いた。顔が熱くなる。
バカにされて悔しいのと、こちらの常識が通用しない苛立ちがぐちゃぐちゃに混ざって、余計に惨めに感じた。
(こんなところ早く出て行ってやる!)
視界が揺らいで、膝の上で握った拳に滴が落ちた。
「黙れ」
笑い声がピタリと止んだ。皆、凍りついたように固まっている。
鶴の一声で黙らせたのはずっと口を閉ざしていたリンだった。
「神王が巫女に話されているのだ。くだらぬ事で妨げるな」
リン側に座っている神官達は素直に頭を下げたが、反対側に座る神官達は、しぶしぶという態度で押し黙った。舌打ちの音がしたのは気のせいではないだろう。
「この者達の無礼、お許しください」
リンが丁寧に頭を下げた。
惲薊にはやたら素直な態度に、忠誠心の強さが伺える。
────が、その流れで私にも殴った事を謝って欲しいところだ。今は少しだけ助かったが、だからといってチャラにはしない。
「葵よ」
「は、はい」
名前を呼ばれて惲薊を見る。
「未知のものを目の当たりにした時、人はどうしても攻撃的になってしまう。人とは動物より感が鈍いが故、臆病な生き物なのだ。神職とはいえ、所詮は我らも人。先程までの私のもの言いにも、些か棘があったやもしれぬ。この者達の無礼もあわせて詫びよう。許せ」
「い、いえいえ! とんでもないです!」
先程までとは打って変わって柔らかい口調に、葵は拍子抜けした。
(なんだ、思ってたほど怖い人じゃないのかも。……というより、凄く、ちゃんとした人)
惲薊の対応をきっかけに、葵の警戒心も解ける。
色々酷い目にあっていたせいで、惲薊のことを誤解していた。
「つかぬ事を聞くが────」
場が収まり、惲薊が話の続きを始める。
「お主、姉妹はいるか?」
「義弟なら……姉妹は居ないと思います、たぶん」
「たぶん?」
「私は養子なので、本当の親や兄弟のことは……」
「養子? では元は捨て子か?」
身も蓋もない言い方に、気持ちが少しだけ沈んだが、葵は正直に頷いた。
それを見るなり、惲薊はリンに目で合図をすると、リンは隣に座っている男に視線を流した。その意図を汲んだ男は後ろからある物を取り出し、葵の目の前に置いた。
それは葵にも見覚えのある代物だ。
「こ、これ……どうしてここに!?」
それは一見、桶にも見えるが、簡素な作りの木船だった。
赤子で保護された際に、葵が入れられていた物とよく似ている。
「見覚えがあるようだの」
「私が見つかった時、これと同じようなものに入れられていたんです」
「そうか、ではやはり……!」
そこら中から衝撃を受けたような声があがった。
合点がいった、というように惲薊は膝を叩いた。
なんのことかわからず、葵は首を傾げた。
「はい。あの、やっぱりって……?」
「葵よ、水波盛へ流れ着いたのも運命よ!」
(……運命?)
話が見えない。ただでさえ混乱しているのに、それをさらに掻き回されていくみたいだ。
しかし、惲薊は確信を持ったように言った。
「お主は行方不明だった水巫女の片割れである」
「……片割れ?」
惲薊は頷いた。
「葵、お前は双子なのだ」
目覚めるなり、隣で菊乃が泣きべそをかいていた。だいぶ心配をかけてしまったようだ。
心配してくれる人がいるというのは良い事だ。だが、本殿に居ても命が危ないことには変わりはないので、複雑な気持ちになった。
ひどく汚れていた身体も綺麗になっていた。気を失っている間に菊乃を含めた下女数人がかりで洗ってくれたらしい。ありがたいことだが、想像するととんでもなく恥ずかしい。
菊乃はすぐに粥を用意してくれたが、一度に色んな事があったせいで、せっかくの食事も喉を通らなかった。
あの後、村はどうなったのか、それよりも紗華が無事なのかを知りたいのに、菊乃は何も知らないと首を横に振るし、それ以外に情報を得る手段がない。もう気分は最悪だ。
その後は、いよいよ神王に面通しをしなければならないらしく、この国での正装に着替えさせられた。
白衣に真っ赤な袴に着替え、髪を後ろで一本に結われ、おでこを出したくないのに前髪まで上げさせられた。見た目はすっかり社に仕える巫女だ。
今は本殿一階にある外陣の真ん中に正座させられている。
両側には、神官の男達が葵を挟むようにして座っている。年齢こそバラバラで、水干と袴の色も様々だ。
上座から見て右側には微笑を浮かべた優男風の青年が座り、左側にはリンがピンと背筋を伸ばして座っている。互いに向かい合っているのに、二人とも伏し目がちで、何を考えているのか見当もつかない。
葵はリンに視線を送ってはみたが、こちらに目を向ける気は微塵もないようで、相変わらずの無関心を決め込んでいる。
つまり、葵に助け舟を出す気はないということだろう。こちらとしては、殴った事を謝ってほしいくらいなのに。
(まあ、謝っても許してやらないけど!)
