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十一・帰還①
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以前よりも休暇を取るようになったレインは、必然的に笑顔でいることが増えた。そのこと自体はリオールも喜ばしいと感じているのだが、問題はその笑顔を向けられているのが自分──ではなく、帰郷したラクセルということだ。
狭量だと指摘されたくはないので気にしていない素振りをするが、それが普段からの態度にも如実に表れるようになってしまった。不機嫌だということを悟らせないため、仲睦まじい兄弟の様子を遠くから見守ることが増えた。
元々、ラクセルとはレインの奪い合いをしており、行方不明から戻ればこうなることくらい想像していた。想像していたのだが、やっぱり面白くない。
「黒髪も似合っているけど、やっぱりおれは金髪姿を拝みたいな~」
「うん、もう染めないつもりだよ」
調理場にて、リクエストされたビーフシチューを作りながら、レインとラクセルはにこにこしていた。
ラクセルが、グランハリストに帰還してから一週間。レインのケガはまだ完治するには日数を要するが、鎮静剤を飲むようなことはなくなった。ラザとして国家騎士団に復帰するために、毎日服用していたのだ。痛みが和らぐ代わりに体力を消耗しやすくなるため、ケガが完治するまでは禁欲している。隣に眠っても触れられないのでもどかしいが、アキやグウェンソードに身体を労えと注意されてしまえば、否が応でも従わなければならない。
もしも自分の一方的な感情だけで組み敷けば、すぐに仕事にも影響が出てばれてしまうだろう。そうなると引き離されかねないため、据え膳食わぬ状況を生まれて初めて味わっていた。
「リオールとお揃いで僕は嬉しいけどね、黒髪」
「ふふ、そうだね。二人並んだ姿を絵に収めておこうかな。アルス王子にも送りたいし」
「…………ねえ、ちょっとリオール。僕の話聞いてる? もっとこっちきなよ」
なべ底が焦げぬよう、かき混ぜて手伝っていたラクセルが、不意に振り返るので視線を逸らす。調理台の前にいるレインとラクセルを、試中央のテーブル席から眺めていたのだ。もう少しすればグウェンソードも駆けつけるだろう。
「…………いや、ここでいい。それより腹が減った」
「ああ、もうすぐだよ」
本当に好きなのか、ラクセルが力説するせいで腹が鳴りそうだ。
レインは行方不明だったこの六年間、弟に対してできなかったことをしてやりたいのか、暇を見つけては菓子を作ったり、料理をしたりと日々を忙しくしている。
リオールが、過去に絶賛していた菓子や料理を中心に振る舞うので、やはり毒見役だったんだなと実感する。別に拗ねているわけではない。リオールの意見を真剣に聞き入れ、美味いと答えたものをラクセルに作っているということは、信頼している証拠だ。胸中は複雑でも、喜ばしいことには変わりない。
ただ、レインの傍にいると、どうしても欲求不満になってしまうのだ。背中の傷が完治するまでは、まだまだかかるというのに、触れたくて触れたくて堪らなくなる。だから不必要に近づかないようにしている。
それを察したらしきグウェンソードに、わざとらしく肩を組まれ、『娼館ならいつでも付き合うぜ』と揶揄されたことを思い出す。殺意が湧くと同時に、自然と溜め息が漏れる。
「…………リオール? どうしたの? あ、煩かったかな?」
「…………いや、べつに」
「もうちょっとだけ待ってね」
溜め息を聞かれたのかレインに気を使われ、娼館を頼るべきだろうかと頭を悩ませる。レイン以外と肉体関係を持とうとしたことはない。反応するかどうかもわからない。本命がいながら適度に遊んでいるグウェンソードとは違い、別の誰かで性欲を発散したいとは思わない。
ローズマリーという許婚がいるとはいえ、リオールは次期王位後継者だ。側室や愛人の座を狙う者もいる。誰がリオールを落とせるのか、陰で競っていることも知っている。
けれど、基本的にはレイン以外、眼中にないのだ。レインの代わりは存在しない。レインがいいのだ。レイン以外は必要としていない。
「あー腹減ったなーって、どうしたんだリオール。辛気臭い顔して、なにかあったか?」
「……おまえは、どのくらいのペースで娼館に行ってるんだ?」
