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第一章
片割れ
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「私が、双子……?」
頭が追いつかない。
それは最初に目覚めた時からだが、ずっと葵だけ置いてけぼりをくらっているように感じる。
「お主は水波盛の生まれに違いない。その印を調べれば故郷もわかるだろう」
「じゃあ……本当の家族のことも……?」
「すでに調べはすんでいる」
惲薊がリンへ視線を流すと、リンが代わって言った。
「両親のことを教えてやってもいいが、知ったからといって親には会えない。故郷にも帰れない。お前は捨て子だということを忘れるな」
わざわざ刺すような言い方をされてムッとなる。
だが確かに、捨て子なのは事実。生みの親と育ての親、どちらにも捨てられたなんて、悲しいを通り越して清々しい。
それに葵はもうすぐ人柱になるのだ。
親の事を知ったところで社からは出さないと言いたいのだろう。
(────けど、私だってまだ諦めたわけじゃない!!)
「まあまあ、そんな意地悪《いじわる》をしては巫女に嫌われてしまいますよ?」
この場にそぐわない、柔らかい声色で諭したのは、リンと向かい合って座っている優男だった。
「ニシキ」
リンが男に厳しい眼を向けた。
「余計な世話は無用と、常日頃から再三申している」
「けれど、弟の心配をするのは兄として当然の心だろう?」
「ここでは公私混同は控える決まりです」
(き、兄弟だったんだ……)
顔も雰囲気も似ていないからわからなかった。
弟に突き放されたニシキは眉尻を下げた。
派閥があるのは、ついさっきの論争で一目瞭然だが、兄の方はそこまで熱心ではないのかもしれない。
「ああ、そうだね。これはつい失礼を……。しかしリン、巫女は国の命運を担っているんだ。もう少し丁重に接するべきだろう?」
リンはそっぽを向いた。
改善の余地はないらしい。
(こんのオカッパ男児め……!!)
葵が身の内でメラメラと炎を燃やしていると、ニシキ派の神官がわざとらしくリンに訊ねた。
「それこそ此度の騒動の原因では?」
一斉にリンへ視線が集まる。
しかし当の本人は顔色一つ変えず、小首を傾げてみせた。
その態度に、噛み付いた神官はムッとした表情で内容を告げる。
「聞けば、巫女が目覚めるなり社から逃げ出したとか」
「妖獣の襲撃のさなか、さすがの神子様も肝を冷やしたのでは?」
もう一人が皮肉げに笑うと、数人の神官達もあわせたように鼻で笑った。
「いやなに、我らは神子様の身を案じておるだけにございまする」
「いざ災蝕というおりに、また巫女を失っては責任をとらねばなりますまい」
わかりやすい煽りだ。
「貴様ら!! 黙って聞いておれば無礼な!!」
リン側に座した男達がすぐさま噛み付いた。
「だいたい、易々と楼門を開けたのは門番の失態であろう!! リン様はしっかりと、おくり子のお役目を果たしておられる!!」
「そうだ!! 現に巫女は無事であろうが!!」
そうだそうだ、と口々に野次がとぶ。男達は左右から睨み合い、火花を散らした。
最悪なことに、葵はそのド真ん中に座らされているのだ。
しかも、内容が自分のこととなるとさらに居心地が悪い。
葵は殺伐とした空気のなか、いつ自分にも火の粉が飛んでくるかもわからずにビクビクしながら肩を寄せた。
「これ、よさぬか」
見かねてニシキが止めに入った。
「巫女が怯えておるではないか」
人の良さそうな、穏和な笑みを向けられて、葵は少しだけ気が抜ける。
「葵殿、お恥ずかしいところをお見せ致した。これでも気の良い者共なのです。どうか、お許しくだされ」
「は、はあ……」
葵がぎこちなく頷くと、今度はリンに向き直った。
「大変失礼致した。災蝕が迫り、皆気が立っているゆえ。決して悪気はないのです」
そうは言っても、リンが許すのだろうか。
葵がビクビクしていると、ずっと黙っていたリンが口を開いた。
「いいて。此度の件、まさか楼門が開くとはつゆにも思わず、巫女から目をはなしたのも事実。私もまだまだ未熟者にございますれば、ご指摘、真摯にお受けする所存」
(……だ、誰?)
急に大袈裟なくらいに丁寧な言い回しをし始めたリンを、まさか人格が変わったのではないかと疑った。
そんなに丁寧な謝罪ができるなら、普段もそうすればいいのに。
(私にはあんなに横暴で雑なくせに!!)
