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二.月影座のちらし【3】
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「阿央には私もいるよ?」
「ふふ、ありがとう! 阿来のことも大好きよ!」
福来に正体を明かして友達になり、そこから唯一無二の親友となるまでに時間はかからなかった。二年間、ほぼ毎日顔を合わせていても飽きることはない。恋愛についての相談をされるし、親が決めた許嫁との付き合い方も央央が指南している。
「あ、あれを見て阿央。役者さんが出てきたよ!」
「うん!」
央央と福来は、月影座の初日昼公演を時間いっぱい楽しんだ。
***
もうすぐ日が沈む。妹の央央が公演を観に行ってからは二時辰──四時間近くが過ぎようとしていた。正午に軽く昼を済ませたとはいえ、さすがに小腹が空いてくる時間帯でもある。
「包子でも食べようかしら」
宿屋で提供しているのは朝夕の二食だけだが、時折、なにか食べ物はないかと聞かれることがあるので、饅頭や包子など片手で摘まめるものは用意してある。
春鶯が空腹を満たすために、奥にある厨房へ足を進めると、換気のために勝手口を開けていたからか、人の話し声がした。
「……姉君を……してほしい」
「はあ? 嫌です」
「そうか。明日の演目は、どうするか……。誰かの好きなものに変更してもいい気分だ」
「む、無理なものは無理よッ!」
嫌悪感を含んだ央央の声音に、春鶯は慌てた。仲裁しなければ──。
「明日の最前列特等席無料」
「……仕方ないわねッ! 折れてやるわよッ!」
急いで駆けつけると、そこにいたのは春鶯も知っている人物だった。数日前から、楓流軒に宿泊している仮面の公子──謝楚月と、その保鏢をしている琳晋高だ。この前とは、別の色の長袍に身を包んでいる。背後を伺っても、福来の姿は見当たらない。
「あの、謝公子。妹がなにか粗相でもしましたか?」
「姐姐!」
「やはりきみだったのか!」
恐る恐る声をかけると、三人は一斉に振り向いた。
仮面の公子、楚月はなにかを手にしており、春鶯に差し出す。そこへ視線を落とすと、月影座のちらしだった。昨日、央央に渡されたものと同じだ。七月二日から十四日間、昼夜公演と場所、料金が記されている。代わった様子は見当たらない。
「ちらしがどうかしたんですか?」
「裏だよ」
「あ!」
ちらしを裏返すと、そこはびっしりと文字で埋め尽くされていた。春鶯の文字だ。十四歳の少女と、十二歳の保鏢をしている少年の物語が赤裸々に綴られている。
「公演後に、後方の席で揉めているのを見かけて晋高が助けに入ると、妹君がこのちらしを落としたんだ」
「それはそれは……妹がお世話になりました」
「きみの妹を助けたのは俺ではないし、それについては大した問題はない。一方的に絡んできた、酔っ払い客が悪かったんでね」
「……はあ」
「それでね、裏になにか書いてあることに気づいて尋ねると、『姉が書いたのよ。面白いから読んでみる?』っていうから、遠慮せずに読ませていただいた」
「阿央!」
まさか、劇団所属の芸人に創作を読まれるとは想像しておらず、春鶯の頬は瞬時に真っ赤に染まった。趣味で書いているだけのまったくの素人だ。誰かから学んだり、私塾に通ったり、そうした経験は一切ない。見るに堪えなかったに違いない。恥ずかしくなってくる。
「だって、面白いのは本当じゃない。同志を増やしたかったのよ!」
そう弁明されても恥ずかしいものは恥ずかしい。
「続きはないのか聞くついでに、送ってきたところ、楓流軒だったから、きっときみだろうと。続編があるなら、ぜひ読ませてほしい」
「ありません!」
央央の腕を引っ張り、勝手口から宿屋に戻るなり扉をばたんと閉めた。さすがに、後を追って裏口から侵入することはないだろう。どっちにしろ宿泊客なので、夜の公演が終われば戻ってくるはずだ。翌朝、必ず顔を合わせることになる。それでも、今は穴があったら入りたい心境だったので、逃げることしか頭になかった。
「同志は増やしたいけど、さすがに知り合った初日に紹介したくなかったんだよね。早すぎるでしょ。でも、うちのお客さんだったんだね」
「……三日前から泊まっているのよ」
「知らなかった。仮面の人が月影座の座長だよ。二十歳なんだって」
「謝公子が座長……」
央央から異性の話題が出ることはあっても、ほとんどが嫌悪感からくる愚痴だった。それなのに、月影座の座長で仮面の公子──謝楚月とは初対面だというのに気軽に会話をしていた。打ち解けていた。もしかすると、央央にとってこれが初恋という可能性も考えられる。男性嫌悪がまったく出ていなかったのだ。姉としては胸中複雑だったが、央央の初恋ならばと、姉であり、母代わりでもある自分が応援することにした。
