この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!

ゆずまめ鯉

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六・婚活ダンスパーティー!?

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 土曜日の夕刻。もうすぐ夕飯だからか小腹が空いてくる時間帯でもある。ニエル・ガルフィオンの体は燃費がいいのか悪いのか、三人前をぺろりと完食しようとも数時間後には腹が減る。それは幼少期から変わらず、原作の乙女ゲームのサブキャラに、そんな大食漢な設定はなかったのになと首を傾げるほどだ。

「ニエル様。ご入浴の用意ができました」
「ん? なんで?」

 普段通りだと、湯浴みを済ませるのは就寝の二時間前だ。まだ夕食も食べていないのでさすがに早すぎる。

「この後、出かけられるご予定では?」
「え!?」
「パーティーにご出席なさるんですよね」
「なんのこと?」

 話が噛み合わない。予定はなにもなかったはずなのに、侍従が部屋に入ってくる。

「ダンスパーティーのお召し物はこちらでよろしいでしょうか?」
「ダンスパーティー?」

 そんな予定を入れた覚えはない。家族のスケジュールを管理しているのは家令のため、ニエルはどうなっているのか聞きに行った。

「ニエル様のご予定ですか? つい先日、本日のパーティーの招待状をご出席で返信なさっております」
「あれ、そうだっけ?」
「私ともう一人、確認している者がおりますので、お呼びしましょうか?」
「いやいいよ。わかった。支度する」

 すべて欠席にしたと思っていたが、間違えて出席につけてしまったようだ。
 部屋に戻り湯浴みを済ませ、動きやすい衣服を用意してもらい袖を通す。乗り気ではない。ないけれど、ダンスはそれなりにやってきたので、適当に踊りさえすれば文句は言われないだろう。
 ダンスパーティーに招待されているのは、下は十三歳、上は二十代の未婚男女限定だという。

(それって、合コンじゃないか!!)

 若者たちの交流の場を設けるという名目だと言うが、ようは結婚相手を探せというわけだ。ちょっとやる気が出て来たので、ニエルはいそいそと出かけて行った。
 着いて早々、参加者を眺めると、ユージンの姿はなかった。安堵する。ここで会ってしまうと面倒なことになりかねない。婚約者がいながら参加する者もいるが、ユージンはそうではなかった。助かった。

(あの令嬢、初めて見るな。よし、声をかけてみよう!)

 年齢の近そうな女性がいたため、ニエルは満面に笑みを浮かべながら近づく。ところが、穏やかな表情をしていた女性は、ニエルの姿を一目見た瞬間、血相を変えて反対側へ逃げてしまった。大丈夫だ。この反応は慣れている。
 めげることなく、もう一人、初対面らしき令嬢を見つけたので、今度は葡萄ジュースのグラスを手に、距離を詰めようとする。しかし、やっぱり苦笑したまま避けられてしまった。

(なんでこんなにモテないんだ……!)

 せっかくの美貌だというのに、この世界ではちっとも役に立たない。アルコール入りではないが、やけ酒のごとくグイっとグラスの中身を一気に煽る。甘ったるい。
 飲み食いして食欲を満たそうと踵を返したニエルの背後で、黒いドレスを身に纏った令嬢たちがひそひそ話していた。

「こんなところで相手探しとは、もしやユージン様に愛想を尽かされたのかしら?」
「ユージン様が知れば幻滅ですわね♪」

 少し年上の悪役令嬢だ。どちらもユージンに振られた過去があるのだろう。ニエルの姿を見て愉快そうにほくそ笑んでいる。彼女らは、こうしてヒロインであるイリーナのことも堂々といびっていた。そんな悪役令嬢たちに同情してしまう。彼女らはそういう役回りなのだ。

(いっそのこと、悪役令嬢と親しくなるのも手か?)

