眉目清秀な劇団座長は、宿屋の平凡娘になぜか弱い。

ゆずまめ鯉

文字の大きさ
20 / 59

七.盗作騒動【2】

しおりを挟む
「あれ、春鶯。どこか出かけるの?」
「謝公子! 今、丁度探しに行こうとしていたんです。伝えなければならないことがありまして……」
「それは奇遇だね。部屋に来るかい?」
「え、お部屋ですか? あの、その……」

 さすがに、宿泊客がいる部屋に従業員が入室するのは誤解を招きかねない。後々、迷惑をかけることになると申し訳ないので返事に迷っていると、隣で真顔になっていた央央がすぐさま突っ込みを入れた。

「ちょっと、私の姉さんを独り占めする気?」
「妹君が心配するなら食堂でもいいけど? なんなら、ここに晋高を置いて、宿屋の仕事を手伝わせてもかまわない」

 そう告げると央央は、苦虫を噛み潰したような顔をした。

「……一炷香だけよ」
「ありがとう。ちょっとの間、春鶯を借りるよ。晋高」
「御意」
「妹をお願いしますね、琳公子」
「任された」

 央央一人で柜台の前に座らせるのは心配だが、傍に晋高がいるなら安心だ。無言の圧力で、異性を片っ端から追い払ってくれるのだ。それに、央央はわざと晋高に寄り添うため、向こうが勝手に勘違いして落胆するのだという。
 楚月とともにひと気のない食堂へ足を踏み入れると、さっそく本題を切り出そうとした。椅子に腰かけた楚月は、どういうわけか着用していた白い仮面を外してしまった。美しい面持ちが露わになり、顔を合わせると途端に春鶯は緊張してしまう。激しい運動をしたわけでもないのに、心拍数が上がってしまう。

「……あの公子。どうして仮面を外すんですか?」
「邪魔だからだよ」

 邪魔だから──。
 普段は舞台以外では絶対に外さないのに、なぜか春鶯の前では時々外すようになってしまった。どうして外しているのか理由がわからない。

「あの、仮面をつけてもらえませんか?」

 せっかく脚本に問題があったことを伝えたいのに、ドキドキしてしまって話を切り出せない。集中できない。そんな春鶯の様子に気づいているはずなのに、楚月はどこ吹く風といった態度だ。

「どうして?」
「決まってるじゃないですか。恥ずかしいからですよ」
「俺の顔が、醜いってこと?」
「違いますっ! 綺麗な顔が至近距離にあって、ちょっと落ち着かないんですよ」
「きみに慣れてほしいんだ」
「え?」

 そう告げてから、顔をじっと見つめられ、春鶯の頬はみるみるうちに真っ赤に染まった。整った顔立ちは央央で見慣れている。けれど、央央は赤ん坊の頃から知っている妹だ。異性ではない。

「俺が、舞台以外だと仮面を欠かさない理由、気にならない?」
「……きっと、阿央と同じなんだろうなって、思ってました」

 央央には福来以外の友人がいなかった。せっかく親しくなれそうな子が現れても、気がつけば同性から一方的に妬まれてしまうのだ。義妹の趙美もそうだ。央央と一緒にいると、異様なまでに異性に絡まれ、最初は気を遣って隣にいる女子にも話しかけるけれど、それはあくまで社交辞令だ。明らかに央央に対する反応と違う。その熱量の違いに、せっかく仲良くなれそうな子ができても、いつの間にか避けられてしまうことに長年悩まされてきた。

「謝公子も、外見で嫌な思いをしたことがあるから、だから仮面をしているのかと」
「……うん。この外見で生まれてよかったことは、舞台の上で映えることくらいだよ」

 春鶯は、央央や楚月のように、整った容姿が原因で苦労したことはない。以前は、ちやほやされる妹が羨ましくなったことも、なかったと言えば嘘になる。
 でも、そんな央央や楚月が、自分に対して分け隔てなく接してくれていることが、とても嬉しかった。平凡すぎると趙眠によく貶されていたので、少しだけでも母親に似た見た目だったらよかったのにと、以前は悩んでいた。けれど、今ではその思いも薄れてきている。父親譲りのこの垂れ目も、自分らしいなと前向きに考えられるようになった。

「綺麗すぎてドキドキするんです。私の心の平穏のためにも、仮面をしてくれませんか?」
「……この顔でよかったと、舞台以外で初めて思えた」
「公子……」

 楚月の顔がだんだんと近づいてくる。驚いた春鶯が咄嗟に目を閉じると、間髪容れずに、天真爛漫な妹が割り込んできた。

「はーーい、そこまで! 二人っきりのお時間は終了でーーーーす! お疲れさまでした!」
「阿央!」
「それより、ちゃんと話したの? 象牙の箸を絡めた新作が、他の劇団に盗作されている可能性があるって」
「ま、まだよ」
「ええー? せっかく一炷香もあげたのに、まだ話してないのぉ?」

 央央は不満げに唇を尖らせた。

「妹君はせっかちなのかな? まだ五分も経ってないだろう」
「経ってますよーだ! というか、いい加減、妹君って呼び方、やめてくれません?」
「それなら、妹妹の方がいいか?」
「あんまり変わらないよ?」

 楚月は、やれやれと言わんばかりに央央の背後にいる晋高に視線を向けたが、小さく首を振られるだけだった。食堂に様子を見に行くという央央を制御しきれなかったのだろう。

「伝えるのが遅くなってごめんなさい。阿央が今日、見た演劇の内容が、私が書き上げた内容と似ていたそうなんです」
「それで、俺たちの練習場所を知らないはずなのに、伝えに来ようとしてたんだね」
「はい。これからのことを考えると、早い方がいいかと思って」

