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第13章 brighting Voice
5.
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……恐らく、須王と天使以外の誰もが、驚愕に動けなくなっただろう。
特に裕貴くんがイケメン顔が泣きそうな表情で、棗くんでさえ目を見開いたまま固まっているのだ。
「お前は言いたくないのなら、答えなくていい。俺が勝手に答えを見つける」
「ちょ、ちょっと待ってよ。なにを勝手に……」
僅かに天使の目に動揺が走っている。
「なんだ、俺のプロデュースでは不服か? ちゃんとプロダクションがつき、給料も出る。おまけに友達も一緒だぞ? な、裕貴。お前がギターを始めたのは、こいつのためだったよな。一緒に出来たら文句はねぇよな?」
「そ、そうだけれど。そうだけどさあ」
裕貴くんは、混乱の境地にいるようで、今にも泣きそうだ。
天使の綺麗な顔が、僅かに引き攣った。
「はは、ははは。なに、偉大なる天才音楽家さんが、正体不明の僕を入れてなにをするというのさ。参ったな、どこから出てくるんだ、そんな発想」
「お前が入院中の遥であれ、上野公園で会ったHARUKAであれ、柚が会ったという天使であれ。不問にしてやると言っているんだ。力尽くで吐かせる方法をとらねぇんだから、優しいだろう。お前はただ音楽をしてりゃいい」
優しいと、自分でいうな!
なにひとつ、こちら側に優しい要素などないじゃないか。
「音楽の才能があれば、敵であろうと受け入れる」
ああ、好戦的で不遜な王様、ここにあり。
「早瀬さん、私は反対です!」
女帝が片手を上げてそう反対して、あたしもうんうんと頷いたが、
「演者ではない奴には、決定権はねぇ」
王様は、速攻却下。
「小林、棗。どうだ?」
裕貴くんは、既に了承とみなされたらしい。
「がはははは。俺は別にいいぞ」
「私も。まあ、目の届く範囲においておけば、安心だし」
「ということで、決定だ」
あたしは頭を抱えた。
「ぼ、僕の意見は……」
「元から聞くつもりはねぇ。恨むなら、俺の前にのこのこ現れた己を恨め」
……天使が、どんなつもりで現れたのかわからない。
入院病棟で歌を歌っていたにしても、病棟とここはかなり離れている。
手術室前は、ふらりと立ち寄れる場所でもない。
だから天使の言い訳は、あまりに苦しいものだ。
それでも、どこか彼は今までともまた違う空気があったから。
なにがバックにいても、辛辣であろうとも、彼の意思というものを感じたから。
僅かに、親近感を覚えたのは事実。
「だったら、次に会う僕に言って」
「は?」
「だって、僕、これからこの中に入るように命じられているから」
天使が指さしたのは手術室だった。
「恐らく、入ったら出てこれない。だけどちゃんと伝えておくよ、嬉しい勧誘を受けるから、ちゃんと会いに行けって」
天使は、悲しげに笑った。
「まさかそんな提案貰うとは思ってもいなかった。裕貴と、一緒に音楽……したかったなあ。大好きな早瀬さんの曲、僕も歌いたかったなあ」
ほろりと、目から落ちた涙。
それを隠すように身を翻した天使が手術室の方に歩くと、待ち兼ねていたようにドアが開き、手術服を着たナースや医師が頭を下げて、天使を迎え入れた。
「ちょ……HARU、遥!?」
裕貴くんの声に、天使は笑って振り向き、片手をひらひらと振って消えていく。
天使と目が合うと、彼は唇をこう動かした。
『またね、お姉サン』
そして――手術室のドアが閉められたのだ。
「奴、戻ってこれないことを覚悟していたわよね」
女帝がぼそりと呟く。
「それなのに、『次に会う僕』ってなに?」
そう、あたしもわからなかった。
須王が片手で顔を覆うようにして言う。
「遥やHARUKAと同じで違い、あいつであり皆……。もしかして、あいつも黒服達と同じか?」
「え?」
棗くんが呼応するようにして言った。
「複製(コピー)」
「複製?」
この背筋に駆け上ってくる悪寒はなんだというのだろう。
「彼の細胞が再生出来て、肉体の付け替えも難なく出来るというのなら。他人の細胞すら自分の細胞に変化させることが出来るのかもしれない。そう考えれば、理論的にはありえなくもない話よ」
同じひとが増産されるって?
