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第6章 儀式
一致団結の嘘
しおりを挟むユウナを長年謀り、父を殺してユウナを穢して、そして多くを犠牲にしてまでユウナを追いつめようとしているリュカ。彼が、いまだ三人の友情の証でもあり、ユウナとのお揃いの、恋人同士の装飾具のようなものをつけている理由はなにか。
いまだそれに、なんの未練があるのかとハンは思う。
ユウナはその指輪は捨てたが、サクは捨てきれていない。
男とは、女よりも絆に女々しく縋るものなのかとハンは苦々しく思うが、それでもリュカの表情に一瞬浮かんだ苦しみのような翳りが、より強くひっかかった。
「ユウナとそっくりな偽者だというのなら、少なくともユウナと接触して指輪を譲り受けている必要がある。ユウナ達はこの近くに居たということ」
いまだサク達は黒崙に居るという可能性を、リュカは捨て切れていないようだ。ハンの忠誠心を、祠官と武神将との玄武の力で結ばれた絆を、信じ切っていない。
サクとユウナを名目に、リュカは自分までも排除に動くだろう確信を強め、ハンは逆に敵愾心を燃やす。
やれるものなら、やってみろと。
なにがなんでも、リュカの奸計通りに事を進ませない。
サク達を犠牲にはさせない。
再度の息子と姫を護ろうとするハンの決意は、サラと同じく。
顔に出さずに飄々と逆に訊いてみる。
「姫さんが捨てたものを、拾った可能性は?」
「……確かにありますが」
まただ。
ハンは、リュカの翳りに目を細めた。
大罪を犯して顔色ひとつ変えぬリュカが、なんで指輪如きに表情を変えるのか。それ以上のことをしているというのに。
この指輪が、リュカの弱点になり、状況を覆すことができるかと、ハンが目を細めた時だった。
「ねぇ、ハン様」
俯いてあげられたリュカの顔には、既にその翳りはなく。見間違いかと思うくらいの、ただ冷ややかな……そう、玄武殿に帰還したばかりの自分に見せていたような、威圧感を伴う冷淡さを顔で覆い、そして聞いてきたのだ。
「どうしてこの街は、こんなに静かなのですか?」
突如変えられた風向きに、ハンは心で舌打ちをし、サラは動揺して言葉を失った。
「静かすぎる。ネズミが走る異常事態なのに」
それは猜疑心などなくとも、自然な疑問だと言えばそうだ。
「ここは今でも和気藹々としている街だと、ハン様は仰っていたはず」
街がもぬけの殻になっていることは、言い逃れできない異常事態だ。ネズミよりも知能がある人間だけに、天変地異の類いにはできない。
なにか切り抜けられる理由を――。
ハンが色々考えていた時だった。
突然街が騒がしくなったのは。
出入り口から、大勢の者達が入ってきた。
それは見知らぬ人間ではない。見慣れた面々だった。
「一体、何事だ!?」
怪訝な顔つきのリュカの声に呼応したのは、
「皆で買い出しに行っていたんだ。これから国がどうなるのかわからなくなるだろうから、買いだめ」
こちらに歩いてきた恰幅のいい花屋の主人。
「まとめ買いしたら、重すぎて腰が痛くて……。ハン、後で腰を揉んでくれよ。本当はサクがいいんだけど。ハンは痛いからさ。サク、本当に馬鹿なことしでかしやがって。今どこにいるのか」
武器屋の主人が大層な荷物を抱えて、腰を摩りながら嘆いた。
「お留守番ご苦労様、ハン、サラ。ほらあんた達の分、買ってきたから後で取りに来な」
八百屋の女主人が、新鮮な野菜が入ったカゴを高く掲げた。
「なんだこの物騒な兵隊。あれはリュカ様か? なんだ、期日前にとうとうサクが捕まったのか。複雑だよな、けど罪は罪だしな」
「捕まったわけじゃないだろ、サクの姿はない。大体サクが逮捕されれば、ハン相手に暴れまくり街は壊されまくってるだろう」
「この街にはハンがいる、ここで見つかるわけないさ。匿ったらこの街が滅ぼされるんだ、それをわかって匿う奇特な奴もねぇ。散々俺達話し合って、サクの追放決めたんだ。今頃どうしてるのかな」
