この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!

ゆずまめ鯉

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二十一・フランクさん再び

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 十一月といえば、秋限定スイーツが目白押しだ。さつまいもや栗、柿など定番のものから変わり種まで話題は絶えず入ってくる。
 母親に叩き起こされたニエルは、どうしても食べたいものがあるから、開店前の店に並ぶようにと言われてしまった。限定二十食とすぐに売り切れるらしい。惰眠を貪る予定がまた阻止されてしまった。

(人使いが荒いのは、どこの世界の母親も共通なのか)

 そんなことを考えながら歩いていたせいか、路地裏からすっと飛び出した手に気づくのが遅れてしまった。片腕で強引にも引き込まれる。壁にニエルの体を押しつけた鼻息の粗い男は、舐めるような視線で頭からつま先を見るなりにやりと笑みを浮かべる。

「よお、兄ちゃん。なかなかの上玉だな」

(またかよ!!)

 この街の治安がいい加減に心配になってくる。どこか見覚えのある男は、以前、ロイを襲った暴漢だ。捕まったはずなのに懲りずに物色しているらしい。
 男はニエル一人しかいないからか油断している。あまりやりたくないが股間を蹴り上げて逃げようとする。ところが、読まれてしまったのか、偶然か、太腿をがっしり掴まれてしまった。これでは股間に一発食らわせることができない。

(それなら、こうだ!)

 頭突きを食らわせて乗り切ろうとした、次の瞬間。

「その方から離れなさい!!」
「な、なんだなんだ!?」

 一人の男性が叫ぶと、暴漢の背後をあっさり奪い、ニエルに覆いかぶさっていた暴漢を簡単に引き剥がした。隣の壁へと上半身を押しつける。一瞬の出来事だった。

「フランクさん?」
「ニエル様、お怪我はございませんか?」
「え、ええ。俺は平気です」
「それならよかった」

 またまた非番だったアイアンズ家の護衛騎士が、タイミングよく暴漢から助けてくれた。このパターンはロイのときと同じで二度目だ。そんな偶然、起こるだろうか。
 疑問に思いつつも助けられたのは事実。フランクが押さえ込んでいるうちに警備兵を呼びに行き、暴漢の対処を任せる。何度目の暴行かは知らないが、近いうちに国外退去になるだろう。

「いつも助けてもらってすいません」
「いえ。それが私の仕事なので」
「え? フランクさんの仕事は、ユージンの護衛では?」
「あ! は、はいそうです。ユージン様の護衛騎士です!」

 ただの言い間違いなのか少々引っかかるけれど、それよりもフランクが着用している衣服のボタンが取れかかっていることが気になった。先ほど暴漢をひっ捕らえた際に糸が切れたのかもしれない。

「フランクさん。上着、脱いでください」
「はいッ!? えっ、なんですか!?」
「俺、裁縫道具持ってるんで、弛んでいる上着のボタン、直せますよ」

 花婿修行をするようにと命じられて早四か月。ようやく役に立ちそうだ。

「え? いや、でも……」
「そのくらいしかできないですけど、お礼させてください」
「わ……わかりました。お願いします」
「では、ここでは寒いですから、屋内に移動しましょうか」

 取れかけているボタンなど、見なかったふりもできたのに好感度をあげてしまった。喫茶店に移動して上着のボタンをつけ直すと、そのお礼にと紅茶とケーキをご馳走されてしまった。きりがないのでありがたく頂くと、街を訪れた本来の目的を思い出したニエルは、その場でフランクと別れて菓子店へと急いだ。なんと定休日だった。ニエルの母親はそこまでは調べていなかったようだ。

(無駄に好感度だけあげちゃったよ……)

 フランクがニエルへ向ける眼差しは、初対面の頃よりも優しさを帯びている。このままでは面倒なことになるだろう。
 使える手は使おう。足早に帰宅したニエルは、母親に定休日だったことを報告してから、兄のアルノーに相談することにした。
 視察から戻ったばかりの兄の自室の扉をノックする。すぐさま返事が聞こえたので入室する。

