23 / 32
十一・帰還②
しおりを挟む
グランハリストの街中では、八月に入ると淡いブルーの花が可愛らしいデルフィニウムが楽しめる。眺めているだけでも、人々の心を癒してくれる。城の中庭にも植えているので、レインはベンチに腰かけながら考え事をしていた。
ラクセルが、グランハリストに帰郷してから二週間。ほぼ毎日、好物を量産して大勢で食卓を囲んでいたので、いざ国家騎士団の任務で一人になってしまうと、途端に寂しさを感じるようになってしまった。これではだめだとレインは首を振りつつ、とあることを思い出す。
(…………そういえば、最近、リオールが一緒にいてくれなくなったなぁ)
以前からその予兆はあったが、最近はあからさまに避けられている気がした。それとなく近寄ってみても、数分後には距離が生まれ、また近づくも、やっぱり離れてしまう。勘違いということもあるので深くは考えていなかったが、さすがに二週間ともなると確信に変わってしまった。
そのうえ、三日に一度は身体を重ねていたというのに、それもなくなってしまったのだ。レインの背中に負った傷はまだ治っていないため、気遣ってくれているのだろう。
しかし、手すら触れてくれなくなったので、どこか寂しさを感じていた。
抑制剤の効かないヒートならば、もしかすれば相手をしてくれる可能性はあるが、今月もきちんと効いている。
「……だめだだめだ。リオールは二十歳の誕生日に結婚するから、これを機に関係をやめないと……」
ベンチで頭を抱えて苦悩していると、口論しながら歩く二人組がやってくる。リオールとラクセルだ。最近はラクセルの好物ばかりになっていたので、リオールが気に入っていたフィッシュパイを焼いていた。手招きして呼ぼうとすると、耳に届く会話にどきりと心臓が跳ね上がるのを感じた。
「──リオールは、僕が記憶喪失のまま別人として生涯を終えるか、それとも死んでいた方がよかった?」
衝撃的な質問に喉がきゅっと絞めつけられる。声を絞り出してはいけないと、本能がそう告げている。ずっと気になっていたのだ。レインが思うよりも二人は険悪で、人懐こいラクセルを迷惑がっていたのではないかと――。
それならば悲しい。大好きな二人にも仲よくなってほしい。
けれど、こればかりはレインが強要していいものではない。どんな反応をするのか気になりすぎて心拍数が上がってゆく。
「…………バカなことを言うな、ラクセル。俺がレインの悲しむことを、喜ぶ人間だと思っていたのか?」
「ううん。リオールとはよく兄さんの奪い合いをしているけど、本気で嫌いなら無視するって、僕は知ってるよ。実は内心、張り合うことを楽しんでいることもね。そうでしょ?」
「……ああ」
「うわあ、リオールが素直に認めるとか珍しい! 明日は雪かな!?」
「……やめろ」
和気藹々とじゃれあっている弟たちの姿を目にして、自分の考えが杞憂だったことを教えられる。それと同時に目頭が熱くなる。とんだ勘違いをしていた。リオールは、ラクセルのことを嫌っていたのではなく、ただ素っ気なかっただけで、やり取りを密かに楽しんでいたのだ。仲が悪いわけではなかったのだ。
嬉しさが込み上げ、思わず涙を流していると、ラクセルに目撃されてしまった。
「え、なんでこんなところで泣いてるの、兄さん!」
「なんだと!? 誰に泣かされた。言ってみろ!」
盗み聞きだけでも申し訳ないのに、結託した弟たちが心配して駆け寄ってくる。両手で顔を覆いながら肩を震わせ、嗚咽を漏らしてしまう。
二十五歳になるというのに泣いてしまったことと、疑ってしまった罪悪感と、そして感動がごちゃ混ぜになり、よくわからない感情に支配されて止まらなかった。
「ごめんね、二人ともごめんね……ッ!」
「だ、だからなんで急に泣いてるの!? ちょっとリオールなんとかしてよ! こんなに情緒不安定だったっけ、うちの兄さん」
「実弟のおまえがわからないのに、俺がわかるかッ!」
号泣しているせいで、焦ったリオールとラクセルを困惑させることになっても、レインはしばらく涙を流し続けた。騒ぎに驚いたグウェンソードに冷やかされても、それは変わらず。
それから一時間。泣き腫らした顔をタオルで冷やしながら、泣いた理由を聞かれたものの、レインは答えることができなかった。
ラクセルが、グランハリストに帰郷してから二週間。ほぼ毎日、好物を量産して大勢で食卓を囲んでいたので、いざ国家騎士団の任務で一人になってしまうと、途端に寂しさを感じるようになってしまった。これではだめだとレインは首を振りつつ、とあることを思い出す。
(…………そういえば、最近、リオールが一緒にいてくれなくなったなぁ)
以前からその予兆はあったが、最近はあからさまに避けられている気がした。それとなく近寄ってみても、数分後には距離が生まれ、また近づくも、やっぱり離れてしまう。勘違いということもあるので深くは考えていなかったが、さすがに二週間ともなると確信に変わってしまった。
そのうえ、三日に一度は身体を重ねていたというのに、それもなくなってしまったのだ。レインの背中に負った傷はまだ治っていないため、気遣ってくれているのだろう。
しかし、手すら触れてくれなくなったので、どこか寂しさを感じていた。
抑制剤の効かないヒートならば、もしかすれば相手をしてくれる可能性はあるが、今月もきちんと効いている。
「……だめだだめだ。リオールは二十歳の誕生日に結婚するから、これを機に関係をやめないと……」
ベンチで頭を抱えて苦悩していると、口論しながら歩く二人組がやってくる。リオールとラクセルだ。最近はラクセルの好物ばかりになっていたので、リオールが気に入っていたフィッシュパイを焼いていた。手招きして呼ぼうとすると、耳に届く会話にどきりと心臓が跳ね上がるのを感じた。
「──リオールは、僕が記憶喪失のまま別人として生涯を終えるか、それとも死んでいた方がよかった?」
衝撃的な質問に喉がきゅっと絞めつけられる。声を絞り出してはいけないと、本能がそう告げている。ずっと気になっていたのだ。レインが思うよりも二人は険悪で、人懐こいラクセルを迷惑がっていたのではないかと――。
