エリュシオンでささやいて

奏多

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第11章 Blue moon Voice

 5.

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 車はそのまま、青山のスタジオに戻る。

 今日は金曜日で本来はエリュシオンに出勤しなければならないが、須王とあたしと女帝の三人は、社長の期待を担った新規プロジェクトメンバー。
 須王は今日は外周りするからと、事前に社長の許可を取っていたのだ。

 束の間の休息ではあったが、そのおかげで遥くんにすぐ会いに行くことが出来たのはよかったけれど、結局遥くんに関する謎解きは、わかったようでわからない消化不良を抱えたまま、今日のところはお開きになった。

「帰る時、俺の携帯に連絡入れろよ!!」

 スタジオに戻ると、小林さんがドラムの椅子に腰掛け、両手にスティックを持っていた。
 こっそり練習していたらしいが、見つけた須王が叱咤。

「お前、傷が開いて全治が長引いたらどうするんだよ。安静にしてろよ!」

「がはははは。こんなの唾付けときゃ治るって」

「……ふっ。じゃあ唾付けて治せよ、おら、早く!!」

 腰に両手をあてて須王が詰め寄っている間、あたしと女帝は夕飯の支度。
 裕貴くんと棗くんは弦楽器のセッションを始めた。

 ……あたし達、仲良いんだよ? うん。




 今日はチャーハンと餃子。
 餃子は既に昨日のうちに女帝と仲良く作り終えて、冷蔵庫の中。

 そしてやはりチャーハンと言えば、ぱらぱらの黄金チャーハンだよね。
 実はチャーハンは裕貴くんのご所望。

――俺の母ちゃんさ、チャーハンがべちゃっとしてるんだよ。俺が食いたいのは、ぱらぱらしているけどつやつやでふっくらとしていて……。

 卵の卵黄を解いて、冷蔵庫から出したばかりの冷飯にまぜる。
 固まったご飯粒をコーティングするには卵黄がいいというのは女帝説。あたしは卵白も混ぜていたから、べちゃっとしていたのかしら。
 裕貴くんはマヨネーズでコーティングだとネットから調べてきてくれたけれど、それは棗くんが一蹴。

――私、マヨネーズは太るから嫌いなの。

 ……男の子の棗くんは女の子の心理を言い当てて、問答無用で卵黄を使うことになった。
 さらに卵黄とご飯を混ぜる際、隠し味に柚胡椒。
 これは勿論、あたしの名前にちなんで女帝が笑いながら入れたのだ。

 女帝は大きな中華鍋を片手に、木べらでぱらぱらにさせたチャーハンをざざっと大きく宙返りさせる、見事な手つき。
 
 あたしはその間、油を敷いたフライパンに餃子を円状に並べて、上から水を振りかけたりしながら、こんがりいい色で餃子が焼き上がると、女帝ときゃあきゃあして喜んでしまう。

「はい、柚胡椒入り黄金チャーハンの出来上がり!」
「こっちは餃子と卵スープだよー」

 声を掛ける前に、スタジオからリビングに移動してきてくれた一行。
 恐らく匂いで、もうすぐ出来上がるのを察してくれていたんだろう。 

「おお、すっげぇぇぇぇ!! 黄金チャーハンだ!!」

 柚胡椒がいい味を出している、ぱらぱらでつやつやのチャーハンに、皆でほっこり。

「これならいつでも嫁に行けるな、姉ちゃん達」

「まあ、結婚してくれる相手が居ればね」

 棗くんがさらっと爆弾発言。

「それは私に対する嫌味かしら」

「さあね~」

「がはははは。その点、嬢ちゃんは安心だな、旦那がいて」

 小林さんが、須王の背中をばんばんと叩く。

「いてぇな」

 須王は否定しない。

 未来はどうなるかわからないけれど、だけどそうなったら……幸せだろうな。いつもこうしてあたしが作った拙い料理を、須王が食べてくれるだけで、きっとあたしお料理頑張っちゃうだろうな。

 そこにあたしと須王の子供なんか居たりしたら……。

 ひとりにやにやと笑い、挙げ句の果てに両手で顔を覆うようにして、きゃーきゃーと悶えていると、しーんと静まりかえってしまい、周囲から白い目で見られていた。

「随分と、より具体的な想像が出来るようになったのね、上原サン。よかったわね、須王。庶民的な未来があるようで」

「うわー、須王さん顔赤いぞ?」

「がははははは」

「裕貴、チャーハンのおかわりだよ」

 ほのぼのしていて、まるで大家族。
 あたしにどんな未来が待ち受けていても、皆と須王がいてくれればそれでいいと思う。

 あたしは生まれた時に作られた〝家族〟より、自分で選んだ〝家族〟が居ればそれでいい。
 
 本気でそう思うんだ――。




 すべてを片付け終えたら、須王はいなかった。

「須王さん、柚とブルームーン見る気満々で、支度があると部屋に行ったきりだから、きっと柚を待っているんだよ。早く行って上げな? 俺達はスタジオで、須王さんが出した宿題を消化しないといけないし。滅茶苦茶難しいことを、つらっとさらっと注文して行っちまうんだぜ?」

 裕貴くんが若干涙目だ。

「ほらほら、裕貴。私が監督を任せられたんだから。お喋りしない!」

 なぜか楽器を弾けない女帝が、監督らしい。

「ふふふ、小林サン。まだドラム叩こうとするのなら、その傷、広げてあげようかしら?」

 ベースを肩からかけた棗くんが、その美しい手で拳を作り、ぎゅぅんと音がでそうなほどに高速回転して小林さんに向かうものだから、小林さんは慌ててそれを避けた。

「あら、野性の勘?」

 ……おお怖。
 須王が〝合宿〟と言っていた通り、須王がいなくてもスパルタ練習だ。
 
 あたしはごめんなさいと心に両手を合わせながら、須王の部屋に向かう。


 須王の部屋には何度も行っているけれど、こうして改めてあたしから須王の部屋を訪ねていくのは、なぜか緊張する。

 両想いになっても尚、ドアを開けたら彼の姿はないんじゃないかと、そんな不安が過ぎるんだ。

 この九年あたしの傍にいなかった須王が現実で、実はあたしは夢を見ているのではないかと。……須王から愛されるということは、あたしの願望でしかないのだと。

 ノックをしようとする右手が、ドアの前で止まっている。

 そしてあたしは深呼吸をして、ノックをしてドアを開けた。

 すると――。

「わっ!!」

 突然中から腕を引かれて前方に倒れそうになるあたしは、甘いベリームスクの匂いに包まれる。

「……なんで躊躇した?」

「え?」

「ドアの前に立ったまま、なぜすぐ入って来ようとしなかった?」

 切なそうな須王の声が囁かれて。

「いまだお前の中に、俺に対するストッパーがあるの?」

 ……彼はドアがあろうと壁があろうと、あたしの気配を感じ取れるのか。

 部屋の中は薄暗く、奥に一面に広がる窓にはカーテンが掛かっておらず、空を見上げられるように、窓の前には背凭れつきの椅子がふたつ並んでおかれている。

「ブルームーン、一緒に見たくなかった?」

 ……雨が降っていた。

 ブルームーンに願いをかけようとする、須王の期待を裏切るかのような強い雨が。

 心を寂しくさせてしまう、そんな雨が。


 
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