建物や着ているものは神職らしいのに、全員が帯刀していて、ひどく違和感を感じる。
(……本物、なんだよね)
そういえば、村ではリンも刀を持っていた。あの時は村が襲われていたし、考える余裕もなかったから気が付かなかったが、神職の人間が武器を振り回すなんて普通は考えられない。
それにしてもこのピリついた空気がなんとも息苦しい。
神官達の物珍しげな視線を一心に受けて、葵は居心地悪く身を捩った。何やら葵を見てヒソヒソと話したりするのも癇に障る。
(────なんとかして、もう一回抜け出せないかな……)
次の逃亡の手立てを考えていると、奥の方から布ずれの音がした。神官達が一斉に姿勢を正し、上座に向かって頭を下げた。
ただならぬ空気に、いよいよ神王が現れるのだと察したが、作法など知らない葵はとりあえず周りに習って頭を下げた。
今にも、お殿様のおなーりー、と聞こえてきそうだ。
「水波盛がご当主、神王惲薊様、おなーりー!」
(──本当に言った!!)
土下座しながら上座を盗み見ると、現れたのは宮司のような格好をした、強面の男だった。
顔も体格もリンとは少しも似ていない。本当に親子なのだろうか。
男が部屋に一歩踏み込んだだけで、急に空気が重くなった。この男にはそれだけのオーラがある。
惲薊は上座のさらに畳一段高い高座に胡座をかくと、第一声を放つ。
胸の奥にまで響くような、重い声がした。
「面を上げよ」
一斉に顔を上げて姿勢を正す様は、まるで訓練された軍隊のようだ。
張り詰めた空気に緊張している葵を、惲薊が見据える。その眼力に、手にじんわり汗が滲む。
「名を、葵といったな」
「は、はいっ!」
思わず声に力が入った。
まるで裁判にかけられている被告人の気分だ。
「聞き慣れぬ地名を申したとか。ここに流れ着くまでの経緯、話して聞かせよ」
普通に訊ねただけなのだろうが、妙に威圧的に感じて萎縮してしまう。
ただでさえ顔が怖いのに、鋭い眼光はまるで槍で心臓をつつかれている錯覚を起こす程だ。
蛇に睨まれた蛙の気持ちを、今ならよくできる。
「あ、あの、私……あんまり覚えてないんです。気を失っていたので……」
緊張で声が震えたが、なんとか答えた。
しかし返答を聞くなり、惲薊が眉間のシワをさらに濃く刻んだのを見て、葵は不安でいっぱいになった。
このまま睨まれ続けたら胃に穴が空いてしまう。
「覚えている事だけでも良い」
その声はさらに緊迫したように思う。
むしろ、質問したいのはこちらの方なのに、葵には質問権はないようだ。
「離島にある祠に居たんですが、その傍にある井戸に落ちて、気が付いたらここに…… 」
「井戸? 井戸に落ちて、いかようにここまで流れ着いたのか?」
「わ、わかりません……でも、ここは私のいた国でないことは確かです。あんな大きい鳥の化物なんて、普通いないし……」
惲薊はわずかに目を細めた。勘繰るような視線を浴びて葵は縮こまる。
もう一度、助けを求める視線をリンに送ったが、やはりこちらを見てはくれなかった。
(フォローなしか!!)
期待はしていなかったが、泣きそうになる。
葵の不可解な話に、神官達はそれぞれで思考をめぐらしている。
しん、とした空気の中、葵は思い切って口を開いた。
「わっ、私……巫女じゃないと思う、んです……」
思考を止めた惲薊が、再びじろりとこちらを見下ろした。どうやら目つきが悪いのは元々なのかもしれない。
「それはない」
いとも簡単に否定された。少しくらい、その可能性もあるということを考えてくれても良いのに。
惲薊は自分の首の後ろを軽く叩いた。
「水巫女である印があろう」
「でもこれは……」
葵は項に手をあてた。
目が覚めた時に、リンがこの傷を確認していた。
「その傷は、お主が水波盛の生まれであるという証拠でもあるのだ」
「これが、ですか?」
うむ、と頷いた。
「それはお主の親が付けたものだ」
「そんなはずありません!! 生まれも育ちも日本のはずです!!!!」
神官達が首を傾げ、隣同士で口々に疑問を投げ合い始めた。あちこちで「にほん?」という単語か繰り返されている。
そんなざわめきの中でも、リンだけは口を噤んでじっと事の成り行きを見守っている。本当に、何を考えているのかわからない。
「そのような国名に聞き覚えはない」
「私だって、水波盛なんて聞いた事ありません」
惲薊は顎に手を当てて考え込んでいたが、思い出したように口を開いた。
「そういえば、珍妙な着物も着ておったな。祖国のものか?」
「はい……でも、わりとどこにでもあるものでしょう?」
「かのような着物は見た事がない」
ブレザーを見たことがないのなら、この国には洋服自体が存在しないのかもしれない。
「せ、制服です。学校の……」
「ほう、学生か。裕福な家柄で育ったのだな」
