16 / 53
第1章 追憶
終焉、そして 7.
しおりを挟む彼が背負う凶々しい赤い満月が、その男の邪さを強めていく。
邪悪さによって煌めき立つ、真性の魔性を秘めているともいえた。
「リュカ。常日頃より、非情になれと余は言ってたろう?」
リュカとは以前から面識があるのだということを匂わせ、金髪の男は嘲るように言う。
「なぜ、なぜここに……」
「お前がさっさと終わらせてこないからだ。余が進捗を見に来たのはいけないことだったのか?」
「い、いえ……」
「こいつか……、リュカ。こいつにお前は」
リュカの目に怯えのような動揺が走り、途端にかしこまったのを見たサクは、リュカに威圧的に接する不遜な男に殺気を飛ばした。
「なんだ? このうるさき蠅は」
だが男はものともせず、逆に一瞥だけで軽く弾き飛ばしてくる。
強い……、などというものではない。
相手の力量が推し量れぬのは、相手の力が未知数すぎるからだ。
人を超越した存在。だからこその、魔に穢れし予言の凶々しい者。
赤き月が誘う存在は、金と銀ふたりだったのか。
そして銀を従える、圧倒的な力を秘めているだろう金色。
金は光輝き、ただそこにあるだけで、すべての色を支配しようとする。
こいつは厄介すぎると、サクの額から冷や汗が垂れた。
最強の武神将である父とて、玄武の力を出しても互角に行けるかどうかわからない。ましてや自分は、玄武の力など使えぬ、ただの黒陵国の隊長だ。
「リュカ。お前が受けた屈辱忘れてはいまいな? お前はなんのために十三年、耐え忍んできたのだ。こやつの言葉に揺れるというのなら、余はお前の心を鍛えねばならぬ」
「ゲイ陛下!?」
リュカが金髪の男をゲイと呼んだ瞬間、サクの体が後方に吹き飛ばされて、壁に激突した。
「サク!?」
駆けつけようとしたユウナは、途端に体を微塵にも動かすことが出来なくなった。
「お前が出来ぬことを見本として見せてやろう。まずは、右腕」
窓から降り立ったゲイが残忍な笑いを浮かべた瞬間、サクの骨がばきっと豪快に折れる音がして、サクが長い悲鳴を上げた。
「おやめ下さい、ゲイ陛下!!」
リュカが金髪の男の前に、片膝をついて傅く。
「命乞いなど、軟弱な者がするものよ。左足」
ばきっ。
「ぐがあああああ」
再び遠隔の力が向けられ、サクの口から絞るような声が上がる。
「陛下、この者は陛下のお手を煩わすには値しませぬ。それならば私に」
「リュカ。お前の魂胆はわかっておる。それを見逃す余ではあらぬわ。……それ、左腕」
ばきっ。
「サク、サク――っ、いやぁぁぁぁぁぁ!!」
「なんともたわいない。……飽きたわ。もう使いものにならぬのなら、ここで一気に……」
ばきばきと連続的に凄惨な音がして、サクの絶叫が響く。
サクが血に染まっていく。
「やめて、やめて、やめてぇぇぇぇっ!! あたしが、あたしが代わりになんでもするから。だからサクを助けて、サクを、サクを――っ!!」
ユウナは動けないながら、声を張り上げた。
「サクを助けてぇぇぇぇぇぇっ!!」
「……ほう、なんでもする、と?」
ゲイの顔が、邪悪な光に満ちた。
「ならば――黒陵の姫よ。余を裏切りし憎き女の末裔よ。玄武の祠官が隠せし、玄武の鍵を余に捧げよ」
「玄武の鍵?」
ユウナは訝り、リュカの目が見開かれた。
「この世のどんな願いでも叶える、女神ジョウガの封じた箱を開ける、玄武、白虎、青龍、朱雀……四つの鍵のうちのひとつ」
「恐れながら陛下」
遮るように声をあげたリュカに、冷ややかな声が返る。
「……リュカ、口出しするのなら、どちらかを殺そう。サクと呼ばれる者か、ユウナと呼ばれる者か。お前に選ばせてやる。もしも答えぬようなら、ふたり共だ」
「――っ!!」
「鍵ってなに!? あたし知らないわ」
「代々の祠官は、それぞれ外からわからぬところに鍵を隠してきた。それをリュカが十三年かけてようやく、祠官から聞き出した。玄武の鍵は……お前の純潔だ」
「純潔……?」
「鍵と言っても鍵の形をしているとは限らぬ。黒陵においては、たまたまそれが姫の処女であったということなだけ。無論、姫を襲う暴漢対策に護衛を置き、なおかつ祠官は自らの命を媒介にして隠匿してきた。祠官の命があれば鍵はどこにでも移動出来たものが、祠官が死んだことにより……鍵は姫の胎内に残ったまま」
