その首輪は、弟の牙でしか外せない。

ゆずまめ鯉

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十一・帰還②

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 グランハリストの街中では、八月に入ると淡いブルーの花が可愛らしいデルフィニウムが楽しめる。眺めているだけでも、人々の心を癒してくれる。城の中庭にも植えているので、レインはベンチに腰かけながら考え事をしていた。
 ラクセルが、グランハリストに帰郷してから二週間。ほぼ毎日、好物を量産して大勢で食卓を囲んでいたので、いざ国家騎士団の任務で一人になってしまうと、途端に寂しさを感じるようになってしまった。これではだめだとレインは首を振りつつ、とあることを思い出す。

(…………そういえば、最近、リオールが一緒にいてくれなくなったなぁ)

 以前からその予兆はあったが、最近はあからさまに避けられている気がした。それとなく近寄ってみても、数分後には距離が生まれ、また近づくも、やっぱり離れてしまう。勘違いということもあるので深くは考えていなかったが、さすがに二週間ともなると確信に変わってしまった。
 そのうえ、三日に一度は身体を重ねていたというのに、それもなくなってしまったのだ。レインの背中に負った傷はまだ治っていないため、気遣ってくれているのだろう。
 しかし、手すら触れてくれなくなったので、どこか寂しさを感じていた。
 抑制剤の効かないヒートならば、もしかすれば相手をしてくれる可能性はあるが、今月もきちんと効いている。

「……だめだだめだ。リオールは二十歳の誕生日に結婚するから、これを機に関係をやめないと……」

 ベンチで頭を抱えて苦悩していると、口論しながら歩く二人組がやってくる。リオールとラクセルだ。最近はラクセルの好物ばかりになっていたので、リオールが気に入っていたフィッシュパイを焼いていた。手招きして呼ぼうとすると、耳に届く会話にどきりと心臓が跳ね上がるのを感じた。

「──リオールは、僕が記憶喪失のまま別人として生涯を終えるか、それとも死んでいた方がよかった?」

 衝撃的な質問に喉がきゅっと絞めつけられる。声を絞り出してはいけないと、本能がそう告げている。ずっと気になっていたのだ。レインが思うよりも二人は険悪で、人懐こいラクセルを迷惑がっていたのではないかと――。
 それならば悲しい。大好きな二人にも仲よくなってほしい。
 けれど、こればかりはレインが強要していいものではない。どんな反応をするのか気になりすぎて心拍数が上がってゆく。

「…………バカなことを言うな、ラクセル。俺がレインの悲しむことを、喜ぶ人間だと思っていたのか?」
「ううん。リオールとはよく兄さんの奪い合いをしているけど、本気で嫌いなら無視するって、僕は知ってるよ。実は内心、張り合うことを楽しんでいることもね。そうでしょ?」
「……ああ」
「うわあ、リオールが素直に認めるとか珍しい! 明日は雪かな!?」
「……やめろ」

 和気藹々とじゃれあっている弟たちの姿を目にして、自分の考えが杞憂だったことを教えられる。それと同時に目頭が熱くなる。とんだ勘違いをしていた。リオールは、ラクセルのことを嫌っていたのではなく、ただ素っ気なかっただけで、やり取りを密かに楽しんでいたのだ。仲が悪いわけではなかったのだ。
 嬉しさが込み上げ、思わず涙を流していると、ラクセルに目撃されてしまった。

「え、なんでこんなところで泣いてるの、兄さん!」
「なんだと!? 誰に泣かされた。言ってみろ!」

 盗み聞きだけでも申し訳ないのに、結託した弟たちが心配して駆け寄ってくる。両手で顔を覆いながら肩を震わせ、嗚咽を漏らしてしまう。
 二十五歳になるというのに泣いてしまったことと、疑ってしまった罪悪感と、そして感動がごちゃ混ぜになり、よくわからない感情に支配されて止まらなかった。

「ごめんね、二人ともごめんね……ッ!」
「だ、だからなんで急に泣いてるの!? ちょっとリオールなんとかしてよ! こんなに情緒不安定だったっけ、うちの兄さん」
「実弟のおまえがわからないのに、俺がわかるかッ!」

 号泣しているせいで、焦ったリオールとラクセルを困惑させることになっても、レインはしばらく涙を流し続けた。騒ぎに驚いたグウェンソードに冷やかされても、それは変わらず。
 それから一時間。泣き腫らした顔をタオルで冷やしながら、泣いた理由を聞かれたものの、レインは答えることができなかった。
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