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#5 偽装恋人大作戦!?
Ep.25 ラウンド2!
しおりを挟むあの客間に、広瀬親子と私の4人が再び揃った。
目の前に座る広瀬父は相変わらず、広瀬真を睨むように威圧している。
隣から異常なほどの緊張が伝わってくる。
まっすぐ向き合っているはずなのに尻込みして弱気になりかけている奴の足を、座卓の下でこっそりと強く叩いた。
(やってやんなさい!広瀬真!)
ハッとしてこっちを向いた広瀬真に、視線だけ向けて小さく頷く。
それで奴は息を吹き返すように胸を膨らませ、行儀良く膝に置いた拳に力を込める。
吸った息を全て吐き出すと、いつも通りの気の強そうな顔でまっすぐ広瀬父と向き合った。
「――父さん、やはり今回の婚約話は取り下げてください。
僕は広瀬を継ぐにしろ、そうでないにしろ自分で納得した道を歩きたいと思っています。
そのための自由を3年許してもらったはずです!
それなのに今婚約者を決めると言うのは………」
「恥を知れと言ったはずだ、真。」
広瀬真の言葉は、またも無情に叩き切られる。
鋭い眼光はそれ以上の発言を許さないとばかりに広瀬真を威圧する。
たった一言で意思を切り捨てられ、再び光を失って悔しそうに下を向く広瀬真が痛々しい。
植え付けられた恐怖心と、それに抗おうともがく葛藤が伝わってきて、私までもどかしくなってしまう。
――強い言葉に、態度に、どれだけ広瀬真は自我を出すことを抑圧され続けてきたんだろう?
どれだけ傷つけられてきたんだろう?
何か言いたくなる唇をギュッと固く結んで堪えた。
「少し自由を与えてやったらすぐ図に乗る。
お前は“広瀬”を守り発展させていくために生きろと教えてきた筈だ。
広瀬家の長男が“身勝手な我儘”で好き放題言うのは大概にしろ!」
――身勝手な我儘?
ブツリ。心の中で何かが切れた音がして、堰き止めていた感情が一気に喉まで押し上がってきた。
「………っせぇ…。」
一瞬の揺らぎも許さない張り詰めた空間が、私の声で僅かに震える。その異音に、広瀬親子の視線が一斉に集まったけどそんなの知ったことか。
「うるせぇええええええ!」
厳粛で閑静な佇まいに似合わない怒号に襖が揺れる。
バン!と机面を叩き勢いよく立ち上がって、前のめりで広瀬父を睨みつけた。
「“身勝手な我儘”って何!!
自分らしく生きたいって思うのはそんなにダメなことですか!?
一般家庭に生まれた庶民の私には由緒正しい家の事情なんて分かりませんけどねぇ、自分を押し殺さなきゃいけない苦しさくらいはわかりますよ!
広瀬真は!ほんとは見た目も中身もぎゃーぎゃーうるさいし、口悪いし!一人称俺だし!
口ではブスとかバカとか言うけどなんかあると1番に心配してくるおせっかいだし!!
親が決めた好きでもない婚約者の気持ちだって考えるし!!
誰よりも他人に寄り添える、思いやりのあるいい奴なんです!
そんな広瀬真の話を少しも聞かないなんて、
このバカ親がァ!!!」
――言い切った清々しさに、肩で呼吸する息をフンと鼻で荒く切る。
一同唖然。
小娘に怒鳴られるなんて思ってもみなかったのだろう、ぽかんとするバカ父の顔は、シワが薄くなっている。
その隙に乱暴に自分のバッグと広瀬真の手を取り引き上げ立ち上がった。
「行くよ、広瀬真!こうなったら徹底的に戦ってやるんだから!!」
臨戦態勢を示すようにドタドタと荒い足音を響かせ部屋を出る。
ずっと末席で透明人間になっていた広瀬母の顔がほんの少し生気を取り戻したことには、誰も気づいてはいない。
広瀬真は私に引きずられながらも、部屋を出る間際に父親の方に振り返った。
「改めて話しましょう、父さん。“俺”はちゃんと戦うことにしました。」
その時の笑顔は、なかなか清々しいものだった、とか……。
***
「ーーというわけでね、旅館みたいな家にものすごい堅物親父がいてー……!」
休み明けの旧校舎。昼下がり。
榛名聖のいれるダージリンティーを片手に、仏頂面の私の愚痴を、聞いているんだかいないんだかわからない態度の近江涼介と榛名聖の2人が聞いていた。
「ひーちゃんそんな場所でも啖呵切ってきたの~?偽装恋人台無しじゃない?」
「ブチギレ体質だな。」
「ハッ……!確かに……!!」
「あんな怖い方、別れた方がいいわ。」とか広瀬母に思われて、やっぱり婚約話が進んじゃった…!?
いやでも、あれくらいなら私の美貌でカバーできるのでは…!ルッキズムって言葉があるくらいだし!
「あはは、相変わらずのすっごい自信~。」
もはや脳内にツッコミ入れてくるのにも慣れてきた。
ガラッとドアの開く音がして、だるそうに広瀬真が入ってきた。今日もチャラチャラ、耳元で留めたヘアピンが光ってる。
「婚約話、一旦保留になったわ。」
大きな猫目が私を捉えると、突拍子もなくそんなことを言った。
そのまま室内へ進んで、空いていた私の隣の椅子に腰掛ける。背凭れに深く沈みながら伸びをして、呑気な態度だ。
「コテンパンにやってやったの!?たまにはやるじゃない!」
「俺が……ってよりは珍しく加勢してくれた母親がな。カッコ悪ぃけど。」
あの優しそうだけど存在感のない広瀬母が?
それはちょっと意外な姿だ。
「――なんなら偽装恋人も最初からバレてたわ、母親に。」
「え゛えっ!?」
じゃあなんだったのよ、前半の茶番は……っていうか私が行く意味、あった?
「ああ~~!大事な日曜日を無駄にしたぁあ。一張羅まで着て行ったのにぃい。」
――大袈裟にテーブルに突っ伏してショックを表す姫を、広瀬真はじっと見つめる。
(――“友達”、か。)
思い出すのは、姫が帰った後の家での母との会話だ。
『真さん、姫さんとお付き合いしてるって嘘でしょう。』
穏やかに優しく、そして嬉しそうに母親が笑う。
『――でも、真さんのことをよく見ているいいお友達ね。
大切にしなさい。』
本人も気づかないところでひっそりと芽吹いた感情に、名前はまだない。
「うるせぇよ、……姫。」
呟く言葉に反応して勢いよく起き上がる。
照れているような表情の広瀬真を、私はギッと睨みつけた。
「今ブスって言った?」
「言ってねえよ。」
脳内ゴングが鳴り響き、室内は一気に騒がしくなる。
友達の新たな一面を知っても、何も変わらないと思える日常が続くのだった。
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