「なんだよ、昼間から。やっぱり欲求不満か? いいぜ答えてやるよ。そうだな、俺は毎日でもいいけど、アキさんは週に二回か三回がいいみたいだから、それ以外で発散したくなったら行ってるぜ。金髪美人で後腐れのない相手、紹介してやろうか?」
隣の椅子に腰かけながら、恥ずかしげもなく自分の性生活について語り出す。羞恥心はどうやら母親の腹に忘れて来たようだ。一応、内緒話のように身体を引き寄せ、レインたちに聞こえないようにと小声だ。気遣えるらしい。
「なになに、二人して内緒話でもしてるの?」
グウェンソードに気づいたラクセルは、笑みを浮かべながら近づいてくる。
「ああ、リオールと男同士の話をしてるぜ」
「……あのー僕と兄さんも、一応、男なんだけど……?」
「細かいことは気にするな! 青少年!」
内容をべらべらと話さなかったのは不幸中の幸いだが、意味深長な物言いをされてどっと疲れが押し寄せる。仲間外れを感じたラクセルは唇を尖らせ、レインはといえば、料理に集中しているのか知らぬ顔だ。安心したような、がっかりしたような、複雑な心境を味わいながらも、欲求不満だということが知られずに済んだので安堵した。
「それよりリオール。兄さんが僕の金髪を絶賛してるからって、実の弟相手に嫉妬しないでよ? なんでも似合う僕って、罪作りだよね」
仲がよすぎるとは思っていても、それは離れ離れの埋め合わせだと理解しているので、堪えているつもりだ。
「…………するか。偽物には興味ない」
「ならよかった。あ、グウェンソードもだよ?」
「俺はこの赤毛にポリシーがあるから、変えるつもりはないぜ? ただ、アキさんに可愛くお願いされたら、何色にでもするけどな。そういうもんだろ?」
「うん。それにしても、むかしからぶれないね、リオールもグウェンソードも。ああ、安心した」
ラクセルが嬉しそうに目を細めていると、竈の前にいたレインは、会話を遮るように手を叩いた。
「はいはい、みんな! ビーフシチューできたから、盛りつけと、運ぶのを手伝ってくれる?」
手伝いがいなくなったことを怒っているのか、一瞬だけムッとしたように見えた。けれど、リオールがもう一度レインに視線を向けると、普段通りの表情に戻っていた。
「おー、いい匂いだな~おかわりしてもいいか?」
「もちろん。午後からも元気に働けるように、多めに作ったよ」
レインお手製のビーフシチューと焼き立てのパンを腹いっぱい堪能すると、それぞれ午後は公務や仕事、用事があるため解散した。
狭量だと指摘されたくはないので気にしていない素振りをするが、それが普段からの態度にも如実に表れるようになってしまった。不機嫌だということを悟らせないため、仲睦まじい兄弟の様子を遠くから見守ることが増えた。
元々、ラクセルとはレインの奪い合いをしており、行方不明から戻ればこうなることくらい想像していた。想像していたのだが、やっぱり面白くない。
「黒髪も似合っているけど、やっぱりおれは金髪姿を拝みたいな~」
「うん、もう染めないつもりだよ」
調理場にて、リクエストされたビーフシチューを作りながら、レインとラクセルはにこにこしていた。
ラクセルが、グランハリストに帰還してから一週間。レインのケガはまだ完治するには日数を要するが、鎮静剤を飲むようなことはなくなった。ラザとして国家騎士団に復帰するために、毎日服用していたのだ。痛みが和らぐ代わりに体力を消耗しやすくなるため、ケガが完治するまでは禁欲している。隣に眠っても触れられないのでもどかしいが、アキやグウェンソードに身体を労えと注意されてしまえば、否が応でも従わなければならない。
もしも自分の一方的な感情だけで組み敷けば、すぐに仕事にも影響が出てばれてしまうだろう。そうなると引き離されかねないため、据え膳食わぬ状況を生まれて初めて味わっていた。
「リオールとお揃いで僕は嬉しいけどね、黒髪」
「ふふ、そうだね。二人並んだ姿を絵に収めておこうかな。アルス王子にも送りたいし」
「…………ねえ、ちょっとリオール。僕の話聞いてる? もっとこっちきなよ」
なべ底が焦げぬよう、かき混ぜて手伝っていたラクセルが、不意に振り返るので視線を逸らす。調理台の前にいるレインとラクセルを、試中央のテーブル席から眺めていたのだ。もう少しすればグウェンソードも駆けつけるだろう。
「…………いや、ここでいい。それより腹が減った」
