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Final Moon 12
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「おい、カバ。せっかく名取川文乃が……」
「女は臨機応変に化ける生き物です。ね、沙紀さん」
「そうそう」
「しかしよ、なぁ朱羽……」
「仕方がないです。美幸さんの処遇は陽菜に一任されているんだし、陽菜のやりたいようにさせましょう」
朱羽経由で沙紀さんに頼んでゲットしたメイド服に白いレースのカッチューシャに靴下に靴。
沙紀さんの主な仕事は、そうした使用人の備品管理であったらしく、比較的簡単に予備の新しい服一式を持ってきてくれた。
ここのメイドはベテランになると裾丈が長く、新人は膝丈らしい。ベテランの区分けは年齢らしいが、28歳は本当は裾が長いもののようで、そこを沙紀さんが短いのを持ってきた。
――だって、28歳はおばさんだから老いて醜い足を隠せと言われているみたいじゃない? 陽菜ちゃんは若いし足が細くて綺麗だから、私の代わりに28歳でもイケることを見せつけちゃってきてよ!
いやいや、沙紀さんが着た方が年齢より若く見えるから。
最初朱羽は小姑の如く、短いからと駄目出ししたのだけれど。
――お前、この屋敷にいるのは俺とお前と当主と、外で寝起きしているあの使用人達だぞ? あの80近いジジイがカバに勃つと思うか?
朱羽はちょっと考え込み、専務をじっと見た。
そう、何か言いたげに専務を見つめて。
――俺は、沙紀がいるだろうが! 俺だってお前みたいに、夜這いされても勃たねぇよ!
あたしと沙紀さんは顔を見合わせて言った。
――なんの話!?
どうやらメイド達は、次期当主夫人の座を巡り、美幸夫人を目指して熾烈な戦いを繰り広げたらしい。
なにせイケメンの、次期当主有力候補。
我先へと、彼らが鍵をかけた部屋に、勝手に合い鍵を使って忍び込んで、数人は鉢合わせしたらしい修羅場。しかしそこでタッグを組み、彼らを押さえ込んで既成事実を作ろうとしたんだとか。
どんなに突き飛ばそうにもゾンビの如く、再度彼らに襲いかかってきたらしい。
……凄いよ、「戦慄 愛欲の亡者が棲まうの館」とか名前をつけたい。
――まあ、俺は初めてじゃねぇしな。初めて見る顔もあったけど、ババアじゃなかっただけ、まだよかったが。
専務と美幸夫人が関係あったことは、既に沙紀さんは聞いていたのだろう。あたしは、当主の元で泣いて叫ぶ彼を思い出す。
彼は、どんなに辛い思いをこの本家でしてきたのだろうか。
朱羽をそんな本家から守るために、専務は嫌な思い出しかない……肉食獣の使用人が居るとわかっている場所に、戻ったんだ。
兄の心意気に感動しているあたしの前で、朱羽がぼそっと言った。
――まあ……あのひとにも、なにされても一切反応しなかったし。
……どこの反応だよ!
美幸夫人とそれ以外と、なにがあったんだよ!!
――落ち着けカバ! 朱羽も未遂だ。
あたしと沙紀さんはいきり立つ。
――どこまでさせたのよ!!
