この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!

ゆずまめ鯉

文字の大きさ
1 / 37

一・ひょっとして異世界転生!?

しおりを挟む
 ヒヒーン!

「うわあ!」

 プレップスクールでの乗馬の授業中、なにかに驚いたポニーが背中に乗っていたニエル・ガルフィオンを振り落とした。小さな体は宙に浮き、受け身も取れないまま地面に叩きつけられる。ヘルメットをしていた頭にガツンと衝撃が走る。

「ニエル──!!」

 万が一を考えたのかポニーは小型だし、地面は牧草地だ。驚きはしたもののそこまで痛みはない。それなのに、ニエルはなかなか起き上がれなかった。

(……ここは、どこだ?)

 五、六歳くらいの少年が真っ先に駆け寄り、その後ろを教諭や他の生徒が慌てた様子で走り寄る。

「頭を動かしたら駄目だ!」

 男性教諭が叫ぶ。金や茶色や赤茶の髪と、澄んだ緑や青の瞳を持つやたら身形のよい少年少女に囲まれて、ニエルは息を飲む。どうして自分よりも遥かに年下の子どもに心配されているのだろうか。海外にいる夢でも見ているのだろうか。いくつも疑問が浮かぶ。

「……ニエル、大丈夫?」

 くるくると癖のついた黒髪と、碧い瞳を持つややぽっちゃりした五、六歳くらいの男児に心配そうに尋ねられる。この顔に見覚えがある。名前は確か、ユージン・アイアンズだ。アイアンズ公爵家の嫡男。将来は誰もが羨む美男子に成長することを知っている。幼少期はくせ毛だったが、成長するにつれてさらさらになる。

「……なんでユージンが、俺の目の前にいるんだ?」

 ユージン・アイアンズは、五つ下の妹がどハマりしていた乙女ゲームのメインキャラだ。その名も『まさか落ちこぼれ令嬢のわたしが、殿方から求愛されるわけがない!』。貴族や騎士が出てくる西洋ものの女性向けゲームで、没落貴族の令嬢が特待生として名門校に通い、殿方と親しくなるという内容だ。主人公であるヒロインの名前はイリーナ・アルハイン。プレーヤーはイリーナを操作して成長させたり行動したり、攻略対象キャラにプレゼントを渡したりしながら好感度をあげて攻略する。
 けれど目の前にいるユージンは「ニエル」と親しげに呼んでいた。

「……ニエルって、モブキャラのニエル?」

 そこそこ流行っていたし、熱心に遊ぶ妹が気になり隣で眺めていたが、ニエル・ガルフィオンは攻略対象キャラではなくモブだ。ユージンとは幼馴染みの設定とはいえ、そこまで仲良くなかった。それなのに、今、目の前にいるユージンは、心底不安そうにこちらを見つめている。どうして切なそうな目をしているのだろうか。理解不能だ。

「先生……頭を強く打ったのか、意識が混濁しているようです」
「うん。そうだね。とりあえずガルフィオンくんを運ぼうか」

 教諭に抱えられながらニエルは状況を整理する。頭に衝撃を受けたことをきっかけに、妹の遊んでいた乙女ゲームの登場人物になっていることに気がついた。痛みがあるので夢ではない。このパターンは腐るほど目にしてきたあれだ。何らかの理由で死んだ主人公が異世界に転生する、という流行りのやつだ。

(よくある、乙女ゲーの世界に転生しちゃったの!?)

 運ばれている最中、廊下に設置された大きな鏡に自分の姿が映し出される。さらさらの金髪に碧い瞳はまん丸く、まさしく中性的な美少年といった姿がそこにはあった。口を閉じてにっこり微笑めば美少女にも見える。

(そうだった、すっかり忘れていたけど、ニエルはモブキャラなのに美形だったんだ!)