ニシキは笑みを絶やさずリンを見つめ、リンもまた、無表情ではあるが、ニシキを見た。
いがみ合っているのは下の者達で、意外と当人達上手くやっているのかもしれない。
「────とはいえ」
リンの独特な声が部屋中に響いた。
誰もが彼に注目した。
「本来ならば決して開かぬはずの楼門を、むやみに開けてしまったのは、門番達の怠惰と片付けるのは、いささか不憫に思いますれば──」
せっかく和んだ空気が一瞬でぶち壊された。
リンが言わんとしていることがわからず、ニシキは眉を寄せる。
「近頃、本殿への女の出入りが多々あるとか」
その言葉に、ニシキ派の男達の何人かが息を呑んだのを、葵は見逃さなかった。
ニシキは笑顔を絶やさず聞き返した。
「それは下女達だろう?」
「聞けば、兵士達の宿場にある廓の遊女だという話。それも一人や二人の話ではない。顔馴染みもあれば、時には入れ代わりもあると」
「まさか……本殿へは手形のない者を招き入れてはならない決まりだ」
「その手形すら持っていないのに、だ」
ニシキはおかしな聞き間違いをしたような表情をした。どうやら部下達のしている〝悪さ〟は初耳らしい。
リンが容赦なく追い討ちをかける。
「本殿に住まう男は我々のみ。まさか、下女達が女を買うわけがあるまい」
これには惲薊もわかりやすく顔をしかめた。
ニシキ側の後方に座る一人が、焦ったようにリン側の神官達を指さした。
「お、お主たちの誰かではないのか!?」
擦り付け方が下手すぎる。だがまあ、焦るとそんなものかもしれない。
いわれのない罪を擦り付けられた側は、当然憤慨した。それをリンが片手をあげていさめると、神官達はぐっと不満を飲み込んだ。
「門番達は、女を南棟へ通すよう言われたと言っていたが?」
「……記憶にござらん」
(政治家か!)
葵は思わず心の中でつっこんだ。
どこの国も言い訳の文句は一緒なのだろうか。
「そうか、では個人の名を出せば思い出せるだろう?」
すかさずリンが言い返すと、今度こそぐうの音も出なくなった。
それでもリンの追い込みは終わらない。
「巫女が不足し国が危ういというのに、お前たちは随分と暇をしているらしい。こうも女の出入りが激しくては、巫女の顔を知らぬ門番達に、区別をつけろというのも無理な話。警備に緩みが生じたのは、堕落した神官共の責任と言わざるを得ない」
リンが睨みつけると、身に覚えのある神官達がたじろいだ。
ついさっきまでリンが一方的に責められていたのが、いつの間にか形勢逆転である。
「であるのに、当人たちは責任意識も薄いと見える。我らの行儀一つに多くの民の命運が掛かっているというのに、心を改めることすらできないのか」
そういうことか、と葵はリンの魂胆を理解した。
現代風に言い直すとこうだ。
『上の立場の俺は頭を下げたのに、お前らはプライドばかりで出来ないの? 国民の命が掛かってんだけど、おわかり?』
相手の攻撃を逆手にとり、責任追及のみでなく、実直さもアピール。
最初の丁寧な謝罪は、このためだったというわけだ。
全てはリンの思惑どおりということだ。
(うわあ、やっぱりあいつ超性格悪い!!)
「ついでに言えば、これに乗じて私の顔に泥を塗った者もいるようだ」
ギラギラと殺気を向けられ、葵は勢いよく顔をそらした。
尋常ではない量の冷や汗が流れる。
(こ、殺される────!!)