金糸のような長い黄金色の髪が、妖しくさざめいた。
「予定ではリュカが鍵を取り出すはずだったが、こうももたつく仕置きに、余が代わってお前の純潔を散らそう。余の剛直に貫かれて女になること、光栄に思うが良い」
嗜虐的な光湛えた黄金色の瞳が、愉快そうに細められる。
「しばらく女を抱くことすら叶わなかった。余の濃厚な精を浴び、悦楽の果てにて鍵を与えよ」
じりと近寄る男に、ユウナは本能的な声をあげた。
それは雌としての危機感。この場で公開的に身を穢される恐怖に全身がぶるぶる震える。
「ゲイ陛下!」
「……めろよ、姫様に手出しすんじゃねぇ……よ」
ユウナの全身から血の気が引き、あまりの恐怖に心臓の音だけがけたたましすぎて、もう誰の声も届かない。なにも考えられない。
だけどひとつ、今の状況でわかることがあるとすれば。
不条理な要求を飲まねば――、
「姫様に触れることは……許さ……っ、ぐはっ!!」
「うるさい。……これで四肢の骨は砕いた。あと残るは胴と臓物のみ」
サクが死ぬということだけ。
自分のせいで、また自分の前で、大好きな者が死んでしまうということだけ。
それだけは嫌だ。それだけは。
――姫様、うるせぇですよ!
サクだけは。絶対サクだけは生きて逃がしたい。
そのためにたとえこの身がどうなろうとも。
ユウナは怯えたその目に父の骸を映した後、諦観の色を浮かべ……そして覚悟を決めた。
「約束して頂戴。あたしが体を捧げれば、サクは助けてくれるのね?」
「ああ」
「本当ね!? 本当にサクの命を保障するのね!?」
「この赤き満月に誓おう。もっとも……今の状況でどれだけ長らえるか、わからないがな」
サクなら、絶対回復する。
もしかするとハンが駆けつけてくるかもしれない。
玄武の祠官たる父が死んだことで、武神将たるハンの力に幾らか影響はあるとしても、それでもハンは息子を絶対死なせない。助けられるだけの力がある。
絶望の現状に、微かに見えた未来への期待。
「いいわ。早く終わらせて」
そう言い切ったユウナから、袂に入れていた小刀が勝手に動いて後ろの壁に突き刺さる。
これでユウナには武器はなくなり、完全丸腰になってしまった。
それでもユウナは気丈に、毅然と金色に包まれたゲイを見据えた。
体は屈しても、心は屈しないという、せめてもの抵抗の表れだった。
「馬鹿か、姫様っ!! 俺のこと……なんてどうでもいいんだよ、聞くな、聞くんじゃ……ぐっ、ねぇぞ!? リュカ、姫様を……っ、護れ――っ!!」
声を出すのもやっとの激痛の中、サクは大声を張り上げ、動かぬ四肢を懸命に動かそうとしている。
「俺の代わりに、リュカ――っ!!」
「いいの、もういいのよ、サクっ!!」
ユウナの緊縛は解けた。
目の前には金髪の男が居る。
その後ろには、傅いたまま動かないリュカが見える。
「姫様を穢すくらいなら、俺は――っ!!」
「……舌など噛み切らせぬわ。お前は黙って、そこから見ていろ。お前が護衛している姫が蹂躙される様を。お前の無力さを嘆け」
サクの体は大の字に拡げられるようにして垂直に立たせられ、宙に浮いた。
サクの口は動くが、その声は響かない。
ただサクの耳に、周囲の音が届くのみ――。
動くことが出来ず、声すら上げることも出来ないサクは、それでも叫び続けていた。……誰の耳にも届きはしない、命の叫びを。
これから始まろうとしている狂宴は、それだけには留まらなかった。
「そうだ、リュカ。許婚の終焉を飾るがよい」
「……え?」
蒼白な顔色のリュカの顔が上げられた。
「許婚として、愛しき姫が果てる様を、見届けるがよい。前に立て」
ユウナが犯される様を、見届けよと言われたリュカの目が見開かれる。
「拒否をするのなら、この姫を引き裂いてもよいのだぞ? それとも、あの死に損ないがいいか?」
「――っ!?」
「リュカ、従って。サクは殺させはしない。お父様のようにはさせはしない。サクだけは、あたしが救ってみせる!」
「なかなかに潔い。これはどんな啼き声が聞こえるのか愉しみだわ」
金に彩られた男は笑いながら言った。
「では……宴を始めようか」
その言葉が、狂宴の合図だった――。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる