その首輪は、弟の牙でしか外せない。

ゆずまめ鯉

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九・リカルドとラクセル・グランケット②

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 根回しに奔走すること数日間。隣国アルトハウゼンに単身乗り込むには、仕事の折り合いなどやるべきことがいくつもある。どこから情報が漏れてしまうかわからないため、国家騎士団の総司令官であるアキにのみ、アルフォンス国王に呼び出されていることを打ち明けた。

「ギリギリになるまで黙っててごめんなさい……でも、ラクセルに会いたいんです。おれのわがままを許してください……」
「ふむ。レインの事情はわかったよ。アルフォンス国王の考えは読めないけれど、私もラクセルには剣術を教えていたし、レインと同じように自分の弟だと思って接してきたつもりだよ」
「アキさん……」
「内密で行くなら、私たちの後ろ盾はないけれど、それでも大丈夫?」
「もちろんです。私情に巻き込んでしまってごめんなさい……。なにかあっても、アキさんには迷惑かけません」

 考えていることを包み隠さず伝えて判断を仰ぐと、アキも協力してくれることになった。ラザ隊長にだけ秘密裏の依頼を任せたという名目で、一日だけ出張扱いにしてもらい、リオールや部下からやり過ごそうという魂胆だ。二十四時間以内にアルフォンス国王から話しを窺い、リカルドのことを調べて帰郷する。隣国までは馬を飛ばせば二時間半で移動可能なので、愛馬には無理をさせてしまうが不可能ではない。
 荷造りはリュック一つ分と最小限に抑えると、任務中の相棒でもある愛馬で隣国に向かった。

***

「よく来てくれたね、レインくん」
「アルフォンス国王、ご無沙汰しております」

 予め訪問する時間は手紙で知らせていたので、王座で盛大に出迎えられた。今日はアルス王子が不在なのか、執事見習いのリカルドの姿も見られなかった。内心、落ち込んでしまった。

「今回は何日滞在するんだ? 三日間? 七日間? いや、もっといてくれてもかまわない」
「あ……はい、急に決めてしまったので申し訳ないのですが、明日の昼には帰郷する予定です」
「なんだそうか……」

 いくらなんでも予定日数以上の外泊はできないので、真顔で問われてぎょっとする。やたらと頭髪ばかりに注目されている気がするし、よくわからないがアルフォンス国王から嫌われていないことだけは理解した。
 本題とは関係ないので気を取り直して質問をぶつけてみた。

「それで、今日はアルフォンス国王にお伺いしたいことがあって参りました」
「ん? 私のことが知りたいのなら、なんでも質問してくれてかまわない」
「あ、いえ、アルス王子についている、執事のリカルドさんのことなんですが……」
「リカルドがどうかしたか? 粗相でもあったか?」
「いえ。彼の出自が知りたいのです。アルス王子に尋ねたところ、五年前に出会ったそうですが、無口だったと……」

 自分には興味がないのかと、リオールを彷彿とさせるような拗ねた表情をされて焦ったが、レインの真剣さが伝わったのか渋々口を開いてくれた。

「リカルドを連れて来たのは執事として一家代々勤めている家の者だ。なんでも、遠征中に負傷していたところを見つけ、もう一人は既にこと切れていたが、リカルドは虫の息に近かったので慌てて大きな病院に運んだと言っていた」
「やっぱり!! あ、すみません」

 行方不明だったラクセルはリカルドとして生存していた。国王の口から告げられた言葉を耳にし、レインの目頭は熱くなってくる。勘違いではなかったのだ。六年前に事故に遭い、たまたま遭遇した馬車と人間に助けられて一命を取り留めていたことを知る。
 ことの顛末はこうだ。馬車が崖から落下し、助かったのはラクセルのみ。けれど、既に虫の息に近く危険だったという。
 そこへ幸運にも、グランハリストから定期的に出ている馬車が通りかかり、医者である老人が治療に当たったという。そうしてアルトハウゼンまで運ばれたようだ。
 隣国までは馬車で五時間。すぐさまグランハリストにある病院まで引き返していればよかったものの、医者にはどうしてもその日のうちに帰郷しなければならない用があったため、重症者を治療しつつ移動することになったらしい。名医と呼ばれる医者がいなければ、助かっていたかわからないため仕方がない。
 転落のショックと、三日間ほど高熱で生死をさまよっていたことから、ラクセルとしての記憶を失ってしまった。だが、医者の親戚には、アルトハウゼンで代々、執事を輩出している一族がいたので、体調が万全になるまではそこへ預けられることになった。王室にも顔が利くため、恥ずかしがり屋でもある王子の話し相手にどうかと考えたようだ。
 あちらこちら骨折しつつ、三か月ほどで歩けるまでに回復し、いざ親族がいないか捜索しようとした矢先に、年老いた医者が他界したという。不憫に思った執事の一族は、医者が仮名として呼んでいたリカルドを本名とし、家族の一員として迎え入れた。飲み込みは早かったようで学校にも通わせてもらい、ある程度の教養が身についてからアルス王子と謁見したのだという。

