22 / 29
番外編
タリカ・ブラックフォードと秘密の像 1
しおりを挟む
みなさんこんにちは。
私は、グランフォード王国を旅する商人です。名前はありますが特に名乗るまでもないので、私のことは「木彫り商人」とでもお呼びください。
……え? どうして「木彫り」が付くのか、ですか?
それはですね。私は各地方の名産品に特化した商品を扱っているのですが、私自身も木彫りにちょっとだけ自信があるのです。
もともと私は細工師の家系に生まれ、父親から彫刻の手ほどきを受けて育ちました。
実家の細工工房は長兄が継ぎ、子どもの頃から旅にあこがれていた私は商人になったのです。
手先が器用なので、私は世界中の商品の売買を行うだけでなく、自らナイフを持ってお客様のご希望通りの彫刻をして売る、ということもしています。一種の副業でしょうか。ナイフと材料になる丸太さえあればどこでも開ける商売ですし、これでも結構名が知れているのですよ。
さて、そんな私はグランフォード王国王都にやって参りました。
いやはや、さすが国王陛下のお膝元。商売のし甲斐がありますねぇ。
私は市民階級のお客様を得意としていますが、時にはお貴族様の屋敷を訪問することもあります。
風呂場の浴槽や洗面台はもちろん、トイレの便器まで宝石でできているという貴族様からすれば、私が持ち込む民芸品なんて金を払う価値もないものでしょう。
しかし中には、謎の文様を描く絨毯や年代物の壺、手編みのランチョンマットなどに関心を示すお方もいらっしゃいます。私たちの主な貴族階級の取引相手は、そういう方ですね。
私にもお得意様がいるので、今回もその方々の屋敷をメインに訪問していこう――そう思っていたのですが。
「貴殿が噂の『木彫り商人』だな」
宿で朝食を摂り、さあ出発だ、と意気込む私の前に現れたのは、きらびやかな甲冑をまとった騎士様たちでした。
えーっと……ん? 彼らの鎧の胸元に記された家紋に、見覚えはありません。お得意様の家紋を見間違えるはずがないのですが……。
「はい、おっしゃるとおりです」
「我々はブラックフォード公爵家のご令嬢、タリカ・ブラックフォード様のご命令で、貴殿を迎えに参った」
騎士様が重々しく告げます。
その言葉は、私にすればまさに死刑宣告でした。
以前、ブラックフォード公爵家におじゃましたことがあります。
「フォード」と名の付く家系は、グランフォード王国内でも随一の名家。お得意様になればがっぽがっぽのウハウハなのです。
しかし前回、私は何も売れないまま敗走しました。と言いますのも――
公爵家の一人娘である、タリカ・ブラックフォード様。
そのあまりの迫力に私は怖気を震い、商売もそこそこに逃げてしまったのです。なんというか……私の生存本能が危険信号を発したと言いますか。
ものすごく美人だったのに、あふれ出る肉食系オーラと強烈な色香で、昏倒しそうになりました。まだ十代半ばだったはずなのに、公爵家のお嬢様怖い。
しかも後で知ったのですが、そのお嬢様はろくな噂がないんです。王太子殿下の婚約者なのに男をとっかえひっかえし、刃向かう者には制裁を与えるという、わがまま放題のお姫様。
逃げたのは正解だったかもしれない、と商人仲間に慰められたくらいです。
で、そんなお嬢様が私をお呼びだと。どうやら王都に私が戻ってきたのを聞くなり、屋敷に連れてくるよう命じたのだとか。
……ああ、嫌な予感しかしません。
何でしょうか。とんでもない大仕事を任されるのか。もし私が注文を受けられなかったら、首が飛ぶのでしょうか……ブルル。
数年前に一度訪れたっきりの、ブラックフォード公爵家。
きらびやかでおしゃれな豪邸は、きっと私の処刑場です。叶うことなら、私の亡骸はその辺に放置するのではなく故郷の家族の元に送ってほしいですな。
逃げることもできず、私は騎士たちに連行――いえ、連れられて屋敷の入り口に向かいます――あれ?