 この秀でた容姿ならば、異性にもてはやされること間違いないだろうと大きく頷く。父親は伯爵の爵位を持つ経営者で裕福だし、原作ゲームの中でも特に美味しいポジションだ。
 ところが、試しに同じクラスの女の子を口説いてみても、どういうわけか愛想笑いされるだけだった。それどころか「頭を打ったせいでおかしくなったのね」とひそひそ声が聞こえる始末だ。

(おかしい……)

 プレップスクールには有名俳優や芸術家、アーティスト、映画監督、ホテル経営者など貴族や大富豪の令息令嬢がゴロゴロいる。容姿端麗なだけではダメなのかと周囲の様子を観察していると、どうやらこの世界では線の細い美少年よりも、逞しい肉体を持つ筋肉質の男が人気のようだ。五、六歳の女児たちが楽しそうに眺めているのは、強靭な肉体を持つアイドルグループの写真集。隣のクラスや、上級生でもあまり変わらず、ニエルは絶望した。

(一度でいいから、誰かにクソデカ感情ぶつけられたい人生だったのに、今生でも独り身なのか!?)

 いや、まだ諦めるのは早い。ニエルは首を振る。今は無理でも、少し成長してから体を鍛えれば可能性はあるかもしれない。一縷の望みに託し、なぜ自分が異世界転生したのかはさておき、こうなったら思い切り楽しむことにした。
 そんな中、一つだけ不可解なことがあった。原作では幼馴染みとはいえそこまで親しくなかったはずのユージンの存在だ。ポニーから落ちたときに真っ先に駆け寄って心配してくれただけでなく、なんとプレップスクールへの登下校まで一緒なのだ。
 電気自動車で三十分もかかる道のりを、アイアンズ家の者が毎日送り迎えしてくれる。ガルフィオン家は伯爵、アイアンズ家は公爵。二つも爵位が上の家が、なぜそこまでしてくれるのか理解できない。本来ならばそんなことはあり得ない。だから不思議だった。
 ニエルは家での言動もたびたびおかしくなることから、心配した両親がヒーラーという俗にいう霊媒師を呼んだ。乙女ゲームの中でもたびたび登場する、プレーヤーにヒントを与えるキャラだ。ヒロインのイリーナを何度も助けている。

(この世界にもいるんだ)

 対面するなりヒーラーは眉をひそめ、ニエルの耳元で囁いた。

「あなた……異世界転生して来た方ですよね?」

 誰にも聴こえないほど小さな声だった。

「あなたの後ろには、二十歳くらいの冴えない男性の姿が視えます」

(前世が冴えない男で悪かったな!)

 内心で毒づきながら気になっていたことを質問する。

「この世界でもてるにはどうしたらいいんだ?」
「戻って早々それですか!」

 ヒーラーは呆れたように言った。「戻って」という単語が少々引っかかるものの、今はそれよりもモテる方法を知りたい。

「なるようにしかなりませんから、あなたは自然体でいることが一番ですよ」

 具体的なアドバイスを期待したのに無難な答えしか返ってこなかった。両親や兄も線が細いタイプなので、自然体でいても意味を見出せない気がするが、まだ五歳だから具体的なことは教えてくれないんだろうと勝手に解釈することにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【新版】転生悪役モブは溺愛されんでいいので死にたくない!

煮卵
BL
ゲーム会社に勤めていた俺はゲームの世界の『婚約破棄』イベントの混乱で殺されてしまうモブに転生した。 処刑の原因となる婚約破棄を避けるべく王子に友人として接近。 なんか数ヶ月おきに繰り返される「恋人や出会いのためのお祭り」をできる限り第二皇子と過ごし、 婚約破棄の原因となる主人公と出会うきっかけを徹底的に排除する。 最近では監視をつけるまでもなくいつも一緒にいたいと言い出すようになった・・・ やんごとなき血筋のハンサムな王子様を淑女たちから遠ざけ男の俺とばかり過ごすように 仕向けるのはちょっと申し訳ない気もしたが、俺の運命のためだ。仕方あるまい。 クレバーな立ち振る舞いにより、俺の死亡フラグは完全に回避された・・・ と思ったら、婚約の儀の当日、「私には思い人がいるのです」 と言いやがる!一体誰だ!? その日の夜、俺はゲームの告白イベントがある薔薇園に呼び出されて・・・ ーーーーーーーー この作品は以前投稿した「転生悪役モブは溺愛されんで良いので死にたくない!」に 加筆修正を加えたものです。 リュシアンの転生前の設定や主人公二人の出会いのシーンを追加し、 あまり描けていなかったキャラクターのシーンを追加しています。 展開が少し変わっていますので新しい小説として投稿しています。 続編出ました 転生悪役令嬢は溺愛されんでいいので推しカプを見守りたい! https://www.alphapolis.co.jp/novel/687110240/826989668 ーーーー 校正・文体の調整に生成AIを利用しています。

