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油断は禁物
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「足手纏いにならないように頑張ります!だからお願いします、シオンさん!私をチームに加えてください」
「頑張るのは当たり前だから。」
昼過ぎ、もうおやつの時間になるというのに二人の攻防はまだ続いていた。今いるのはリベリア自慢の中庭だ、よかったら昨日のことについて詳しく聞かせてくれないかというリベリアの申し出により花咲き誇る美しい中庭でティータイムをすることになった。のだが、花が圧倒的に似合わない大柄な男がいまだにシオンのケツを追っかけているのだ。その様子をニルとリベリアはテラスの椅子に腰掛けて優雅に見物している。
「お二人の仲間に入るのは難しいと言ったのですがね。ニルさんはともかくシオンさんがきっと許さないだろうと。」
「あぁ、あいつは色々と苦労した過去があるからな。簡単に他人を受け入れられないんだろう。」
カップとソーサーに手をつけ一口含む。鼻を吹き抜ける紅茶の爽やかな風味にほっと息をついた。
リベリアはそんなニルの様子を見つめてやれやれとため息をつく。おそらく彼は違うそうじゃないと言いたいのだろう。しかしニルの鈍感は今に始まったことじゃなかった。
しばらくしてニルはシオンを呼びつけた。ニルの命令は最優先事項のシオンは裾を引っ張って首を縦に振らせようと必死なマクベルを振り払いニルに駆け寄った。
「今の俺達の目的はダンジョンに潜ることだ。そのためには最低でも三人は必要だ。マクベルはちょうどいい人員だと思うが、何がそんなに嫌なんだ?」
「だ、だって……こいつニルに褒められて浮かれてたんだよ?そんなやつとニルを一緒にするなんて無理だよ。」
シオンは座るニルの膝に頭を擦り付けてイヤイヤしている。普通の男がやる行為としては嗚咽ものだが顔の良いシオンがやるとむしろ年頃の女の子だったらメロメロよしよししてしまうだろう。まぁ気がつけば俺も右手はシオンの頭を撫でていたわけだが、今回に限ってはこいつの珍しいわがままを聞くわけにはいかなかった。
「なぁシオン、お前は誰よりも強くならなきゃいけないんだ。あいにく俺はひ弱で頭も特段キレるわけじゃない、だから全部お前頼りなんだよ。綺麗な顔も特別な力も持っていない俺じゃ媚を売ることすらできない。お前がいなきゃなんもできないんだ。だから頼むよ二人で幸せになるって決めただろ?」
金色に染まった髪が柔らかい。根本からちらりと黒が見えておりこの男もちゃんと成長しているんだと実感して嬉しくなった。
シオンに大丈夫だと言ってやりたかった。だって俺は後にも先にもお前しか見ていないからと。
あの日、女将から俺を助けてくれた時から、いいやもっとずっと前から俺の世界はお前だけだったと。
ニルはふっと小さく笑うとシオンの頬を優しく触った。黒い瞳はじっとニルを見つめている。
「うん…わかったよ。僕、ニルに安心してもらえるくらい強くなる。」
「そうしてくれると、助かる。」
ニルは笑顔で頷いた。シオンはその顔を見て頬を赤らめた。もし本当に犬だったなら今頃尻尾を高く上げてフリフリと全力で振っていることだろう。
隣で見ていたリベリアはふっと仲睦まじい二人の様子に微笑んだ。
「して、私としては実践経験を積ませたいというのもありマクベルをあなた方のチームに入れていただきたいのですが。」
シオンに最終確認を取るとニルは頷いた。
「あぁ、こっちもちょうどダンジョンに入るために三人目を探していたところだった。ありがたくマクベルを借りるよ。」