兄弟達は、あたし達の剣幕にたじろいだ。
まあそんなこんなで、持ってきてくれた白いレースのパニエを履いてメイド服を着ると、上半身はクラシカルなのに、下半身がなんだか卑猥なコスプレのようだ。
半袖だけれど、屋敷には暖房がかかっているから気にならない。
「いいなあ、陽菜ちゃん胸が大きくて」
白いふりふりエプロンが丁度胸の位置から始まり、よくあるエロ漫画のように、あたしが着ているエプロンもいやらしい役目をしているかのようだ。
清楚なはずのエプロンをしていることでえっちだ。かといってこのエプロンを外したらメイドではないし、なんとも難しいところ。
「いいなあ……」
沙紀さんが、ふにふにとあたしの胸を揉んだ。
「あ……ん」
朱羽に愛されたばかりの身体が反応してしまい、
「陽菜ちゃん可愛い。もっと触ってもいい?」
慌てた朱羽があたしを後ろから羽交い締めにするようにして、沙紀さんから離し、そして専務も沙紀さんに抱きつくようにして視界を奪う。
「「浮気するな!!」」
……この兄弟、面倒くさいかも。
***
あたしも、沙紀さんのように、忍月の裏の部分を見てみたいと思った。
きっとそれは、朱羽や専務ら忍月の者は見れないものであり、あたしや沙紀さんら、庶民だけが見ることが出来るもの。使用人と等身大のあたし達だけが。
使用人達があって、忍月の本家。
その中枢にいる美幸夫人を構成する一部でもある。
メイド達から話を聞きたいと思ったのは、忍月の住人が見えない美幸夫人の部分を知れるかもしれないと思ったからだった。
そのためには、上から目線ではいけないと思った。
話を聞くなら、あたしも相手と同じ位置に立たねばならない。
――いいか、その格好で屋敷から出るなよ。あなたもあの男三人を見ただろう? 女だとわかって、ぎらぎらした目をしていた。だから危険だ。
――陽菜ちゃん、私がついているから……え? 使用人同士、たとえ暴力沙汰になってもとめるな? う……ん、わかった。だけどヘルプ欲しい時は言ってね。
――スマホを持って行け。俺と朱羽は取り上げられちまってるが、沙紀は持っている。それで俺は、沙紀からのメールを腕時計で取る。
――あ、俺が渉さんの誕生日に送ったものだね? 愛する沙紀さんのメールをどこに居てもすぐ見れるようにって。
――そうだ。これで沙紀からの愛の言葉は、会議中でも見れる……ってなにを言わすんだよ、朱羽!
美幸夫人の部屋にはトイレやシャワー室があるらしく、夕飯メイドを呼ぶかどうかはわからないけれど、とりあえずその時にあたしが動けるようにしたくて、メイド達に頼み込む。
「皆さんの仕事を教えて下さい。よろしくお願いします!」
だが即席のメイド姿と、朱羽に肩を抱かれて入ってきて、さらには朱羽の部屋に堂々と居れることは、他のメイド達から大ひんしゅくを買っていた。
「あ~ら、お嬢様に仕事が出来るのかしら」
「メイドの仕事は、金持ちの道楽で出来るような簡単なものじゃないんだよ! どいて!」
「なに、朱羽さまが飽きて使用人に格下げ? そうじゃないと使用人の格好をさせないでしょう。いい気味」
「うわ、なに。もうここの主人になるつもりなの?」
「悪口を言うと告げ口されちゃうよ? ほら、無視して仕事!」
まあ、予想はしていた。
歓迎はされないと。
しかし現実は、散々だ。
どうしても、上から目線に取られてしまうらしい。
あたしも、名取川さんに養女にして貰ったというのに、使用人の仕事をしようだなんて、かなりのドMだと思う。虐められることに今まで怯えていたくせに、わざわざ虐められに来たようなものだし。
誹謗中傷、軽蔑罵倒。
あたしは、自分で創り出したそれをトラウマにしていた。
だけどそんな事実はないとわかったら、もう怖く思うことはなくて。
怖いと思うのは、自分の心の弱さが見せた幻影。
だからあたしは、頑張れる――。
メイドは十二名。
うち十名が若い子で、二名はベテラン。
ベテランは、専務直々のお願いのために無表情で仕事についてのみ接してくれて、それ以外は完全無視。
このままだと、鍵をかけて閉じこもっている美幸夫人に接することも出来なければ、理解することも出来ない。
ただ美幸夫人を追い出せばいいだけなら、既に当主がしている。
当主があたしの結論を、専務と朱羽が出した提案を呑む条件としたのなら、やはりそれなりに意味があると思うのだ。
――カバ、落ち着いたな。朱羽から俺のプレゼント貰ったな? お前すげぇ顔が強張ってたぞ、凄く緊張してたんだろう。すまないな、お前の肩にかかるような形になって。
出来るだけ笑って普通にしていたけれど、専務にも朱羽にも見抜かれていた、あたしにかけられたものの重さ。