「あ、あの。すみません」
「何だ」
「私はしがない商人でございます。裏口からおじゃまさせてもらいたいのですが」
そう、騎士たちはなぜか、私を正面玄関に通そうとしているのです。
泥臭い商人が真っ白に磨かれた玄関に足を踏み入れるなんて、とんでもない。まずは裏口を訪問し、使用人の許可をもらい、執事などのチェックを受け、最低限の身なりを整えてようやく屋敷の中に入れるものなのです。当然、屋敷に足を踏み入れる前に追い返されることだってあります。
しかし騎士は首を横に振り、執事が大きく開いている正面玄関のドアの方を手で示します。
「タリカ様は、貴殿を客人としてお迎えしたいとおっしゃっている。お嬢様の客人であれば、正面玄関からお通しするのが当然であろう」
「は、え? 私が、お嬢様の客人?」
「何か不都合でも?」
「い、いえ! その……少々驚いただけでございます」
……本当を言うと、かなり驚きました。
公爵家のお嬢様が、私のような商人を客人扱いするですって?
あの悪名まみれのお嬢様が?
すると騎士は私の表情から何かを感じ取ったようで、私の肩をぐいっと押してきました。
「……貴殿がお嬢様のことをどのように思っているのかは分からないが、ここ半年ほどでお嬢様は変わられた」
「……変わった、でございますか」
「ああ……何も聞いていないのか?」
「はあ……昨夜遅くに宿に滑り込んだばかりですし、王都に来るのも久しぶりでして」
「ああ、そういえば貴殿の報告をした者もそのように言っていたな。では仕方あるまい。だが、お嬢様の前で滅多なことは言わぬように」
「は、はい!」
私はびしっと背筋を伸ばしました。
これは……私の命も、もう少し長らえられるかもしれません。
公爵家令嬢の反感を買った罪で処刑され、家族にまで累が及ぶことがあってはなりません。
なんとしてでも、お嬢様のご要望を叶えなければ!
私は、グランフォード王国を旅する商人です。名前はありますが特に名乗るまでもないので、私のことは「木彫り商人」とでもお呼びください。
……え? どうして「木彫り」が付くのか、ですか?
それはですね。私は各地方の名産品に特化した商品を扱っているのですが、私自身も木彫りにちょっとだけ自信があるのです。
もともと私は細工師の家系に生まれ、父親から彫刻の手ほどきを受けて育ちました。
実家の細工工房は長兄が継ぎ、子どもの頃から旅にあこがれていた私は商人になったのです。
手先が器用なので、私は世界中の商品の売買を行うだけでなく、自らナイフを持ってお客様のご希望通りの彫刻をして売る、ということもしています。一種の副業でしょうか。ナイフと材料になる丸太さえあればどこでも開ける商売ですし、これでも結構名が知れているのですよ。
さて、そんな私はグランフォード王国王都にやって参りました。
いやはや、さすが国王陛下のお膝元。商売のし甲斐がありますねぇ。
私は市民階級のお客様を得意としていますが、時にはお貴族様の屋敷を訪問することもあります。
風呂場の浴槽や洗面台はもちろん、トイレの便器まで宝石でできているという貴族様からすれば、私が持ち込む民芸品なんて金を払う価値もないものでしょう。
しかし中には、謎の文様を描く絨毯や年代物の壺、手編みのランチョンマットなどに関心を示すお方もいらっしゃいます。私たちの主な貴族階級の取引相手は、そういう方ですね。
私にもお得意様がいるので、今回もその方々の屋敷をメインに訪問していこう――そう思っていたのですが。
「貴殿が噂の『木彫り商人』だな」
宿で朝食を摂り、さあ出発だ、と意気込む私の前に現れたのは、きらびやかな甲冑をまとった騎士様たちでした。
えーっと……ん? 彼らの鎧の胸元に記された家紋に、見覚えはありません。お得意様の家紋を見間違えるはずがないのですが……。
「はい、おっしゃるとおりです」
「我々はブラックフォード公爵家のご令嬢、タリカ・ブラックフォード様のご命令で、貴殿を迎えに参った」