こうして無事リベリアの信頼と三人目のメンバーを得ることができた。計画していなかったが運良くいい展開に持ち込めた。ニルは心の中でガッツポーズを決めながらシオンのふわふわな髪をかき混ぜていた。
◇
「おぉ、今のは良かったぞ!いい動きだった。」
「ありがとうございます!ニルさん!…けど、シオンさんには怒られてばっかりです。」
ニルはあぁとため息混じりに声を漏らした。
「あいつと比べんな。シオンを基準にしてたら上級冒険者だって赤ちゃん同然だ。」
目と鼻の先で激しい金属音がしたかと思えばニコニコと甘い笑みを浮かべながらシオンがやってきた。その手に持っているモンスターの首を除けばただの爽やかなイケメンだというのに、一体誰がこの子をこんなふうに育てたんだ。
「ボスの首取ってきたよ、ニル。あんまり強くなかったからびっくりしゃった、この奥にはもう何もなさそうだから今日は早く帰ってゆっくりしよ。」
「あぁ、うん。じゃあそうするか」
「流石シオンさんです!こんな簡単にボスを倒してしまうなんて!!」
マクベルはきらきらした目でシオンを見ていた。ポイとモンスターの首を持たされている。
こんなに雑な扱いをされてるのにここまで純粋に尊敬できるのは精神力が高いのか、ただのバカなのか。おそらく後者であるのだろうが、それはなんだかかわいそうだから秘密にしておこう。
「あぁ、そうだ忘れてた。…二人とも良くやった、強くなったな。」
ニルは二人の肩をポンと叩いた。頭の上に視線を向けるとくるくるとその数字が目まぐるしく回る。慣れたようにそれぞれのステータスを覗くとレベルはぐんぐんと上がっていた。
このスキルにも慣れたものだ。自分のレベルは一切上がらないのに他人を成長させるのだけに長けたチートスキル。なぜこんな力が備わったのかは謎だけど、シオンを成長させるには最高の力だ。俺はこの力を惜しみなく使わせてもらっている。そのおかげでシオンのレベルはもうすぐで70に、そしてマクベルは50になった。ちなみに俺はというと23だ、冒険者の平均値にも全く届いていない。今この状態でシオンとマクベルに裏切りでもされたら俺は地べたを這いずり回って泥水を啜りながら生きなきゃならない。
まぁ、今のシオンを見ればそんなことにはならなそうだが、最悪の状況を考えて行動することに悪いことはないだろう。
無意識にぼけっとしていたニルにシオンは心配そうに名前を呼んだ。原作ではシオンが心を許したシーンは全くもってなかった、こんな表情を他人に向けることもなかっただろう。それを考えると体の内側から何かが込み上げてくる感覚になった。嬉しくて叫んでしまいそうな気分だ。
シオンは本来存在しない俺を見てくれていた、それがどんなに嬉しいことかあの時初めて最アルを見た時の自分を思い出して体が打ち震えた。
「うん…大丈夫だ。早く帰ってシオンの野菜炒めが食べたいな。」
「いいよ、ニル大好きだもんね。」
「シオンさん!私も手伝います!今ならなんでも切れそうな気がします!」
「うるさい黙って。お前は洗い物でもしておいて。」
相変わらずマクベルには容赦がない。しかしシオンもこう言っておきながらマクベルの教育を進んでやっているようだ。強くなるにつれ表情が柔らかくなるのを知っている。
そんな仲の悪い兄弟みたいな二人は見ていて微笑ましかった。
それに、思えばこんな他人の存在を近くに感じたのは久しぶりだった。
「シオン…」
「ん?どうしたの?ニル」
「…その」
すると突然ニルの足元だけにヒビが入りそのままガラガラと音を立てて地面に穴が空いた。「わっ」と一言だけ呟きニルは宙に投げ出される感覚に陥った。小さい頃乗ったジェットコースターの感覚を思い出す。
