その首輪は、弟の牙でしか外せない。

ゆずまめ鯉

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一・リオール・グランケット

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「――あれ見てくださいよ王子。相変わらずモテますねェ、ラザ隊長!」
「………………」

 従者の言葉を鬱陶しく思いながらも耳を傾けたリオールは、闊歩する足を止めて肩越しに振り向いた。薔薇が咲き乱れる庭園中央にある噴水広場に視線を向けると、綺麗な身なりをした金髪の青年が、年端もいかない少女から花を受け取る瞬間だった。いつも街を警備しているのでお礼のつもりなのだろう。
 漆黒の生地で丁寧に繕われた隊服に身を包んだ青年は、ありがとうと微笑みながら赤いチューリップを受け取った。茎の短いその花を胸ポケットに挿すと、背伸びしていた少女の小さな頭を優しく撫でた。双方ともに嬉しそうだ。和やかな雰囲気を醸し出している様子を遠目に見ていたリオールは、深い翠色の眸を細めてきつく睨む。

(――まさか、またラクセルのことを思い出してるんじゃないだろうな)

 ラザ隊長と呼ばれている青年の名は、レイン・グランケットという。五歳のときに国王の養子として引き取られるまでは、ラザフォードという名字だったので国家騎士団として勤務中はそちらを使っている。
 国家騎士団とは、その名の通り国を守る兵士が集まって構成されている。約三百名の隊員が存在し、年に一度行われる筆記と実技試験に合格すると、見習いとして働けるようになる。
 始めの二年間は教官の指導を受けながら、剣術や護衛のノウハウ、敵襲を迎え撃つ方法などを学び、ある程度の教養が身についてからは認定試験に挑戦する。その認定試験をクリアすると、晴れて正式な国家騎士団の一員として迎えられる仕組みだ。
 隊に配属されると、街の至るところを巡回したり、郊外まで出て異変がないかを偵察したり、揉めている逆賊を連行して捌くことや、王族が居住する城内の警備をすることになる。隊長クラスになれば、王族を直接護衛する機会が与えられる。遠征の場合は数名態勢で付き添い、移動中や宿泊施設でも交代して不審者がいないか昼夜問わず目を光らせる。それゆえに給金も倍増する。
 レインは十五歳で国家騎士団の見習いになり、十七歳で第三部隊に配属され、二十一の若さで第二部隊の隊長に任命された。異例の早さだ。全部で五つの部隊があり、数字が若くなるにつれて王族と関わる機会が増えてゆく。
 一人一人特注される上等な隊服は煌びやかで、身を守ることよりも軽さや動き易さを重視している。コートを翻して街中を駆ける姿に、着用したいと子供たちから羨望の眼差しで見られることも珍しくはない。
 一方、一般的な傭兵は地味だ。恰好も皮製の胸当てと頭部を守るヘルメット、それに木の盾と全体的に重い。武器は一応、所持を許されているものの質素な棍棒のみ。刀や短刀などの刃物は禁止されている。仕事内容はあまり変わらず、主な役割は街の警備や、揉め事の仲裁、事故があれば救援などを行う。傭兵では街の内部のみと行動範囲が狭く、城内の出入り口しか見張りできない。
 レインにはラクセルという弟がおり、国家騎士団はそのラクセルが憧れていた職業でもあったので、どんなに苛酷だろうとも弱音を吐かずに粉骨砕身勤めている。そんな姿を目にしていると、リオールは無性に舌打ちしたくなったので二人から視線を逸らした。