「それがどうしたんだ?」
「私の…………血の繋がった弟なのです。こちらを見てください、これが小さいときのラクセルと私です」

 持参した鞄から、行方不明になる半年前に描かれた似顔絵を数枚取り出し、アルフォンス国王に手渡した。そこには、嬉しそうにはにかみながら、クッキーを頬張る十四歳のラクセルと、料理最中の十九歳のレインが描かれている。

「確かに似ている……。だがしかし、髪の色が違うだろう? リカルドは黒髪だ。目の金色は……年を重ねると色が変わることがあるらしいから、それか?」

 頭髪については染色している可能性があること、茶色の眸については、母親も同じ色だったことを伝える。国王は、初対面のときに既に黒髪だったと発言しているので引っかかるが、レインの訴えに耳を傾けてくれるようだ。

「いつか家族のもとへ返してやりたいと思っていたから、リカルドを国に帰してもいい」
「ほ……本当ですかッ!?」
「ああ。その代わり、条件がある。レインくん、きみが私の『嫁』になってくれるかい?」
「…………へ?」

 なにを言っているのだろうか。アルフォンスの発した言葉の意味を理解するのに、レインは首を傾げながら三分間ほど思考を巡らせた。

(私の………………嫁?)

 ユーモア溢れるアルフォンス国王の冗談なのか、それとも本気なのか。表情を読もうとしても、一国の国王がそう易々と顔に出すわけがない。胡散臭い笑みを浮かべている。

「私は本気だよ。きみは第一王子でありながら、王位継承権を持たないのだろう? グランハリストも素晴らしい国だけど、住み続けても生涯、王子のままだ。でも、私の国に来れば王妃になって地位も名声も手に入る。私と、我が弟、アルスの家族になってほしいんだ」

 出会いがしらに衝突したような急展開に、レインは戸惑った。ラクセルの無事を確認できただけではなく、生まれ故郷に帰してくれるというのに、自分が嫁がなければならないのかと頭を悩ませる。

「ああ、リカルドと一緒にここに残りたいなら、無理に帰らなくてもいいんだよ」

 更なる提案をされてしまった。グランハリストにレインが戻らなくても、大して影響はないだろう。寧ろ王妃は厄介払いができたと喜んで送り出す気がする。
 国家騎士団の方も、昇級試験や入団試験は定期的に行われている。一人が抜けただけで回らなくなるようなものではない。そう考えてしまうと、誰からも必要とされていないことに気落ちしそうになる。
 だが、レインがなぜ国家騎士団に入ってまで働きたかったのかを思い浮かべると、弟たちを自分の手で守りたかったからだ。他の人間に任せたくなかったから、辛い特訓にも耐えて来たし、隊員の中でもめきめき頭角を現すことができた。その揺るぎない気持ちだけはレインのものだ。

「どうだい? 快く受けてくれるだろう?」
「…………いいえ、お受けできません。お受けできないのですが、他になにかできることがありましたら、お力添えするということではだめですか?」
「それはどうして? リカルドと一緒に暮らしたくはないのかい?」
「暮らしたいに決まってる! けれど、一人だけここに残っても、二人で残ってもだめなんです。グランハリストで弟と元通りに暮らしたいのです」

 アルスという大切な存在がいるのなら、レインの兄としての気持ちも理解してほしい――そう思ったのに、アルフォンス国王は残念そうに首を振るだけだった。

「…………そうか。少し時間をあげるから、考えるといいよ。誰かいるか? レインくんをあそこへ案内してあげて」
「や、やめてください! アルフォンス国王!」
「心変わりしてくれるのを待ってるよ、レインくん」

 アルフォンス国王が指を鳴らすと、物陰から二人ほど兵士が現れる。その二人に両脇を抱えられたレインは、王座から退室させられ、なぜか地下へと連行された。抵抗する余力はある。しかし、大事にはしたくなかったので大人しく従うと、とある一室に入れられてしまった。

「レインさん、すみません。ここはΩ専用の部屋なんです。ここなら風呂やトイレ、台所など完備されているので、しばらくいても平気です。あと部屋から出たいときは、扉の前にいる兵士に声をかけてください。見張りはつきますが、城内ならどこでも出歩いていいそうですよ」

 いわゆる軟禁だ。王族はすぐに軟禁や監禁するのが趣味なのだろうかと、溜め息が漏れそうになる。
 ラクセルがいるので会いに行きたいところだが、その前にやるべきことがある。アキには一日で帰ると伝えているので、状況が変わってしまったことを連絡しなければならない。
 室内に置かれている机の引き出しを探ると、紙と筆があったので拝借することにした。念のため、地下に幽閉されているとは書かず、アルトハウゼンがいい国で帰りが遅くなると記すことにした。聡いアキならばこれで伝わるだろう。
 扉の前にいる兵士にチップを多めに渡し、すぐさま書簡を速達で出してほしいと頼んだ。快く引き受けてくれた。
 ひとまず便りを出すと、これからどうすればいいのかレインは思考を巡らせる。こんな形で結婚したくないし、ラクセルを置いて帰ることも言語道断だ。
 幽閉されているとはいえ、せっかくラクセルと一つ屋根の下にいるのだから、このチャンスを逃すわけにはいかない。

(……よし、頑張ろう!)

 早速、ラクセルに会いに行くことにした。アルフォンス国王のことは置いといて、今は記憶を取り戻すことを最優先に動くことにした。
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