吼える月Ⅰ~玄武の章~

奏多

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第1章 追憶

 終焉、そして 7.

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 彼が背負う凶々しい赤い満月が、その男の邪さを強めていく。
 邪悪さによって煌めき立つ、真性の魔性を秘めているともいえた。
  
「リュカ。常日頃より、非情になれと余は言ってたろう?」

 リュカとは以前から面識があるのだということを匂わせ、金髪の男は嘲るように言う。

「なぜ、なぜここに……」
「お前がさっさと終わらせてこないからだ。余が進捗を見に来たのはいけないことだったのか?」
「い、いえ……」
「こいつか……、リュカ。こいつにお前は」

 リュカの目に怯えのような動揺が走り、途端にかしこまったのを見たサクは、リュカに威圧的に接する不遜な男に殺気を飛ばした。

「なんだ? このうるさき蠅は」

 だが男はものともせず、逆に一瞥だけで軽く弾き飛ばしてくる。
 強い……、などというものではない。
 相手の力量が推し量れぬのは、相手の力が未知数すぎるからだ。
 人を超越した存在。だからこその、魔に穢れし予言の凶々しい者。
 赤き月が誘う存在は、金と銀ふたりだったのか。
 そして銀を従える、圧倒的な力を秘めているだろう金色。
 金は光輝き、ただそこにあるだけで、すべての色を支配しようとする。

 こいつは厄介すぎると、サクの額から冷や汗が垂れた。
 最強の武神将である父とて、玄武の力を出しても互角に行けるかどうかわからない。ましてや自分は、玄武の力など使えぬ、ただの黒陵国の隊長だ。
  
「リュカ。お前が受けた屈辱忘れてはいまいな? お前はなんのために十三年、耐え忍んできたのだ。こやつの言葉に揺れるというのなら、余はお前の心を鍛えねばならぬ」

「ゲイ陛下!?」

 リュカが金髪の男をゲイと呼んだ瞬間、サクの体が後方に吹き飛ばされて、壁に激突した。

「サク!?」

 駆けつけようとしたユウナは、途端に体を微塵にも動かすことが出来なくなった。

「お前が出来ぬことを見本として見せてやろう。まずは、右腕」

 窓から降り立ったゲイが残忍な笑いを浮かべた瞬間、サクの骨がばきっと豪快に折れる音がして、サクが長い悲鳴を上げた。

「おやめ下さい、ゲイ陛下!!」

 リュカが金髪の男の前に、片膝をついて傅く。

「命乞いなど、軟弱な者がするものよ。左足」

 ばきっ。

「ぐがあああああ」

 再び遠隔の力が向けられ、サクの口から絞るような声が上がる。

「陛下、この者は陛下のお手を煩わすには値しませぬ。それならば私に」
「リュカ。お前の魂胆はわかっておる。それを見逃す余ではあらぬわ。……それ、左腕」

 ばきっ。

「サク、サク――っ、いやぁぁぁぁぁぁ!!」
「なんともたわいない。……飽きたわ。もう使いものにならぬのなら、ここで一気に……」

 ばきばきと連続的に凄惨な音がして、サクの絶叫が響く。
 サクが血に染まっていく。

「やめて、やめて、やめてぇぇぇぇっ!! あたしが、あたしが代わりになんでもするから。だからサクを助けて、サクを、サクを――っ!!」

 ユウナは動けないながら、声を張り上げた。

「サクを助けてぇぇぇぇぇぇっ!!」
「……ほう、なんでもする、と?」

 ゲイの顔が、邪悪な光に満ちた。

「ならば――黒陵の姫よ。余を裏切りし憎き女の末裔よ。玄武の祠官が隠せし、玄武の鍵を余に捧げよ」

「玄武の鍵?」 

 ユウナは訝り、リュカの目が見開かれた。
 
「この世のどんな願いでも叶える、女神ジョウガの封じた箱を開ける、玄武、白虎、青龍、朱雀……四つの鍵のうちのひとつ」
「恐れながら陛下」

 遮るように声をあげたリュカに、冷ややかな声が返る。

「……リュカ、口出しするのなら、どちらかを殺そう。サクと呼ばれる者か、ユウナと呼ばれる者か。お前に選ばせてやる。もしも答えぬようなら、ふたり共だ」
「――っ!!」
「鍵ってなに!? あたし知らないわ」
「代々の祠官は、それぞれ外からわからぬところに鍵を隠してきた。それをリュカが十三年かけてようやく、祠官から聞き出した。玄武の鍵は……お前の純潔だ」
「純潔……?」
「鍵と言っても鍵の形をしているとは限らぬ。黒陵においては、たまたまそれが姫の処女であったということなだけ。無論、姫を襲う暴漢対策に護衛を置き、なおかつ祠官は自らの命を媒介にして隠匿してきた。祠官の命があれば鍵はどこにでも移動出来たものが、祠官が死んだことにより……鍵は姫の胎内に残ったまま」