 なんて考えていると、一人の男がやってくる。

「ニエルくん。久しぶりだね。大丈夫かい?」
「はい?」

 背後からいきなり現れたのは、パブリックスクールの先輩──二十一歳のエリオットだった。待った? と言わんばかりに距離を詰められ困惑する。エリオットは無類の女好きだ。ニエルよりも悪役令嬢の方に声をかければいいのに、なぜかウィンクしてくる。まったくもって意味不明だ。
 悪役令嬢たちは、エリオットがニエルに話しかけたので舌打ちをして、諦めて離れて行った。話しかけたかったのに邪魔をされてしまった。

「それ、もらっていいかい?」

 葡萄ジュースが気になるらしい。

「え? あっちに新しいのありますよ?」
「それがいいんだよ」
「はあ。それなら、どうぞ」

 ニエルが手にしていたもう一つのグラスを奪うと、エリオットは躊躇うことなく一気に飲み干した。空いたグラスを歩いていた給仕に預け、ニエルのグラスも回収する。

「助けたお礼に、一曲踊ってくれないかな?」

(はあ?? 頼んでないんだが????)

 ウィンクしながらそう誘われてしまい、背筋がぞわぞわした。寒気だろう。イリーナに対しても終始この調子なのだ。空気が読めない。空気を読もうとしない。前世の妹からもエリオットは不人気だった。ニエルもやっぱりこの鬱陶しさは好みではない。
 ダンスパーティーは午後六時より始まったばかりなので、次の料理が出てくるまではまだ時間がかかりそうだ。暇潰しにはなる。どうせ断ってもしつこいことは熟知しているので、乗り気ではないが応じることにした。

「……一曲だけならいいですよ」
「よかった! では、よろしく頼むよ」
「……お願いします」

 エリオットの外見は、長身だし茶髪と金色の瞳で秀でている。しかしそれだけだ。
 ニエルの方が背が低いので、女性役のパートを踊る。たったの三分だったが窮屈だった。ニエルが唯一、躍ったことのある人物はユージンだったので、どうしても比べてしまう。

(やっぱりメインキャラの方がそつなくこなすよな)

 先輩には失礼だがそんなことを考えてしまった。約束通りに一曲終えたので、さてどうしようかと周囲を見渡したところ、こちらを凝視していた人物と視線が合ってしまった。

「ニエル先輩! 先輩も来てたんですね! オレとも踊ってください!」

 見つかってしまった。ロイが走ってくる。
 断りたい。断りたいのだが、エリオットと踊っている場面を見られている以上、ここで断るとよからぬ噂を立てられかねない。それだけは絶対に避けなければならない。

「……一曲だけならいいよ」
「やったー!!」

 ロイとは視線が同じどころかニエルの方が若干高いのに、女性側のパートを踊る羽目になってしまった。ロイはダンスが苦手なのか、何度か足を踏まれてしまう。しかし、持ち前の明るさで笑って誤魔化すので注意はしなかった。そうやってスクールでも乗り切っているのだろう。

「ニエルくん。もう一曲どうかな? 今度はバラードを頼もうと思ってるんだ」
「あ、それならオレだって!」
「踊りません。一曲だけって初めに約束しましたよね?」
「そうだけど……でも、まだまだ夜はこれからだよ?」
「そうだそうだ!」

 飲酒しているわけでもないのに、面倒な絡まれ方をされてしまう。こんなところで結託しないでほしい。鬱陶しいだけだ。

「あ、エリオット先輩。あちらで先輩のことを待っている女性がいますよ?」
「ええ、どこかなどこかな?」
「ほら、ロイ。そろそろ新しい料理が提供される時間だよ」
「え、本当!?」

 エリオットを適当にあしらうと、タイミングよくローストビーフを運んでいる給仕の姿がちらついたので、ロイを連れて軽食を取ることにした。そこで引かれるくらい沢山食べようと考える。だがしかし、ロイも痩せの大食いだったらしく、次から次へと料理を空にしてしまうので、給仕係に迷惑そうに咳払いされてしまった。
 締め出される前に切り上げてダンスパーティーを後にした。

