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第1章 追憶
一年前のハンの詮索
しおりを挟む「リュカがここに来たということは、私もうお父様に会えるようになったのかしら?」
すると少しの沈黙を経て、リュカは苦笑する。
「今祠官は来るべき刻に備え、術の強化に奮闘なされている。もう少し後になるね」
僅かに過ぎったなにかの影。
それに気づいたサクが目を細める。
「……祠官は、元気なのか?」
「……。ああなんとかね」
ユウナの母親であるライラが病死して二ヶ月あまり。
両親の仲睦まじい場面は見ていなかったユウナだが、母が逝去してから、父の様子は明らかにおかしくなっていった。ユウナの心配の声すら届かず、塞ぎ込んでいたと思ったら笑い出し、突然立ち直ったかのように思えば、ライラによく似たユウナを妻だと間違え抱きしめようとしたり、とにかく気分の抑揚が激しかった。
都度ユウナが心を痛めるのを見兼ねて、ハンとリュカとサクは、暫くユウナを父親から離れさせようとしていたのだった。
そんな折の赤き満月。
なんとか祠官の注意をそこに向けようとリュカもハンも必死なのだが、今ひとつというところだということを、サクもハンから聞いていた。
――なにか嫌な予感がするんだ。
あれはいつの頃だったか。
ハンはサクにぼやいた。
――今、祠官の気分はリュカに支えられている。リュカの気持ちひとつで、祠官はどうとでも動く状態だ。
だからサクは憤って、ハンに言った。
リュカは野心を持つ男ではないと。リュカのなにを今まで見てきたのかと。
――だが、現在の祠官のリュカへの寵愛が凄まじいのは、お前もわかっているだろう?
それはサクも噂に聞いていた。
まるで亡きライラに接するように、リュカを溺愛しているフシがあると。
リュカは男娼の如く色仕掛けで、祠官を操っているのではないかと。
そんなこと、ありえないのに。
否定したくてもリュカの色香が最近頓に酷くなっており、その噂払拭のために、サクもかなりの人数の口封じをしてきたのだ。無論人殺しではなく、恫喝或いは威嚇なのだが。
サクはその色香自体は、ユウナへの想いゆえのことだと思っていた。
同時にユウナもまた、妖しげな色香を放つようになったから、ふたりは心を通い合わせ始めたのだと。
ユウナの勝気さは変わらずとも、さりげない仕草に淑やさと嫋やかさが混ざり、サクはそれに気づかないフリをしていながらも、内心、心が揺らいでいた。
リュカへの想いゆえの変化かと問いただしたくとも、そこで主従とはいえども誰よりも近い関係が終焉になるのが恐くて言い出すことが出来なかった。
なにより自分の想いに終止符を打ちたくなかった。
自分を惑わす香しい愛しき女の香りを間近で嗅ぎ取ながら、これは高嶺過ぎる花なのだと心を押し殺してきたのだ。
ユウナ以外、誰もがサクがユウナに心奪われているということを知っている環境下、サクが動かないのは、自分がユウナの臣下である限り叶わぬ恋だと、最初から自認し諦観していたからだ。
出会いからして、対等ではなかった。
相手は黒陵の姫。
かたや自分は父が武神将で、ユウナと年が近いという理由だけで護衛に選ばれた。
ユウナに愛されればただの男として娶ることが出来る……そんなハンの言葉に心動かされた時もあったが、その時は既にリュカがいた。
ユウナのことを呼び捨てにして接することが出来る男が。
ユウナとリュカの関係は始めから対等なのだ。
この屋敷に現れるようになった頃、言葉遣いを改めようとしたリュカに、ユウナはそれを禁じた。
だがサクに対しては、そんなことを一度もされたことがない。
ユウナにとって、サクは幼なじみという名の臣下であり、いかに武闘会で優勝しようが、恋愛対象となる〝男〟ではないのだ。
今までサクが姫様と呼んでそれなりに言葉を丁寧にしていたのは、父の模倣であり強要ではない。
長年そこから抜け出せずにいたのは、〝姫様〟の愛称に報われないユウナへの愛情を込めてきたからだ。
それが逆に、主従を強いる枷となって数年――ユウナに手を出したくてもその心を押し殺し、ユウナに想い人が出来るまではこの心を生かそうとしていた。
ユウナの恋した相手がリュカであるのなら、諦められる。諦めてみせる。
リュカ以外は、考えられない。
そこまで信頼しているリュカに、ハンは猜疑心を見せた。
――サク。リュカに目を光らせておけ。リュカがなにかおかしな動きをすれば、お前が止めるんだ。
それは上官の命令のように。
――ありぇねぇって。リュカが裏切るなど。
――……だといいがな。
……それ以来、それとなくリュカの動向は窺っていた。
リュカはユウナに頻繁に会いに来れないほど、多くの会議をしているわけではない。会議だと言いつつ、ユウナを避けるようにどこに出かけているフシがある。
ただ、その放浪癖は昔からのもので、ここからそんなに遠くないところに出かけているのかすぐ戻ってくるので、それにサクは気づきながらもリュカに問いただそうともせず、ユウナにも黙っていた。
リュカにはリュカの考えがあり、ユウナを悲しませることは絶対しないとリュカを信じ続ければこそ、リュカの行動を疑うような真似は、この友情にかけて見せたくなかったのだ。
祠官が部屋に籠ってなにかをしているのは確かだ。
術の強化のためかどうかは、サクには推し量れない。
祠官についてわかることと言えば、リュカ同様、昔ほど頻繁にユウナに会おうとしていないこと。あれだけ子煩悩だった祠官だというのに。
数日前。一度、リュカの横の祠官の姿を遠目で見た。
目が血走ったような、病的なものを感じて思わずぞっとした。
だが特に体が悪いようでもなく、むしろ以前よりもしゃんしゃんと歩いており、リュカばかりを傍に置くことの理由に紐付けせずにいたのだった。
そんな中、祠官命令でハン不在が多くなったこの玄武殿。自分とリュカの提言で、四国一番の強固な護りに固められたこの屋敷の中において、すべてがリュカの意志ひとつで動くようになっている。
ハン同様、サクもなにか不穏な空気は感じ取っていた。
どこをどうとは言えない。
リュカはいまだ自分を護ろうと、友情を示していることもわかる。
だがなにか――。
リュカは自分達に言えぬものを抱えているような気がするのだ。
それは今、笑顔のリュカの影に顕著に感じられる。
そんなことをサクが思っている時、不意に忙しい靴音がして、ユウナの部屋の扉が叩かれる音がして開いた。
かしこまって控えていた女官が、ユウナに言った。
「ハン様が戻られました。そして祠官がお嬢様とリュカ様、そしてサク様をお連れするようにと」
「祠官が……?」
リュカが怪訝な面持ちとなる。
「久々にお父様に会えるのね!」
手を上げて喜ぶユウナ。
サクは、リュカの翳った顔を訝しげに見つめながら、この呼び出しに、なにかの不吉な予感を感じずにはいられなかった。
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