 金糸のような長い黄金色の髪が、妖しくさざめいた。

「予定ではリュカが鍵を取り出すはずだったが、こうももたつく仕置きに、余が代わってお前の純潔を散らそう。余の剛直に貫かれて女になること、光栄に思うが良い」

 嗜虐的な光湛えた黄金色の瞳が、愉快そうに細められる。

「しばらく女を抱くことすら叶わなかった。余の濃厚な精を浴び、悦楽の果てにて鍵を与えよ」

 じりと近寄る男に、ユウナは本能的な声をあげた。
 それは雌としての危機感。この場で公開的に身を穢される恐怖に全身がぶるぶる震える。

「ゲイ陛下!」
「……めろよ、姫様に手出しすんじゃねぇ……よ」

 ユウナの全身から血の気が引き、あまりの恐怖に心臓の音だけがけたたましすぎて、もう誰の声も届かない。なにも考えられない。
 だけどひとつ、今の状況でわかることがあるとすれば。
 不条理な要求を飲まねば――、

「姫様に触れることは……許さ……っ、ぐはっ!!」
「うるさい。……これで四肢の骨は砕いた。あと残るは胴と臓物のみ」

 サクが死ぬということだけ。
 自分のせいで、また自分の前で、大好きな者が死んでしまうということだけ。
 それだけは嫌だ。それだけは。
――姫様、うるせぇですよ!
 サクだけは。絶対サクだけは生きて逃がしたい。
 そのためにたとえこの身がどうなろうとも。
 ユウナは怯えたその目に父の骸を映した後、諦観の色を浮かべ……そして覚悟を決めた。

「約束して頂戴。あたしが体を捧げれば、サクは助けてくれるのね?」
「ああ」
「本当ね!? 本当にサクの命を保障するのね!?」
「この赤き満月に誓おう。もっとも……今の状況でどれだけ長らえるか、わからないがな」

 サクなら、絶対回復する。
 もしかするとハンが駆けつけてくるかもしれない。
 玄武の祠官たる父が死んだことで、武神将たるハンの力に幾らか影響はあるとしても、それでもハンは息子を絶対死なせない。助けられるだけの力がある。
 絶望の現状に、微かに見えた未来への期待。

「いいわ。早く終わらせて」

 そう言い切ったユウナから、袂に入れていた小刀が勝手に動いて後ろの壁に突き刺さる。
 これでユウナには武器はなくなり、完全丸腰になってしまった。
 それでもユウナは気丈に、毅然と金色に包まれたゲイを見据えた。
 体は屈しても、心は屈しないという、せめてもの抵抗の表れだった。

「馬鹿か、姫様っ!! 俺のこと……なんてどうでもいいんだよ、聞くな、聞くんじゃ……ぐっ、ねぇぞ!? リュカ、姫様を……っ、護れ――っ!!」

 声を出すのもやっとの激痛の中、サクは大声を張り上げ、動かぬ四肢を懸命に動かそうとしている。

「俺の代わりに、リュカ――っ!!」
「いいの、もういいのよ、サクっ!!」

 ユウナの緊縛は解けた。
 目の前には金髪の男が居る。
 その後ろには、傅いたまま動かないリュカが見える。
  
「姫様を穢すくらいなら、俺は――っ!!」
「……舌など噛み切らせぬわ。お前は黙って、そこから見ていろ。お前が護衛している姫が蹂躙される様を。お前の無力さを嘆け」

 サクの体は大の字に拡げられるようにして垂直に立たせられ、宙に浮いた。
 サクの口は動くが、その声は響かない。
 ただサクの耳に、周囲の音が届くのみ――。

 動くことが出来ず、声すら上げることも出来ないサクは、それでも叫び続けていた。……誰の耳にも届きはしない、命の叫びを。
 
 これから始まろうとしている狂宴は、それだけには留まらなかった。

「そうだ、リュカ。許婚の終焉を飾るがよい」
「……え?」
 
 蒼白な顔色のリュカの顔が上げられた。

「許婚として、愛しき姫が果てる様を、見届けるがよい。前に立て」

 ユウナが犯される様を、見届けよと言われたリュカの目が見開かれる。
 
「拒否をするのなら、この姫を引き裂いてもよいのだぞ? それとも、あの死に損ないがいいか?」
「――っ!?」
「リュカ、従って。サクは殺させはしない。お父様のようにはさせはしない。サクだけは、あたしが救ってみせる!」
「なかなかに潔い。これはどんな啼き声が聞こえるのか愉しみだわ」

 金に彩られた男は笑いながら言った。

「では……宴を始めようか」

 その言葉が、狂宴の合図だった――。
 
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