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第一章
最期の夜
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本殿の地下は薄暗く、蝋燭が並んで壁に掛けられている様は、テツがいた地下牢を思い起こさせた。
階段を降りて右折すると、片側の壁だけ格子状に組まれた部屋が一列にいくつも並んでいる。四畳半ほどの広さしかない。
おそらく、巫女を逃がさない為に建てられた、簡易的な牢屋だろう。
リンが牢についている小ぶりの扉を手前に開くと、葵を中へ押し込んだ。
葵が冷たい地面に転がった隙に、錠が掛けられる鈍い音が部屋中に響く。
「出して!! 出してよ!!」
リンはほとほと嫌そうに溜息をつくと、やはり皆と同じ軽蔑の眼差しを向けた。
「いい加減にしろ」
「家に帰して!!」
「お前には巫女として役目を全うするほかない」
「私は巫女じゃない!!」
「……そのようだな」
もう何を言っても無駄だと判断したのか、目を細めて短く吐き捨てた。
「失礼致します」
階段の方から菊乃が早足でやってきた。リンの傍までくると、頭を下げて風呂敷をさしだす。
「お着替えをお持ちしました」
「ああ。下がっていい」
「────リン様」
菊乃は頭を下げたまま、申し出た。
「差し出がましいようですが、どうか、巫女様のお着替えをわたくしにお任せ頂けないでしょうか」
この申し出は意外だったようで、リンは菊乃を見た。
菊乃は頭を下げたまま、少し強めに声を張った。
「どうか、お願い申し上げます」
葵は菊乃に頭突きをした手前、顔を合わせづらかった。
葵を逃がしてしまったことに対して、菊乃が責任を負わされたりもするかもしれない。そう考えると、きっとすごく怒っているに違いない。
あんなに惚れ込んでいるリンに強く願い出る理由なんて、それ以外に考えつかなかった。
しかし、リンが了承するはずも────、
「────いいだろう」
「ありがたき幸せにございます」
(ど、とうしよう、また背負い投げされる────!?)
葵がビクビクしていると、風呂敷を抱えた菊乃も牢の中に入り、再び施錠された。
「早くすませろ」
リンは、短く命じると、後ろの壁に背を預けた。
菊乃が葵の白衣に手をかける。
「────いや、まてまて!!」
リンも菊乃も疑問符を浮かべたような顔で葵を見た。
葵は盛大に抗議する。
「〝?〟じゃないよ!! あんたはどっか行っててよ!!」
リンを指さすが、当人は平然として言い返す。
「お前がまた何かしでかさないか、監視する必要がある」
「────き、菊乃さんがいるんだから、必要ないでしょう!?」
「また下女が襲われるかもしれぬだろう」
「しないよ!! あれはまぐれだったのに……」
「前科者が何を言っても信用ならん。菊乃の申し出がなければ、私の監視のもと自分で着替えさせていたところを、こちらが譲歩してやったのだ。それも全ては逃げたお前の自業自得であって、文句を言われる筋合いはない」
葵は、ぐっと言葉を詰まらせた。
こいつには口でも勝てないのだろうか……。
「────な、ならせめて後ろ向くとかしなさいよ!!」
「何を恥じらっているのか知らぬが、巫女など〝供物〟に過ぎない。いわば大根と一緒」
「誰が大根だこら!!」
それなら水神とやらには大根をくれてやればいいじゃないか。
ぐぬぬ、と唸っていると、こっそりと菊乃に耳打ちをされた。
「葵様。目に触れぬように致しますゆえ、ご安心召されませ」
驚いて振り返ると、菊乃はにっこりと笑顔を向けていて、おでこにはわずかに盛り上がったこぶが出来ている。
てっきり怒っていると思っていた。
途端に罪悪感でいっぱいになり、葵は勢いよく頭を下げた。
「ごめんなさい!! 頭突きなんかして……!!」
菊乃は慌てたように床に手をつくと、
「わたくしの方こそ、巫女様を投げ飛ばすなどとんだご無礼を──!! どうかお許しくださいませ!!」
「────でもあれは、私が脅したりなんかしたから……」
「巫女様をお世話し、お護りするのがわたくしの務めにございます!! それなのに、わたくしは……」
「菊乃さ────」
「どうでもいいから早くしろ」
(────てっめ……!!!!)