「それ、無理がない? だって、生まれたら別の個体であって、同じではないよ? 同じ細胞を持っただけのものなんだから、意思というか心が同じになるわけがないわ」
たまらずあたしは叫ぶが、棗くんの声は冷ややかだった。
「もしも、他人の肉体も臓器も、自分の細胞で再生出来るとして。細胞すら、全く同じ肉体を量産された人間なら、違う意思を持つということの方が考え難くなくて?」
「だけど……」
それはあまりにSF。
あまりにファンタジーだ。
「寝たきりの遥とも、上野公園で見たあいつとも、なにか違う気がした」
須王が言う。
「どれがオリジナルかはわからねぇが、柚になにかを思い出させるような素振り、裕貴や過去の情報の共有はしっかりなされている。それ以外のところでの違いが『個性』だとすれば、機械的な分裂のような増殖よりも、よほど現実的だ」
確かに、あたしも違和感は感じたけれど。
「でも情報の共有ってどうやって……」
「それはわからねぇ。双子がよくテレパシー的なものを感じられるというが、それ系なのか、それとも細胞がなにかを伝えるものか。それとも外部的なもので与えられる情報か。これは、次に会うあいつか、あいつの細胞を移植された朝霞に聞いてみなければわからねぇな」
あたしはへたりと床に座り込んだ。
次に、また元気な顔で天使は現れるのだろうか。
――お姉サン、また会えたね
そう笑いながら。
なぜかな。
会って少しだったというのに、彼がもう手術室から出てこないと思うと、泣けてしまうんだ。
なぜかな。
同じ顔でも、「彼」にもう会えないかもしれないと思うと、心が痛むんだ。
否定しながら肯定することで、あたしは彼を犠牲にする罪悪から逃れようとしている。
何度も生き返る個体。
死ぬことのない個体。
延々と生きる天使の存在を、あくまで推測だ、ありえないと思いながらも、受け入れている自分の矛盾さに気づかないふりをして。
あたしが断片的に見る、天使の頭が落ちるというもの。
それは九年前、このことを垣間見ていた記憶なのだろうか。
むしろ、そうとしか考えられない。
「そして問題は、あいつに朝霞を助けろと命じている奴もいるということだ。ということは、組織エリュシオンの中で俺達に敵対しない、反対勢力もあるということ。遥はそいつの手の中に守られているということになる」
守られている――それは。
「だったら、須王さん。遥が特別室にいるのは、守られているってこと?」
「そう考えれば、見方が変わってくる――」
――須王、忍月栄一郎に頼むつもり!?
「無論、実験のために監禁しているとも考えられる。そうなれば、遥にいつ誰がどこで接触して、HARUKAの行動をさせているか、ということになる」
須王の顔は、どこまでも暗かった。
特に裕貴くんがイケメン顔が泣きそうな表情で、棗くんでさえ目を見開いたまま固まっているのだ。
「お前は言いたくないのなら、答えなくていい。俺が勝手に答えを見つける」
「ちょ、ちょっと待ってよ。なにを勝手に……」
僅かに天使の目に動揺が走っている。
「なんだ、俺のプロデュースでは不服か? ちゃんとプロダクションがつき、給料も出る。おまけに友達も一緒だぞ? な、裕貴。お前がギターを始めたのは、こいつのためだったよな。一緒に出来たら文句はねぇよな?」
「そ、そうだけれど。そうだけどさあ」
裕貴くんは、混乱の境地にいるようで、今にも泣きそうだ。
天使の綺麗な顔が、僅かに引き攣った。
「はは、ははは。なに、偉大なる天才音楽家さんが、正体不明の僕を入れてなにをするというのさ。参ったな、どこから出てくるんだ、そんな発想」
「お前が入院中の遥であれ、上野公園で会ったHARUKAであれ、柚が会ったという天使であれ。不問にしてやると言っているんだ。力尽くで吐かせる方法をとらねぇんだから、優しいだろう。お前はただ音楽をしてりゃいい」
優しいと、自分でいうな!