「もうよい」
鶴の一声でその場を鎮めたのは、ずっと事の次第を見守っていた惲薊だった。
「リン、そのくらいにしておいてやれ」
リンは素直に頭を下げた。
「ニシキ、下官たちの気の緩みはお主の責任。決してするな、とは言わぬが、女遊びも程々にせよ」
「面目至極もございません……」
ニシキが深々と謝罪すると、それにならって全員が手をついて頭を下げた。
惲薊が睨みを利かせただけで、神官達は親に叱られた子供のように大人しくなる。そうさせるだけの威圧感があるのだ。
葵には、惲薊が向けたその眼が、リンのそれと重なって見えた。
顔が全然似ていなくても、やはり親子。似るところは似るのか。
それにしても────。
(この会議……疲れる……)
いつもこんなのでは、胃に穴があいてしまいそうだ。
神官達は抜きにしても、トップの三人は血の繋がった家族であるはずなのに、それぞれの間には見えない壁があるように感じる。妙な感じだ。
再び静寂がおとずれ、惲薊は葵を見下ろした。
「葵よ。村まで逃げたことは、すでにリンから聞いておる」
葵はギクリとする。
罰を言い渡されるのではないかと、怖くなった。
「だ、だって! 私死ぬんでしょう!? まだ死にたくないもの!! お願いします、家に帰してください!!」
数秒、間があった後、神官達の罵声が葵に降りかかった。
リンも今度こそ止める気はないようで、うんざりしたようにあさっての方向を見るばかりで、葵と目を合わせようとしない。優しげな笑みを浮かべていたニシキも難しい顔で押し黙っている。
結局、罵詈雑言の嵐は惲薊が口を開くまでやむことはなく、葵は俯きながらじっと耐え続けた。
「お主は巫女の教育を受けていないゆえ、己の運命を恐れるのもいたしかたない」
「だったら────!!」
「が、それは出来ぬ」
「どうして!?」
「一人の命と多数の命、どちらが重いか秤にかけるまでもなかろう」
もしかしたら、と微かな希望を抱いていたが、甘かった。
ここには味方どころか、同情する者すらいない。
残酷な現実を突きつけられ、涙が流れた。
「そもそもお主は赤子の頃に死ぬはずだった。逃げたとて、社以外では生きられぬ。受け入れよ」
「でも、でも────!!」
「儀式は明日、とりおこなう」
「あ、明日!?」
男達は声をそろえて返事をした。
「リン、巫女が命を賭して国を救ってくれるのだ。できる限りのことはしてやれ」
「承知しました」
まるで葵が自主的に犠牲になるような言い方に耳を疑う。
所詮、この当主も腹の中は真っ黒だった。
「ま、待って下さい!! そんなのって────!!!!!!!!!!!」
「それからリン、髪を染めろ。何度も言わせるでない」
「……は」
惲薊は吐き捨てるようにリンに言うと、葵の訴えに耳を貸すこともなく行ってしまった。
「なんで、私がこんなことに……」
(明日……明日死ぬ……?)
絶望に打ちひしがれる葵の声を聞く者は、誰もいない。
頭が追いつかない。
それは最初に目覚めた時からだが、ずっと葵だけ置いてけぼりをくらっているように感じる。
「お主は水波盛の生まれに違いない。その印を調べれば故郷もわかるだろう」
「じゃあ……本当の家族のことも……?」
「すでに調べはすんでいる」
惲薊がリンへ視線を流すと、リンが代わって言った。
「両親のことを教えてやってもいいが、知ったからといって親には会えない。故郷にも帰れない。お前は捨て子だということを忘れるな」
わざわざ刺すような言い方をされてムッとなる。
だが確かに、捨て子なのは事実。生みの親と育ての親、どちらにも捨てられたなんて、悲しいを通り越して清々しい。
それに葵はもうすぐ人柱になるのだ。
親の事を知ったところで社からは出さないと言いたいのだろう。
(────けど、私だってまだ諦めたわけじゃない!!)
「まあまあ、そんな意地悪《いじわる》をしては巫女に嫌われてしまいますよ?」
この場にそぐわない、柔らかい声色で諭したのは、リンと向かい合って座っている優男だった。
「ニシキ」
リンが男に厳しい眼を向けた。
「余計な世話は無用と、常日頃から再三申している」
「けれど、弟の心配をするのは兄として当然の心だろう?」
「ここでは公私混同は控える決まりです」
(き、兄弟だったんだ……)
顔も雰囲気も似ていないからわからなかった。
弟に突き放されたニシキは眉尻を下げた。
派閥があるのは、ついさっきの論争で一目瞭然だが、兄の方はそこまで熱心ではないのかもしれない。
「ああ、そうだね。これはつい失礼を……。しかしリン、巫女は国の命運を担っているんだ。もう少し丁重に接するべきだろう?」
リンはそっぽを向いた。
改善の余地はないらしい。
(こんのオカッパ男児め……!!)