「ニル!!!!」と今までにないほどの大きな声を出してシオンが手を伸ばしているのが見えたが俺の短い腕じゃどう考えても掴めそうもなかった。シオンの指先を掠ると引力に引っ張られるようにしてニルは穴の底へと落ちていった。
◇
「いてててて…どこだ、ここは」
岩肌にぶつけたケツが痛い。腕や足にも落っこちた拍子についたのだろう傷やあざが浮かんでいた。ヒリヒリとはするが動けないくらいじゃない。はやくシオンとマクベルの元に戻らなければと立ち上がる。目の前には真っ暗闇が立ち塞がっていた。荷物をほとんどマクベルに預けていたため持っているもは身を守ることもできなさそうな短剣のみ、そのほかは何もないほとんど手ぶらの状態だった。そうなるとニルはこの暗闇の中を明かりなしで進まなくてはならない。
「あぁ、最悪最悪。なんで俺だけ落ちるかな、無理だって今何階層だよ。結構落ちた気がするんだけど、モンスターと鉢合わせたら戦うしかないのかな、いや無理じゃん俺農民レベルだし。」
ニルはその場で地団駄を踏んだ。一歩踏み出せば何がいるかわからない真っ暗闇だ。しかしここを進まないと助かることもできない。ニルは散々文句を口にしながらしばらくしてようやく意を決した。
歩き始めると今になって全身が痛んできた。ピリピリとした痛みから次第にズキズキと激しい痛みに変わって結構な頻度で休まないと歩くこともままならない。流石に落下したにしては軽い痛みだとは思っていた、驚きと焦りでアドレナリンが出ていたのだろう。ニルは大きくため息をついて先も見えない暗闇を見つめた。
このまま帰れなかったらどうしよう。俺ここで死ぬのか。前世も階段で一回転して死んだし、うぅ、情けなく死ぬ呪いでもかかってんのかヨォ。
ニルはついに壁に背中をつけて座り込んでしまった。頭に浮かぶのはシオンのことばかりだ。
「はやく、シオン。はやくしないと死んじゃうよー」
暗闇で反響するニルの声。音に気がついたモンスターは襲ってくるだろうか。そんなことも気が付かないニルは一人寂しく膝を抱えた。
すると、どこからかズゴンガゴンという音が聞こえるのに気がついた。パッと顔を上げよおく目を凝らすとずっと奥の方から緑色の光がだんだん大きくなってくるのが見えた。それとともに音も大きくなってくる。
いやいやいやいや、これはまずい!!まずいぞ!!絶対モンスターだ!しかも相当でかい!
ニルは大急ぎで立ち上がり走った。足元に何があるかわからないがそれでも走ることしかできなかった。なにやら鋭いものが当たり靴を貫いて足裏に刺さる。どこに壁があるのかわからないためザザッと腕が岩に削られる。ニルの体は徐々に傷ついていったがそんなの考えている場合ではなかった。
緑の光が強くなり獰猛な叫び声と鼻息がすぐそばまで迫ってくる。ドシンドシンと地面を踏み締める音にニルは泣きそうになった。
「来ないで!嫌だ!死にたくないよ!!誰かーーシオンーーーマクベルーー」
大きな石があったのだろう、ニルはそれに躓いて転んでしまった。姿形は見えないがニルの後ろには確かにモンスターの気配がする。ヨダレのような液体がびちゃりとニルの足に跳ねたような気がした。
恐怖で動けなくなったニルは涙をポロポロ流し全身を震わせていた。
こんなところで死ぬのか、俺は。シオンをひとりぼっちにさせてしまうのか。
くそぅ。
するとピシャンと光の矢のような物がモンスターの目に突き刺さり緑色の光が弱まる。
「グォォオオ」という痛がる声が聞こえてニルは驚いた。それから次々にいろんな色の攻撃がモンスターに降りかかりすぐにそいつは息絶えた。
闇に慣れてしまっていた目はその眩しさにすこしばかり怯んだが時間をかけてようやく視界を得ることができた。
そこには見たことのあるような光景が広がっていた。
「君、平気か?怪我をしているね、すぐに手当をしよう。」
