吼える月Ⅰ~玄武の章~

奏多

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第1章 追憶

 砕かれたもの 1.

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 妖気にも似た、赤い光が窓から差し込まれる。
 真紅の月を反射したかのような、床に拡がる血の染み。
 その中央に横たわるのは、ユウナを可愛がった父の骸だ。
 その場を舞台に選び狂った宴の開幕を告げたのは、凶々しい金色であり、その目に宿すのは、嗜虐的な支配者の艶だった。
 ……だが銀色は動かない。

「リュカ……。……よく見ていよ」

 リュカは動かない――。
 金色に急かされても、その顔は強張ったまま。
 まるで溶融できぬ氷の彫刻のようだ。
 纏う空気は煌びやかなれど、その瞳は澱んでいる。
 その澱みを拡げるように、さらになすりつけるように、金色は誘惑のように優しい声音をリュカにかける。

「お前はいつでも、その姫を蹂躙したかったのだろう? その姫の潤った熱い蜜壷で、あの可愛らしい声を奏でるあの口で……果てることを夢見ていたのだろう……?」
「違……っ、僕は――っ!!」

 リュカの氷の仮面が皹割れ、隠しきれない動揺が顔に拡がった。

「お前が今宵に向けて色気づいたのは……鍵を奪うという理由だけではあるまい。どんな名目であれ、この女をようやく抱けると思ったからだろう? だが……お前が長らく、その邪な欲を余に隠していたのは気に入らぬ。いっそこの姫を、余の性奴としてやろうか」
「違う、違う、違いますっ!! 僕は、僕はユウナのことなんて……」
「ならば、その目でよく見ていよ。この女が、余に貫かれる様を」

 金の男……ゲイは、後ろからユウナの服の衿を、ぐいと左右に開いた。

「きゃっ!!」

 ユウナは思わず露わになった胸を両手で隠そうとしたが、ゲイはそれを許さなかった。ユウナの両手首はゲイの片手に取られ、頭上にて固定される。
 今まで異性に見せたことのなかった柔らかな双丘が、外気にさらされた。
 ユウナは、熱視線を胸に感じ、羞恥に身を捩った。
 ゲイと……そしてリュカからの――。
 そして恐らくこの角度なら、サクからも見られているだろう。

「ふふ……。この姫、お前に抱かれるために下着をつけず、よき臭いと滑らかな肌を磨き上げて、お前に触れられるのを待っていたらしいぞ? なんと健気な」

 その金色の瞳は、身を固まらせているリュカを捕えたまま、身じろぎするユウナの首筋に、蛇のように長く赤い舌を這わせた。

「………っ」

 ユウナは羞恥に顔を紅く染め、漏れ出る声を押し殺し、代わりに引き攣った息をした。そうした仕草こそ、男の嗜虐的な情欲を煽るとも知らずに。

「まこと、甘露のように甘い肌だ。これならリュカも喜んだだろう」

 ざらついた舌の感触に、ざわざわとユウナの肌がさざめく。
 それはおぞましい感覚であるのに、それで終わらせないその舌の動きは絶妙で、そこから生じるじんわりとした熱に、思わずユウナの心悸が昂ぶっていく。
 未知なる感覚に戸惑っている間に、ゲイの片手は豊かに実った白い乳房に伸ばされ、強く弱く揉みしだいていく。

「……っ、んっ……ぁ……」

 その巧みな動きに甘い痺れは強まり、肌が粟立ち、息が乱れてくる。口から漏れるのが、甘さを含んだ吐息と変わるまでに、さほどの時間も必要としなかった。

「なぁ、リュカ。お前の許婚の乳房は、なかなかに柔らかで、吸い付くような触り心地がいい。生娘のくせに、揉めば揉むほどに紅く色づくこの肌が、なんとも艶めかしいではないか」

 ゲイの手がユウナの胸の頂きの紅い蕾をきゅっと抓ると、ひくりとユウナの体が反応する。

「ふふふ、こんなに尖って可愛さを増したぞ、姫よ。もっともっと大きくしてやろうぞ?」
「……ぁっ……」

 指の腹でこりこりと強く捏ねられ、思わずユウナは声を上げ身を仰け反らせて、身悶える。
 リュカの目の前で。
 サクの目の前で。
 嫌だと思うのに、逃れたいと思うのに。
 男を知らない無垢な体に、男の慣れた手淫は巧み過ぎた。
 ユウナが初めて感じる、びりびりとした甘い痺れを引き出し、ユウナの理性を奪おうと翻弄する。

「さぁよく見ろ、リュカ。お前がなんとも思っていない女なら、見れるはずだ。見れないというのなら、今ここで……そうだな。お前の持つその小剣を、この姫の蜜壷の奥深くに差し込んでもいいんだぞ? 抽送のように何度も何度も激しく、深く!!」

 仄かに上気した、ユウナの顔。
 とろりとした黒曜石の瞳。
 半開きになった桜貝のような唇。
 艶めき始めた美しい女の顔は、リュカが視線を外そうとする以前に、既に彼を魅縛していた。
 リュカの眼差しは、ユウナに向けられたまま。戸惑いと苦渋に揺れていたはずのその目は、次第に熱を孕んで濡れて行く。
 そこには当初見せていた凍気などまるでなく、灼熱だけが渦巻いていた。
 変わりゆく男の眼差し。ユウナが苦手としていたリュカの男としての顔に、ユウナは僅かに残る理性が反応した。

「見ないで……あたしを見ないで……っ!!」

 羞恥、屈辱――。
 こんな、はしたない姿を見せたくないのに。
 それでも心と裏腹に、体は反応し始める。見られていると思えば、ますます熱くなる、淫らな体。
 浅ましい女の性は、サクを傷つける残虐な男に従順で。男の手の動きひとつでどうにでもなる、そんなひ弱で脆弱な存在だということを思い知らせる。
 ……ユウナは片目から一筋涙をこぼした。

「やだ……」

 口から自然と漏れたのは、体に抵抗する心の悲鳴――。
 
「やだ? サクとやらが死んでもいいのか?」

 途端、ユウナの黒い瞳からすっと光が消え、ユウナから抵抗するすべての力は失われた。
 理性が邪魔だ。
 理性がサクの命を脅かすのだというのなら、理性などなくしてしまおう。
 ただなされるがまま、ただの傀儡のように、この男を満足させて、この狂宴を早く終わらせよう……。それだけが、自分に許された道なのだと……彼女は悟ったのだった。
 
「早く……終わらせて……」

 涙が混ざったような、か細い声が漏れる。

 サクを見たい。
 だけど見たくない。
 きっとこんな痴態をさらす自分を、侮蔑の眼差しで見ているだろうから。
 サクを苦しめる男に身悶える女など、もうサクは見向きもしないだろうから。
 それでも信じて欲しい。サクを救いたいのは、変わらぬ真実なのだと。
 どんな姿になりはてても、その心だけは守り抜くから。
 多分、これがサクに出来る最後のこと。
 今までありがとう。
 大好きだった。
 ずっと一緒にいたかった。
 ハン、どうか少しでも早くサクを助けにきて。
 きっとその時はもう、あたしはこの世にはいないだろうけれど。

 虚ろな顔のユウナの目は、リュカが手にしたままの小剣に注がれる。
 
 そして――
 ユウナの顔に一瞬だけ生気が宿り、リュカをまっすぐに見た。
 もしも今夜、離れと本殿を結ぶ鍵を外さなかったら、今頃リュカとの関係はどうなっていただろう。
 今夜誰も死ぬことがなく、明日自分はリュカとの初夜を笑顔で迎えていたのだろうか。
 ありもしないもしも話を、ぼんやりとユウナは考えた。

 もしも今日、リュカに抱かれる覚悟をしなかったら。
 もしも一年前、リュカを夫に選ばなかったら。
 もしも十三年前、リュカを助けなかったら。
 もしもリュカという男に、深入りしていなかったのなら。

 既に予言されていたこの凶事は、きっと起きることはなかったのだ。
 運命という必然的事象ではなく、ただの取り越し苦労だったと笑って終わったはずなのだ。
 すべては己の私情が契機となった、人災だ――。

 リュカに利用されていることも知らず、裏切りを知って、彼の憎悪を知って。
 それでもまだサクと変わらぬ友情を信じ、これはリュカの意志ではないと……極限の努力で、たとえ時間がかかろうともリュカを許そうとも思った。
 だがその結果、サクは四肢を砕かれた。
 そして今、自分は凌辱という形にて、倭陵を滅ぼす道具を不届き者に与えようとしている。自分の認識の甘さが、臣下を父を殺しただけではなく、黒陵を滅ぼし倭陵を危機に陥れるのだ。
 許せないのは、自分自身。
 自分が、リュカという危険の種を大事に育て上げてきたのだ。
 そうユウナが歯ぎしりをした時だった。

「尻を上げよ」

 そんな上擦った声と共に、獣のような四つん這いの格好させられ、高く持ち上げられた臀部の裾が捲られる。

 ユウナが、凌辱の意味を本能的に理解すると同時に――

「――っ!?」

 熱く固いものが、下着の横から激痛を伴って胎内を貫いた。

「っ……。さすがにこれはキツい。ふんっ……」

 まだ未開の狭道を、容赦なく抉るように一気に押し開く。

「う……がっ……」

 ユウナの視界に、赤い火花が飛ぶ。
 あまりの痛さに身を縮めれば縮めるほどに、激痛の衝撃は凄まじく。

「おぅ……締まる。お前の中は、熱く絡みついて……いいぞ?」

 潤いが足りない膣内で粘膜と粘膜が激しく擦れ合う音がする。ゲイから高揚の声が上がり、ユウナは涙の滲んだ目で必死に込み上げる悲鳴を堪えた。

 リュカはそんなユウナから目をそらし、ただじっと……、窓から見える赤い月を眺めていた。
 その顔に感情を出すことなく。
 
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