死ぬ予定の魔王をスキル誉め殺しで最強に育ててみた

的場カフカ

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誓い

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「はぁ、はぁ、はぁ…」

 走って逃げてきたニルは勢いよく部屋に入るとすぐに鍵をかけて扉の前にしゃがみ込んだ。
 夕食を作っていたシオンは急に扉を開けて入ってきたニルに驚き思わずニンジンをぽんっと落としてしまった。
 シオンはすぐにニルに駆け寄りしゃがみ込む。心配そうに顔を覗き込み大丈夫かと問うと息を整えたニルはシオンを見て言った。

「明日、女将の金を奪って逃げよう。」

 ギラついた紫色の瞳がシオンを見ていた。 
 シオンにとってそれは願ってもないことだった。しかしずっと言っていたことなのにいまいちやる気が起きない自分に葛藤を覚えていた。
 ニルは僕を助けてくれるとそう言った。
 ニルの言葉は信じる、けれど他人の金を奪ってまで生きようとするなんてそんな非道なこと自分にできるのだろうか。
 生まれ育った平和な世界では一生関係がないと思っていた犯罪紛いの行為にシオンはなかなか決心がつかないでいた。

 揺れ動くシオンの心をニルは感じ取った。
 だが、シオンを生かすためには必要な犠牲なのだ。

 ニルはシオンの葛藤を知らんぷりしてシオンの肩を叩いた。

「きっと成功する。明後日から自由に旅をするんだ。こんな狭いとこじゃなくてもっと広い宿に泊まって、それで酒を飲もう。極上に美味い酒だ、な?楽しみだろ。」

「………うん。そうだね。」

 数秒の沈黙の後、難しい顔をしたシオンはそう言った。
 ニルに身を捧げようと思った自分が恥ずかしくてしょうがない。ニルについていくと誓ったと言うのに未だ残っている正義心が邪魔をしてくる。
 あれだけ人に裏切られ馬鹿にされたと言うのに、身に染みた規範意識が「そっちに行くな」と喚いている。
 一体自分はどうしたら良いのか、そう思っても選択肢はすでに一つしかないことは分かりきっていた。

 ニルはちらりとシオンの様子を見ると立ち上がって「飯にしよう」と笑った。





「いいな?これが作戦だ、ちゃんと頭に入れておけよ?」

「う、うん。わかった。」

 緊張した面持ちでごくりと唾を飲み込むシオン。
 ニルはもぐもぐとシオンの作った飯を食べながらフォークを持ち上げて明日決行する打倒女将作戦を説明していた。

 計画はこうだ。
 営業が終わった後、女将は毎週末店の裏にある沢に水浴びに行く。その隙にニルは脱いだ服のポケットから鍵を盗み、女将が帰ってくるまでに金を奪い荷物を纏めて持ち出していたシオンと合流してこの店からおさらばする。
 女将に悟られないようにぎりぎりまで部屋はそのままにしておきたいからシオンにはニルが働いている間にせっせと荷物を纏めてもらう必要があった。
 全てはニルに掛かっていると言っても過言ではない。今のシオンに重要な役割を任せるには少し荷が重い、シオンの気持ちはよくわかっていたためニルが全てを受け持つ決心をしたのだ。

 シオンが人間を憎む決定打はこの女将だった。しかしそのイベントを蹴ってしまった今、シオンにはまだ良心が残っていた。今後捨ててもらうことになるかもしれないが、今はそれで良い。シオンには勇者を倒すくらい強くなってもらえれば何も言うことはなかった。

「…ねぇ、ニル…その……気をつけてね。」

「あぁ、勿論。もしもの時は金は諦めてここから逃げよう。しばらくは辛い思いをすると思うが、きっと二人なら大丈夫だろ。」

「うん。」とシオンは小さく返事をした。

 小さな机を囲み二人で談笑を交えながらこれからについて話した。
 外の世界はシオンにとって嫌な思い出しかなかった、だがこうやってニルと二人で笑い合いながら外に出たら何がしたいか考えることはとても楽しかった。

 友達と楽しく語り合うことなんて元の世界でもなかった。シオンにとってニルはかけがえのない存在になりつつあった。
 身を捧げるなんてあの時は勢いでそう思ってしまったが、ただ肩を並べて歩けばいいじゃないか。
 ニコリと笑い二人はただの水で乾杯をした。いつかこの水が極上の酒になることを願い静かな月夜の下、小さな四畳の部屋で前祝いを楽しんだ。