金色に輝く装備を纏った爽やかすぎるイケメン。
勇者の職業を持った最アルの主人公、成嶋智紀がそこにいた。
「頑張るのは当たり前だから。」
昼過ぎ、もうおやつの時間になるというのに二人の攻防はまだ続いていた。今いるのはリベリア自慢の中庭だ、よかったら昨日のことについて詳しく聞かせてくれないかというリベリアの申し出により花咲き誇る美しい中庭でティータイムをすることになった。のだが、花が圧倒的に似合わない大柄な男がいまだにシオンのケツを追っかけているのだ。その様子をニルとリベリアはテラスの椅子に腰掛けて優雅に見物している。
「お二人の仲間に入るのは難しいと言ったのですがね。ニルさんはともかくシオンさんがきっと許さないだろうと。」
「あぁ、あいつは色々と苦労した過去があるからな。簡単に他人を受け入れられないんだろう。」
カップとソーサーに手をつけ一口含む。鼻を吹き抜ける紅茶の爽やかな風味にほっと息をついた。
リベリアはそんなニルの様子を見つめてやれやれとため息をつく。おそらく彼は違うそうじゃないと言いたいのだろう。しかしニルの鈍感は今に始まったことじゃなかった。
しばらくしてニルはシオンを呼びつけた。ニルの命令は最優先事項のシオンは裾を引っ張って首を縦に振らせようと必死なマクベルを振り払いニルに駆け寄った。
「今の俺達の目的はダンジョンに潜ることだ。そのためには最低でも三人は必要だ。マクベルはちょうどいい人員だと思うが、何がそんなに嫌なんだ?」
「だ、だって……こいつニルに褒められて浮かれてたんだよ?そんなやつとニルを一緒にするなんて無理だよ。」
シオンは座るニルの膝に頭を擦り付けてイヤイヤしている。普通の男がやる行為としては嗚咽ものだが顔の良いシオンがやるとむしろ年頃の女の子だったらメロメロよしよししてしまうだろう。まぁ気がつけば俺も右手はシオンの頭を撫でていたわけだが、今回に限ってはこいつの珍しいわがままを聞くわけにはいかなかった。
「なぁシオン、お前は誰よりも強くならなきゃいけないんだ。あいにく俺はひ弱で頭も特段キレるわけじゃない、だから全部お前頼りなんだよ。綺麗な顔も特別な力も持っていない俺じゃ媚を売ることすらできない。お前がいなきゃなんもできないんだ。だから頼むよ二人で幸せになるって決めただろ?」
金色に染まった髪が柔らかい。根本からちらりと黒が見えておりこの男もちゃんと成長しているんだと実感して嬉しくなった。
シオンに大丈夫だと言ってやりたかった。だって俺は後にも先にもお前しか見ていないからと。
あの日、女将から俺を助けてくれた時から、いいやもっとずっと前から俺の世界はお前だけだったと。
ニルはふっと小さく笑うとシオンの頬を優しく触った。黒い瞳はじっとニルを見つめている。
「うん…わかったよ。僕、ニルに安心してもらえるくらい強くなる。」
「そうしてくれると、助かる。」
ニルは笑顔で頷いた。シオンはその顔を見て頬を赤らめた。もし本当に犬だったなら今頃尻尾を高く上げてフリフリと全力で振っていることだろう。
隣で見ていたリベリアはふっと仲睦まじい二人の様子に微笑んだ。
「して、私としては実践経験を積ませたいというのもありマクベルをあなた方のチームに入れていただきたいのですが。」
シオンに最終確認を取るとニルは頷いた。
「あぁ、こっちもちょうどダンジョンに入るために三人目を探していたところだった。ありがたくマクベルを借りるよ。」
こうして無事リベリアの信頼と三人目のメンバーを得ることができた。計画していなかったが運良くいい展開に持ち込めた。ニルは心の中でガッツポーズを決めながらシオンのふわふわな髪をかき混ぜていた。
◇
「おぉ、今のは良かったぞ!いい動きだった。」