急に割り込んできたリンに殺意を覚える。
菊乃は丁寧に頭を下げると、葵とリンの間に入って支度を始めた。
菊乃に背を向けるように立つと、自分で脱ぐように指示され、戸惑いながら袴に手をかけた。その間、菊乃が新しい着物を広げ、目隠ししてくれている。
責め立てることもせず、それどころか気遣いをみせる菊乃に、
葵が危害を加えたことを深く反省していると、菊乃が興奮気味に訊ねてきた。
「わたくし、あのような技は初めてお見受けしました!! なんという技にございますか?」
「────いや、ただの頭突きですけど……」
「まあ!! それはどこの流派の技にございますか!?」
「いや……ただの頭突き……」
振り返ると子供のように目を輝かせている菊乃の顔があり、複雑な気持ちになった。
(────じ、純粋すぎる……)
「葵様さえよろしければ、いまいちどご指南いただきたくおもいます……!!」
「────え、痛いのはやだよ」
言いながら振り返ると、菊乃のもの欲しげな眼とかち合った。
葵は顔の筋肉が引き攣るのを感じた。
(……そうだった、こういう人だった)
菊乃の配慮のおかげで難なく着替え終わると、菊乃は最後に畳の上に滴った水を拭き取ってくれた。
菊乃が牢から出て、再び鳴った施錠の音をきっかけに、身の内に孤独感が押し寄せた。皮肉にもそれは、菊乃と話したことにより、最初よりも増した気がした。
「葵様、また朝にお迎えにあがります」
「────朝?」
「明日は多支度になりますゆえ」
菊乃は丁寧に頭を下げると、さがっていった。
菊乃の姿が見えなくなると、リンはその場に腰を下ろした。
まさか、と思い訊ねる。
「────ちょっと!! 一日中そこにいるつもり!?」
「また悪知恵を働かせて逃げられでもしたら面倒だ」
「いやだ!! すっごく嫌なんだけど!!」
「ようやく気が合ったな。だが我慢しろ」
葵の噛み締めた歯がギリギリと音を立てる。
死ぬまでにどれだけ憎まれ口を叩かれなければならないのだろう。
そんな葵の心境を無視して、リンは端的に言った。
「明日、私が介錯する」
「介錯って……」
首を切られ、頭が地面をコロコロと転がる。
その首にくっついている髪の毛を、リンが無造作に掴んで、天高く持ち上げる。
それを見た誰もが歓声を上げ、歌い、酒を酌み交わす。
そんな光景が浮かんで、全身の血の気が引いていく。恐怖に震える自分の体を、両手でぎゅっと抱いた。
「おくり方を選ぶこともできるが、それが一番苦痛もないし、良いだろう」
「いや、殺さないでよ!!」
「生殺しは長い苦痛をともなう。あれに落とされる前に、死んでおいた方が絶対にいい」
「……ほんと、なに言ってるの?」
内容がわからないのではない。人を殺す話をしているのに、なぜそんなにも冷静なのか理解できずに、出た問いかけだった。
だが、リンは言葉そのままの意味で受け取ったらしく、間を置いてから、ぽつりと言った。
「────穴に落とす」
「穴?」
「川の水を、ごうごうと飲み込み続けている巨大な穴だ。底が見えぬほど深く……その中がどうなっているのか、誰も知らない」
そんなところに落とされたら、転落死か溺死か、それとも底に着く前に窒息死するか……確かにどうなるのかわからない。
だからその前に死んでおけと言いいたいのか。
そんな恐ろしい目に遭うなら、その方が良いような気もしないでもない────と、流されそうになって、慌てて思い直す。
「────死にたくないって言ってるのに!!」
「いいかげん覚悟を決めろ。これが水巫女の運命だ」
「勝手に押し付けたんじゃない!!」
リンは俯くと、肩で綺麗に切り揃えられた髪が揺れた。
「……お前の姉は、役目を受け入れていた。幼いながらにも恐れなど一切みせずに……たいしたものだ。────むしろ、覚悟が決まらなかったのは私の方だった」
「────どうして出来たの? どうやったらそんなこと出来るの?」
葵は責めるような口調で言った。
リンはどこか宙をみている。書庫でも見せた、あの表情だ。
「……許す、と言った」
葵は、また言葉を詰まらせた。
リンは物思いにふけるように続ける。
「〝あなたに殺されたかった。許す〟と……。私は、未だにその意味がわからない……」
リンはひどく困惑した顔をしていた。
「────私に殺されたいはずがない……」
「そ、それって────」
好きだからじゃないのか、と言いかけて飲み込んだ。
なんとなく、言っていいものなのか迷ったのだ。
それを聞いたら、この男の精神がどちらへ転ぶのだろうか。
姉の仇で、自分も殺されるというのに、葵はその賽を投げることを躊躇った。
「────ずっと、違和感がある」
「違和感?」
「だがそれが何かがわからない」
リンはしばらく考え込んでいたが、思い出したように葵を見た。
「運命からは逃れられない」
葵を見るリンの瞳がわずかに揺れる。
「────お前も、私も……」
葵は格子状の壁に身をあずけた。
「……逃げよう」
それは無意識に声に出ていた。
リンは目を見張っている。
「一緒に逃げよう!!」
「────は……?」
言ってから、いい考えだと思った。
森を抜けるには剣士が必要で、リンは神子だが剣士でもある。
(それに少なからず────雪花のことに負い目を感じている……!!)