 だが、後にシオンは思い知ることになるだろう。
 ニルが己にとってどんな存在であるかを。



 ◇



「おいニル!!遅いぞ、何チンタラしてるんだ、早く運べ!」

「はい!!いますぐ!」

 くそばばぁ最後まで嫌なやつだったな!だが、今日の俺は最高に気分がいい。なんてったって明日にはこの仕事とはおさらばだからな!ははっせいぜい俺をこき使える最後の日を楽しむがいい。

 内心くつくつとほくそ笑みながら必死な顔を演じた。女将はニルが笑うのを酷く嫌った、他人の幸せが嫌いなど腐れ女だ。最低最悪すぎて悪口すら出てこない。
 ニルは女将の言う通り皿を両手で持つと常連の辛味噌発狂爺さんのところへ向かった。

 いつも通り雑に皿を置くと辛味噌の入っている壺を舐めとる勢いでスプーンで掬うとべっとりと生姜焼きの上に乗せてバクバクと食い始めた。
 最初から生姜じゃなくて辛味噌と和えればいいのにと何度も思わせるその行動に今はもう慣れてしまっていた。しかしこの爺さんともお別れだと思うとこれも見納めかとじんと変な気持ちになりつつあって慌てて頭を振った。

 今頃シオンは荷物の整理をしているはずだと着々と迫るその時に緊張が波のように押し寄せる。
 わずかに皿を持つ手が震え、女将の視線がいつもより恐ろしく感じる。それは日が落ち始めると徐々に強まっていった。
 ドクドク、ドクドク…

 大丈夫だ。きっと成功する、鍵を奪ったらすぐに部屋に行って金庫を開ける。そしたらシオンと一緒に逃げればいいだけだ。簡単だ。


「戸締りしとけよ。」
 そう言って女将はいつものように締めをニルに任せると、水浴びに行くためにタオルやらなんやらを持ちサッサと裏口から出て行ってしまった。
 今日は週末だ、一週間の疲れを取るため女将はこの日になると必ず沢に行って水浴びをする。沢には温泉が出る場所があり女将はそれを独り占めしているのだ。
 つまり誰にも見られることなく女将の服から鍵を盗み出すことができると言うわけだ。今日ばかりはあの女の傲慢な性格をありがたいと思えた。


 女将が出て行って暫くしてからニルは行動を始めた。
 コソコソと女将を追うようにして裏口から出ると一目散に沢へと走った。すぐに目的の場所が見えてくる、湯気がたちのぼり視界が悪くなるが女将の影が沢の岩陰に見えて一安心する。
 その少し離れたところに服が置かれているのを確認した。ニルは息を殺しそこに近づくと女将にバレないようにゴソゴソと服を漁った。
 一見、入浴中の女の服を漁る下着泥棒と見間違うがあの女将が相手だと誰もそんな気は起きやしない(あんな男よりも貫禄のある傲慢女ならモンスターの方がマシだ!)からその点については安心だ。

 チャリンと手に当たる鉄の感触を確認して「よし」と心の中で声を上げる。
 鼻歌を歌っている女将にはどうやらバレていないっぽい。すぐにその場を退散すると沢から登ったところでまた走り出した。

 トトトと階段を登り一度シオンのいる自分の部屋に顔を出した。中はすっからかんになっておりボロの椅子に座ってあとはニルの合図を待つだけとなっていたシオンと目が合う。
 こくりと頷き合うと、シオンは荷物を持ってすぐに外に出て行った。
 ニルは三階へ、女将の部屋まで行くとキーチェーンについていた片方の鍵で扉を開ける。それから部屋の奥に進むともう一方の鍵を使ってあの日この目で見た金庫をガチャリと開けた。
 中には女将がいつも持っている金袋がぎゅうぎゅうに入っていた。ニルもそこまで鬼ではないその中から三袋頂くとあとは金庫の中に残し鍵を閉めた。
 これぐらいあれば当分は大丈夫だろ。それに、俺一人で持つにはちょっと重すぎる。
 シオンにも手伝って欲しかったが、万が一見つかった時にあいつだけでも逃げられるようにしたかった。

 ニルは金袋をよいしょと抱え、ふぅっと息を吐いた。後は下に降りてシオンと合流するだけだ。
 あの女将相手によくやった!シオン強化作戦の第一歩を踏み出せたんだ!
 名残惜しく金庫を見てからニルは部屋を出るために振り向くと。

 そこには居るはずもない女将の姿があった。

「な……え……」

「最近コソコソと怪しいと思ったら、そんなことを企んでいたのかい。」

 驚きと恐怖で足がすくみ言葉が出てこない。
 見慣れたはずの女将が酷く恐ろしい。たちまち冷や汗が流れ出て全身が震え始めた。

「恩を仇で返しやがって、許さないからな。」

 ズンッと頬に大きな衝撃が走り袋の中の金と共にニルは地面に吹き飛ばされた。
 ジンジンと次第に襲う痛み、吹き飛ばされた衝撃で鼻血が出る。いつもよりも重いその拳はニルを恐怖で満たすには十分だった。

