死ぬ予定の魔王をスキル誉め殺しで最強に育ててみた

的場カフカ

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青年シオン

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「早く運べ!これと、あとそれもだ。」

 ふざけんな。あのくそばばぁ、俺をなんだと思ってんだ、そんな何個も手がついてないの見ればわかるだろ。

 ニルは心の中で悪態をつきながら皿を雑にテーブルの上に置いた。「おいおいもっと優しく置いてくれよ。」と下卑た笑みを浮かべる汚らしい男に慣れた口調で「そんな丁寧な接客をお求めなら王都のレストランにでも行け。」と言い返す。そう言えばここに来る客は大体ゲラゲラ笑い出すか舌打ちをして黙々と飯を食い出すかの二択だ。

 この世界に来てからおよそ三ヶ月が経っていた。
 毎日毎日ちらちらと食堂の扉を気にしては女将に雷を落とされ、それでもシオンがいつ扉を叩くのかソワソワとしながら毎日を過ごしていた。が、一向に来ない。

 もしかして他の最アルの読者が転生していて、シオンに新たな道を切り開いたのではないかとあらゆる可能性を毎夜のごとく考えながら眠りについてはまた何もない一日を迎えた。最近ではこの仕事にも慣れ始め、懐の狭い女将と粗雑な客達の攻略本を出せそうな勢いだった。

 ニルは決心した。
 読者としてのこの知識をふんだんに使い勇者に殺されないような最強シオンをつくると。
 そのためにはシオンと一緒に行動し、旅の中で彼を強さの境地へ導かなければならない。
 な、の、に!!
 一体シオンはどこをほっつき歩いているんだ!!

 最アルのシナリオではシオンは召喚された日から三ヶ月後城を追い出され、二ヶ月ほど村や街を放浪しその間に人間への憎しみを培う。そしてここの女将を殺したのはそれから約一ヶ月後だ、シオンがこの世界に召喚されてちょうど半年が経つ。
 シオンが転生してから今どのくらい経っているのかはわからなかったが半年以内であるということだけはわかっていた。
 極薄給料ながらこの三ヶ月間でいくらか貯まったし、この劣悪労働環境からいつでも抜け出す準備は整っていた。(と言うか早く辞めたい)あとはシオンが扉を叩いてくれるのを待つのみだが、待てど暮らせど一向にその姿は現れない。
 ため息をつきすぎで女将にものすごい力で尻を叩かれ「サボってないでとっとと働け。」と言われる。
 あとちょっとでこの女将ともお別れだと思うと、そんな戯れも我慢ができた。

 カランと扉についている鈴が鳴り客が訪れる。今日も相変わらず髭面の海賊のような男達ばかりがこの食堂に来る。そんなんだから若い女はこの店に寄りつかないし、ひょろっちい男はけつの毛までむしり取られるのでこの食堂を毛嫌いしている。
 ニルははぁ、とこそっとため気をついて晴天の空を見上げた。昨日は大雨が降っていたので外はびしゃびしゃだが、これならすぐに水溜りも干上がるだろう。

 カラン

 ちょうど昼時、次々に客がやってきてうざったいなと思いながら扉の方に向かった。

「いらっしゃいま……せ」

 ニルはただ目を見開いて扉に手を掛けた彼を見た。ボロボロの身なりに、埃と土まみれの髪。いく日も洗っていない体には所々擦り傷打撲が擦り切れた薄い服の合間からちらりと見える。

 シオンだ!

 胸がどくどくと高鳴り、待ち侘びた人を目の前にし言葉が出なくなる。

「…すみません。なにか、なんでもいいんです。食事を、頂けませんか…」

 なんて、胸が痛む姿なのだろう。今のシオンの状態は文字通りなのに、あの時最アルを初めて読んだ時の衝撃を遥かに超えていた。ここに来る間に何人もの人に虐げられてきたのだろう、しかしいくら考えてもシオンの痛みを真に理解することなんてできやしない。
 ニルはごくりと唾を飲み込むと、後ろで女将が「何をやってるんだ!」と叫ぶ声を耳にした。ズンズンと大きな音を立てて歩く女将がこちらに寄ってくる気配を感じた。

「なんだい?このガキは客ならさっさと通しな。」

 女将は今にも野垂れ死にそうなシオンを見下ろすとクイっと顎でテーブルの席を指した。
 なんて非道なやつなんだ、こんな姿の青年を適当に扱うなんて。
 ズンッとニルの肩を押しながら厨房に戻ろうとすると、その逞しい背中に向かってシオンは必死に訴えた。

「すみません、金が、ないんです。捨てるものでもなんでもいいんで、どうか、おねがいします。食べ物を」

 おいシオン!それをこの女に言うんじゃねぇ!!!
 この女は原作通り金が全て、金のない奴にはとことん冷たい器がお猪口の冷酷非道女将なんだ!
 これはニルが身をもって知った女将の性質だった。
 案の定女将は鬼のように恐ろしい顔をすると、ズンズンと戻ってきてシオン思いきり蹴飛ばした。
 女将はある意味みんなに平等だった。この女の世界は金があるものないもの二つの人間しかいない。金があるなら猫にでも胡麻を擦り、ないならどんなにイケメンでも蹴飛ばすのだ。

 何日もろくに食えていないシオンはあっという間にベシャリと水溜りに飛び込んだ。泥水が体にひっかかり服がびちゃびちゃになる。
 そんな姿を見たニルは思わず体が動いてしまっていた。
 蹴飛ばされたシオンを見てハッと冷や汗が出ると彼の元に膝をついて座り込んだ。
 頬に飛んだ土汚れを取ろうとしたところで自分の行動に気がつくと恐る恐る女将を見上げた。そこには般若の顔をした女将がニルをじっと見下ろしていた。