「ああ、もうすぐだよ」
本当に好きなのか、ラクセルが力説するせいで腹が鳴りそうだ。
レインは行方不明だったこの六年間、弟に対してできなかったことをしてやりたいのか、暇を見つけては菓子を作ったり、料理をしたりと日々を忙しくしている。
リオールが、過去に絶賛していた菓子や料理を中心に振る舞うので、やはり毒見役だったんだなと実感する。別に拗ねているわけではない。リオールの意見を真剣に聞き入れ、美味いと答えたものをラクセルに作っているということは、信頼している証拠だ。胸中は複雑でも、喜ばしいことには変わりない。
ただ、レインの傍にいると、どうしても欲求不満になってしまうのだ。背中の傷が完治するまでは、まだまだかかるというのに、触れたくて触れたくて堪らなくなる。だから不必要に近づかないようにしている。
それを察したらしきグウェンソードに、わざとらしく肩を組まれ、『娼館ならいつでも付き合うぜ』と揶揄されたことを思い出す。殺意が湧くと同時に、自然と溜め息が漏れる。
「…………リオール? どうしたの? あ、煩かったかな?」
「…………いや、べつに」
「もうちょっとだけ待ってね」
溜め息を聞かれたのかレインに気を使われ、娼館を頼るべきだろうかと頭を悩ませる。レイン以外と肉体関係を持とうとしたことはない。反応するかどうかもわからない。本命がいながら適度に遊んでいるグウェンソードとは違い、別の誰かで性欲を発散したいとは思わない。
ローズマリーという許婚がいるとはいえ、リオールは次期王位後継者だ。側室や愛人の座を狙う者もいる。誰がリオールを落とせるのか、陰で競っていることも知っている。
けれど、基本的にはレイン以外、眼中にないのだ。レインの代わりは存在しない。レインがいいのだ。レイン以外は必要としていない。
「あー腹減ったなーって、どうしたんだリオール。辛気臭い顔して、なにかあったか?」
「……おまえは、どのくらいのペースで娼館に行ってるんだ?」
「なんだよ、昼間から。やっぱり欲求不満か? いいぜ答えてやるよ。そうだな、俺は毎日でもいいけど、アキさんは週に二回か三回がいいみたいだから、それ以外で発散したくなったら行ってるぜ。金髪美人で後腐れのない相手、紹介してやろうか?」
隣の椅子に腰かけながら、恥ずかしげもなく自分の性生活について語り出す。羞恥心はどうやら母親の腹に忘れて来たようだ。一応、内緒話のように身体を引き寄せ、レインたちに聞こえないようにと小声だ。気遣えるらしい。
「なになに、二人して内緒話でもしてるの?」
グウェンソードに気づいたラクセルは、笑みを浮かべながら近づいてくる。
「ああ、リオールと男同士の話をしてるぜ」
「……あのー僕と兄さんも、一応、男なんだけど……?」
「細かいことは気にするな! 青少年!」
内容をべらべらと話さなかったのは不幸中の幸いだが、意味深長な物言いをされてどっと疲れが押し寄せる。仲間外れを感じたラクセルは唇を尖らせ、レインはといえば、料理に集中しているのか知らぬ顔だ。安心したような、がっかりしたような、複雑な心境を味わいながらも、欲求不満だということが知られずに済んだので安堵した。
「それよりリオール。兄さんが僕の金髪を絶賛してるからって、実の弟相手に嫉妬しないでよ? なんでも似合う僕って、罪作りだよね」
仲がよすぎるとは思っていても、それは離れ離れの埋め合わせだと理解しているので、堪えているつもりだ。
「…………するか。偽物には興味ない」
「ならよかった。あ、グウェンソードもだよ?」
「俺はこの赤毛にポリシーがあるから、変えるつもりはないぜ? ただ、アキさんに可愛くお願いされたら、何色にでもするけどな。そういうもんだろ?」
「うん。それにしても、むかしからぶれないね、リオールもグウェンソードも。ああ、安心した」
ラクセルが嬉しそうに目を細めていると、竈の前にいたレインは、会話を遮るように手を叩いた。
「はいはい、みんな! ビーフシチューできたから、盛りつけと、運ぶのを手伝ってくれる?」
手伝いがいなくなったことを怒っているのか、一瞬だけムッとしたように見えた。けれど、リオールがもう一度レインに視線を向けると、普段通りの表情に戻っていた。
「おー、いい匂いだな~おかわりしてもいいか?」
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