その首輪は、弟の牙でしか外せない。

ゆずまめ鯉

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十四・レイン・ラザフォード①

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『あとでリオールの言うこと、なーんでも聞いてあげるから、今はおれを信じて従って?』

 数日前。王妃の兄である、ハリントン伯爵が手配した逆賊に奇襲された際、リオールに投げかけた言葉だ。この言葉は嘘ではないし、要求されれば、できるかぎりの願いは叶えるつもりだ。
 だがしかし、あれからなんとなく距離を置かれている気がして、引っかかっていた。どさくさに紛れて『愛している』と口走ってしまったせいだろうかとレインは頭を悩ませる。自然と口から出てしまった言葉なのだが、気持ち悪がられた可能性もあるし、肉体関係があるからといって、勘違いするなと呆れられたことも無きにしろ非ずだ。
 ぐるぐると考えてしまい、注意力が散漫するので今日は半休を取り、調理場で腕を動かすことにした。無心になりながら粉を捏ね、パンでも焼くつもりでいた。

「…………ハア」

 気を抜くとすぐ溜め息が出てしまう。朝のミーティングの最中にも無意識のうちに出ていたようで、グウェンソードに心配された。なんでもないよと答えたものの、誤魔化せなかっただろう。
 伸ばしすぎた生地には穴が開いているが、そのまま続けていたので横から腕を掴まれた。

「兄さん、伸ばし過ぎ!」
「……ラクセル。どうかした?」
「どうかした、じゃないよ。どうして中庭にいないの!」
「え? なんのこと?」

 慌てた様子のラクセルが、調理場にいるレインを連れ出そうと腕を引っ張る。数日前にも似たことがあったのでデジャブを感じる。

「……もしかして、手紙読んでない?」
「…………だから、なんのこと?」

 手紙と言われても心当たりはない。定期的に届く郵便物はすべて目を通しているし、今朝は誰からも届いていないはずだ。自室も、国家騎士団の宿舎にも、一通も着ていない。

「まあいいや、とにかく今すぐ中庭に向かって! 行けばわかるから!」
「え、でもパンが──」
「あとでいいから、さあ、早く!」

 様子のおかしいラクセルを問い質そうにも、調理場から追い出されてしまったので、仕方なくエプロンをしたまま向かうことにした。
 中庭に到着すると、お茶の用意がしてあった。周囲を確認しても人影はない。よくみるとテーブルの上には、レインと書かれたネームプレートのようなものが置かれていたので、着席して誰かが来るのを待つ。

「…………どこにいたんだ。探したんだぞ、レイン」
「…………リオール? おれを呼んでたのはリオールだったのか」

 息急き駆けてきた弟の姿にレインは吃驚した。ここ最近は避けられていたので、てっきりローズマリーとルーカスが結婚する報告をしに訪ねて来たと呑気に思っていた。

「…………手紙、読んだか?」
「知らない」
「…………まあいい。レインに話がある」

 そう告げるなり隣の席には座らず、リオールはレインの足もとに跪いた。えっ、と戸惑ったレインは慌てて立とうとするも、そのままでいてくれと頼まれたので思いとどまる。
 ベルベッドの小袋から中身を取り出しながら、リオールは驚くべき言葉を口にした。

「────俺と結婚してください」

 いきなりの展開に、レインの脳内は真っ白になった。いきなりすぎてなにも考えられない。リオールの掌の上には、装飾のないゴールドの指輪が光っている。

「…………どういう、こと…………?」
「そのまんまだ。俺はレインと結婚して、レインと番になって、レインと子供を作りたい」
「で、でも、おれたちは兄弟──」
「血は繋がってないだろ!」
「そう、だけど……でも」

 国王を裏切ることはできない。自分とラクセルを温情で引き取り、立派に育ててもらったというのに、最愛の息子であるリオールまで奪ってしまってもいいのだろうかと、心が苦しくなる。許してもらえるとは思えない。
 けれど、申し訳ないのに、喜ぶべきではないのに、リオールに求婚されて心が躍った。
 ローズマリーとの婚約が決まってからの二年間は、後ろめたさでいっぱいだった。弟と肉体関係を持つだなんて、許される行為ではない。
 けれど、だめだとわかっているのに、兄として拒まなければならないのに、それをせずに身を委ねていたのは他でもない自分自身だ。弟が求めて来るからとリオールのせいにして、流されているふりをして、甘んじていたのはレインだ。
 たとえ、単なる性欲処理として扱われてしまっても、結婚するまでのお遊びだったとしても、本当は嬉しかった。心は苦しいのに、ずっと嬉しかったのだ。
 そんなレインの背中を押してくれたのは、少し遅れて現れた弟のラクセルだ。

「兄さん、僕はもう一人でもお金を稼げるようになったし、成人もしたんだよ。そろそろ兄さんは、自分のために生きていいんじゃないかな。一緒にラザフォードに戻ろう?」
「…………ううっ」

 レインは、思わずその場で泣き崩れると、リオールとラクセルが背中を優しく撫でてくれた。
 行方不明で離れ離れになっていた六年間にも、ラクセルは立派に成長し、とてもよい子に育った。二十年前に生まれて間もない赤ん坊を胸に抱き上げ、途方に暮れていたあのころとは違う。
 涙に濡れた目元を拭うと、レインは力強く立ち上がった。

「国王にお願いしに行こう。許してもらえるかわからないけど……」
「許してもらえるまで通えばいいんだよ、兄さん」
「ああ。俺も行くから、一緒に頼もう」

 そのまま三人で王座のある二階まで足を運び、ことの顛末を説明すると、国王は驚きながらも許してくれた。隣にいた王妃は最初、戸籍を戻して城から出たいと言うレインの申し出を耳にした瞬間、よく決心したわねと盛大に喜んだ。しかしリオールが、レインにプロポーズしたことを打ち明けると、表情は一変して床に泣き崩れ落ちた。
 そんな王妃のことなど誰も気にも留めず、レインとラクセルは、二十年振りにラザフォードの姓を名乗ることになった。
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