なぜ今まで思いつかなかったのだろう。
相手は姉の仇だが、この際目をつむろう。
もう後がない。なりふり構っていられないのだ。
(────もうこれに賭けるしかない!!)
葵は格子に手をかけ、興奮気味に説得し始めた。
「私の国には生贄なんてない!! 大昔はあったらしいけれど、今はもうありえない。だって、人の命で天災が止まるわけないから!!」
「────お前、自分が何を言ってるのかわかってるのか?」
「うん、だから私の国に行こう!!」
「だからっておかしいだろ」
「そしたら人を殺すことも、殺されることもない。そんなことする必要なくなるの!! 着る物も、食べ物だってここより豊富だし、ずっと平穏に暮らせるし!! ……だから────」
なかば力技ではあるが、押し切れる気がした。
────いや、押し切ってみせる!!
葵は格子の隙間から手を差し出した。
「一緒に行こう!!」
お願い、と目で訴える。
リンは目を見開いたまま固まっている。
視線が交わった二人の間には、しばらく沈黙が流れた。
階段を降りて右折すると、片側の壁だけ格子状に組まれた部屋が一列にいくつも並んでいる。四畳半ほどの広さしかない。
おそらく、巫女を逃がさない為に建てられた、簡易的な牢屋だろう。
リンが牢についている小ぶりの扉を手前に開くと、葵を中へ押し込んだ。
葵が冷たい地面に転がった隙に、錠が掛けられる鈍い音が部屋中に響く。
「出して!! 出してよ!!」
リンはほとほと嫌そうに溜息をつくと、やはり皆と同じ軽蔑の眼差しを向けた。
「いい加減にしろ」
「家に帰して!!」
「お前には巫女として役目を全うするほかない」
「私は巫女じゃない!!」
「……そのようだな」
もう何を言っても無駄だと判断したのか、目を細めて短く吐き捨てた。
「失礼致します」
階段の方から菊乃が早足でやってきた。リンの傍までくると、頭を下げて風呂敷をさしだす。
「お着替えをお持ちしました」
「ああ。下がっていい」
「────リン様」
菊乃は頭を下げたまま、申し出た。
「差し出がましいようですが、どうか、巫女様のお着替えをわたくしにお任せ頂けないでしょうか」
この申し出は意外だったようで、リンは菊乃を見た。
菊乃は頭を下げたまま、少し強めに声を張った。
「どうか、お願い申し上げます」
葵は菊乃に頭突きをした手前、顔を合わせづらかった。
葵を逃がしてしまったことに対して、菊乃が責任を負わされたりもするかもしれない。そう考えると、きっとすごく怒っているに違いない。
あんなに惚れ込んでいるリンに強く願い出る理由なんて、それ以外に考えつかなかった。
しかし、リンが了承するはずも────、
「────いいだろう」
「ありがたき幸せにございます」
(ど、とうしよう、また背負い投げされる────!?)
葵がビクビクしていると、風呂敷を抱えた菊乃も牢の中に入り、再び施錠された。
「早くすませろ」
リンは、短く命じると、後ろの壁に背を預けた。
菊乃が葵の白衣に手をかける。
「────いや、まてまて!!」
リンも菊乃も疑問符を浮かべたような顔で葵を見た。
葵は盛大に抗議する。
「〝?〟じゃないよ!! あんたはどっか行っててよ!!」
リンを指さすが、当人は平然として言い返す。
「お前がまた何かしでかさないか、監視する必要がある」
「────き、菊乃さんがいるんだから、必要ないでしょう!?」
「また下女が襲われるかもしれぬだろう」
「しないよ!! あれはまぐれだったのに……」
「前科者が何を言っても信用ならん。菊乃の申し出がなければ、私の監視のもと自分で着替えさせていたところを、こちらが譲歩してやったのだ。それも全ては逃げたお前の自業自得であって、文句を言われる筋合いはない」
葵は、ぐっと言葉を詰まらせた。
こいつには口でも勝てないのだろうか……。
「────な、ならせめて後ろ向くとかしなさいよ!!」
「何を恥じらっているのか知らぬが、巫女など〝供物〟に過ぎない。いわば大根と一緒」
「誰が大根だこら!!」
それなら水神とやらには大根をくれてやればいいじゃないか。
ぐぬぬ、と唸っていると、こっそりと菊乃に耳打ちをされた。
「葵様。目に触れぬように致しますゆえ、ご安心召されませ」
驚いて振り返ると、菊乃はにっこりと笑顔を向けていて、おでこにはわずかに盛り上がったこぶが出来ている。
てっきり怒っていると思っていた。
途端に罪悪感でいっぱいになり、葵は勢いよく頭を下げた。
「ごめんなさい!! 頭突きなんかして……!!」
菊乃は慌てたように床に手をつくと、
「わたくしの方こそ、巫女様を投げ飛ばすなどとんだご無礼を──!! どうかお許しくださいませ!!」
「────でもあれは、私が脅したりなんかしたから……」
「巫女様をお世話し、お護りするのがわたくしの務めにございます!! それなのに、わたくしは……」
「菊乃さ────」
「どうでもいいから早くしろ」
(────てっめ……!!!!)
急に割り込んできたリンに殺意を覚える。
菊乃は丁寧に頭を下げると、葵とリンの間に入って支度を始めた。
菊乃に背を向けるように立つと、自分で脱ぐように指示され、戸惑いながら袴に手をかけた。その間、菊乃が新しい着物を広げ、目隠ししてくれている。
責め立てることもせず、それどころか気遣いをみせる菊乃に、
葵が危害を加えたことを深く反省していると、菊乃が興奮気味に訊ねてきた。
「わたくし、あのような技は初めてお見受けしました!! なんという技にございますか?」
「────いや、ただの頭突きですけど……」
「まあ!! それはどこの流派の技にございますか!?」
「いや……ただの頭突き……」
振り返ると子供のように目を輝かせている菊乃の顔があり、複雑な気持ちになった。
(────じ、純粋すぎる……)
「葵様さえよろしければ、いまいちどご指南いただきたくおもいます……!!」
「────え、痛いのはやだよ」
言いながら振り返ると、菊乃のもの欲しげな眼とかち合った。
葵は顔の筋肉が引き攣るのを感じた。
(……そうだった、こういう人だった)
菊乃の配慮のおかげで難なく着替え終わると、菊乃は最後に畳の上に滴った水を拭き取ってくれた。
菊乃が牢から出て、再び鳴った施錠の音をきっかけに、身の内に孤独感が押し寄せた。皮肉にもそれは、菊乃と話したことにより、最初よりも増した気がした。
「葵様、また朝にお迎えにあがります」
「────朝?」
「明日は多支度になりますゆえ」
菊乃は丁寧に頭を下げると、さがっていった。
菊乃の姿が見えなくなると、リンはその場に腰を下ろした。
まさか、と思い訊ねる。
「────ちょっと!! 一日中そこにいるつもり!?」
「また悪知恵を働かせて逃げられでもしたら面倒だ」
「いやだ!! すっごく嫌なんだけど!!」
「ようやく気が合ったな。だが我慢しろ」
葵の噛み締めた歯がギリギリと音を立てる。
死ぬまでにどれだけ憎まれ口を叩かれなければならないのだろう。
そんな葵の心境を無視して、リンは端的に言った。
「明日、私が介錯する」
