アムネシアは蜜愛に花開く

奏多

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第1章 突然の再会は婚約者連れで

統合宣告の社内放送

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 ***

 ルミナス本社は品川にあり、総勢三十四人の社員と重役五人を収容する、六階建ての持ちビルだ。
 ゆとりある設計がなされた、実に快適な職場環境が自慢。
 
 ルミナスでは、技術や知識が求められる化粧品の研究や管理検査や製造は、静岡の工場で一括して請け負っており、わたしが通うルミナス本社には司令塔とも言うべき商品開発部と営業部と総務部がある。

 総務部は由奈さんがいる秘書課と経理課と庶務課に分かれ、営業部では商品を陳列するドラッグストアなどの新規開拓やプロモーションを行う営業課と、代理店を管理する管理課がある。
 商品開発部は商品の企画をしたり広告を考える広報企画課と、化粧品のパッケージなどをデザインして形にするデザイン課、そして顧客のニーズに応えるコンサルタント課の三つに分かれている。

 わたしが配属されているのは、商品開発部の広報企画課で怜二さんはそこの課長だ。
 広報企画課も、ゼロから作り上げる純粋の企画と、出来上がったものに対してする広報と仕事が分かれているが、まだ経験不足のわたしは、広報にて出来上がった商品を勉強しながらその特性をどう媒体に訴えればいいのか、日々頭を悩ませながら、提携しているデザイン会社や広告代理店と打ち合わせをしている。

 化粧品は初動も大事ではあるが、リピーターを増やさないといけない。
 特にルミナスは、中高生という若い女性をターゲットにしているため、どうすれば口コミで拡がるものなのか、実際市場に出てアンケートをとったりと生の声を聞かねば、ジェネレーションギャップによって思いもよらない惨敗も記することもある。

 つまりわたしが携わっているのは、わたしがとうに通り過ぎた一幕を彩るものであり、そこから十年も遠ざかった自分の老け具合をしみじみと感じてしまう、哀愁籠もった仕事でもある。

「なーに黄昏れちゃってるの!」

 ビルの休憩室は、一面の東京の遠景を見渡せる窓際に足の長い椅子が並んでいる。

 自販機のドリップ式の珈琲を飲みながら、仕事に厳しい怜二さんに却下されたイメージ案を嘆いていると、思いきり背中を叩かれ、危うく白いブラウスに染みを作りそうになる。

「ちょ、香代子!!」
「ごめんごめん。……で、広瀬氏とのラブにも翳りがあるのかね?」

 背の高い美女は、わたしの同期で同じ課に配属されている企画のエース山本香代子。

 長身で十頭身くらいある抜群のプロポーション。
 小さな頭の中にはなにか詰まっているのか、いつも覗いてみたくなる。

「違うよ、そっちは別にいいの、広報がねぇ」
「別にいいのか、このこの! ルミナス一の色男を営業から転属させて、さらに直属の上司にして、こっそりメモに『今日六時にあの場所で待ってます♡』なんて、きゃーエロエロ!」
「香代子。時代はLINEだから」

 彼女は基本陽気でよく口が回る。
 営業を希望しなかったのが、本当に不思議だ。
 口さえ開かなければ、深窓の令嬢なのだが、残念極まりない。

 怜二さんはやり手の営業マンだったのに、そこから商品開発部に転属届を出して異動したのは、内勤になるわたしと一緒にいたかったからだと、後日彼は言っていた。
 かなりアプローチをかけたらしいが、どのへんがそうなのかわたしにはさっぱりなのだが、わたしと付き合ったと彼が全社員の飲み会で告白すると、なぜか皆は泣いた。

――よかった。やっと春が来たんだな、広瀬。
――枯れないうちでよかったですね、課長。

 ……怜二さんがわたしを落とせないと悩んでいたらしいのは、周知の事実だったらしい。

「でなになに? 昨日は濡れたのかい?」
「オヤジ」
「駄目だったのか、そうかそうか。タツミィに持って行かれたか」

 香代子にはすべて話している。
 彼女はこう見えて、聞き上手なのだ。
 自分のことは一切話さないのだけれど、気づけばわたしは洗いざらい話していた。

「そうだ、杏咲ちん。由奈嬢が結婚すると知っている?」
「あ……、怜二さんに聞いたばかり」
「広瀬氏に一歩遅れたか。だったら統合の話が今日にもっていうのは?」
「今日? そんな急いで!?」
「ああ。なんでも由奈嬢の相手が今日、それを宣言しに来るとかで」
「展開早くない!?」
「私もそう思うんだけれど。アムネシアと統合されてしまって、ルミナスの社名がなくなるのなら、ルミナスの代表作を考えてきた私の案は、どこに消えるんだろう」

 香代子は項垂れた。

「私はルミナスだから企画をさせて貰えたけれど、アムネシアでもやらせてくれるとは思わないんだよね。あっちはあっちの伝統を守る企画開発がいるんだろうし」
「香代子……」
「まあ、悩んだって仕方がないんだけれどね。なるようになれ、さ!」

 基本香代子は楽天的だ。
 その彼女がこんなに翳った顔をしているということは、相当悩んでいるのだろう。

「それはわたしだってそうだよ、香代子。もし人員削減の危機が訪れたら、大した成果を出していないわたしなんか、真っ先に首を切られる。わたしが入りたかった、アムネシアにまた」
「それは辛いね……」
「どうにかして皆でうまくいける道が拓かれていればいいんだけれど」

 そう言った時、社内放送がかかる。

『ルミナスの全社員は、大会議室にお集まり下さい』

「始めたようだね」

 香代子に答えずして、わたしは下の階の大会議室に香代子と共に赴いた。

 ……妙に緊張しながら。

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