エリュシオンでささやいて

奏多

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第10章 Darkness Voice

 14.

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 精一杯泣いてしまったあたしは、裕貴くんのお母さんより一足遅れてリビングに入った。

 リビングには、裕貴くんのお母さんはおろか誰もいない。
 ただ、須王がソファで悠然と座っているだけだ。

 須王は長い足を組んで片手を背凭れにかけるようにゆったりと座っており、斜めからあたしを見あげて意地悪く笑う。

「一段と可愛い顔をして出てきたな」

 にやりと。

「冗談はやめて」

 キッと睨みつけた直後、あたしははっとして俯いた。

 見せられないよ、須王にこんな顔。
 どうせ化粧はハゲハゲで、赤く充血した腫れた目をしているんだろうことは自分でも容易に想像つく。
 いつも以上にぶっさいくになっている顔を、奇跡の美しさを持つ須王になぜさらさないといけないんだ。

 「ブス過ぎて辛い」とふられる前に、化粧をしてマシにさせなくては。
 こういう時、女は化粧で隠蔽出来ていいと思う。 

 だけど化粧ポーチが入っているバッグは、須王の膝の上。
 恐らく化粧をしようとしていることを見抜いているのだろう須王の、意地悪そうなのにどこか甘さを滲ませる顔は、もう本当にどんな表情でも超絶イケメンで腹立たしい。
 こう、ダンダンと地団駄を踏みたい気分だ。

「こっち見ろよ」

「嫌です」

「見ろって」

「あたし、あなたのような綺麗なお顔はしていませんので」

「俺、お前の泣き顔、好きだし。すげぇそそられる」

「悪趣味」

 バッグに手を伸ばしても、ひょいと須王がそこから遠ざける。

「ちょっと、お化粧……」

「いらねぇって。もうお前の寝顔でわかってるって。別に化粧しなくていいから、お前は。俺にはずっと素顔を見せてろよ。なにひとつ、飾らなくていい。お前は素顔もすげぇ可愛いから」

 甘い声に、胸の中が嬉しいとトクンと音をたてる。
 こんなところで、なぜ反応する、あたしの乙女心!

「み、皆は?」

 この王様は本当に心臓が悪い。

「ああ、ここでセックスしろと、気を利かせて出て行った」

「はあああああ!?」

 須王は屈託なく笑った。

「冗談にきまってるだろ? なんで裕貴の家でヤラねぇといけねぇんだよ。今夜は月見ながら繋がるんだろう?」

「なっ、ちょっ! 誰が聞いているか」

 あたしは慌てて周りを見る。

「あはははは。誰もいねぇよ、今、外に行ってる。裕貴のお袋はばあさんと庭を見ているらしい」

「……な、なんで突然、皆出かけるの!?」

「それは勿論……」

 須王は両手を伸ばして、また軽々とあたしを持ち上げ(何度も言っているが、あたしはそこまで軽くない!)、須王の隣に座らせて腰を引き寄せた。

「お前の泣き崩れた顔を綺麗に出来るのは、俺だけだからじゃねぇ?」

「ど、どういう意味……っ」

「お前は俺の元で一段と綺麗になるから……と、言いてぇところだが、お前が全然こっち見ねぇから、お前が気にするその顔に俺が化粧をしてやる」

「は!?」

「してぇんだろ、化粧。どこに入ってるの、化粧道具」

「自分でするって! ちょっと、バッグ覗かないでよ」

「男の夢をわかれよ。俺の手でお前を綺麗にしてやりてぇの!」

「だからって化粧じゃなくてもいいでしょう!?」

「俺は器用だから安心しろって」

「そういう問題じゃなく!」

 恥ずかしいに決まっている。
 この顔を、無防備に須王の前に晒すなんて。
 毛穴が開いて、なにが見えるかわからないあたしの顔を、じっくりと須王が見ているなんて!

 バッグが駄目ならと、化粧ポーチを奪おうとすれば、失敗。

「……これだな」

 それどころか須王にばれてしまい、ポーチを取り上げられて、ファスナーを開けられる。
 どれがどれかわからないだろうと思っていたら、小さなスプレー式の化粧水をあたしの顔にかけ、コットンに乳液をつけてあたしの顔を拭いた。

「ど、どうしてそんなことを……」

 須王も女装趣味があったのか、はたまた過去の女から教えて貰ったのか。
 驚いたあたしは、抵抗する力を無くしてしまう。

「棗がよくやって、二日酔いの時に手伝わされたことがあった。同じ化粧品だし、水分を補給して化粧を直さないとと言って。……間違ってた?」

 あたしは頭をぶんぶんと振りながら思う。
 この化粧品、そこまでお高くはないんだけれど、同じ化粧品を使ってこの仕上がりの差!!
 元々のパーツの違いはあるだろうけれど、棗くんのお肌のきめ細やかさを化粧が後押ししているのなら、どうしてあたしには後押ししてくれないんだろう。
 
 須王はコンパクト式のファンデーションをつけたパフを手に取り、言った。

「……させて? お前を綺麗にしてやるから」

 ダークブルーの瞳が優しくて。

「ん?」

 その顔を傾けて覗き込むのは、反則だ。
 もうここまでされたのだし、嫌だと言えなくなるじゃないか。

「……わかった。よろしくお願いします」

「素直でよろしい。ちょっと目を閉じていろよ」

 化粧している姿って本当は男性に見られたくないのに、なんでよりによってこんな平凡顔を、超絶イケメン須王にじっくり見られるんだろう。
 もう、なんの羞恥プレイだろう……。

 嗅ぎ慣れたパウダーの仄かな甘い匂いがする。
 ゆっくりとスポンジがあてられていく、肌で感じるその優しい感覚が、顔を愛撫されているように思えてしまい、どういう顔をしていいのかわからず。目を閉じながらも照れてしまう。

「お前……っ」

 緩んでしまった唇は、須王の唇に奪われてしまい、慌てて目を開けたら、やけに甘くて優しい瞳が間近にあって、心臓が早くなってしまう。

「こら。変な妄想すんな。俺の理性をいちいち壊しに来るな」

「し、してないし。壊しに行ってないし!」

「嘘つけ。お前の顔、俺を誘ってエロいぞ」

「エロ……違うって!」

「夜、ちゃんと愛してやるから、今は我慢しろ」

「だから違うって!」

「あははは。ほら、続きするから。じっとしてろよ」

「え、なんの続き!?」

「お前が好きな、エロの続きをしてやりてぇけど、まずは化粧」

「あたしエロ好きじゃないって」

「へー、そう? だったら今夜、今まで以上に念入りにしてやらねぇとな。俺とのセックスが好きになる、エロい女になれるよう」

「なっ!!」

 須王と話していると、さっき泣いて辛いことも忘れてしまう。

 エロを連呼されて怒っていると、最後の仕上げとばかりにリップを塗り終えた須王が、言った。

「終わった。目、開いて」

 アイシャドウをつけた瞼を上げると、須王が微笑んでいる。

「キスしてぇくらいにいい女」

「あ、ありがとう」

 どんな顔になったんだろう。
 恐らくはいつものあたしの化粧とは違うんだろう。
 なにせ王様直々の化粧なんだし。

 と、思っていると、須王が横から両手であたしの腰に手を回して抱きしめてくる。 

「今ここで速攻お前にディープかまして、お前を啼かせて、お前の最奥を貫きてぇけど、猿にならねぇよう抑えている」

 王様直球。
 だからなんで、そんなものにも反応するんだ、あたしの乙女心!
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