「そんなことないです。子供が学校に通うのは当たり前じゃないですか」
またどよめきが起きる。先程よりも大きく。
なぜそんなに驚くのか、葵には皆目見当がつかない。
神王は難しそうに眉間に皺を寄せた。
「学舎に通うのは、ほとんどが裕福な家柄の者じゃ。両親は何をしておる?」
「ち、父は会社員で、母は専業主婦です」
惲薊が難しい表情をして口を閉ざした。惲薊だけではない、その場の全員が厳しい顔で葵を見ている。
神官の一人が、不満を漏らすような口調で言った。
「お主、先程から何を申しておる?」
「なにって……」
葵は何が失言だったのかも分からずに困り果てた。
「そのような奇妙奇天烈な文言を並べるなど、我らをはぐらかしておるのか?」
「もしや、真の事が答えられぬのではあるまい?」
「お主、真に水巫女か?」
「他国の手先ではないのか!?」
疑問が膨れ上がり、疑いに変わっていく。あからさまに敵意を向けられ始め、葵は焦った。
「わ、私だって分からないことだらけなんです! こうして言葉だって通じているのも不思議なくらい……だって、外国なら普通、言語が違うでしょう?」
一瞬の静寂の後、そこらかしこで小馬鹿にしたような笑い声があがった。
「娘、他国であっても言葉くらい通じるぞ」
「にほん、という国は本当にあるのやら……」
「もしや虚言ではあるまいな?」
神官達はどっと笑い出した。我慢できずに噴き出したような笑い方。きっと最初から真面目に話を聞く気などなかったのだ。
葵は俯いた。顔が熱くなる。
バカにされて悔しいのと、こちらの常識が通用しない苛立ちがぐちゃぐちゃに混ざって、余計に惨めに感じた。
(こんなところ早く出て行ってやる!)
視界が揺らいで、膝の上で握った拳に滴が落ちた。
「黙れ」
笑い声がピタリと止んだ。皆、凍りついたように固まっている。
鶴の一声で黙らせたのはずっと口を閉ざしていたリンだった。
「神王が巫女に話されているのだ。くだらぬ事で妨げるな」
リン側に座っている神官達は素直に頭を下げたが、反対側に座る神官達は、しぶしぶという態度で押し黙った。舌打ちの音がしたのは気のせいではないだろう。
「この者達の無礼、お許しください」
リンが丁寧に頭を下げた。
惲薊にはやたら素直な態度に、忠誠心の強さが伺える。
────が、その流れで私にも殴った事を謝って欲しいところだ。今は少しだけ助かったが、だからといってチャラにはしない。
「葵よ」
「は、はい」
名前を呼ばれて惲薊を見る。
「未知のものを目の当たりにした時、人はどうしても攻撃的になってしまう。人とは動物より感が鈍いが故、臆病な生き物なのだ。神職とはいえ、所詮は我らも人。先程までの私のもの言いにも、些か棘があったやもしれぬ。この者達の無礼もあわせて詫びよう。許せ」
「い、いえいえ! とんでもないです!」
先程までとは打って変わって柔らかい口調に、葵は拍子抜けした。
(なんだ、思ってたほど怖い人じゃないのかも。……というより、凄く、ちゃんとした人)
惲薊の対応をきっかけに、葵の警戒心も解ける。
色々酷い目にあっていたせいで、惲薊のことを誤解していた。
「つかぬ事を聞くが────」
場が収まり、惲薊が話の続きを始める。
「お主、姉妹はいるか?」
「義弟なら……姉妹は居ないと思います、たぶん」
「たぶん?」
「私は養子なので、本当の親や兄弟のことは……」
「養子? では元は捨て子か?」
身も蓋もない言い方に、気持ちが少しだけ沈んだが、葵は正直に頷いた。
それを見るなり、惲薊はリンに目で合図をすると、リンは隣に座っている男に視線を流した。その意図を汲んだ男は後ろからある物を取り出し、葵の目の前に置いた。
それは葵にも見覚えのある代物だ。
「こ、これ……どうしてここに!?」
それは一見、桶にも見えるが、簡素な作りの木船だった。
赤子で保護された際に、葵が入れられていた物とよく似ている。
「見覚えがあるようだの」
「私が見つかった時、これと同じようなものに入れられていたんです」
「そうか、ではやはり……!」
そこら中から衝撃を受けたような声があがった。
合点がいった、というように惲薊は膝を叩いた。
なんのことかわからず、葵は首を傾げた。
「はい。あの、やっぱりって……?」
「葵よ、水波盛へ流れ着いたのも運命よ!」
(……運命?)
話が見えない。ただでさえ混乱しているのに、それをさらに掻き回されていくみたいだ。
しかし、惲薊は確信を持ったように言った。
「お主は行方不明だった水巫女の片割れである」
「……片割れ?」
惲薊は頷いた。
「葵、お前は双子なのだ」
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