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九・リカルドとラクセル・グランケット①
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普段よりも一時間早く起床したレインは、王子とリカルドの宿泊予定の貴賓室を念入りに清掃していた。メイドが「やめてください!」と顔面蒼白になろうとも、知らぬ顔でベッドメイクや窓ガラスを磨いたり、風呂場を掃除したり、二時間かけて隅々まで綺麗にしていた。
当然ながら滞在中は非番だ。休みを取るために普段よりも仕事を詰めて頑張った。
リオールに呆れられるほど、レインは今回の訪問に賭けているのだ。長年、行方不明だった実の弟が、生まれ育った故郷を訪問するのだから無理もない。
あれからリオールとは、リカルドに関する話題を一切しなくなった。出すとあからさまに不機嫌になってしまうからだ。違うという意見をレインが聞き入れず、自分の意見を曲げようとしないので、信用されていないと拗ねているらしい。そういうわけではないが、リオールこそレインの意見を本気にしないので、頼りになるのは自分の勘しかない。
部屋の準備が終わると、今度は調理場にこもり、ラクセルの好物だったビーフシチューとカツレツ、ビスケットを用意していた。じっくりコトコト弱火で煮込んでいる間に、カツレツやつけ合せのパン、ビスケットを焼成する。到着予定時刻のギリギリまで調理していると、匂いに釣られたのかグウェンソードがひょっこり顔を出す。
「まだここにいたのか。そろそろ午後一時になるぞ。二人を迎えに行こうぜ」
「うん。もう行こうとしていたところだよ」
料理長にお願いすると、残りの調理を引き受けてくれたので、身につけていた前かけを外して急いだ。程なくして隣国アルトハウゼンのバラの紋が描かれた旗を掲げた馬車が到着する。グウェンソードがどんな反応をするのか。一か月振りに会うリカルドは、元気にしていただろうか、色んな感情が沸き起こる。
心待ちにしていた燕尾服姿のリカルドと、緊張した面持ちをしているアルスが、馬車から降り立った。
「よく来てくれたね、アルス王子と、……リカルドさん」
笑顔で出迎えると、滞在中の護衛担当であるグウェンソードとルーンを紹介した。荷物があるため、先に貴賓室に案内してから、城内や街中を案内することになった。
貴賓室の扉を出てから、驚いた様子のグウェンソードに耳打ちされる。
「おいおい……髪が黒いってだけで、ラクセルそっくりじゃないかよ……!」
「…………でしょ?」
「でも、リオールは否定したんだって?」
「…………うん。口論になるから、もうリオールの前で口にしてないよ」
案の定、観察眼に長ける男はレインの気持ちを汲んでくれたようだ。頭髪や眸の色など、どうとでもなる。染色剤や、一時的に眸の色を変える薬はある。どういう理由で黒髪なのか推測するのは難しいが、一人でもラクセルだと認めてくれた人物がいるだけでも心強い。
「それで、どうするんだ? なにか策は考えているんだろ?」
「一応、ね。だけど生家は既にないし、使っていた自室や、よく食べていたお菓子でも思い出してくれなかったら、打つ手はないかもしれない……」
名前を呼ぶのも、過去を質問するのも反応はあったが効果はなかった。寧ろ、嫌われかねない上に更なる警戒と誤解を生じてしまうだろう。それでは今後、困ることになる。思わず暗くなってしまい俯くと、額を指先で弾かれた。
「そう弱気になるなよ、お兄ちゃん。血の繋がった弟だろ?」
「…………そうだよね、ありがとうグウェンソード。おれ、頑張るよ」
「ああ、その調子。例え今回がだめでも、他に手段がないかを一緒に考えようぜ」
頼もしい励ましに元気を取り戻したレインは、小さく頷いてから決意を新たに調理場へと戻った。
予定では三泊だったので七十二時間しか猶予はない。甘いものは苦手だと拒否されていたので、何度か食べさせたことのあるジンジャーブレッドを用意すると、アルス王子に勧められるまま口にしてくれた。食べながら一粒の涙が頬を伝い落ちるも、記憶が戻ったわけではなく、目にゴミが入っただけだと誤魔化されてしまった。
こっそり教えられたのだが、アルス王子に寄ると、リカルドが涙を見せるのは初めてではないという。まだ執事見習いではなく、王子の友人として寝食を共にしていたころ。寝起きに目元を赤らめており驚いたらしい。理由を尋ねても、直前まで見ていた夢の内容は覚えていなかったようで、ずっと気になっていたと打ち明けてくれた。四年も前とのことだ。
リカルドと親しくなったのは五年前で、無表情だったのはそのときからだという。出会いについて質問すると、ある日、前触れもなく連れて来られただけで、素性は一切教えられていないと打ち明けられた。一年間ほど毎日話しかけても、一言も喋ってくれなかったらしい。