「ねえ兄さん。二十代の未婚女性で、結婚願望ある人、知らない?」
「なんで? またユージンくんに当てがうつもり?」

 実際に兄を押しつけようとした過去があるので、そう指摘されて顔から冷や汗が噴き出る。

「ち、違うよ! フランクさんだよ」
「フランクさん……?」
「また助けられちゃったから、フランクさんには幸せになってもらいたいんだよ」

 本当は自分との恋愛フラグを折りたいから、なんて口が裂けても言えず。後ろめたいが、幸せになってもらいたいのは本心だ。変態に目覚めてしまったエリオットには一切思わないけれど、フランクには素敵な人と結ばれてほしいと心から願っている。

「ふうん。彼女の友人に、婚約者のいない子がいるかどうか聞いてみるよ」
「あ、ありがとう」

 後日、アルノーから、出会いを探している女性がいるからと、フランクとのデートを取りつけたと聞いた。こんなに上手くいくのなら、ユージンの相手探しもアルノーに任せればよかったのでは、と思わなくもないニエルだった。

***

 毎週水曜日は食べ歩きをする日と決めている。平日なのは、週末にしてしまうと混雑して長時間並ぶはめになるからだ。効率よく店舗を巡るために水曜日と決めている。時々、水曜日が定休日と重なり泣く泣く諦めることはあっても、そのときはなにかのついでに街へ繰り出した際に足を運ぶようにしている。
 噴水広場を通りかかったところ、薔薇の花束を抱えて立っているフランクを見かけて二度見する。長身で男前な男性が、赤い薔薇の花束を抱えているだけで様になる。ちらちらと様子を窺っている異性も何人かいる。

(デートの待ち合わせかな?)

 声をかけるべきか迷っていると、視線が合ってしまったので会釈した。

「こんにちは、フランクさん」
「ニ、ニエル様。こんにちは」
「すごい花ですね。これからデートですか?」
「あ、あの、この花……ご迷惑でなければもらってくれませんか?」
「えっ!? どうしてですか?」

 会って早々、花束を手渡されそうになり驚く。話に耳を傾けると、どうやらここへ来る前に助けた花屋の店主に、お礼としてもらったのだという。

「私には花束は似合いませんし、ニエル様が受け取ってくださると助かるのですが……」

(そりゃー確かにこの外見なら、薔薇の風呂とかに入ってそうだけどさぁ)

 受け取ってしまえば好感度はまた上昇する。せっかくアルノーに頼んでまで遠ざけようとしているのに無駄骨になってしまう。

「俺に渡すよりも、今から待ち合わせしている相手に渡したほうが喜ばれませんか?」
「…………」

 目を見開いたまま、なぜか押し黙ってしまった。余計な一言だっただろうか。

「フランクさん?」

 恐る恐る名前を呼びながら顔色を伺うと、はっとした様子でフランクは口を開いた。

「……初デートで薔薇の花束は重くないでしょうか?」
「花をもらって喜ばない女性はいないですよ」

(たぶん)

 待ち合わせ相手がどんな女性なのか気になったが、邪魔者にはなりたくなかったので早々に立ち去った。
 あれから三十分。新規開拓している最中に、薔薇の花束を抱えた小さな子どもとすれ違った。見覚えのある花束だ。先ほど、フランクが抱えていたものとそっくりだ。大量の薔薇と赤のリボン。同じ店で購入したのなら似ていても不思議ではない。しかし、なんとなく引っかかるので声をかける。

「ねえ、お嬢ちゃん。その花束、どうしたの?」
「ふんすいにいた、おにいちゃんがくれたの」

 ニエルの勘は当たった。やはりフランクから受け取ったらしい。

「なにか言ってなかった?」
「うん。受け取ってもらえなかった花でもよければ、もらってくれないかな、って」
「そうだったんだ。ありがとう」

 待ち合わせしていた女性に受け取ってもらえなかったのだろうか。花束をもらって喜ばない女性はいないと答えてしまった手前、振られた要因の一つに自分の返答があるならば、申し訳なくなる。
 噴水広場まで足を伸ばしたが、先ほどまでフランクが立っていた場所には誰もいなくなっていた。
 その夜。仕事を終えて帰宅した兄に、フランクと女性のデートはいつなのか聞いてみると、来週末だと教えてもらった。

(……日中のあれはなんだったんだ?)

 どうして花束を持って立っていたのか。そして自分に渡そうとしたのか。ニエルはその行動がなにを意味していたのか考えても思い浮かばなかった。
 後日、アルノーからフランクに恋人ができたと報告を受け、よかったなと安堵した。
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