 三日後に上演するはずの作品が、急遽取りやめになる可能性が浮上したというのに、楚月は怒ったり憤慨したりせずに冷静だ。目を離した隙に紛失したと打ち明けたときも、不機嫌になることはなく、心配してくれていた。

「代替案はなにかある?」
「そうですね、他の作品とかけ合わせるのはどうでしょうか?」
「例えば?」
「月影座は、西遊記の他に白蛇伝が人気ですよね。だから、白蛇伝の登場人物が、西遊記の世界に迷い込む……とか」
「うんうん」

 さすがに毎晩、通うことはなかったが、数日前の夜公演で観た白蛇伝を思い浮かべる。象牙の箸のように、組み合わせられるのではないかと考えた。

「楚月さんは、西遊記の三蔵法師と、白蛇伝の許仙を演じているので、白蛇伝で妻の様子がおかしいと怪しんだときに、旅の三蔵法師に相談するんです」

 二役なので楚月は大変だが、三蔵法師は坊主の被り物をしているので、それを取っ払えば許仙になれる。着物は数着用意し、場面転換の都度、裏方が素早く引っ張り着替えさせれば、どちらもこなせるだろう。
 蛇の正体を突き止めるのは孫悟空たちで、今後どうしていきたいか相談した結果、蛇である妻を受け入れて暮らしていくという最後にする。
 その日の観客を見て、若い男が多ければ、妻との場面を増やして尻に敷かれた内容にし、子どもが多ければ、孫悟空が暴れて、蛇を退治しようとする第三勢力を撃退する。女が多ければ、三蔵法師と許仙の妻との会話を増やし、妖艶な雰囲気を作る。
 春鶯がいくつか提案すると、楚月は大きく頷いた。

「紙と筆を取ってくるよ!」
「え、自分で行きます!」
「いいから待っていて。今晩はじっくり、作品について語り合おう」
「は……はい」

 楚月は率先して紙と筆を取りに行き、夕餉の始まる時間ぎりぎりまで食堂にて新作を練っていた。他の宿泊客の迷惑になるので、人が少なくなった後、また食堂に集合して、夜遅くまで相談することになった。
 提案を面白いと受け入れてもらえただけでなく、夜が更けても、ああでもない、こうでもないと意見を出し合うのは楽しかった。つい熱中しすぎて、央央に何度か仲裁されたが、日付が変わる時間帯まで続いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~

しおしお
恋愛
異世界の王女リリアーヌは、前世の記憶を持つ転生者。 豪華絢爛な王宮で暮らし始めた彼女だったが、ひとつだけどうしても耐えられないことがあった。 ――食事が、冷めているのだ。 どれほど立派な料理でも、ぬるいスープや冷めた肉ではホッとできない。 「温かいごはんが食べたい」 そのささやかな願いを口にしたことから、王宮ではなぜか大騒動が巻き起こる。 地下厨房からの高速搬送。 専用レーンを爆走するカートメイド。 扉の開閉に命をかけるオープナー。 ついには食堂に火を持ち込むオープンキッチンまで誕生して――!? 温かさは、ホッとさせてくれる。 それは料理だけではなく、人との距離まで少しずつ変えていくものだった。 冷えた王宮に湯気と笑顔を取り戻す、 食と温かさをめぐる宮廷日常コメディ! -

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。 2/26 番外編を投稿しました。 読んでいただけると嬉しいです。 思っていたよりずっとたくさん読んでいただいていてとても嬉しいです。 とてもとてもありがとうございます!!   

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

家族から邪魔者扱いされた私が契約婚した宰相閣下、実は完璧すぎるスパダリでした。仕事も家事も甘やかしも全部こなしてきます

さら
恋愛
家族から「邪魔者」扱いされ、行き場を失った伯爵令嬢レイナ。 望まぬ結婚から逃げ出したはずの彼女が出会ったのは――冷徹無比と恐れられる宰相閣下アルベルト。 「契約でいい。君を妻として迎える」 そう告げられ始まった仮初めの結婚生活。 けれど、彼は噂とはまるで違っていた。 政務を完璧にこなし、家事も器用に手伝い、そして――妻をとことん甘やかす完璧なスパダリだったのだ。 「君はもう“邪魔者”ではない。私の誇りだ」 契約から始まった関係は、やがて真実の絆へ。 陰謀や噂に立ち向かいながら、互いを支え合う二人は、次第に心から惹かれ合っていく。 これは、冷徹宰相×追放令嬢の“契約婚”からはじまる、甘々すぎる愛の物語。 指輪に誓う未来は――永遠の「夫婦」。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

嫌われ皇后は子供が可愛すぎて皇帝陛下に構っている時間なんてありません。

しあ
恋愛
目が覚めるとお腹が痛い! 声が出せないくらいの激痛。 この痛み、覚えがある…! 「ルビア様、赤ちゃんに酸素を送るためにゆっくり呼吸をしてください!もうすぐですよ!」 やっぱり! 忘れてたけど、お産の痛みだ! だけどどうして…? 私はもう子供が産めないからだだったのに…。 そんなことより、赤ちゃんを無事に産まないと! 指示に従ってやっと生まれた赤ちゃんはすごく可愛い。だけど、どう見ても日本人じゃない。 どうやら私は、わがままで嫌われ者の皇后に憑依転生したようです。だけど、赤ちゃんをお世話するのに忙しいので、構ってもらわなくて結構です。 なのに、どうして私を嫌ってる皇帝が部屋に訪れてくるんですか!?しかも毎回イラッとするとこを言ってくるし…。 本当になんなの!?あなたに構っている時間なんてないんですけど! ※視点がちょくちょく変わります。 ガバガバ設定、なんちゃって知識で書いてます。 エールを送って下さりありがとうございました!

処理中です...