アルス王子からはそれ以上、情報を得ることはできなかった。リカルドが、アルトハウゼンに住むようになった経緯を知るであろう人物は、他にもいるはずだ。そちらを当たった方が賢明だろう。再訪問の機会を与えてくれた国王に、人知れず感謝した。
当然ながら滞在中は非番だ。休みを取るために普段よりも仕事を詰めて頑張った。
リオールに呆れられるほど、レインは今回の訪問に賭けているのだ。長年、行方不明だった実の弟が、生まれ育った故郷を訪問するのだから無理もない。
あれからリオールとは、リカルドに関する話題を一切しなくなった。出すとあからさまに不機嫌になってしまうからだ。違うという意見をレインが聞き入れず、自分の意見を曲げようとしないので、信用されていないと拗ねているらしい。そういうわけではないが、リオールこそレインの意見を本気にしないので、頼りになるのは自分の勘しかない。
部屋の準備が終わると、今度は調理場にこもり、ラクセルの好物だったビーフシチューとカツレツ、ビスケットを用意していた。じっくりコトコト弱火で煮込んでいる間に、カツレツやつけ合せのパン、ビスケットを焼成する。到着予定時刻のギリギリまで調理していると、匂いに釣られたのかグウェンソードがひょっこり顔を出す。
「まだここにいたのか。そろそろ午後一時になるぞ。二人を迎えに行こうぜ」
「うん。もう行こうとしていたところだよ」
料理長にお願いすると、残りの調理を引き受けてくれたので、身につけていた前かけを外して急いだ。程なくして隣国アルトハウゼンのバラの紋が描かれた旗を掲げた馬車が到着する。グウェンソードがどんな反応をするのか。一か月振りに会うリカルドは、元気にしていただろうか、色んな感情が沸き起こる。
心待ちにしていた燕尾服姿のリカルドと、緊張した面持ちをしているアルスが、馬車から降り立った。
「よく来てくれたね、アルス王子と、……リカルドさん」
笑顔で出迎えると、滞在中の護衛担当であるグウェンソードとルーンを紹介した。荷物があるため、先に貴賓室に案内してから、城内や街中を案内することになった。
貴賓室の扉を出てから、驚いた様子のグウェンソードに耳打ちされる。
「おいおい……髪が黒いってだけで、ラクセルそっくりじゃないかよ……!」
「…………でしょ?」
「でも、リオールは否定したんだって?」
「…………うん。口論になるから、もうリオールの前で口にしてないよ」
案の定、観察眼に長ける男はレインの気持ちを汲んでくれたようだ。頭髪や眸の色など、どうとでもなる。染色剤や、一時的に眸の色を変える薬はある。どういう理由で黒髪なのか推測するのは難しいが、一人でもラクセルだと認めてくれた人物がいるだけでも心強い。
「それで、どうするんだ? なにか策は考えているんだろ?」
「一応、ね。だけど生家は既にないし、使っていた自室や、よく食べていたお菓子でも思い出してくれなかったら、打つ手はないかもしれない……」
名前を呼ぶのも、過去を質問するのも反応はあったが効果はなかった。寧ろ、嫌われかねない上に更なる警戒と誤解を生じてしまうだろう。それでは今後、困ることになる。思わず暗くなってしまい俯くと、額を指先で弾かれた。
「そう弱気になるなよ、お兄ちゃん。血の繋がった弟だろ?」
「…………そうだよね、ありがとうグウェンソード。おれ、頑張るよ」
「ああ、その調子。例え今回がだめでも、他に手段がないかを一緒に考えようぜ」
頼もしい励ましに元気を取り戻したレインは、小さく頷いてから決意を新たに調理場へと戻った。
予定では三泊だったので七十二時間しか猶予はない。甘いものは苦手だと拒否されていたので、何度か食べさせたことのあるジンジャーブレッドを用意すると、アルス王子に勧められるまま口にしてくれた。食べながら一粒の涙が頬を伝い落ちるも、記憶が戻ったわけではなく、目にゴミが入っただけだと誤魔化されてしまった。
こっそり教えられたのだが、アルス王子に寄ると、リカルドが涙を見せるのは初めてではないという。まだ執事見習いではなく、王子の友人として寝食を共にしていたころ。寝起きに目元を赤らめており驚いたらしい。理由を尋ねても、直前まで見ていた夢の内容は覚えていなかったようで、ずっと気になっていたと打ち明けてくれた。四年も前とのことだ。
リカルドと親しくなったのは五年前で、無表情だったのはそのときからだという。出会いについて質問すると、ある日、前触れもなく連れて来られただけで、素性は一切教えられていないと打ち明けられた。一年間ほど毎日話しかけても、一言も喋ってくれなかったらしい。
アルス王子からはそれ以上、情報を得ることはできなかった。リカルドが、アルトハウゼンに住むようになった経緯を知るであろう人物は、他にもいるはずだ。そちらを当たった方が賢明だろう。再訪問の機会を与えてくれた国王に、人知れず感謝した。
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