その首輪は、弟の牙でしか外せない。

ゆずまめ鯉

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十二・ローズマリーの決断①

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 あと数週間もすれば、リオールとラクセルが誕生した日から二十年目を迎える。ということは、レインとラクセルが、国王の養子として迎えられてからも二十年になる。記念すべき節目を迎える。
 けれど、それについては誰も言及しておらず、城内での話題はもっぱらリオールのことだ。他でもない王妃が率先して張り切っているせいで、二十歳を迎える本人は浮かない顔をしている。誕生日に開かれる生誕パーティーで、公爵令嬢のローズマリーと結婚すると宣言させたいらしい。そう息巻いていることを、人伝に聞かされ頭を悩ませる要因の一つとなっている。

(…………冗談じゃない)

 ローズマリーとは幼馴染みとして育っただけだ。二年前に、王妃が勝手に結婚を決めてからは迷惑を被っている。結婚したい相手くらい自分で決められる。
 しかし、我が子を支配したい母親は、リオールの意見など受け入れる気はないようだ。

「久しぶりね、リオール」
「…………ローズマリー? どうしたんだ」
「街中でお買い物した帰りに、挨拶しようと立ち寄っただけなの。でも、王妃様が部屋を用意してくださったから、何日かお世話になるわね」

 真っ赤な絨毯が敷かれたエントランスに、突如現れたローズマリーは、真紅のワンピースに身を包んでおり、裾を持ち上げて上品に挨拶した。無視はできないので視線を向けると、背後に携えている人物を思わず凝視してしまった。

「…………ラザ」
「ええ。滞在する間の護衛をお願いしたの。引き受けてくれてありがとう、ラザさん」
「いえ」

 ラザことレインの表情を盗み見ても、普段と変わらない。目元には仮面をしているが、美しい風貌をしている。何日間、ということはその間はレインに接触しにくくなる。もちろん夜間は交代だが、リオールが外出しようとしても護衛は任せられないだろう。面白くない。

「夜は王妃様がパーティーを開いてくださるそうよ」

 それを耳にした途端、どこでもいいので今すぐ旅に出たくなる。夜会に出てしまえば、周囲が勝手にお膳立てしてくるので、ローズマリーと一曲踊ることになるのは目に見えている。
 ローズマリー本人は、「そんなの、適当に合わせておけばいいのよ」と本気にしていないが、リオールはなかなか割り切れずにいた。好きな相手に誤解されてしまうからだ。
 けれど、公衆の面前で断ってしまうと、ハワード公爵家に恥をかかせることになる。強制的に踊ることになるのなら、初めから参加したくなかった。

「それじゃあ、私はもう行くわね。またあとで」

 ローズマリーは、小さくお辞儀をしてまたワンピースの裾を持ち上げると、貴賓室のある方角へと歩き出した。背後で待機していたラザも、リオールに軽く会釈をしてから何食わぬ顔で立ち去った。

***

(…………早く終わってくれ)

 嫌な予感が的中してしまい、リオールの気分は最悪だった。用意された燕尾服に袖を通し、王妃が見守る中で夜会がはじまった。突発的に開いたというのに、どこから呼んだのか五十人以上も参加していることに辟易してしまう。仮病で逃げるべきだったと早速後悔していた。
 リオールが心の底からエスコートしたい人物は、この場にいないというのに、一回り以上年上の従姉妹や、王妃の妹である叔母など引っ切り無しにやってくる。うんざりしてくる。
 そんなリオールの目の前に、やたらと背の高い婦人が近づいてきた。女だというのに百七十センチ後半はありそうなほど長身で、眼前が暗くなったので驚き顔を上げると、あまりもの衝撃に硬直してしまった。

「顔色悪いけど、大丈夫? これ、オレンジジュースだけど飲む?」
「も、もしかして、ラクセルか!?」
「正解! なんだ~すぐわかっちゃったか」
「姿は変わっても、声はそのままだろ。なんでそんな恰好してるんだ……?」

 淡い桃色のイブニングドレスを着用したラクセルが、グラス片手に声をかけてきたのでリオールは動揺した。これは現実だろうかと頬をつねりたくなる。
 肩幅がどうしても出てしまうために、レースのストールで肩を隠していることを力説されても、反応に困ってしまう。髪型は短いながらも後ろに集めて結び、そこからカールされた金髪が背中まで垂れている。喋らなければ女だと騙せる可能性もあるが、所作ががさつなので難しいだろう。

「……その毛はどこから持って来たんだ?」

 突っ込みどころは他にもあるのに、動揺しすぎてどうでもいいことを質問してしまった。

「これは付け毛だよ。夜会で女装したいんだってグウェンソードに相談したら、喜んで一式用意してくれたんだ」
「………………アイツか」

 化粧はリグジェットがしてくれたんだ、とほんのり朱色に染まった顔で打ち明けられても寒気がするだけだ。女装だというのに気づかない何人かには、バラの花と連絡先を渡されそうになり、逃げたと可笑しそうにしている。口説こうとした人間が気の毒だ。

「僕と一曲踊ってくれる?」
「断る」
「まぁまぁ、せっかく用意したんだし踊ろうよ。きっとリオールは、兄さんを取られて拗ねてるだろうから、僕が代表で励ましに来たんだよ」
「…………」
「無言にならないで!」

 仕方なく差し出された手を取ると、ひょんなことから女装したラクセルとワルツを踊ることになってしまった。ラクセルは、六年間もの間不在だったので、足を踏まずに最後まで踊れるのか気になったものの、アルトハウゼンにいた頃に、アルス王子と特訓していたらしく手慣れたものだ。ヒールだというのに器用に動いている。

「それでね、本題なんだけど、ローズマリーとはちゃんと話した?」
「…………挨拶はした」
「挨拶だけじゃだめだよ。ちゃんと話し合うべきだと僕は思う」

 ラクセルは、リオールと兄の間に肉体関係があることや、独占していることを知っている。それなのに、今更ながら引き裂きたいのだろうかと腹を立てる。止められたことはないため、てっきり認めてくれていると疑わなかった。
 ところが、考えをすぐに読んだのか、そうじゃないんだよと首を振られてしまった。なんの意図が隠れているのか。尋ねているのに、ラクセルは核心部に触れようとはしない。

「僕はローズマリーを応援するよ。いい? リオール。もう一度言うけど、僕はローズマリーを応援するからね」
「どういう意味だ!」
「…………だから、ちゃんと話し合いなよ」

 釈然としないまま曲は終わり、パッと手を離したラクセルは、小さく会釈をしてから人混みに飛び込んだ。深追いする気にはなれないので諦めると、指摘された言葉を忘れないうちに反芻することにした。

『──僕はローズマリーを応援するよ』

 義兄弟であり、幼馴染みであるラクセルも、王妃と同じようにローズマリーと結婚させたいのかと憤慨しそうになる。けれど、そのためだけにわざわざ女装してまで助言するだろうかと、ふと疑問が浮かぶ。第三王子として来賓をもてなす仕事を放棄しているのだ。レインが不在のため、ホスト役を任されたというのに、ラクセルは珍しい行動に出た。王子の格好だと、堂々とは近づけないので女装したのだろう。なにか意味があるはずだ。

(…………明日、聞いてみるか)

 ラクセルに背中を押されたからではないが、ローズマリーに確かめることにした。
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