「いつまでボケッとしている、城に戻るぞ」
「あ、ハイ、すみませんッ! 今行きます!」

 ラザからなかなか視線を逸らさずにいる従者を一喝すると、一目散に歩き出した。



 緑豊かな首都グランハリストは、九十万人ほどの国民が生活している大都市だ。周辺にある国のなかでも、農作物や魚介類の交易が盛んに行われており、旅の行商人などが昼夜を問わず行き交う。街の中心部では、季節特有の草花があちらこちらで咲き誇り、ようやく春が訪れた今の季節は赤、白、黄色、桃などのチューリップと、ゆりの花に似た形状をしたハクモクレンが鑑賞できる。数週間前には桜も満開だった。
 リオールが居住している立派な古城は、街を抜けた先にある小高い丘の上に数百年前から建立されている。城の周辺には防犯の都合上、森林や倉庫などの建物がないため、街並みを眺めるには申し分ない。ゴシック建築の美しく均整の取れた外観からか、観光客がときおり見学に訪れるほどだ。
 夕食と湯浴みを適当に済ませたリオールは、三階角にある部屋の扉をノックした。ほどなくして内側から「開いてるよ」と微かに聞こえてきたので、遠慮せずに扉を開け放つ。
 自室とは対照的に家具が少なく、すっきりしている室内。ベッドと衣類を収納している小さめなチェスト、鏡台が置かれているだけだ。それなのに所帯じみているのは、野営をするときの癖が抜けずにロープを張り巡らせ、室内だというのに洗濯物を干していることと、簡易だが備えつけられたキッチンがあるからだろう。とある事情により、レインの部屋にはキッチン以外にも、バス・トイレが完備されている特別仕様だ。リオールの寝室にはない。

「レイン。扉にはちゃんと鍵をしとけと、いつも注意しているだろう?」
「わざとだよ。リオールが来るってわかってたから開けといた」

 レインは、ベッドに腰かけながらタオルで髪の毛を拭っていたようだ。腰よりも長く伸ばしているため、乾かすのに苦労している。リオールが切れと言っても頑なに短くしようとしない。長い方が似合うとすすめたラクセルのせいだ。
 風呂あがり独特の清潔な石けんの香りがほのかに漂っている。ごくりと生唾を飲み干しそうになるところを必死に抑える。恰好は地味で目立たないようにしているが、レインは天然の金髪と整った顔立ちをしており、リオールから見ても美しい風貌をしている。男女問わず常に誰かから視線で追われているが、本人は鈍いので気づいていない。
 何食わぬ顔で隣に座ると、肩に腕を回そうとしたところで遮るように呼ばれてしまった。

「ねえリオール」
「……なんだ」

 伸ばしてしまった手は空中を彷徨い、仕方なく後頭部を罰が悪そうに引っ掻く。

「今夜もするの? その……こういうこと」

 こういうこと、とは夜伽のことだ。レインがラザの名前で国家騎士団として働いていることはトップシークレットになっている。危険な仕事もあるため、本来ならば王族に準ずるものは就くことのできない職業だ。それを知っているリオールは、口止めと称してレインの身体を抱いて性欲を発散している。

「不満なのか? けど、一緒に寝ようって言い出したのはレインだろ」
「そ、うだけど……それは、むかしの話しだし、こういう意味じゃなかったよ」

 互いの寝室に行き来して眠るようになったのは、今から十六年も前のことだ。三歳のまだ幼かったリオールが、広々としたキングサイズのベッドで独り就寝していると知り、レインはその日から枕を持参して部屋まで押しかけるようになった。当時から今も続いている習慣だ。それを利用したのは五年前。毎晩一緒だったので、セックスできれば一石二鳥だという軽い気持ちだった。

「せめて、灯りだけでも消して……」
「…………チッ」

 面倒ながらも起き上がり、ランタンに灯っていた火を消すと途端に周囲は薄暗くなった。
 目が暗闇に慣れるよりも先に、セックスに消極的なレインを洗い立てのシーツに縫いつける。ふとベッドの頭上に置かれていた花瓶が気になり、吸い寄せられるように視線を向けた。すると、その花瓶には日中もらったチューリップが活けられていた。途端に空しくなる。
 その花瓶は、レインの弟であるラクセルが手作りしたものだ。少々歪んだ真っ白い陶器に、黄色い向日葵の花が描かれている。それを睨みつけながら、レインの纏っている寝間着の浴衣を乱暴に剥ぎ取る。下半身をそこそこ解してから、一気にリオールは自身の陰茎を突っ込んだ。途端に快楽に支配されそうになる。無我夢中になる。

「ん……や、め……ああッ」

 月明かりの差し込む角部屋にて、義理の兄であるレインの肢体を組み敷いて性欲を発散させた。
 まだ十五歳だった四年前の今日、不慮の事故でラクセルはこの世を去った。



 ――命日だった。


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