その首輪は、弟の牙でしか外せない。

ゆずまめ鯉

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八・新たな火種と再会③

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「…………ん」
「落ち着いたか? レイン。少し疲れただけだろうって、よこしてくれた医者が言ってたぞ」

 ベッドで寝かされていたのか、本を読んでいたリオールに顔を覗かれた。起き上がろうとすると、無理をするなと押し戻される。早く相談したいことがあったので、どうにか踏ん張った。読んでいた本を閉じ、よろけないようにと肩を支えてくれる。

「…………ねえリオール」
「なんだ? 腹が減ったのなら、もうすぐ夕飯だぞ」
「ん、ちがう。あのね、リオール。リカルドを目にして、なにか感じなかった?」
「…………なにかって?」

 リオールにはわからないのだろうか。三歳から十五歳までは一緒に育ったし、刺激し合って学んだ仲でもある。二人は戦友のようなものだと捉えていた。

「別に、なにも感じていない。それがどうしたんだ?」
 しかし、リオールは人にはあまり興味を示さないだけあり鈍いのか、レインと同じような衝撃は受けていないようだ。

「…………ラクセルだよ」
「は?」
「だから、ラクセルなんだよ、見つかったの!!」

 告げるなり、呆気にとられたような表情をされてしまった。信じられないとつぶやかれる。

「リカルドは黒髪だろ? それに、眸の色も茶色だ。確かに年齢は近いかも知れないけど、性格はアホみたいに明るかったし、ラクセルはあんなに冷徹そうなやつじゃなかった。それに、俺たちを見たのに無反応ってのはあり得るのか?」
「兄であるおれが間違えるわけないでしょ……。あの子はラクセルなんだよ、記憶喪失なだけで」

 違うと否定されてショックを受ける。こういう場合、グウェンソードが一緒にいれば――そう落ち込んでしまうもののいないものは仕方がない。
 リオールの指摘する通り、ラクセルは金髪で金目だ。レインや幼馴染みのリオールを目にしても、動揺することはなかった。だが、崖からの転落が影響して記憶を失ってしまっていることも、ないわけではない。実の父親だって記憶喪失で何年も帰らなかった。本当に別人なのか確かめる必要がある。
 晩餐会を狙って声をかけようと決意するも、執事は王族や来賓と共に食事を取らない。後ろで無表情のまま待機しているだけだ。用事がない限りは発言すらしない。
 出されるコース料理の味よりも背後にいる人物が気がかりで、話題を振られてもろくに応えられなかった。このままでは、接触する機会に恵まれないまま帰ることになってしまう。

「あの、お手洗いまで案内してもらえませんか?」
「承知しました。こちらになります」

 なんとか話しかける口実を捻出したレインは、執事の一挙手一投足に注目した。このチャンスを無駄にしたくない。不審者にはなりたくないので、差し障りのない話題はないかと必死に思考を巡らせる。

「ら……リカルドさんは、お勤めになって長いんですか?」
「半年前からになります」

 背中を追いながら質問を投げかけると、即座に返事をしてくれる。無視されることも懸念していたが、どうやら杞憂だったようだ。ホッとしながら更に尋ねてみる。

「それ以前は?」
「近場の学校に通っていました」
「生まれてから、ずっとこの国なんですか?」

 歩みは止めぬまま、けれど明らかに動揺しているのか、一呼吸置いてから声が返ってくる。憤慨したのか、戸惑っているのか、背中しか見えないレインにはわからない。

「…………それは今、必要な質問ですか?」

 問いかけには答えず、けれど声には明らかな動揺の色が見られていた。早歩きになったので、小走りで追いかける。試したいことがある。

「…………ラクセル?」
「…………ッ!」

 思いきって顔を合わせ、視線を逸らす隙を与えずに名前を呼んでみると、リカルドの眉間に深くしわが刻まれた。それだけではない。右手でこめかみを押さえている。
 記憶が蘇っただろうか、レインの眸は期待の眼差しに揺れる。思い出してほしい。兄がいるということを伝えたい。

「…………お手洗いはこちらになります」

 しかし、また人形のような覇気のない表情に戻ってしまい、もう少しタイミングを計るべきだったかと落ち込んだ。急いてはことを仕損じる、というグウェンソードが教えてくれた異国の言葉が脳裏を過る。
 広々とした洗面台にて、気合いを入れるために顔を洗った。外で待機しているのですぐさま戻り、来た道を歩きながら声をかけようとするも、警戒したのか質問には一切答えてくれなくなった。
 滞在期間中に更なる手がかりを掴みたかったが、幼少の想い出を語っても反応せず、調理場を借りてクッキーを振る舞うも、甘いものが苦手だからと口にすることもなく、見事に惨敗していた。
 ようやく消息を掴んだというのに、このまま素直に帰るわけには行かない。一生後悔してしまうことは目に見えている。
 どうにかして交流する方法はないだろうかと頭を悩ませた結果、レインは単身、王座へと向かい、とある提案をしてみることにした。

「アルフォンス国王にお願いがあるのです」
「ん? レインくんの頼みならなんでも聞こう。遠慮せずに言ってごらん」
「はい。あの、アルス王子とリカルドさんを、グランハリストでおもてなししたいのです。彼らは聞くところによると、ご旅行をされたことがないとか。是非とも交流したいのです」

 一国の王に対して差し出がましい申し出だということは十分に承知している。気分を害されても仕方がない。
 けれど、こうでもしない限りは接点がなくなってしまうので必死に頭を下げた。これを逃してしまうとまた離れ離れになってしまう。なんとか次へ繋げたい。

「とある条件を飲んでくれるなら、喜んでレインくんに従おう」
「条件……とは?」

 脳裏に浮かぶのは政治的な話題だ。バラの販路ルートを探していると、世間話をしている際に耳にしていたので、それではないかと予想する。レインが国に帰って提案することは可能だが、第一王子という肩書きはあまり有力ではないため、そうなると困ったことになる。

「また君がここへ遊びに来てくれるなら、レインくんのご厚意を喜んで引き受けよう。一人で来てくれると嬉しい」
「そのくらいなら、ぜひ!」
「本当か!? では、うちの弟と執事をよろしく頼むよ」

 王子は中等教育の真っ最中だがもうすぐ夏休みがあり、そろそろ一国の代表として外交に赴かせ、様々な国と交流する訓練をさせようとしていたらしい。思い切って提案してみて正解だった。これで心置きなく帰ることができる。
 レインは、帰路に就く馬車の中で笑いたいのを我慢していた。リオールに不審がられても、なんでもないよと誤魔化した。敏い弟ゆえに、条件について打ち明けると怒られるに違いない。隠し事は心苦しいが、ラクセルをグランハリストに招くことができるのならば、そのくらい問題ない。
 スクールの夏休みは一か月後だという。今から待ち遠しくて待ち遠しくて、暦の書かれた手帳を、日に何度も眺めてはそわそわしていた。
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