「きゃああああ、なにこのネズミ!! ネズミ嫌い嫌い」
「こら、チャンカ。それは愛玩動物ではないの!!」
人々が――、黒崙から消えたはずの人々が現れた。
何事もなかったかのように、女も男も老いも若きも、皆大きな荷物を持って各々家に入る。
それはハンやサラがいつも見ている、和気藹々とした街の風景だった。
ハンがざっとみた限りにおいては、ほぼ全員いる。そのほぼ全員が、サクとユウナという異質の存在を、日常風景の中に隠そうとしてくれている。
そんなおたずね者などこの黒崙にはいないというように、いつも通りに振る舞ってくれていた。
「なあ、指輪がどうのって声聞こえたんだけど、もしかしてこれか?」
突然ハンの前にぬっと手を出してきたのは、
「サカキ!?」
饅頭屋の主人サカキであり、タイラの父親でもあった。
その手には、ユウナの指輪があったのだ。
「なぜ!?」
そう尋ねたのはサラだった。
なぜ、黒崙にまだいるの。
なぜ、サカキが指輪を持っているの。
街長は、移動の主導権をサカキに委ねたのだ。今頃、彼が皆を先導しているはずなのに。
「うちの息子が、行商の帰りに北の草むらに捨ててあったこの高価そうな指輪を、あたかもユマに買ったようにしてユマに贈ったんだと。愛の証って奴で。元手タダとは、やっすい愛だよなぁ。がはははは」
サカキは呵々と笑う。
その顔から、突如笑みが消え、真剣な顔で言った。
「……これ、呪いの指輪だったんだ」
サカキにつられるように、誰もが剣呑に目を細めた。
「ほら、昨夜ユマが、そこの近衛兵に犯されて帰ってきただろ!?」
サカキの声が、詰るように大きくなった。
「犯す……? そんなことをしたのか?」
リュカは不快そうに顔を歪めて、後ろの近衛兵を見た。
「いや、その……だから!! 姫と名乗る色狂いの女が自ら誘ったから……」
皆は口々に言う。そこにサカキは言った。
「なあ兵士さんよ。あんたら臨時で雇われた奴らだろ。だったら知らねぇだろうけど、うちの国の姫ってのは、魅惑的な美貌はもっちゃいるが、男を誘うだけの色気も経験値もねぇんだわ。なにせ嫁入り前、初々しいままそこのリュカ様に嫁ごうとしてた上に、なんといっても男勝り。そこの武神将に稽古つけて貰ってたほどだからな。そんな、娼婦みてぇな女性じゃないんだわ。な、リュカ様、ハン」
それは別人と言わんばかりの物言いだった。それに不服な声を上げたのは、昨夜姫と名乗る女を抱いた兵士達だ。
「姫だと言ったんだ、自分で!!」
「でもあんたら、ユウナ姫のことをよく知らないんだろう? だったら、たとえばそこのサラが、遠征ばかりのハンに欲求不満になって、自分は姫だと誘ってきたら、それを信じるのか? サラも大層美人だぞ?」
「やだわぁ、サカキったら。それにうちは欲求不満知らずよ。ハンはいつもも凄いのに、遠征前後には、それはもう腰がたたないくらいに……」
「姫はそんなに年食ってないことくらい、俺達にもわかる」
「今、私の言葉を遮った不届き者は誰!? しめてやる!!」
不穏な空気を纏うサラを、ハンが窘《たしな》めた。
「ご主人。そのユマという娘は、どんな女性で」
リュカは厳しい面持ちで尋ねた。
「ああ、姫様にそっくりな街長の娘だよ。サクと結婚が決まりそうだったのに、そこにつけこんだウチの馬鹿息子が、おかしなものを贈るから!!」
リュカは、街の民の駆除によって流れが途絶え始めたネズミの群れを易々と乗り越えてくると、その指輪を手に取ってみた。
「ああ、つけない方がいいですよ。それをつけたらユマは色に狂い、外したらいつものユマになるんです」
それはサカキの嘘八百。ハンとサラは、それが嘘だとわかりながら黙っていた。
「ユマ……。確かユウナに聞かれたサクの噂の相手って、そんな名前で、ユウナと同じ顔だと聞いたことがある。凄い噂だったから……」
リュカはなにかを思い出すように、目を細めた。
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