***

 翌々日の月曜日。まだ朝の八時を回ったばかりだというのに、ニエルを尋ねて来た人物が一人。

「これはどういうこと?」
「何の話だよ……あ!」

 ユージンは少し怒った様子で今朝発行されたばかりの新聞片手に現れた。記事には「婚約解消か!?」と大きく書かれ、そこにはニエルとエリオット、ニエルとロイがそれぞれ手を取り踊っている写真が掲載されていた。記者に撮られているとは想像していなかった。迂闊だった。

「不可抗力だよ。欠席で返信したと思ったら、なぜか出席になってたから仕方なく参加した。それだけだ」

 ことの経緯を説明しているのにユージンは不服そうだ。好きで踊ったわけではない。

「相手を探しに自ら行ったんじゃないの?」
「ち、違うって! そんなところで探したって面倒なだけだろ。現に面倒な目に遭ったし」

 まだ納得していないようだ。こちらにも言い分はある。

「そんなお前だって、婚約者の一人や二人や三人、いるだろ? まぁ三人目が俺なんだけどさ」

 ユージンにはニエルの他に、侯爵令嬢二人と婚約しているのだ。その二人と婚約してから三年になる。ニエルだけではないのだ。新たに婚約した理由については教えてもらっていない。

「君が一番目だよ」
「問題はそこじゃない」
「大事だろう? それに、君以外は形だけの婚約者だ」
「ほら」
「だから、形だけだ。手すら触れたことはない。それなのに、君は彼らとダンスしているじゃないか。金輪際、参加しないように。仮に参加するなら、そのときは僕を頼ってほしい」
「わかった、わかったって!」

 まだ拗ねている。

「悪いと思うなら、お手をどうぞ」
「え? 学生時代に散々付き合っただろ?」
「久しぶりに君とダンスしないと気が済まない」
「はあ。仕方ないなぁ」

 スクール時代、ダンスの授業があるとニエルの相手はユージン固定で、他の人とは一切踊らせてもらえなかった。アイアンズ公爵家からスクール側に、毎年多額の寄付金を出していたことから、ユージンに逆らう教諭は一人もいるはずもなく。せっかく異性と触れ合えるチャンスだったのに、まったく生かせなかった。
 幼少期のユージンはいじめられており、引っ込み思案気味だったので、ニエル以外とは関わり合いを持ちたくなかったのかもしれない。
 けれど、ヒロインであるイリーナですらそこまで束縛してなかったのに、なぜ自分に対してだけはこれほどまでに執着しているのか。その理由はいくら考えてもニエルにはわからなかった。
 朝っぱらからダンスをする羽目になったので、もう二度と婚活パーティーには出ないと誓った。
 後日、あの記事が掲載された新聞は、休刊に追い込まれたと兄から聞いた。無理な取材をして他社から訴えられた、とのことだったが、ニエルはまたユージンが一枚噛んでいるのではないかと睨んでいた。

***

 葉月に入り、空には入道雲が沸き上がる。蝉の声が絶え間なく響く時期でもある。
 ニエル宛てに山ほど届いていた招待状がぱったり届かなくなった。返事に悩まなくていいのでかえって助かるが、ユージンに打ち明けると用心するように言われてしまった。なんでも、ニエルは二股三股していると噂が流れているらしい。人の噂話など、いちいち気にしていては身が持たない。根も葉もないことは社交界にはたくさん溢れている。人の弱みを握ったり、足を引っ張ろうとしたり、常々誰かが目を光らせているものだ。
 それよりも、気になるのは突然休刊になった新聞紙だ。ユージンになにか圧力をかけたのか質問すると、彼はいつものように優雅な笑みを浮かべるだけだった。肯定とも否定とも取れないその態度に、ますます疑念を深める。ユージンだけは、なにがあっても敵に回したくない、そう強く思った。
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