眉目清秀な劇団座長は、宿屋の平凡娘になぜか弱い。

ゆずまめ鯉

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二.月影座のちらし【2】

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 辰の初刻、朝七時。普段通りに早起きした春鶯は、粥や漬物、汁物などの簡単な朝餉を提供し、柜台の前で食事代や宿泊費を受け取り、客を見送る。七月は繁忙期ゆえにほぼ満室で、央央と手分けして客室を清掃しているうちに正午近くなり、月影座の初日公演まで半時辰。化粧を施し、淡い色の襖裙に身を包んだ福来が迎えに来る。福来は、小柄で可愛いらしい風貌をしているため、央央と二人だけで出かけるのは少し心配になるけれど、福来は官僚の娘ゆえに、武術に長けた侍従が密かに待機しているので、今のところ襲われたことはない。

「阿央、準備できてる?」
「ごめん。すぐに着替えてくるから、ちょっとだけ待っててくれる?」
「いいよ」

 動きやすい恰好をしていた央央は、慌てて厨房奥の小さな板の間で着替えるために引っ込んだ。

「待たせてごめんね、阿来」
「いいえ。いつも姉妹で楽しく働いていて、羨ましいです。私には、姉も妹もいませんから」
「そう? 央央も喜ぶから、いつでも泊まりにきてね」
「わあ、ありがとうございます!」

 春鶯が、央央のためにと金を貯めて買った、金糸を使った花の刺繍が見事な桃色の上着の襖と、同じく淡い桃色の裙姿で戻ってくる。華やかな央央には桃色がよく似合う。春鶯は、奮発して買ってあげてよかったなと大きく頷く。

「二人とも、ばっちり可愛いわ。気をつけて行ってらっしゃい」
「行ってきます!」

 笑顔で出かける妹たちを見送ると、少しだけ暇になった。昨日、創作していた物語の続きでも書こうとしたところ、月影座のちらしが見当たらなかった。

(あ。そういえば、あのちらしは央央に渡したままだったわ)

 あとで読むと言った後、二人で出かけ、屋台で包子や羊肉の串焼き、甘いものが食べたいと山査子飴も頬張っていた。たらふく食べて家に戻り、湯を沸かして小さな桶で湯浴みをしてから就寝した。その間、読んでいる様子はなかった。今日も返却されないだろう。
 続きはまた考えるとして、竹紙には、先ほど宿泊客から耳にした「象箸玉杯ぞうちょぎょくはい」について記した。象箸玉杯とは、高価な象牙の箸を使っているうちに、それに見合った器や玉杯が欲しくなり、どんどん贅沢になって、最終的には国が滅ぶことを憂慮した故事を指す。近くの露店で、そこそこ値の張る象牙の箸を買わされそうになり、逸話を思い出して断ったと教えてくれた。いくらだったか尋ねると、楓流軒の上房一泊の料金と同じだと言っていた。創作に活用したかったので、忘れないようにすぐ乾かし、小さく折りたたんで袖にしまった。

***

 月影座の昼公演まであと少し。運よく、立ち見ではなく後方の席を確保できたので、央央は一安心する。福来を走らせてしまったので心配していたが、隣の様子を窺えば、目を輝かせて劇場内を眺めていた。誘って正解だった。本当は、姉も連れて来たかったのだが、断られてしまったのだから仕方ない。

「あ、そうだ。後で姐姐にお土産買わなくちゃ!」

 こうしている今も、楓流軒で真面目に働く姉の姿が脳裏に浮かぶ。もしかしたら、そろそろ手が空いて、大好きな創作をして楽しんでいる最中かもしれないが、それでもなにかしら買って帰りたい。

「ねえ、阿央。不思議だったんだけど、どうしてそこまで春鶯さんのことを好いているの? 他にも似た境遇の姉妹はいるけど、そこまでじゃなかったから気になって」

 福来とは親しくなって二年経つ。ところが、込み入った話はあまりしたことがなかった。

「そういえば、阿来にはまだ話したことがなかったね」

 七年前。央央が七歳の頃、帝都では麻疹が大流行した。高熱が出て咳や鼻水が止まらず、目も赤く腫れた。そして顔から発疹が広がり、全身を覆っていった。変わり果てた姿になってしまったのだ。しかし、五つ年上の春鶯は、臆することなく看病を続けた。

「私の顔を見た趙夫人や、趙眠、趙美、使用人たちはみんな『これは間違いなく天花(天然痘)だ!』って騒ぎながら逃げ出したのよ。まだ診断してもらってなかったのにね。でも、姉さんだけは、何度も着替えさせてくれたし、栄養満点の粥を食べさせてくれたわ」

 ずっと傍にいてくれた姉を支えようと思った。春鶯は、幼い頃に麻疹にかかったことがあったらしく、免疫力があった。その後、央央は二週間後に完治した。完治するや否や、真っ先に逃げ出した継母や、趙眠、趙美と使用人は何食わぬ顔で戻ってきた。
 それまでの央央は、姉は自分の手柄を他人に奪われる、要領の悪い人間だと認識していた。率先して掃除をしていたのに、趙美が全部一人でやったと主張しても、一切怒ることはなかったのだ。趙眠に対しても同じで、客の忘れ物を見つけて届けたのは春鶯だったのに、義弟に横取りされて褒美を奪われても反論しなかった。それについて央央が憤っても「いつか必ず報いがくるからいいのよ」と笑っていた。
 そんな体験をした央央は、外見だけで自分に好意を寄せる人間は、見る目がないと確信している。

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