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聖銀の槍(3)
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アーベル男爵は領主である。正確にはこの一帯を治める伯爵から、いくつかの寒村の統治をまかされた代官であるが、無知な村人達には、その違いなど分かりはしないと高をくくっていた。
上司に当たる伯爵は魔神大戦に部下を率いて従軍し、とてもアーベルが統治する寒村にまで注意が回らない。そのせいでアーベルは、寒村の中ではまるで神のようにふるまえたし、実際そうしてきた。
今日も昼過ぎから、忠実な部下たちと親睦を深め、少々酒の勢いもあってか、明日から我がものとなる新しいメイドの顔を見にその生家まで足を運んだ。そこで多少不愉快な出来事もあったが、冴えた余興を思いつき、これからという時だったのに。
入口にたたずむ騎士が二人。
その略式隊章は赤に銀。
この国の騎士団はそれぞれに意匠を凝らした隊章を持ってはいるが、略式のそれは一色から成ると法により定められていた。
そもそも略式隊章は、実戦時に隊を識別するため使用する、装備に飾る隊の証であるが、胸甲のみを着用する魔道騎士と、馬まで鎧で覆う重装騎兵では装備の形自体が異なる。
隊の目印となる略式隊章も軽騎兵では騎士服に、重装騎兵では鎧にと、着ける装備も位置も違うから、隊章まで複雑では、戦場でとても識別出来ない。
その為、略式隊章はそれぞれの騎士団の意匠をもとに、所属する中隊までが分かるよう、工夫に工夫が重ねられた正式の騎士隊章とは異なり、味もそっけもない一色から成ると定められていた。
それが、二色。
二色の略式隊章が許された騎士団は、大陸にその名を知られた王国といえども一つだけ。
大戦末期、王国の西の都と呼ばれる穀倉都市ヘッセンを赤竜が襲った。神の祝福を受けた勇者はすでに魔神の城に近く、魔獣の一種ではあるが、災害とほぼ同義の竜に、人の力で抗う等不可能と思えた。
たとえ魔神を打ち取っても、ヘッセンとその周辺のライ麦畑が焦土とかせば、その後に襲い来るのは魔獣よりも恐ろしい、飢え。国の宰相達は魔神の人に対する憎しみの深さに怯え、神に祈った。
「聖銀の槍の団」
当時「銀の団」と名乗っていたその騎士団は、ヘッセンから程近いブレムザー城に駐留し、王国の北西部一帯の魔獣から人の暮らしを守っていた。
確かに勇者一行は、神の導きにより、魔神を打ち取るべく旅を進めてはいたが、とても全ての街を魔獣の脅威から守れる訳もない。また、勇者に祝福を授けたアルフォルズは、勇者意外の人間にほとんど関心がなかった。
余り知られる事も無い多くの場所で、多くの騎士や兵士が、人々の生活と国を守る為戦い、死んでいた。
銀は光輝く聖銀の槍
赤は打ち取られし邪悪な赤竜
多大な犠牲を払いながら「銀の団」が聖銀の槍を赤竜に突き立て、打ち取った。
王はその知らせを受けた時、玉座を立ち上がり、使者を務めた銀の団の騎士に抱擁したと言う。
宰相始め大臣達はその奇跡に驚嘆し、神に感謝を叫んだと言う。
大戦後、赤竜討伐の功より「銀の団」は「聖銀の槍の団」と名を改めるよう王は命じた。王が騎士団の名を付けるなど建国時以来の事で、「聖銀の槍の団」は近衛騎士団に次ぐ格式をもつ事となり、同時に略式隊章は銀一色から赤を穿つ銀に改められた。
国の貴族ではアーベル男爵を含めて知らぬ者はない。ヘッセンの街で騎士団はすでに英雄だと言うが、国が落ち着けば王国の隅々にその偉業が広がるのももはや時間の問題だろう。
その騎士団の騎士が二人。
「これは、騎士殿。お見苦しい所をお見せ致しました。これは当家の使用人に無作法があり、少々たしなめていた所です。」
アーベル男爵が勤めて冷静に話す。「聖銀の槍の団」の騎士たちは騎士学校を卒業した平民出身が多く、爵位を持たない者がほとんどだ。女に手を挙げる所を見られたのは宜しくないが、所詮自分をどうにか出来る訳もない。若い騎士は騎士隊長だろうが、爵位はせいぜい騎士爵だろう。
「それで、騎士殿はわが村に何の御用で?」
アーベル男爵の問いに若い騎士が穏やかに返す。
「この村に住むヘルナ嬢と、その母君。それから代官のアーベル男爵にそれぞれ少々用がありまして…。」
アーベル男爵の薄い頭に全身の血液が集まる。この騎士がヘルナとその母親を尋ねて来たと口にした事など、はなから頭より消えていた。
「アーベル男爵の領地からの収税について疑義が…。」
「だまれ!!だまれ!!だまれ!!」
先ほどまでの冷静な口調はもはや見る影もない。アーベル男爵は激昂し若い騎士に詰め寄る。
「たかが、騎士がなんという無礼を!!貴族の監督は貴族院、もしくはこの領地を治める伯爵様の権限だ!!いやしくも騎士爵風情が踏み込んで良い領域ではないわ!!」
アーベル男爵が手に持った乗馬用の鞭で若い騎士を小突こうとした瞬間。
ポトリ…。
鞭の半分が…落ちた…。
腰の剣の柄に手をかけている事から、年嵩の騎士が抜刀したのだろう。離れて様子を見守っていた、ヘルナ母娘からは勿論、当のアーベル男爵ですら、切られた事に気が付かなかったが。