「ありがとうございます!ニルさん!…けど、シオンさんには怒られてばっかりです。」
ニルはあぁとため息混じりに声を漏らした。
「あいつと比べんな。シオンを基準にしてたら上級冒険者だって赤ちゃん同然だ。」
目と鼻の先で激しい金属音がしたかと思えばニコニコと甘い笑みを浮かべながらシオンがやってきた。その手に持っているモンスターの首を除けばただの爽やかなイケメンだというのに、一体誰がこの子をこんなふうに育てたんだ。
「ボスの首取ってきたよ、ニル。あんまり強くなかったからびっくりしゃった、この奥にはもう何もなさそうだから今日は早く帰ってゆっくりしよ。」
「あぁ、うん。じゃあそうするか」
「流石シオンさんです!こんな簡単にボスを倒してしまうなんて!!」
マクベルはきらきらした目でシオンを見ていた。ポイとモンスターの首を持たされている。
こんなに雑な扱いをされてるのにここまで純粋に尊敬できるのは精神力が高いのか、ただのバカなのか。おそらく後者であるのだろうが、それはなんだかかわいそうだから秘密にしておこう。
「あぁ、そうだ忘れてた。…二人とも良くやった、強くなったな。」
ニルは二人の肩をポンと叩いた。頭の上に視線を向けるとくるくるとその数字が目まぐるしく回る。慣れたようにそれぞれのステータスを覗くとレベルはぐんぐんと上がっていた。
このスキルにも慣れたものだ。自分のレベルは一切上がらないのに他人を成長させるのだけに長けたチートスキル。なぜこんな力が備わったのかは謎だけど、シオンを成長させるには最高の力だ。俺はこの力を惜しみなく使わせてもらっている。そのおかげでシオンのレベルはもうすぐで70に、そしてマクベルは50になった。ちなみに俺はというと23だ、冒険者の平均値にも全く届いていない。今この状態でシオンとマクベルに裏切りでもされたら俺は地べたを這いずり回って泥水を啜りながら生きなきゃならない。
まぁ、今のシオンを見ればそんなことにはならなそうだが、最悪の状況を考えて行動することに悪いことはないだろう。
無意識にぼけっとしていたニルにシオンは心配そうに名前を呼んだ。原作ではシオンが心を許したシーンは全くもってなかった、こんな表情を他人に向けることもなかっただろう。それを考えると体の内側から何かが込み上げてくる感覚になった。嬉しくて叫んでしまいそうな気分だ。
シオンは本来存在しない俺を見てくれていた、それがどんなに嬉しいことかあの時初めて最アルを見た時の自分を思い出して体が打ち震えた。
「うん…大丈夫だ。早く帰ってシオンの野菜炒めが食べたいな。」
「いいよ、ニル大好きだもんね。」
「シオンさん!私も手伝います!今ならなんでも切れそうな気がします!」
「うるさい黙って。お前は洗い物でもしておいて。」
相変わらずマクベルには容赦がない。しかしシオンもこう言っておきながらマクベルの教育を進んでやっているようだ。強くなるにつれ表情が柔らかくなるのを知っている。
そんな仲の悪い兄弟みたいな二人は見ていて微笑ましかった。
それに、思えばこんな他人の存在を近くに感じたのは久しぶりだった。
「シオン…」
「ん?どうしたの?ニル」
「…その」
すると突然ニルの足元だけにヒビが入りそのままガラガラと音を立てて地面に穴が空いた。「わっ」と一言だけ呟きニルは宙に投げ出される感覚に陥った。小さい頃乗ったジェットコースターの感覚を思い出す。
「ニル!!!!」と今までにないほどの大きな声を出してシオンが手を伸ばしているのが見えたが俺の短い腕じゃどう考えても掴めそうもなかった。シオンの指先を掠ると引力に引っ張られるようにしてニルは穴の底へと落ちていった。
◇
「いてててて…どこだ、ここは」