 女将はニルにのしかかりまた片頬を殴った。それから真正面から潰すように殴り、拳がずれて頭を揺らす。
 何度も何度も血が出ようともお構いなしに女将はその巨体でニルの上に乗るとバコバコと顔を殴った。
 鼻血がひっちゃかめっちゃかになり、瞼の上が切れてたらりと目の中に血が入った。頬の骨が変な音をたてて悲鳴を上げているのが聞こえた。
 目の前には鬼の形相でニルを殴り続ける女将の姿があった。
 意識が曖昧になり、頭がゆらゆらと揺れる。恐ろしさも痛みもよくわからなくなって、なんだか頭からスッと何かが抜けていくような心地になった。

 また、死ぬのか。こんなに早く。
 せっかくやり直せると思ったのに、結局何もできやしなかった。
 シオンを強くするとか馬鹿げたことをほざいておきながら第一歩もろくに踏み出せなかった。

 血と涙が流れる。
 悲しい、悔しい、まるでゲロと糞をミキサーにかけたような最悪の味だ。

 蛙が潰れたような変な声が口から漏れ出る。
 血が飛び散り、女将の顔にベチャベチャとかかっているのが見えた。

 シオン。お前は今頃何も知らずに健気に外で待っているのだろう。
 どうか、捕まらないように、殺されないように、逞しく生きてくれーー


 その時、女将の拳が止まった。
 女将は口から血を流しベシャリとニルの上に倒れ込んだ。

「あ」とか「え」とか意味のない言葉がニルの口から小さく漏れ出た。ピクリともしなくなった女将の先にいたのは、酷く息を荒げたシオンの姿だった。

「シ…シオ……」

 その瞬間ニルは何があったのか理解した。理解してしまったのだ。
 シオンは震えながら血に濡れた包丁を持っていた。女将の白いシャツは真っ赤に染まり、呼吸をしている様子はない。
 ニルは力を振り絞り女将の下から這い出ると一点を見つめて立ちすくむシオンの元へとよろつきながらも近づいた。
 ペタリと女将の血で濡れた手でシオンの頬を優しく触った。

「シオン…シオン…」

 何度か呼びかけると絶望色に染まったシオンの顔がこっちを向いた。まるで走った後のように呼吸が早く今にも壊れてしまうのではないかと思うほどにその様子は尋常ではなかった。

「ぼ、僕…ニル…どうしよ…殺し、人を殺しちゃった」

 シオンはニルの顔を見た途端涙がポロポロと溢れて全身が震えていた。
 まさかこうなるとは思っていなかったニルはシオンが人を殺すと言う現実を素直に受け止めた。少しずれてしまったが原作をなぞったと言うことだ。
 だが、あの時は悪役が初めて人を殺す回にトキメキすら覚えた筈なのに、今はそんな感情ちっとも現れちゃくれなかった。

 これは現実なのだ。
 人間が人間を殺し、その屍を超えて強くならなければならない。それはわかっているつもりなのに、どうしても、人を殺し小さく震えるシオンを前にすると心臓がギュッと握りつぶされる気持ちになる。

 こいつを守ってやりたい。こいつに道を示してあげたい。
 ただそう思ってしまった。

「シオン…大丈夫だ。ありがとうな、助けてくれて。……よしよし、お前は悪くないよ。絶対に悪くないから。」

 ニルはシオンを力一杯抱きしめるとポンポンと背中を叩いた。肩に冷たい感覚がすると、シオンは声を上げて泣き始めた。ニルより頭ひとつ分ほど高いシオンはニルに寄りかかるようにして倒れ込んだ。ニルの背中にシオンの手が緩く回り、シオンは耳元で小さく呟いた。

「…ずっと、一緒にいてくれる?」

 ニルは迷いもせずに、シオンに語りかけた。

「勿論、ずっと一緒だ。シオン、俺はお前を見捨てないよ。」

 その言葉はシオンの心の奥底に突き刺さった。
 まるで呪いのように深く深くに。
 瞬間シオンの中で何かが変わった、大きく音を鳴らして歯車が再び動き出すかのように、ニルの存在が違うものへと変化した。
 これは純粋な友情なんかじゃない。シオンはそれがよくわかった。
 シオンにはもうニル以外誰も要らなかった。

 ニルと二人、幸せになるために、全てを排除しようと心に決めた。



 
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