「そんな金なし放っといてさっさと仕事だ!早く来い!!」

 ニルの腕をギュッと痛いくらいに掴むと引きずられながら無理やり立たせられた。足が絡まり何度も転びそうになる、振り返ると水溜りに尻餅をついたシオンがいた。彼はじっとニルを見つめてから辛そうに眉間に皺を寄せた。





「全く、酷い目にあった。」

 女将はいつも以上にニルを働かせてから明日の分の仕込みも「あとはお前がやっとけ」と言ってすぐに部屋に戻っていってしまった。いつもなら仕込みをするのは女将の仕事で最後に残るのは彼女だったが、今日はニルが戸締りをしてきた。
 そのため、今日は人の食べ残しではなく鍋からこっそりと夕食を頂くことができた。
 ニルはそれをもってある目的地へと急いだ。

 暗く薄気味悪い路地裏は陽が沈むと一層雰囲気を増す。ただでさえ人気のない場所、夜になれば誰一人として近づかない。
 そんな路地裏に一人の人影があった。土の上にしゃがみ込むのも躊躇せずぼぉっと膝の上を見つめていた。

「お待たせ。ごめん、ちょっと仕事が長引いちゃって、腹減ったよな」

 ニルの声に驚いた青年ーーシオンはパッと意識を取り戻すようにニルを見ると信じられないものを見た風に数回瞬きをした。

「ほんとに、来たんですね。」

「当たり前じゃん、俺が言っておいて来ないわけないから。」


 実はあの時、転がったシオンにこそっと耳打ちしていた。

 ーーここから出て右手の三つ目の路地裏で待ってて。

 それだけ伝えて女将に連れて行かれたわけだが、他人を信じられなくなっていたシオンがまさか俺の言うことを聞くとはびっくりだった。
 居たらいいな程度に思っていて、村中探すつもりだったが手間が省けたようだ。
 ニルは個包に包んだパンと水をシオンに差し出した。

「えっ…もらっていいんですか。」

「勿論。なんのために持ってきたと思ってんの。よく噛んで食べて、あの女将安いからって硬いパンしか仕入れないから。」

「ありがとうございます。」とおずおずとニルの手からパンと水を受け取ると、ギラリと目が光りバクリとパンに齧り付いた。するとぽろぽろと涙が流れ出した。

「お、おいおい。…泣くなって。」

 シオンが泣くところなんて原作にもなかったのにこんなぽっと出のモブの前で、しかも序章に出しちゃっていいのか?!!

 シオンは泣きながら勢いよく何口か食べると喉をうまく通らなかったのかうぐっと声を上げて水をゴキュゴキュと飲み干す。
 まるで干からびた魚が水の中に戻ったようにさっきより表情が幾分かマシになった。
 ずっと憧れだった人が目の前で普通の人間のようにパンに食らいつき年相応の姿を見せている、ニルは心に込み上げるものがあった。
 満足気にその様子を見守っていると食べ終わって服の袖で口を拭いたシオンはニルを見た。

「このご恩は一生忘れません。ありがとうございました。」

 地面に頭を擦り付けてしまいそうになったシオンを慌てて起き上がらせると、ふむ、と少し考えニルはニタリと笑ってみせた。

「あんた、旅人だろ?俺も一緒に旅に連れてってくれねーか?」

「え?」

「あんな横暴な女将の元にいたら俺はこき使われて過労死しちまう。それでさ、お願いだ!俺一人じゃ心許ないから、一緒に連れてってくれよ。」

 パシンと両手をくっつけるニル。その言葉に困惑したシオンは「えーと」と考えると困った顔をし始めた。
 ニルにはその原因がよくわかっていた。

「僕、あんまりこの世界の人たちに好かれてないので。きっと一緒に来たとしても迷惑をかけると思います。だから、別の人に当たった方が」

 そう。シオンは召喚され雑魚職業を獲得した日からその場に居合わせた貴族らによって王都中に噂を流されていた。

 勇者であると言うのに底辺の職業を有し、最低ランクのモンスターでさえ倒せないただの税金泥棒だと。

 勇者の装備品やもろもろは国の出費だ、つまり国民が汗水流し収めた税金が使い物にならない奴のために使われていると言う事実を国民は許さなかった。
 瞬く間にシオンの噂は広まり、同じクラスメイトであった他の勇者達にも見捨てられ城を追放されたのだ。
 右も左も分からないシオンは身勝手な噂により居場所を失った。ただ王都から離れたい一心で一人旅を続けていたのだ。
 もともと心の優しい青年だった彼は今、助けてもらった恩を仇で返してしまうと思ってたのだ。
 しかしニルはそのことをよーく知っていた。だが知っていて頼んだ話だったので断られることは前提だった。

「君の噂は耳にしたことがある。けど、それでも君しか居ないんだ…俺はずっと奴隷のように働かせられて外の世界なんて知らない。だから何がなんでもここから出たいんだ。……頼むよ。」

 本当はシオンが勇者に倒されないように全知全能の力を尽くし俺が鍛えてやろうと言いたいところだが、ぐっと押し留める。

 シオンはぐるぐると考えながらニルの言葉をじっと聞いていた。
 今まで裏切られ虐げられてきた経験が黄色信号を出している、それなのに目の前の青年の視線と言葉はまっすぐとシオンを見ている気がした。
 こんなの初めてだ。
 シオンはごくりと唾を飲み込むと目の前の青年の暗闇に輝く紫色の瞳を見つめた。

「わかりました。一緒に行きましょう。けれど、僕はきっとあなたを傷つけてしまう。それでもいいのなら。」

 ニルはギュッとシオンの手を握りしめてこくこくと頷いた。

「ありがとう!よろしくな!」


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