なにひとつ、こちら側に優しい要素などないじゃないか。
「音楽の才能があれば、敵であろうと受け入れる」
ああ、好戦的で不遜な王様、ここにあり。
「早瀬さん、私は反対です!」
女帝が片手を上げてそう反対して、あたしもうんうんと頷いたが、
「演者ではない奴には、決定権はねぇ」
王様は、速攻却下。
「小林、棗。どうだ?」
裕貴くんは、既に了承とみなされたらしい。
「がはははは。俺は別にいいぞ」
「私も。まあ、目の届く範囲においておけば、安心だし」
「ということで、決定だ」
あたしは頭を抱えた。
「ぼ、僕の意見は……」
「元から聞くつもりはねぇ。恨むなら、俺の前にのこのこ現れた己を恨め」
……天使が、どんなつもりで現れたのかわからない。
入院病棟で歌を歌っていたにしても、病棟とここはかなり離れている。
手術室前は、ふらりと立ち寄れる場所でもない。
だから天使の言い訳は、あまりに苦しいものだ。
それでも、どこか彼は今までともまた違う空気があったから。
なにがバックにいても、辛辣であろうとも、彼の意思というものを感じたから。
僅かに、親近感を覚えたのは事実。
「だったら、次に会う僕に言って」
「は?」
「だって、僕、これからこの中に入るように命じられているから」
天使が指さしたのは手術室だった。
「恐らく、入ったら出てこれない。だけどちゃんと伝えておくよ、嬉しい勧誘を受けるから、ちゃんと会いに行けって」
天使は、悲しげに笑った。
「まさかそんな提案貰うとは思ってもいなかった。裕貴と、一緒に音楽……したかったなあ。大好きな早瀬さんの曲、僕も歌いたかったなあ」
ほろりと、目から落ちた涙。
それを隠すように身を翻した天使が手術室の方に歩くと、待ち兼ねていたようにドアが開き、手術服を着たナースや医師が頭を下げて、天使を迎え入れた。
「ちょ……HARU、遥!?」
裕貴くんの声に、天使は笑って振り向き、片手をひらひらと振って消えていく。
天使と目が合うと、彼は唇をこう動かした。
『またね、お姉サン』
そして――手術室のドアが閉められたのだ。
「奴、戻ってこれないことを覚悟していたわよね」
女帝がぼそりと呟く。
「それなのに、『次に会う僕』ってなに?」
そう、あたしもわからなかった。
須王が片手で顔を覆うようにして言う。
「遥やHARUKAと同じで違い、あいつであり皆……。もしかして、あいつも黒服達と同じか?」
「え?」
棗くんが呼応するようにして言った。
「複製(コピー)」
「複製?」
この背筋に駆け上ってくる悪寒はなんだというのだろう。
「彼の細胞が再生出来て、肉体の付け替えも難なく出来るというのなら。他人の細胞すら自分の細胞に変化させることが出来るのかもしれない。そう考えれば、理論的にはありえなくもない話よ」
同じひとが増産されるって?
「それ、無理がない? だって、生まれたら別の個体であって、同じではないよ? 同じ細胞を持っただけのものなんだから、意思というか心が同じになるわけがないわ」
たまらずあたしは叫ぶが、棗くんの声は冷ややかだった。
「もしも、他人の肉体も臓器も、自分の細胞で再生出来るとして。細胞すら、全く同じ肉体を量産された人間なら、違う意思を持つということの方が考え難くなくて?」
「だけど……」
それはあまりにSF。
あまりにファンタジーだ。
「寝たきりの遥とも、上野公園で見たあいつとも、なにか違う気がした」
須王が言う。
「どれがオリジナルかはわからねぇが、柚になにかを思い出させるような素振り、裕貴や過去の情報の共有はしっかりなされている。それ以外のところでの違いが『個性』だとすれば、機械的な分裂のような増殖よりも、よほど現実的だ」
確かに、あたしも違和感は感じたけれど。
「でも情報の共有ってどうやって……」
「それはわからねぇ。双子がよくテレパシー的なものを感じられるというが、それ系なのか、それとも細胞がなにかを伝えるものか。それとも外部的なもので与えられる情報か。これは、次に会うあいつか、あいつの細胞を移植された朝霞に聞いてみなければわからねぇな」
あたしはへたりと床に座り込んだ。
次に、また元気な顔で天使は現れるのだろうか。
――お姉サン、また会えたね
そう笑いながら。
なぜかな。
会って少しだったというのに、彼がもう手術室から出てこないと思うと、泣けてしまうんだ。
なぜかな。
同じ顔でも、「彼」にもう会えないかもしれないと思うと、心が痛むんだ。
否定しながら肯定することで、あたしは彼を犠牲にする罪悪から逃れようとしている。
何度も生き返る個体。
死ぬことのない個体。
延々と生きる天使の存在を、あくまで推測だ、ありえないと思いながらも、受け入れている自分の矛盾さに気づかないふりをして。
あたしが断片的に見る、天使の頭が落ちるというもの。
それは九年前、このことを垣間見ていた記憶なのだろうか。
むしろ、そうとしか考えられない。
「そして問題は、あいつに朝霞を助けろと命じている奴もいるということだ。ということは、組織エリュシオンの中で俺達に敵対しない、反対勢力もあるということ。遥はそいつの手の中に守られているということになる」
守られている――それは。
「だったら、須王さん。遥が特別室にいるのは、守られているってこと?」
「そう考えれば、見方が変わってくる――」
――須王、忍月栄一郎に頼むつもり!?
「無論、実験のために監禁しているとも考えられる。そうなれば、遥にいつ誰がどこで接触して、HARUKAの行動をさせているか、ということになる」
須王の顔は、どこまでも暗かった。
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