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一.楓流軒【3】
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「ちょっと、仕事を放棄してどこ行ってたの? これから友人が来るんだから、しっかりして頂戴!」
「……ごめんなさい」
仁王立ちした継母に待ち伏せされていた。口元をへの字に曲げて不機嫌そうだ。
春鶯の継母──趙嬌は、帳簿の管理は任せてほしいと、再婚当初の十年前から自ら請け負っている。帳簿だけは他の誰にも触らせようとはしない。
前の夫とは死別したらしく、二人の子を連れて楓流軒に宿泊したことで、春鶯と央央の父親と知り合った。幼少の頃の趙嬌は、商家の娘だったので何不自由なく過ごし、私塾にも通っていたが、不況の煽りで店は倒産。両親は長男を連れて夜逃げし、残された趙嬌は祖父母に引き取られるも、慣れない炊事に掃除とこき使われ、十七歳で三十歳の成金男と結婚させられたという。一年後には長男、二年後には長女を出産するも、二十四歳で旦那が死去する。
生きるために帝都を訪れ、長所はお人よし、短所は優柔不断の父親と再婚した。再婚するまではしおらしかったのに、結婚するなり帳簿を管理したがるし、春鶯に央央、父親、そして亡き母親の四人で住んでいた、中庭にあるこぢんまりとした二階建ての別棟から追い出し、趙嬌とその息子である十六歳の義弟、趙眠と十四歳の義妹、趙美の三人で住んでいる。春鶯と央央は仕方なく、厨房の奥にある三畳ほどの小さな板の間、父親は四畳ほどの納戸で寝起きしている。
連れ子二人が手伝いをしたことは今まで一度もない。それどころか、月に三百文から八百文かかる私塾に二人そろって通っている。二人だけ通えているのは、趙嬌が「私は最後まで通わせてもらえなかったから、せめて子どもたちには通わせたいの」と涙ながらに訴えたからだ。春鶯と央央もいたので父親は気まずそうだったが、春鶯は「私はいいから阿央を通わせて」と頼んだ。ところが央央は「ねねと一緒じゃないのはいや!」と嫌がったため、二人は通っていない。
「ああ、忙しい、忙しい!」
忙しいと言っても、継母は帳簿管理だけだ。客簿と食材の仕入れは春鶯なので、前日の分を記入すれば一時辰──二時間で終わるだろう。
継母である趙嬌は、三十代半ばで美しい外見をしていても、中身はお嬢様気質だ。あれこれ口を出し、春鶯を侍女のようにこき使おうとする。そんな母親なので、当然ながら趙眠と趙美も似た性格をしており、どちらも傲慢だ。
中規模の宿屋でそこそこ繁盛しており、妻を亡くしている店主に目をつけ、ここでよりよい条件を持つ異性が現れたら、そちらに乗り換えるつもりなのだろう。春鶯も央央も、趙嬌の魂胆は見抜いている。
客人が現れるまで掃き掃除の続きでもしようとしたところ、「こんにちは」という声が響いた。
「いらっしゃいませ。姚夫人、周夫人」
「よく来たわね! 二人とも。古臭い内装で申し訳ないけど、今日はゆっくりしてってね!」
趙嬌の友人二人だ。姚夫人と周夫人は、趙嬌の昔ながらの友人らしく、三人とも三十代半ばだ。一年に一度はこうして泊まりに来ている。
「まあ、古臭いなんて、とんでもない!」
「そうよ、素敵な内装よ?」
「あら、そうかしら?」
友人二人は、昨年、内装を大幅に改修していることを知っているので、継母に同調せず、木の温もりが感じられると褒める。建物の修繕も継母が率先して行っているのに、謙遜しているつもりなのか、いつも古臭いと文句を言っている。今年は外壁を塗り直す予定だが、きっと文句を言うに違いない。
「来月、主人の遠い親戚が帝都に遊びに来る予定だから、楓流軒を紹介するわね」
「私も! 知人に勧めてみるわ」
「え、うちを宣伝してくださるんですか? ありがとうございます! 本日は、上房のお部屋をご用意しますね!」
もちろん部屋代は取らないつもりだ。すでに連泊で一部屋埋まっているし、一泊しかしないのでそこまで負担ではない。
「はあ? 上房ですって? ちゃんと宿泊料金は取りなさいよ?」
「わ、私たちは中房にするわ!」
「え、ええ!」
「わかりました。中房にご案内しますね」
趙嬌が宿泊費を取ると言った瞬間、姚夫人と周夫人は慌てて中房を指定した。さすがに一晩で銀一両する部屋は、友人付き合いだとしても自腹で泊まらないだろう。
二階の部屋へと案内すると、趙嬌にお茶の用意をするよう言われたので、一階にある厨房で湯を沸かす。自分の友人くらい自分でもてなせばいいのに、と思わなくもないが、今に始まったことではないので諦めている。
「いずれここは、私の持ち物になるのよ♪」