「ふふ、ありがとう! 阿来のことも大好きよ!」
福来に正体を明かして友達になり、そこから唯一無二の親友となるまでに時間はかからなかった。二年間、ほぼ毎日顔を合わせていても飽きることはない。恋愛についての相談をされるし、親が決めた許嫁との付き合い方も央央が指南している。
「あ、あれを見て阿央。役者さんが出てきたよ!」
「うん!」
央央と福来は、月影座の初日昼公演を時間いっぱい楽しんだ。
***
もうすぐ日が沈む。妹の央央が公演を観に行ってからは二時辰──四時間近くが過ぎようとしていた。正午に軽く昼を済ませたとはいえ、さすがに小腹が空いてくる時間帯でもある。
「包子でも食べようかしら」
宿屋で提供しているのは朝夕の二食だけだが、時折、なにか食べ物はないかと聞かれることがあるので、饅頭や包子など片手で摘まめるものは用意してある。
春鶯が空腹を満たすために、奥にある厨房へ足を進めると、換気のために勝手口を開けていたからか、人の話し声がした。
「……姉君を……してほしい」
「はあ? 嫌です」
「そうか。明日の演目は、どうするか……。誰かの好きなものに変更してもいい気分だ」
「む、無理なものは無理よッ!」
嫌悪感を含んだ央央の声音に、春鶯は慌てた。仲裁しなければ──。
「明日の最前列特等席無料」
「……仕方ないわねッ! 折れてやるわよッ!」
急いで駆けつけると、そこにいたのは春鶯も知っている人物だった。数日前から、楓流軒に宿泊している仮面の公子──謝楚月と、その保鏢をしている琳晋高だ。この前とは、別の色の長袍に身を包んでいる。背後を伺っても、福来の姿は見当たらない。
「あの、謝公子。妹がなにか粗相でもしましたか?」
「姐姐!」
「やはりきみだったのか!」
恐る恐る声をかけると、三人は一斉に振り向いた。
仮面の公子、楚月はなにかを手にしており、春鶯に差し出す。そこへ視線を落とすと、月影座のちらしだった。昨日、央央に渡されたものと同じだ。七月二日から十四日間、昼夜公演と場所、料金が記されている。代わった様子は見当たらない。
「ちらしがどうかしたんですか?」
「裏だよ」
「あ!」
ちらしを裏返すと、そこはびっしりと文字で埋め尽くされていた。春鶯の文字だ。十四歳の少女と、十二歳の保鏢をしている少年の物語が赤裸々に綴られている。
「公演後に、後方の席で揉めているのを見かけて晋高が助けに入ると、妹君がこのちらしを落としたんだ」
「それはそれは……妹がお世話になりました」
「きみの妹を助けたのは俺ではないし、それについては大した問題はない。一方的に絡んできた、酔っ払い客が悪かったんでね」
「……はあ」
「それでね、裏になにか書いてあることに気づいて尋ねると、『姉が書いたのよ。面白いから読んでみる?』っていうから、遠慮せずに読ませていただいた」
「阿央!」
まさか、劇団所属の芸人に創作を読まれるとは想像しておらず、春鶯の頬は瞬時に真っ赤に染まった。趣味で書いているだけのまったくの素人だ。誰かから学んだり、私塾に通ったり、そうした経験は一切ない。見るに堪えなかったに違いない。恥ずかしくなってくる。
「だって、面白いのは本当じゃない。同志を増やしたかったのよ!」
そう弁明されても恥ずかしいものは恥ずかしい。
「続きはないのか聞くついでに、送ってきたところ、楓流軒だったから、きっときみだろうと。続編があるなら、ぜひ読ませてほしい」
「ありません!」
央央の腕を引っ張り、勝手口から宿屋に戻るなり扉をばたんと閉めた。さすがに、後を追って裏口から侵入することはないだろう。どっちにしろ宿泊客なので、夜の公演が終われば戻ってくるはずだ。翌朝、必ず顔を合わせることになる。それでも、今は穴があったら入りたい心境だったので、逃げることしか頭になかった。
「同志は増やしたいけど、さすがに知り合った初日に紹介したくなかったんだよね。早すぎるでしょ。でも、うちのお客さんだったんだね」
「……三日前から泊まっているのよ」
「知らなかった。仮面の人が月影座の座長だよ。二十歳なんだって」
「謝公子が座長……」
央央から異性の話題が出ることはあっても、ほとんどが嫌悪感からくる愚痴だった。それなのに、月影座の座長で仮面の公子──謝楚月とは初対面だというのに気軽に会話をしていた。打ち解けていた。もしかすると、央央にとってこれが初恋という可能性も考えられる。男性嫌悪がまったく出ていなかったのだ。姉としては胸中複雑だったが、央央の初恋ならばと、姉であり、母代わりでもある自分が応援することにした。
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