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

神子の余分

朝山みどり
BL
ずっと自分をいじめていた男と一緒に異世界に召喚されたオオヤナギは、なんとか逃げ出した。 おまけながらも、それなりのチートがあるようで、冒険者として暮らしていく。 途中、長く中断致しましたが、完結できました。最後の部分を修正しております。よければ読み直してみて下さい。

婚約破棄されてヤケになって戦に乱入したら、英雄にされた上に美人で可愛い嫁ができました。

零壱
BL
自己肯定感ゼロ×圧倒的王太子───美形スパダリ同士の成長と恋のファンタジーBL。 鎖国国家クルシュの第三王子アースィムは、結婚式目前にして長年の婚約を一方的に破棄される。 ヤケになり、賑やかな幼馴染み達を引き連れ無関係の戦場に乗り込んだ結果───何故か英雄に祭り上げられ、なぜか嫁(男)まで手に入れてしまう。 「自分なんかがこんなどちゃくそ美人(男)を……」と悩むアースィム(攻)と、 「この私に不満があるのか」と詰め寄る王太子セオドア(受)。 互いを想い合う二人が紡ぐ、恋と成長の物語。 他にも幼馴染み達の一抹の寂寥を切り取った短篇や、 両想いなのに攻めの鈍感さで拗れる二人の恋を含む全四篇。 フッと笑えて、ギュッと胸が詰まる。 丁寧に読みたい、大人のためのファンタジーBL。 他サイトでも公開しております。

【完結】悪役令嬢モノのバカ王子に転生してしまったんだが、なぜかヒーローがイチャラブを求めてくる

路地裏乃猫
BL
ひょんなことから悪役令嬢モノと思しき異世界に転生した〝俺〟。それも、よりにもよって破滅が確定した〝バカ王子〟にだと?説明しよう。ここで言うバカ王子とは、いわゆる悪役令嬢モノで冒頭から理不尽な婚約破棄を主人公に告げ、最後はざまぁ要素によって何やかんやと破滅させられる例のアンポンタンのことであり――とにかく、俺はこの異世界でそのバカ王子として生き延びにゃならんのだ。つーわけで、脱☆バカ王子!を目指し、真っ当な王子としての道を歩き始めた俺だが、そんな俺になぜか、この世界ではヒロインとイチャコラをキメるはずのヒーローがぐいぐい迫ってくる!一方、俺の命を狙う謎の暗殺集団!果たして俺は、この破滅ルート満載の世界で生き延びることができるのか? いや、その前に……何だって悪役令嬢モノの世界でバカ王子の俺がヒーローに惚れられてんだ? 2025年10月に全面改稿を行ないました。 2025年10月28日・BLランキング35位ありがとうございます。 2025年10月29日・BLランキング27位ありがとうございます。 2025年10月30日・BLランキング15位ありがとうございます。 2025年11月1日 ・BLランキング13位ありがとうございます。

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる

木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8) 和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。 この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか? 鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。 もうすぐ主人公が転校してくる。 僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。 これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。 片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。

BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました

BL
 ナルン王国の下町に暮らす ルカ。 この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。 ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。 国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。 ☆英雄騎士 現在28歳    ルカ 現在18歳 ☆第11回BL小説大賞 21位   皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。    

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

処理中です...