騎士様が重々しく告げます。
その言葉は、私にすればまさに死刑宣告でした。
以前、ブラックフォード公爵家におじゃましたことがあります。
「フォード」と名の付く家系は、グランフォード王国内でも随一の名家。お得意様になればがっぽがっぽのウハウハなのです。
しかし前回、私は何も売れないまま敗走しました。と言いますのも――
公爵家の一人娘である、タリカ・ブラックフォード様。
そのあまりの迫力に私は怖気を震い、商売もそこそこに逃げてしまったのです。なんというか……私の生存本能が危険信号を発したと言いますか。
ものすごく美人だったのに、あふれ出る肉食系オーラと強烈な色香で、昏倒しそうになりました。まだ十代半ばだったはずなのに、公爵家のお嬢様怖い。
しかも後で知ったのですが、そのお嬢様はろくな噂がないんです。王太子殿下の婚約者なのに男をとっかえひっかえし、刃向かう者には制裁を与えるという、わがまま放題のお姫様。
逃げたのは正解だったかもしれない、と商人仲間に慰められたくらいです。
で、そんなお嬢様が私をお呼びだと。どうやら王都に私が戻ってきたのを聞くなり、屋敷に連れてくるよう命じたのだとか。
……ああ、嫌な予感しかしません。
何でしょうか。とんでもない大仕事を任されるのか。もし私が注文を受けられなかったら、首が飛ぶのでしょうか……ブルル。
数年前に一度訪れたっきりの、ブラックフォード公爵家。
きらびやかでおしゃれな豪邸は、きっと私の処刑場です。叶うことなら、私の亡骸はその辺に放置するのではなく故郷の家族の元に送ってほしいですな。
逃げることもできず、私は騎士たちに連行――いえ、連れられて屋敷の入り口に向かいます――あれ?
「あ、あの。すみません」
「何だ」
「私はしがない商人でございます。裏口からおじゃまさせてもらいたいのですが」
そう、騎士たちはなぜか、私を正面玄関に通そうとしているのです。
泥臭い商人が真っ白に磨かれた玄関に足を踏み入れるなんて、とんでもない。まずは裏口を訪問し、使用人の許可をもらい、執事などのチェックを受け、最低限の身なりを整えてようやく屋敷の中に入れるものなのです。当然、屋敷に足を踏み入れる前に追い返されることだってあります。
しかし騎士は首を横に振り、執事が大きく開いている正面玄関のドアの方を手で示します。
「タリカ様は、貴殿を客人としてお迎えしたいとおっしゃっている。お嬢様の客人であれば、正面玄関からお通しするのが当然であろう」
「は、え? 私が、お嬢様の客人?」
「何か不都合でも?」
「い、いえ! その……少々驚いただけでございます」
……本当を言うと、かなり驚きました。
公爵家のお嬢様が、私のような商人を客人扱いするですって?
あの悪名まみれのお嬢様が?
すると騎士は私の表情から何かを感じ取ったようで、私の肩をぐいっと押してきました。
「……貴殿がお嬢様のことをどのように思っているのかは分からないが、ここ半年ほどでお嬢様は変わられた」
「……変わった、でございますか」
「ああ……何も聞いていないのか?」
「はあ……昨夜遅くに宿に滑り込んだばかりですし、王都に来るのも久しぶりでして」
「ああ、そういえば貴殿の報告をした者もそのように言っていたな。では仕方あるまい。だが、お嬢様の前で滅多なことは言わぬように」
「は、はい!」
私はびしっと背筋を伸ばしました。
これは……私の命も、もう少し長らえられるかもしれません。
公爵家令嬢の反感を買った罪で処刑され、家族にまで累が及ぶことがあってはなりません。
なんとしてでも、お嬢様のご要望を叶えなければ!
10
あなたにおすすめの小説
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
黒騎士団の娼婦
イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。