「それ以上の無礼は許さぬ。」
年嵩の騎士が初めて口を開く。
「たかが男爵風情が軽々しく無礼を働いて良い方ではない。この方はワーレン辺境伯家継嗣。アウグスト・ファン・ワーレン子爵である。」
上司に当たる伯爵は魔神大戦に部下を率いて従軍し、とてもアーベルが統治する寒村にまで注意が回らない。そのせいでアーベルは、寒村の中ではまるで神のようにふるまえたし、実際そうしてきた。
今日も昼過ぎから、忠実な部下たちと親睦を深め、少々酒の勢いもあってか、明日から我がものとなる新しいメイドの顔を見にその生家まで足を運んだ。そこで多少不愉快な出来事もあったが、冴えた余興を思いつき、これからという時だったのに。
入口にたたずむ騎士が二人。
その略式隊章は赤に銀。
この国の騎士団はそれぞれに意匠を凝らした隊章を持ってはいるが、略式のそれは一色から成ると法により定められていた。
そもそも略式隊章は、実戦時に隊を識別するため使用する、装備に飾る隊の証であるが、胸甲のみを着用する魔道騎士と、馬まで鎧で覆う重装騎兵では装備の形自体が異なる。
隊の目印となる略式隊章も軽騎兵では騎士服に、重装騎兵では鎧にと、着ける装備も位置も違うから、隊章まで複雑では、戦場でとても識別出来ない。
その為、略式隊章はそれぞれの騎士団の意匠をもとに、所属する中隊までが分かるよう、工夫に工夫が重ねられた正式の騎士隊章とは異なり、味もそっけもない一色から成ると定められていた。
それが、二色。
二色の略式隊章が許された騎士団は、大陸にその名を知られた王国といえども一つだけ。
大戦末期、王国の西の都と呼ばれる穀倉都市ヘッセンを赤竜が襲った。神の祝福を受けた勇者はすでに魔神の城に近く、魔獣の一種ではあるが、災害とほぼ同義の竜に、人の力で抗う等不可能と思えた。
たとえ魔神を打ち取っても、ヘッセンとその周辺のライ麦畑が焦土とかせば、その後に襲い来るのは魔獣よりも恐ろしい、飢え。国の宰相達は魔神の人に対する憎しみの深さに怯え、神に祈った。
「聖銀の槍の団」
当時「銀の団」と名乗っていたその騎士団は、ヘッセンから程近いブレムザー城に駐留し、王国の北西部一帯の魔獣から人の暮らしを守っていた。
確かに勇者一行は、神の導きにより、魔神を打ち取るべく旅を進めてはいたが、とても全ての街を魔獣の脅威から守れる訳もない。また、勇者に祝福を授けたアルフォルズは、勇者意外の人間にほとんど関心がなかった。
余り知られる事も無い多くの場所で、多くの騎士や兵士が、人々の生活と国を守る為戦い、死んでいた。
銀は光輝く聖銀の槍
赤は打ち取られし邪悪な赤竜
多大な犠牲を払いながら「銀の団」が聖銀の槍を赤竜に突き立て、打ち取った。
王はその知らせを受けた時、玉座を立ち上がり、使者を務めた銀の団の騎士に抱擁したと言う。
宰相始め大臣達はその奇跡に驚嘆し、神に感謝を叫んだと言う。
大戦後、赤竜討伐の功より「銀の団」は「聖銀の槍の団」と名を改めるよう王は命じた。王が騎士団の名を付けるなど建国時以来の事で、「聖銀の槍の団」は近衛騎士団に次ぐ格式をもつ事となり、同時に略式隊章は銀一色から赤を穿つ銀に改められた。
国の貴族ではアーベル男爵を含めて知らぬ者はない。ヘッセンの街で騎士団はすでに英雄だと言うが、国が落ち着けば王国の隅々にその偉業が広がるのももはや時間の問題だろう。
その騎士団の騎士が二人。
「これは、騎士殿。お見苦しい所をお見せ致しました。これは当家の使用人に無作法があり、少々たしなめていた所です。」
アーベル男爵が勤めて冷静に話す。「聖銀の槍の団」の騎士たちは騎士学校を卒業した平民出身が多く、爵位を持たない者がほとんどだ。女に手を挙げる所を見られたのは宜しくないが、所詮自分をどうにか出来る訳もない。若い騎士は騎士隊長だろうが、爵位はせいぜい騎士爵だろう。
「それで、騎士殿はわが村に何の御用で?」
アーベル男爵の問いに若い騎士が穏やかに返す。
「この村に住むヘルナ嬢と、その母君。それから代官のアーベル男爵にそれぞれ少々用がありまして…。」
アーベル男爵の薄い頭に全身の血液が集まる。この騎士がヘルナとその母親を尋ねて来たと口にした事など、はなから頭より消えていた。
「アーベル男爵の領地からの収税について疑義が…。」
「だまれ!!だまれ!!だまれ!!」
先ほどまでの冷静な口調はもはや見る影もない。アーベル男爵は激昂し若い騎士に詰め寄る。
「たかが、騎士がなんという無礼を!!貴族の監督は貴族院、もしくはこの領地を治める伯爵様の権限だ!!いやしくも騎士爵風情が踏み込んで良い領域ではないわ!!」
アーベル男爵が手に持った乗馬用の鞭で若い騎士を小突こうとした瞬間。
ポトリ…。
鞭の半分が…落ちた…。
腰の剣の柄に手をかけている事から、年嵩の騎士が抜刀したのだろう。離れて様子を見守っていた、ヘルナ母娘からは勿論、当のアーベル男爵ですら、切られた事に気が付かなかったが。
「それ以上の無礼は許さぬ。」
年嵩の騎士が初めて口を開く。
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