その首輪は、弟の牙でしか外せない。

ゆずまめ鯉

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十三・二十回目の誕生日④

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「お疲れさまです、指示の通り連れてまいりやした」
「ご苦労。確認したら報酬を渡す」

 そう言うなり顔を見られそうになったので、レインは思わず俯いた。ハリントン伯爵とは面識があまりないとはいえ、さすがに至近距離から凝視されれば別人だと見抜かれかねない。たとえ暗がりでも、金色をした眸は隠せない。リオールの眸は深い翠色だ。

「…………ん? おまえ…………もしかして、リオールではないな?」

 喋ると気づかれるので小さく首を振った。

「そ、そんなはずはない! ちゃんと言われた服装だし、黒髪だろ!?」
「バカだな……貴様ら。これは偽物だ」
「なっ…………! そんな!」

 黒いかぶりものを奪われ、隠していた金髪が肩に垂れてしまった。


 ──バシッ!


 眉を顰めたハリントン伯爵は、あろうことかレインの頬を一発殴った。いきなりだったので身構えることができず、ひりひりとした痛みに襲われる。けれど、レインは決して怯んだりせず、毅然な態度を崩さない。隙を見せるつもりもない。

「まあいい。これは報酬の半分だ。今から一時間、ドアの前で見張りをするなら、残りを払ってやろう」
「わ、わかりました」

 ハリントン伯爵が金貨を放り投げると、覆面の男たちは慌てた様子で拾った。そして、すぐさま懐にしまって部屋から出て行く。伯爵と二人きりになりたくないのに、覆面の男たちはいなくなってしまった。

「本当は甥のリオールをしばらく閉じ込めておくつもりだったが、おまえでもいい。おまえを使って揺すってやる」
「そんなこと……させない!」
「ガハハ。ここを見つけられると思っているのか? それにしても、おまえは確かΩだったよな。淫乱なΩは俺が躾してやる」

 はやく縄を解かなければ。後ろポケットに忍ばせていた小型ナイフを使い、気づかれないよう縄を切ろうとすると、伯爵がレインの服に手をかける。後ろ手でこっそり使っていたことを見抜かれ、ナイフを奪われると、そのナイフで着用していたシャツをずたずたに切り裂かれた。

「このキスマークも、甥がつけたんだろう? 破廉恥な絵を量産して撒いた方が、失脚に追い込めるかもな」
「…………やめろ!」
「首輪が邪魔だな。まぁいいか。嫌がられるほど俺は興奮するんだ。もっともっともーっと悲鳴を上げろ」

 首筋から胸元にかけて不躾に見られ、昨夜いつの間にかつけられていた痣について揶揄されてしまった。まさか、相手がリオールだとばれているとは。ショックを隠せない。
 ハリントン伯爵は、レインの胸元に手を這わせる。あまりの気持ち悪さに背筋がゾッとしてくる。湿っぽい男の掌がいやらしく動き回り、風邪の初期症状のような寒気に襲われる。リオール以外から、性的な触れ方をされたことがないため、こんなに嫌悪感で吐きそうになるとは想像以上だった。別に弟とは番になったわけではないのに、鳥肌が立ってしまって仕方がない。
 嫌だと顔を背けたり俯いたりしていると、照れていると勝手に勘違いしたまま、首筋を吸われてしまった。


 ────嫌だ、気持ち悪い、耐えられない!


 小刻みに震えながら縄抜けに挑戦しようとしたものの、目の前の男の動きがだんだんとエスカレートしていくので集中できない。下着ごと一気にズボンを擦り下げられ、下半身を露出してしまった。羞恥心に苛まれる。リオール以外の人間に、まじまじと性器を観察されてしまった。気分は最悪だ。

「なんだ、まだ反応していないのか。Ωのものは小さいというのは、本当なんだな」

 残念そうに吐き捨てられる。嫌悪感しかないのに、反応するわけないだろうと突っ込みたくなる。
 伯爵は、懐からハンカチと小瓶を取り出すと、蓋を開けて液体を滲みこませた。悪い予感がしたからか、レインは必死に抵抗したけれど、甘ったるい匂いを嗅がされてしまった。途端に下半身から力が抜けた。

「男は興味がなかったが、締まり具合は女よりもいいらしいな」

 伯爵は、ごくりと唾を飲み干している。


 ────嫌だ嫌だ嫌だ、触るな!


 太腿を下から撫でられ、鳥肌が立ってしまう。本人の証言通り、嫌がられれば嫌がられるだけ興奮するようだ。それに気をよくした伯爵は、力の入らないレインの脚の間に手を伸ばし、指を入れようとした。
 このままリオール以外に抱かれてしまうのか。頬を一筋の涙が伝い落ちたそのとき。

「そこまでだ!」

 外で大きな物音がしたあと、勢いよく扉が開かれ、隊服に身を包んだ国家騎士団が何人も流れ込んできた。グウェンソードはすぐさま、レインの身体を弄ぼうとしたハリントン伯爵の肩に掴みかかり、引き剥がす。レインの身体に夢中になっていたため、伯爵は呆気なく捕まった。一緒に来ていたリグジェットは、伯爵の身体を即座に縄で縛り上げ、さすが兄妹だけあり息ぴったりだ。あっという間だった。

「クソッ、なんでここが!」

 悔しそうに吐き捨てた伯爵は、他の隊員に連行されていった。レインが目印になるようにボタンを落として歩いていたことを、当然ながら知らないままだ。安堵からか、また涙が頬を伝った。

「……レイン、大丈夫か? 俺は……間に合わなかったか?」
「おれは平気だよ。それよりリオールは、無事?」
「…………俺はなんともない」
「ああ…………よかった」

 無傷のままでいる弟の姿を目に微笑んでいると、リオールは肩に上着をかけてくれた。そして、ぎゅうぎゅうに抱きしめてくれた。
 それからの展開は早かった。どうやらリオールを監禁したのち、ローズマリーと婚約破棄させ、王位継承権を放棄させようという魂胆だったらしい。数時間前に破断した事実は耳に入らず、生誕祭に乗じて誘拐しようという企みに気づけたのは、誰が出したのか匿名での投書のおかげだった。
 真実を知った王妃は、婚約破棄だけでも気を失ったというのに、実兄の暴走を耳にした途端寝込んだ。ハリントン伯爵は、レインに対する暴行と、今までの脅迫があだとなり国外追放処分となった。欲に目がくらんだ結果だ。
 もう王妃はローズマリーの名前を口にすることはないし、しばらく花嫁候補を連れてくることもないだろう。
 日常をようやく取り戻したというのに、生誕祭の前よりもリオールがよそよそしい態度を取っていたので、レインはそれが引っかかっていた。
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