葵が身の内でメラメラと炎を燃やしていると、ニシキ派の神官がわざとらしくリンに訊ねた。
「それこそ此度の騒動の原因では?」
一斉にリンへ視線が集まる。
しかし当の本人は顔色一つ変えず、小首を傾げてみせた。
その態度に、噛み付いた神官はムッとした表情で内容を告げる。
「聞けば、巫女が目覚めるなり社から逃げ出したとか」
「妖獣の襲撃のさなか、さすがの神子様も肝を冷やしたのでは?」
もう一人が皮肉げに笑うと、数人の神官達もあわせたように鼻で笑った。
「いやなに、我らは神子様の身を案じておるだけにございまする」
「いざ災蝕というおりに、また巫女を失っては責任をとらねばなりますまい」
わかりやすい煽りだ。
「貴様ら!! 黙って聞いておれば無礼な!!」
リン側に座した男達がすぐさま噛み付いた。
「だいたい、易々と楼門を開けたのは門番の失態であろう!! リン様はしっかりと、おくり子のお役目を果たしておられる!!」
「そうだ!! 現に巫女は無事であろうが!!」
そうだそうだ、と口々に野次がとぶ。男達は左右から睨み合い、火花を散らした。
最悪なことに、葵はそのド真ん中に座らされているのだ。
しかも、内容が自分のこととなるとさらに居心地が悪い。
葵は殺伐とした空気のなか、いつ自分にも火の粉が飛んでくるかもわからずにビクビクしながら肩を寄せた。
「これ、よさぬか」
見かねてニシキが止めに入った。
「巫女が怯えておるではないか」
人の良さそうな、穏和な笑みを向けられて、葵は少しだけ気が抜ける。
「葵殿、お恥ずかしいところをお見せ致した。これでも気の良い者共なのです。どうか、お許しくだされ」
「は、はあ……」
葵がぎこちなく頷くと、今度はリンに向き直った。
「大変失礼致した。災蝕が迫り、皆気が立っているゆえ。決して悪気はないのです」
そうは言っても、リンが許すのだろうか。
葵がビクビクしていると、ずっと黙っていたリンが口を開いた。
「いいて。此度の件、まさか楼門が開くとはつゆにも思わず、巫女から目をはなしたのも事実。私もまだまだ未熟者にございますれば、ご指摘、真摯にお受けする所存」
(……だ、誰?)
急に大袈裟なくらいに丁寧な言い回しをし始めたリンを、まさか人格が変わったのではないかと疑った。
そんなに丁寧な謝罪ができるなら、普段もそうすればいいのに。
(私にはあんなに横暴で雑なくせに!!)
ニシキは笑みを絶やさずリンを見つめ、リンもまた、無表情ではあるが、ニシキを見た。
いがみ合っているのは下の者達で、意外と当人達上手くやっているのかもしれない。
「────とはいえ」
リンの独特な声が部屋中に響いた。
誰もが彼に注目した。
「本来ならば決して開かぬはずの楼門を、むやみに開けてしまったのは、門番達の怠惰と片付けるのは、いささか不憫に思いますれば──」
せっかく和んだ空気が一瞬でぶち壊された。
リンが言わんとしていることがわからず、ニシキは眉を寄せる。
「近頃、本殿への女の出入りが多々あるとか」
その言葉に、ニシキ派の男達の何人かが息を呑んだのを、葵は見逃さなかった。
ニシキは笑顔を絶やさず聞き返した。
「それは下女達だろう?」
「聞けば、兵士達の宿場にある廓の遊女だという話。それも一人や二人の話ではない。顔馴染みもあれば、時には入れ代わりもあると」
「まさか……本殿へは手形のない者を招き入れてはならない決まりだ」
「その手形すら持っていないのに、だ」
ニシキはおかしな聞き間違いをしたような表情をした。どうやら部下達のしている〝悪さ〟は初耳らしい。
リンが容赦なく追い討ちをかける。
「本殿に住まう男は我々のみ。まさか、下女達が女を買うわけがあるまい」
これには惲薊もわかりやすく顔をしかめた。
ニシキ側の後方に座る一人が、焦ったようにリン側の神官達を指さした。
「お、お主たちの誰かではないのか!?」
擦り付け方が下手すぎる。だがまあ、焦るとそんなものかもしれない。
いわれのない罪を擦り付けられた側は、当然憤慨した。それをリンが片手をあげていさめると、神官達はぐっと不満を飲み込んだ。
「門番達は、女を南棟へ通すよう言われたと言っていたが?」
「……記憶にござらん」
(政治家か!)
