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入居
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しおりを挟むガチャン
鈍い音が薄暗い部屋の中に響き渡る。
「はあ……」
疲れたという言葉を吐く事すら忘れた。迎え入れてくれる人もいない。侘しさを押し殺しながらどうにか鞄を下に降ろす。
田村博昭は不幸な男だった。
幼い頃父親を亡くし、その後母親が再婚した相手との関係は上手く行かなかった。
高校を卒業するまでは気まずい想いをしながらも何とか耐えて、大学に入学する時に家を出た。でも、学費含め全て親からの援助には頼れない。だから授業に出る以外バイトに明け暮れて親しい仲間もできなかった。
そして、就職活動を頑張ってどうにか条件の良い企業に就職できたのだが、そこも程なく馘になってしまったのだ。
しかも会社の寮に入っていた為そちらも出て行かなければならない。とりあえず地元の不動産屋に駆け込んだ。
そして対応してくれた山口という男は田村の境遇を聞きながら大袈裟に頷いたり同情を示してくれた。
「それはお困りでしょうな。私共としても是非お力になりたいと思います」
「ありがとうございます。そういう訳なので、なるべく初期費用含めてお安く。すぐにでも入れるところがいいんですが」
言い出しにくそうに田村は自分が今出せる精一杯の値段を伝える。
「ふむ、やはりそうですよね。そういう事であれば」
山口は手元にあるファイルを捲るとあるページで手が止まる。そのまま固まるように動かなくなった。それまでの柔和な顔も少し曇っている。二人の間に起きる沈黙。田村はその様子を不思議に思い、声をかけた。
「あの」
言われた山口も我に返ったようで
「あ、ああ。すみません」と言葉を返した後、無理に作り笑いを浮かべながら「ここなんですけど、どうですかね」と間取り図の付いた資料を見せてくる。
和室、洋室各6帖、別にダイニングキッチン6帖。バストイレ別。広々とした収納スペース有り。
築5年の、5階建てマンションの2階だった。
「ここですか? 良さそうな部屋ですけど」
立地は街から少し離れているが、それでもかなりの好条件に見える。
「これならすぐに入れます。契約して頂ければ明日にでも大丈夫ですよ」
「それは有りがたいんですが」
「ご安心ください。初期費用はいりません。敷金礼金諸々無しです」
「え!本当ですか?」
「家賃はズバリ、2万円ぽっきりです」
自分はこの辺りの相場も良くはしらないもののいくらなんでも安すぎる事は分かる。からかわれているのかとも一瞬思った。
「は、はあ。いやいくらなんでも。そんな事あります?」
ついついそんな言葉も口に出てしまう。
「本当です。更に年契もなし。更新など気にせず嫌になったらすぐに出ていって貰って構いません。なんなら次もお世話しますよ」
口を差しはさまれるのを嫌がるように、山口は話す言葉のスピードを速めて言い終える。
だから、その様子をみて田村は疑惑の念が深まるのを抑えられなかった。
「流石に何かあるんですよね?」
遠慮会釈もなく思った事を口にする。この時点で田村もそれが普通でないことは察しが付いていた。何か理由があるに違いないのだ。
「まあね。勿論理由はあります。単刀直入にいいましょう。この部屋は心理的瑕疵有りの物件なんです」
「心理的瑕疵っていうと?」
聞き慣れない言葉を言われて田村は戸惑った。それに対して、意外にあっさりと山口は答えた。
「人が亡くなってるんです」
「ああ、やはりそうですか。事故物件って奴ですね」
普通に聴けばショッキングな内容かもしれない。しかし話の流れから田村もそんな所だろうと予測はつけていた。
「ええ。非常に心苦しいのですが、すぐに入居出来て予算も低く抑えられるとなると、まずはこちらが浮かびまして」
「はあ」
申し訳なさそうに言う山口に田村は微妙な返事を返したが、心はほぼ決まっていた。
田村だって普通に働いていて普通に暮らしていたら進んでこのような部屋を選びはしない。でも、今は贅沢を言っていられる状態ではないのだ。
「背に腹はかえられません。お願いできますか?」
迷いを振りきるようにハッキリ言葉を伝える。
「本当によろしいんですね?」
対して山口は自分で勧めておきながら、決まりそうな段になると、硬い口調で念押ししてくる。
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