それを朱羽が、あたしの頭の中をえっちな思考と、朱羽への愛情で満たしてくれて、取り除いてくれたから、多分今、あたしは落ち着いているのだろう。
セックスは愛情の確認であると同時に、愛の強さをくれる。
朱羽との強い絆となる。
歩いて来るメイドが、わざと足であたしの臑を叩いた。
「邪魔よ、どいてくださらない? それともあなたを愛人にした朱羽さまや、渉さまに言いつけちゃう?」
「くすくす、やめなって。お嬢様なんだよ?」
「いいのよ、世間知らずに現実を教えてあげなくちゃ。私って優しいでしょ」
「ふふふふ、そうね。仕事が欲しいと言ってきたのは、あのお嬢様なんだものね。現実を見て、尻尾を巻いて逃げるといいわ。根性なしだろうから」
いいよ、やってやろうじゃん。
鹿沼陽菜、根性だけは負けないんだから。
今まで困難を突破してきた底力、見せてやる。
ここを突破出来ないと、美幸夫人の門は開かない気がするんだ。
この程度のことで挫けるな。
深呼吸していると、名取川文乃の声が蘇る。
――心頭滅却すれば、火も自ずから涼し。
ここは火だ。火で熱くて仕方がない。
だけど……、火に抵抗せず、火と迎合するようにして乗り切れ。
あたしも、忍月を構成するもののひとつとなってやる。
……お嬢様生まれではないことが、きっと……強みになるはずだから。
・
・
・
・
「そんなにしたいなら、雑巾がけでもしてくださいな」
しつこく食い下がるあたしに、面倒臭そうに廊下の雑巾がけをしろという。今の時代、しかもこのお屋敷はモップとかではないのかしら、など思いながら、どうせすぐ音を上げて帰るだろうと嘲笑われているのをひしひしと感じながら、バケツにたっぷりの水と雑巾をもって廊下を拭いていく。
どうせならどこもかしこもピカピカにしようじゃない。
長年の一人暮らしと、ムーン時代に色々掃除していた下積み生活を甘くみるんじゃないよ。
朱羽に色々と愛されて重くなった腰を動かしながら、一階を磨いていく。
大理石なのか、マーブル模様の床板は磨けば磨くほど艶が出るから嬉しい。ムーン時代は、磨いても磨いてもボロかったから、やりがいがある。
「よしよし、いいぞ!!」
……物陰から、ひそひそ言われているのなんて気にしない。
とにかく綺麗にするのみ!
「ふう、廊下終わ、り……」
ガシャーン!!
「あらごめんなさい、ぶつかっちゃったみたい」
いやいやいや、ぶつかったぐらいでその花瓶は落ちないよ。
明らかに、掃除を邪魔するための故意的なもの。
磨いた廊下は、広範囲で水浸しの上に細やかな花が散り、さらには花瓶の破片があちこちに広がっている。
これは――。
「怪我、大丈夫ですか!?」
掃除のことより、怪我のことが気になった。
わざととはいえ、これだけの破片だ。
「目とかも大丈夫ですか? 服もよく払って下さい。あ、髪についてる。危ないですね、着替えて髪洗った方がいいかもしれません……」
白い欠片をとって上げて見せたら、怯えた顔をしながら走って行ってしまった。
な ぜ に ?
「……また、派手にやられたね」
腕組をした朱羽が壁に背を凭れさせるようにして、立っていた。
音がしたから飛んできてくれたんだろう。
「うん、やられたね。朱羽、危ないからそっち行ってて。怪我人出ないうちに、今、綺麗に片付けるから」
「わざとされたんだろう? 文句は言わないの?」
「言わない。根性なしに思われているから、頑張る」
「ふふ、そうか」
朱羽は愉快そうに笑った。
「あたしは大丈夫だよ。もっと辛いことを乗り越えて来たんだから」
拳を握って見せると、朱羽が目を細めて笑う。
「よかった、あなたらしさが戻って来た」
「あたしらしさ?」
「うん。バイタリティがあって、いじっぱりで負けず嫌い」
あたしは笑った。
「その……ありがとう」
「ん?」
「さっき、いろいろと……。だからなんだよね? 頑張れるようにって」
「ふふ。俺はあなたと抱き合えることが嬉しいから、あなたを愛しただけだ。そこになにも偽りはないよ?」
朱羽はふっと笑うと、あたしに近づいて、ぽんぽんとあたしの頭を手のひらで軽く叩くと、背中を向けて片手をひらひらさせて遠ざかる。
えっちな朱羽。優しい朱羽。聡い朱羽。
どれもがあたしが好きな朱羽。
こうやって応援して貰っているんだから、負けるものか。
「あたし、ファイト!! お――っ!!」
……あたしがめげてるかと思って様子を見に来た女の子達が、怪訝な顔を見合わせていたことに、知らずして。
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