葵は思わず心の中でつっこんだ。
どこの国も言い訳の文句は一緒なのだろうか。
「そうか、では個人の名を出せば思い出せるだろう?」
すかさずリンが言い返すと、今度こそぐうの音も出なくなった。
それでもリンの追い込みは終わらない。
「巫女が不足し国が危ういというのに、お前たちは随分と暇をしているらしい。こうも女の出入りが激しくては、巫女の顔を知らぬ門番達に、区別をつけろというのも無理な話。警備に緩みが生じたのは、堕落した神官共の責任と言わざるを得ない」
リンが睨みつけると、身に覚えのある神官達がたじろいだ。
ついさっきまでリンが一方的に責められていたのが、いつの間にか形勢逆転である。
「であるのに、当人たちは責任意識も薄いと見える。我らの行儀一つに多くの民の命運が掛かっているというのに、心を改めることすらできないのか」
そういうことか、と葵はリンの魂胆を理解した。
現代風に言い直すとこうだ。
『上の立場の俺は頭を下げたのに、お前らはプライドばかりで出来ないの? 国民の命が掛かってんだけど、おわかり?』
相手の攻撃を逆手にとり、責任追及のみでなく、実直さもアピール。
最初の丁寧な謝罪は、このためだったというわけだ。
全てはリンの思惑どおりということだ。
(うわあ、やっぱりあいつ超性格悪い!!)
「ついでに言えば、これに乗じて私の顔に泥を塗った者もいるようだ」
ギラギラと殺気を向けられ、葵は勢いよく顔をそらした。
尋常ではない量の冷や汗が流れる。
(こ、殺される────!!)
「もうよい」
鶴の一声でその場を鎮めたのは、ずっと事の次第を見守っていた惲薊だった。
「リン、そのくらいにしておいてやれ」
リンは素直に頭を下げた。
「ニシキ、下官たちの気の緩みはお主の責任。決してするな、とは言わぬが、女遊びも程々にせよ」
「面目至極もございません……」
ニシキが深々と謝罪すると、それにならって全員が手をついて頭を下げた。
惲薊が睨みを利かせただけで、神官達は親に叱られた子供のように大人しくなる。そうさせるだけの威圧感があるのだ。
葵には、惲薊が向けたその眼が、リンのそれと重なって見えた。
顔が全然似ていなくても、やはり親子。似るところは似るのか。
それにしても────。
(この会議……疲れる……)
いつもこんなのでは、胃に穴があいてしまいそうだ。
神官達は抜きにしても、トップの三人は血の繋がった家族であるはずなのに、それぞれの間には見えない壁があるように感じる。妙な感じだ。
再び静寂がおとずれ、惲薊は葵を見下ろした。
「葵よ。村まで逃げたことは、すでにリンから聞いておる」
葵はギクリとする。
罰を言い渡されるのではないかと、怖くなった。
「だ、だって! 私死ぬんでしょう!? まだ死にたくないもの!! お願いします、家に帰してください!!」
数秒、間があった後、神官達の罵声が葵に降りかかった。
リンも今度こそ止める気はないようで、うんざりしたようにあさっての方向を見るばかりで、葵と目を合わせようとしない。優しげな笑みを浮かべていたニシキも難しい顔で押し黙っている。
結局、罵詈雑言の嵐は惲薊が口を開くまでやむことはなく、葵は俯きながらじっと耐え続けた。
「お主は巫女の教育を受けていないゆえ、己の運命を恐れるのもいたしかたない」
「だったら────!!」
「が、それは出来ぬ」
「どうして!?」
「一人の命と多数の命、どちらが重いか秤にかけるまでもなかろう」
もしかしたら、と微かな希望を抱いていたが、甘かった。
ここには味方どころか、同情する者すらいない。
残酷な現実を突きつけられ、涙が流れた。
「そもそもお主は赤子の頃に死ぬはずだった。逃げたとて、社以外では生きられぬ。受け入れよ」
「でも、でも────!!」
「儀式は明日、とりおこなう」
「あ、明日!?」
男達は声をそろえて返事をした。
「リン、巫女が命を賭して国を救ってくれるのだ。できる限りのことはしてやれ」
「承知しました」
まるで葵が自主的に犠牲になるような言い方に耳を疑う。
所詮、この当主も腹の中は真っ黒だった。
「ま、待って下さい!! そんなのって────!!!!!!!!!!!」
「それからリン、髪を染めろ。何度も言わせるでない」
「……は」
惲薊は吐き捨てるようにリンに言うと、葵の訴えに耳を貸すこともなく行ってしまった。
「なんで、私がこんなことに……」
(明日……明日死ぬ……?)
絶望に打ちひしがれる葵の声を聞く者は、誰もいない。
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