「介錯って……」
首を切られ、頭が地面をコロコロと転がる。
その首にくっついている髪の毛を、リンが無造作に掴んで、天高く持ち上げる。
それを見た誰もが歓声を上げ、歌い、酒を酌み交わす。
そんな光景が浮かんで、全身の血の気が引いていく。恐怖に震える自分の体を、両手でぎゅっと抱いた。
「おくり方を選ぶこともできるが、それが一番苦痛もないし、良いだろう」
「いや、殺さないでよ!!」
「生殺しは長い苦痛をともなう。あれに落とされる前に、死んでおいた方が絶対にいい」
「……ほんと、なに言ってるの?」
内容がわからないのではない。人を殺す話をしているのに、なぜそんなにも冷静なのか理解できずに、出た問いかけだった。
だが、リンは言葉そのままの意味で受け取ったらしく、間を置いてから、ぽつりと言った。
「────穴に落とす」
「穴?」
「川の水を、ごうごうと飲み込み続けている巨大な穴だ。底が見えぬほど深く……その中がどうなっているのか、誰も知らない」
そんなところに落とされたら、転落死か溺死か、それとも底に着く前に窒息死するか……確かにどうなるのかわからない。
だからその前に死んでおけと言いいたいのか。
そんな恐ろしい目に遭うなら、その方が良いような気もしないでもない────と、流されそうになって、慌てて思い直す。
「────死にたくないって言ってるのに!!」
「いいかげん覚悟を決めろ。これが水巫女の運命だ」
「勝手に押し付けたんじゃない!!」
リンは俯くと、肩で綺麗に切り揃えられた髪が揺れた。
「……お前の姉は、役目を受け入れていた。幼いながらにも恐れなど一切みせずに……たいしたものだ。────むしろ、覚悟が決まらなかったのは私の方だった」
「────どうして出来たの? どうやったらそんなこと出来るの?」
葵は責めるような口調で言った。
リンはどこか宙をみている。書庫でも見せた、あの表情だ。
「……許す、と言った」
葵は、また言葉を詰まらせた。
リンは物思いにふけるように続ける。
「〝あなたに殺されたかった。許す〟と……。私は、未だにその意味がわからない……」
リンはひどく困惑した顔をしていた。
「────私に殺されたいはずがない……」
「そ、それって────」
好きだからじゃないのか、と言いかけて飲み込んだ。
なんとなく、言っていいものなのか迷ったのだ。
それを聞いたら、この男の精神がどちらへ転ぶのだろうか。
姉の仇で、自分も殺されるというのに、葵はその賽を投げることを躊躇った。
「────ずっと、違和感がある」
「違和感?」
「だがそれが何かがわからない」
リンはしばらく考え込んでいたが、思い出したように葵を見た。
「運命からは逃れられない」
葵を見るリンの瞳がわずかに揺れる。
「────お前も、私も……」
葵は格子状の壁に身をあずけた。
「……逃げよう」
それは無意識に声に出ていた。
リンは目を見張っている。
「一緒に逃げよう!!」
「────は……?」
言ってから、いい考えだと思った。
森を抜けるには剣士が必要で、リンは神子だが剣士でもある。
(それに少なからず────雪花のことに負い目を感じている……!!)
なぜ今まで思いつかなかったのだろう。
相手は姉の仇だが、この際目をつむろう。
もう後がない。なりふり構っていられないのだ。
(────もうこれに賭けるしかない!!)
葵は格子に手をかけ、興奮気味に説得し始めた。
「私の国には生贄なんてない!! 大昔はあったらしいけれど、今はもうありえない。だって、人の命で天災が止まるわけないから!!」
「────お前、自分が何を言ってるのかわかってるのか?」
「うん、だから私の国に行こう!!」
「だからっておかしいだろ」
「そしたら人を殺すことも、殺されることもない。そんなことする必要なくなるの!! 着る物も、食べ物だってここより豊富だし、ずっと平穏に暮らせるし!! ……だから────」
なかば力技ではあるが、押し切れる気がした。
────いや、押し切ってみせる!!
葵は格子の隙間から手を差し出した。
「一緒に行こう!!」
お願い、と目で訴える。
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