岩肌にぶつけたケツが痛い。腕や足にも落っこちた拍子についたのだろう傷やあざが浮かんでいた。ヒリヒリとはするが動けないくらいじゃない。はやくシオンとマクベルの元に戻らなければと立ち上がる。目の前には真っ暗闇が立ち塞がっていた。荷物をほとんどマクベルに預けていたため持っているもは身を守ることもできなさそうな短剣のみ、そのほかは何もないほとんど手ぶらの状態だった。そうなるとニルはこの暗闇の中を明かりなしで進まなくてはならない。
「あぁ、最悪最悪。なんで俺だけ落ちるかな、無理だって今何階層だよ。結構落ちた気がするんだけど、モンスターと鉢合わせたら戦うしかないのかな、いや無理じゃん俺農民レベルだし。」
ニルはその場で地団駄を踏んだ。一歩踏み出せば何がいるかわからない真っ暗闇だ。しかしここを進まないと助かることもできない。ニルは散々文句を口にしながらしばらくしてようやく意を決した。
歩き始めると今になって全身が痛んできた。ピリピリとした痛みから次第にズキズキと激しい痛みに変わって結構な頻度で休まないと歩くこともままならない。流石に落下したにしては軽い痛みだとは思っていた、驚きと焦りでアドレナリンが出ていたのだろう。ニルは大きくため息をついて先も見えない暗闇を見つめた。
このまま帰れなかったらどうしよう。俺ここで死ぬのか。前世も階段で一回転して死んだし、うぅ、情けなく死ぬ呪いでもかかってんのかヨォ。
ニルはついに壁に背中をつけて座り込んでしまった。頭に浮かぶのはシオンのことばかりだ。
「はやく、シオン。はやくしないと死んじゃうよー」
暗闇で反響するニルの声。音に気がついたモンスターは襲ってくるだろうか。そんなことも気が付かないニルは一人寂しく膝を抱えた。
すると、どこからかズゴンガゴンという音が聞こえるのに気がついた。パッと顔を上げよおく目を凝らすとずっと奥の方から緑色の光がだんだん大きくなってくるのが見えた。それとともに音も大きくなってくる。
いやいやいやいや、これはまずい!!まずいぞ!!絶対モンスターだ!しかも相当でかい!
ニルは大急ぎで立ち上がり走った。足元に何があるかわからないがそれでも走ることしかできなかった。なにやら鋭いものが当たり靴を貫いて足裏に刺さる。どこに壁があるのかわからないためザザッと腕が岩に削られる。ニルの体は徐々に傷ついていったがそんなの考えている場合ではなかった。
緑の光が強くなり獰猛な叫び声と鼻息がすぐそばまで迫ってくる。ドシンドシンと地面を踏み締める音にニルは泣きそうになった。
「来ないで!嫌だ!死にたくないよ!!誰かーーシオンーーーマクベルーー」
大きな石があったのだろう、ニルはそれに躓いて転んでしまった。姿形は見えないがニルの後ろには確かにモンスターの気配がする。ヨダレのような液体がびちゃりとニルの足に跳ねたような気がした。
恐怖で動けなくなったニルは涙をポロポロ流し全身を震わせていた。
こんなところで死ぬのか、俺は。シオンをひとりぼっちにさせてしまうのか。
くそぅ。
するとピシャンと光の矢のような物がモンスターの目に突き刺さり緑色の光が弱まる。
「グォォオオ」という痛がる声が聞こえてニルは驚いた。それから次々にいろんな色の攻撃がモンスターに降りかかりすぐにそいつは息絶えた。
闇に慣れてしまっていた目はその眩しさにすこしばかり怯んだが時間をかけてようやく視界を得ることができた。
そこには見たことのあるような光景が広がっていた。
「君、平気か?怪我をしているね、すぐに手当をしよう。」
金色に輝く装備を纏った爽やかすぎるイケメン。
勇者の職業を持った最アルの主人公、成嶋智紀がそこにいた。
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