忌巫女の国士録

真義える

文字の大きさ
15 / 32
第一章

鬼の子

しおりを挟む
「あい……あの人が? まさか……」

 あいつ、と呼びそうになって慌てて言い直すが、つっこまれることはなかった。
 ニシキは懐かしそうに語りはじめる。

「まだ九つだったかな。初めてさずかったお役目が、当時七つになる巫女のおくり子だった」

 ほんのまだこれくらい、と腰の位置に手をかざして、ニシキはくすりとわらった。

「巫女と逃げようとしたんだ」

 葵は思わず「ええ……!?」と声をもらす。

「駆け落ちってやつさ。大人でも深入りする事がまれにあるくらいだから無理もない。────かわいいだろう?」

 意外すぎる。あんな鬼のような奴でも、そんな純粋な時代もあったのか。
 今の印象からは全く想像もつかないが、十年前ならまだ子供。間違いがあってもおかしくないといえば、そうなのか……。

「けれど、ここじゃあかわいらしいでは済まされない。相手は巫女だ。それも君と同じく、災蝕さいしょくを止めるための重要な巫女だった」
「まだ、子供なのに?」
「関係ないよ。巫女は〝供物くもつ〟なんだから」

 こんな言い方したくないけどね、とニシキはつけ足した。
 葵はいちるの希望を抱いて、恐る恐るきく。

「……それで、どうなったんですか?」
無論むろん、逃げられるはずもない。森で捕まり、連れ戻された」
「かわいそうに……」
「国の者たちはそうは思わない」

 葵が呟くと、ニシキがすかさず否定した。

「今日まで幸せに暮らしていた家族が、隣にいたはずの愛しい人が、明日には病にかかり死ぬと思えば、笑って許せるものじゃあない」

 そんなことを言ったって、どっちの命が重いだなんて、決められない。

「それで……?」
「儀式は、予定通り行われたよ」

 葵の希望はたやすく消される。水波盛ここに来てから、希望は踏みにじられてばかりだ。
 ほんの小さな子供ですら犠牲になる現実に、胸が痛む。

「父上はそれをリンへの罰としたが、神官のほとんどが納得しなかった。神子みわこだから贔屓ひいきされたのだとね。父上はこの件について他言無用とされたが、いまだに根に持っている奴も多い」
「だからさっきの会議であんなに……」

 ニシキ派の神官達がやたらリンに噛み付いていたのはそういうことだったのか。
 けれど、もう十年も前の出来事。いつまでも引きずるのはどうかと思う。
 今回ばかりはリンに同情せずにはいられない。

「本当に大変なのはその後だ」

 当時の光景が見えているのか、ニシキはうつろな目で表情を曇らせた。

「リンはすっかりふさぎ込んでしまった。意味の無い悲鳴をあげるばかりでまともに口もきけやしない……気が狂うってああいうことだね」

 葵は言葉が見つからなかった。

「────だから僕がここに呼ばれたのさ。父上もあきらめていたんだろうね」
「自分の子供ですよね?」
「そうだよ。それと同時に神王みわおうでもある。父上は公私混同はしない、相手が誰であろうと等しく厳しいお方だ」
「だからって────……」

 それでも血の繋がった我が子を見放すなんて、親のすることとは思えない。

みなが諦めていた。楽にしてやった方が良いんじゃないかとさえ言われていたよ。────だけどある日、悲鳴がぴたりとやんだんだ」

 ニシキは手で口をおおって、うつむいた。
 よほど衝撃的だったのか、わずかに手が震えている。

「────驚いたよ。まさかあの状態から持ち直すなんて……」

 少しだけ間があいた後、ごめん、と謝られた。
 ニシキはなんとか平常心を保つと、話を続けた。

「姿を見せたリンはまるで別人だった。頭は真っ白になっているし、目付きなんか子供のそれじゃなかった」

(あの髪は生まれつきじゃなかったんだ……)

 それからニシキは落胆したように肩を下げた。

「あのこのうちに鬼をすまわせたのは、水波盛家みなもりけだ」

 そうして今の冷酷なリンが出来上がった。
 リンもこの国の被害者だったとは、思いもよらない。

「……ニシキさん、私にそんな話を?」

 ニシキはどこか苦しそうに微笑わらった。

「なんでかな、君が鬼退治をしてくれそうな気がするから、かな……?」
「無理ですよ、そんなこと……」
「そんなことはない!」

 ニシキは、リンには内緒だよ、と囁くように言った。

「リンは君を気にしてる」

 まさか、と口をついてでた。
 そんな素振りはいっさいなかった。そもそも人として扱われていないのに、そんなはずがない。
 全く信じない葵に、ニシキは首を振った。

「なんてったって、初恋の子と瓜二つの女子おなごが現れたんだ。気にならないわけがないだろう?」

 葵は言葉をつまらせた。

(────つまり、それって……!?)

 それを訊ねるよりも先にニシキが答える。

「────雪花せつか。それが君のお姉さんの名前だよ」
「雪花……」

 実際、会ったことがないから実感なんかわかない。
 死んでしまったことは残念ではあるが、すごく悲しいという感情もわいてこない。

(私もたいがい冷たい人間なのかも……)

 ただ、親のこと以上に雪花のことを知りたいと思った。
 もやもやと考え込んでいると、ニシキが葵の肩に手を置いた。

「僕は儀式の後に来たから、雪花せつかのことをよく知らない。────リンに聞いてみるといい。素直に教えてくれるかわからないけれど……」

 また考えていることが顔に出ていたのか、ニシキは葵の顔色をうかがうなり提案した。

(絶対言わないだろー……)

 あのリンが惲薊うんけい以外に素直になるなんてことは絶対になさそうだ。

「さ、遅くなるとどやされる。長い立ち話でごめんね」
「いえ……」

 ニシキは歩き出したが「それと、いい事っていうのは……」と、思いついたように言って、もう一度振り向いた。

「リンはああ見えて努力家だから、剣の腕は確かだよ」

 ニシキがなぜそんなことを言い出したのかわからず、葵は首を傾げる。

「……それがどうしたんですか?」
「ほんの一瞬だよ。────せめて気休めになるかな、と思って」

(────ならんわ!!)

 自分の死因が首チョンパだと分かったところで、恐怖と焦りが再び葵の心を満たした。

 脱走のチャンスは今夜しかない。
 逃げ出せる隙が訪れるまで、せめて怪しまれないようにしようと、ひとり心に決めるのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。

あいみ
恋愛
碌に手入れもされていない赤毛の伯爵令嬢、スカーレット。 宝石のように澄んだ青い髪をした伯爵令嬢、ルビア。 対極のような二人は姉妹。母親の違う。 お世辞にも美しいと言えない前妻の子供であるスカーレットは誰からも愛されない。 そばかすだらけで、笑顔が苦手な醜い姉。 天使のように愛らしく、誰からも好かれる可愛い妹。 生まれつき体の弱いルビアは長くは生きられないと宣告されていた。 両親の必死に看病や、“婚約者の献身的なサポート”のおかげで、日常生活が送れるようになるまで回復した。 だが……。運命とは残酷である。 ルビアの元に死神から知らせが届く。 十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。 美しい愛しているルビア。 失いたくない。殺されてなるものか。 それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。 生まれてくる価値のなかった、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。 これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...