それならば悲しい。大好きな二人にも仲よくなってほしい。
けれど、こればかりはレインが強要していいものではない。どんな反応をするのか気になりすぎて心拍数が上がってゆく。
「…………バカなことを言うな、ラクセル。俺がレインの悲しむことを、喜ぶ人間だと思っていたのか?」
「ううん。リオールとはよく兄さんの奪い合いをしているけど、本気で嫌いなら無視するって、僕は知ってるよ。実は内心、張り合うことを楽しんでいることもね。そうでしょ?」
「……ああ」
「うわあ、リオールが素直に認めるとか珍しい! 明日は雪かな!?」
「……やめろ」
和気藹々とじゃれあっている弟たちの姿を目にして、自分の考えが杞憂だったことを教えられる。それと同時に目頭が熱くなる。とんだ勘違いをしていた。リオールは、ラクセルのことを嫌っていたのではなく、ただ素っ気なかっただけで、やり取りを密かに楽しんでいたのだ。仲が悪いわけではなかったのだ。
嬉しさが込み上げ、思わず涙を流していると、ラクセルに目撃されてしまった。
「え、なんでこんなところで泣いてるの、兄さん!」
「なんだと!? 誰に泣かされた。言ってみろ!」
盗み聞きだけでも申し訳ないのに、結託した弟たちが心配して駆け寄ってくる。両手で顔を覆いながら肩を震わせ、嗚咽を漏らしてしまう。
二十五歳になるというのに泣いてしまったことと、疑ってしまった罪悪感と、そして感動がごちゃ混ぜになり、よくわからない感情に支配されて止まらなかった。
「ごめんね、二人ともごめんね……ッ!」
「だ、だからなんで急に泣いてるの!? ちょっとリオールなんとかしてよ! こんなに情緒不安定だったっけ、うちの兄さん」
「実弟のおまえがわからないのに、俺がわかるかッ!」
号泣しているせいで、焦ったリオールとラクセルを困惑させることになっても、レインはしばらく涙を流し続けた。騒ぎに驚いたグウェンソードに冷やかされても、それは変わらず。
それから一時間。泣き腫らした顔をタオルで冷やしながら、泣いた理由を聞かれたものの、レインは答えることができなかった。
10
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
貧乏子爵のオメガ令息は、王子妃候補になりたくない
こたま 療養中
BL
山あいの田舎で、子爵とは名ばかりの殆ど農家な仲良し一家で育ったラリー。男オメガで貧乏子爵。このまま実家で生きていくつもりであったが。王から未婚の貴族オメガにはすべからく王子妃候補の選定のため王宮に集うようお達しが出た。行きたくないしお金も無い。辞退するよう手紙を書いたのに、近くに遠征している騎士団が帰る時、迎えに行って一緒に連れていくと連絡があった。断れないの?高貴なお嬢様にイジメられない?不安だらけのラリーを迎えに来たのは美丈夫な騎士のニールだった。
いい加減観念して結婚してください
彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話
元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。
2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。
作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。
『2度目の世界で、あなたと……』 ― 魔法と番が支配する世界で、二度目の人生を ―
なの
BL
Ωとして生まれたリオナは、政略結婚の駒として生き、信じていた結婚相手に裏切られ、孤独の中で命を落とした。
――はずだった。
目を覚ますと、そこは同じ世界、同じ屋敷、同じ朝。
時間だけが巻き戻り、前世の記憶を持つのは自分だけ。
愛を知らないまま死んだ。今度こそ、本物の愛を知り、自ら選び取る人生を生きる。
これは、愛を知らず道具として生きてきたΩが、初めて出会った温もりに触れ、自らの意思で愛を選び直す物語。
「愛を知らず道具として生きてきたΩが転生を機に、
年上αの騎士と本物の愛を掴みます。
全6話+番外編完結済み!サクサク読めます。
愛する公爵と番になりましたが、大切な人がいるようなので身を引きます
まんまる
BL
メルン伯爵家の次男ナーシュは、10歳の時Ωだと分かる。
するとすぐに18歳のタザキル公爵家の嫡男アランから求婚があり、あっという間に婚約が整う。
初めて会った時からお互い惹かれ合っていると思っていた。
しかしアランにはナーシュが知らない愛する人がいて、それを知ったナーシュはアランに離婚を申し出る。
でもナーシュがアランの愛人だと思っていたのは⋯。
執着系α×天然Ω
年の差夫夫のすれ違い(?)からのハッピーエンドのお話です。
Rシーンは※付けます
※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。
※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。
Xアカウント(@wawawa_o_o_)
オメガはオメガらしく生きろなんて耐えられない
子犬一 はぁて
BL
「オメガはオメガらしく生きろ」
家を追われオメガ寮で育ったΩは、見合いの席で名家の年上αに身請けされる。
無骨だが優しく、Ωとしてではなく一人の人間として扱ってくれる彼に初めて恋をした。
しかし幸せな日々は突然終わり、二人は別れることになる。
5年後、雪の夜。彼と再会する。
「もう離さない」
再び抱きしめられたら、僕はもうこの人の傍にいることが自分の幸せなんだと気づいた。
彼は温かい手のひらを持つ人だった。
身分差×年上アルファ×溺愛再会BL短編。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる