元悪女は、本に埋もれて暮らしたい

瀬尾優梨

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番外編

タリカ・ブラックフォードと秘密の像 1

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 みなさんこんにちは。
 私は、グランフォード王国を旅する商人です。名前はありますが特に名乗るまでもないので、私のことは「木彫り商人」とでもお呼びください。

 ……え? どうして「木彫り」が付くのか、ですか?

 それはですね。私は各地方の名産品に特化した商品を扱っているのですが、私自身も木彫りにちょっとだけ自信があるのです。
 もともと私は細工師の家系に生まれ、父親から彫刻の手ほどきを受けて育ちました。
 実家の細工工房は長兄が継ぎ、子どもの頃から旅にあこがれていた私は商人になったのです。

 手先が器用なので、私は世界中の商品の売買を行うだけでなく、自らナイフを持ってお客様のご希望通りの彫刻をして売る、ということもしています。一種の副業でしょうか。ナイフと材料になる丸太さえあればどこでも開ける商売ですし、これでも結構名が知れているのですよ。









 さて、そんな私はグランフォード王国王都にやって参りました。
 いやはや、さすが国王陛下のお膝元。商売のし甲斐がありますねぇ。

 私は市民階級のお客様を得意としていますが、時にはお貴族様の屋敷を訪問することもあります。
 風呂場の浴槽や洗面台はもちろん、トイレの便器まで宝石でできているという貴族様からすれば、私が持ち込む民芸品なんて金を払う価値もないものでしょう。
 しかし中には、謎の文様を描く絨毯や年代物の壺、手編みのランチョンマットなどに関心を示すお方もいらっしゃいます。私たちの主な貴族階級の取引相手は、そういう方ですね。

 私にもお得意様がいるので、今回もその方々の屋敷をメインに訪問していこう――そう思っていたのですが。

「貴殿が噂の『木彫り商人』だな」

 宿で朝食を摂り、さあ出発だ、と意気込む私の前に現れたのは、きらびやかな甲冑をまとった騎士様たちでした。
 えーっと……ん? 彼らの鎧の胸元に記された家紋に、見覚えはありません。お得意様の家紋を見間違えるはずがないのですが……。

「はい、おっしゃるとおりです」
「我々はブラックフォード公爵家のご令嬢、タリカ・ブラックフォード様のご命令で、貴殿を迎えに参った」

 騎士様が重々しく告げます。
 その言葉は、私にすればまさに死刑宣告でした。










 以前、ブラックフォード公爵家におじゃましたことがあります。
「フォード」と名の付く家系は、グランフォード王国内でも随一の名家。お得意様になればがっぽがっぽのウハウハなのです。

 しかし前回、私は何も売れないまま敗走しました。と言いますのも――

 公爵家の一人娘である、タリカ・ブラックフォード様。
 そのあまりの迫力に私は怖気を震い、商売もそこそこに逃げてしまったのです。なんというか……私の生存本能が危険信号を発したと言いますか。
 ものすごく美人だったのに、あふれ出る肉食系オーラと強烈な色香で、昏倒しそうになりました。まだ十代半ばだったはずなのに、公爵家のお嬢様怖い。

 しかも後で知ったのですが、そのお嬢様はろくな噂がないんです。王太子殿下の婚約者なのに男をとっかえひっかえし、刃向かう者には制裁を与えるという、わがまま放題のお姫様。
 逃げたのは正解だったかもしれない、と商人仲間に慰められたくらいです。

 で、そんなお嬢様が私をお呼びだと。どうやら王都に私が戻ってきたのを聞くなり、屋敷に連れてくるよう命じたのだとか。

 ……ああ、嫌な予感しかしません。
 何でしょうか。とんでもない大仕事を任されるのか。もし私が注文を受けられなかったら、首が飛ぶのでしょうか……ブルル。

 数年前に一度訪れたっきりの、ブラックフォード公爵家。
 きらびやかでおしゃれな豪邸は、きっと私の処刑場です。叶うことなら、私の亡骸はその辺に放置するのではなく故郷の家族の元に送ってほしいですな。

 逃げることもできず、私は騎士たちに連行――いえ、連れられて屋敷の入り口に向かいます――あれ?

「あ、あの。すみません」
「何だ」
「私はしがない商人でございます。裏口からおじゃまさせてもらいたいのですが」

 そう、騎士たちはなぜか、私を正面玄関に通そうとしているのです。
 泥臭い商人が真っ白に磨かれた玄関に足を踏み入れるなんて、とんでもない。まずは裏口を訪問し、使用人の許可をもらい、執事などのチェックを受け、最低限の身なりを整えてようやく屋敷の中に入れるものなのです。当然、屋敷に足を踏み入れる前に追い返されることだってあります。

 しかし騎士は首を横に振り、執事が大きく開いている正面玄関のドアの方を手で示します。

「タリカ様は、貴殿を客人としてお迎えしたいとおっしゃっている。お嬢様の客人であれば、正面玄関からお通しするのが当然であろう」
「は、え? 私が、お嬢様の客人?」
「何か不都合でも?」
「い、いえ! その……少々驚いただけでございます」

 ……本当を言うと、かなり驚きました。
 公爵家のお嬢様が、私のような商人を客人扱いするですって?
 あの悪名まみれのお嬢様が?

 すると騎士は私の表情から何かを感じ取ったようで、私の肩をぐいっと押してきました。

「……貴殿がお嬢様のことをどのように思っているのかは分からないが、ここ半年ほどでお嬢様は変わられた」
「……変わった、でございますか」
「ああ……何も聞いていないのか?」
「はあ……昨夜遅くに宿に滑り込んだばかりですし、王都に来るのも久しぶりでして」
「ああ、そういえば貴殿の報告をした者もそのように言っていたな。では仕方あるまい。だが、お嬢様の前で滅多なことは言わぬように」
「は、はい!」

 私はびしっと背筋を伸ばしました。
 これは……私の命も、もう少し長らえられるかもしれません。
 公爵家令嬢の反感を買った罪で処刑され、家族にまで累が及ぶことがあってはなりません。

 なんとしてでも、お嬢様のご要望を叶えなければ!
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