湯を届けてお茶の用意をすると、嬉々として友人二人に吹聴していた。春鶯は反応することなくその場を後にした。なにも聞かなかったことにして、掃き掃除に戻った。
「……ごめんなさい」
仁王立ちした継母に待ち伏せされていた。口元をへの字に曲げて不機嫌そうだ。
春鶯の継母──趙嬌は、帳簿の管理は任せてほしいと、再婚当初の十年前から自ら請け負っている。帳簿だけは他の誰にも触らせようとはしない。
前の夫とは死別したらしく、二人の子を連れて楓流軒に宿泊したことで、春鶯と央央の父親と知り合った。幼少の頃の趙嬌は、商家の娘だったので何不自由なく過ごし、私塾にも通っていたが、不況の煽りで店は倒産。両親は長男を連れて夜逃げし、残された趙嬌は祖父母に引き取られるも、慣れない炊事に掃除とこき使われ、十七歳で三十歳の成金男と結婚させられたという。一年後には長男、二年後には長女を出産するも、二十四歳で旦那が死去する。
生きるために帝都を訪れ、長所はお人よし、短所は優柔不断の父親と再婚した。再婚するまではしおらしかったのに、結婚するなり帳簿を管理したがるし、春鶯に央央、父親、そして亡き母親の四人で住んでいた、中庭にあるこぢんまりとした二階建ての別棟から追い出し、趙嬌とその息子である十六歳の義弟、趙眠と十四歳の義妹、趙美の三人で住んでいる。春鶯と央央は仕方なく、厨房の奥にある三畳ほどの小さな板の間、父親は四畳ほどの納戸で寝起きしている。
連れ子二人が手伝いをしたことは今まで一度もない。それどころか、月に三百文から八百文かかる私塾に二人そろって通っている。二人だけ通えているのは、趙嬌が「私は最後まで通わせてもらえなかったから、せめて子どもたちには通わせたいの」と涙ながらに訴えたからだ。春鶯と央央もいたので父親は気まずそうだったが、春鶯は「私はいいから阿央を通わせて」と頼んだ。ところが央央は「ねねと一緒じゃないのはいや!」と嫌がったため、二人は通っていない。
「ああ、忙しい、忙しい!」
忙しいと言っても、継母は帳簿管理だけだ。客簿と食材の仕入れは春鶯なので、前日の分を記入すれば一時辰──二時間で終わるだろう。
継母である趙嬌は、三十代半ばで美しい外見をしていても、中身はお嬢様気質だ。あれこれ口を出し、春鶯を侍女のようにこき使おうとする。そんな母親なので、当然ながら趙眠と趙美も似た性格をしており、どちらも傲慢だ。
中規模の宿屋でそこそこ繁盛しており、妻を亡くしている店主に目をつけ、ここでよりよい条件を持つ異性が現れたら、そちらに乗り換えるつもりなのだろう。春鶯も央央も、趙嬌の魂胆は見抜いている。
客人が現れるまで掃き掃除の続きでもしようとしたところ、「こんにちは」という声が響いた。
「いらっしゃいませ。姚夫人、周夫人」
「よく来たわね! 二人とも。古臭い内装で申し訳ないけど、今日はゆっくりしてってね!」
趙嬌の友人二人だ。姚夫人と周夫人は、趙嬌の昔ながらの友人らしく、三人とも三十代半ばだ。一年に一度はこうして泊まりに来ている。
「まあ、古臭いなんて、とんでもない!」
「そうよ、素敵な内装よ?」
「あら、そうかしら?」
友人二人は、昨年、内装を大幅に改修していることを知っているので、継母に同調せず、木の温もりが感じられると褒める。建物の修繕も継母が率先して行っているのに、謙遜しているつもりなのか、いつも古臭いと文句を言っている。今年は外壁を塗り直す予定だが、きっと文句を言うに違いない。
「来月、主人の遠い親戚が帝都に遊びに来る予定だから、楓流軒を紹介するわね」
「私も! 知人に勧めてみるわ」
「え、うちを宣伝してくださるんですか? ありがとうございます! 本日は、上房のお部屋をご用意しますね!」
もちろん部屋代は取らないつもりだ。すでに連泊で一部屋埋まっているし、一泊しかしないのでそこまで負担ではない。
「はあ? 上房ですって? ちゃんと宿泊料金は取りなさいよ?」
「わ、私たちは中房にするわ!」
「え、ええ!」
「わかりました。中房にご案内しますね」
趙嬌が宿泊費を取ると言った瞬間、姚夫人と周夫人は慌てて中房を指定した。さすがに一晩で銀一両する部屋は、友人付き合いだとしても自腹で泊まらないだろう。
二階の部屋へと案内すると、趙嬌にお茶の用意をするよう言われたので、一階にある厨房で湯を沸かす。自分の友人くらい自分でもてなせばいいのに、と思わなくもないが、今に始まったことではないので諦めている。
「いずれここは、私の持ち物になるのよ♪」
湯を届けてお茶の用意をすると、嬉々として友人二人に吹聴していた。春鶯は反応することなくその場を後にした。なにも聞かなかったことにして、掃き掃除に戻った。
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