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聖銀の槍(2)
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ヘルナは薄暗い小さな自分の部屋の窓から、空を眺めていた。
憂えるヘルナの事など知らず、見える夕日は赤々と、心を締め付けるように美しい。
王国の北、大きな森に囲まれるようにあるこの村は、もともと豊かではなかった。村人達が歯を食いしばる様に、日々を手入れに費やす畑は決して広くはなく、それでも魔神大戦前は、森の木の実から作る染料で染めた布地が人々の暮らしを支えていた。しかしそれも、大戦が始まってからは、贅沢品にかける余裕は皆無くなり、綺麗な布も欲しがる人などいなくなった。
その上、男手は戦争に取られ、最低限の畑の手入れも滞り、貧しさに拍車をかけた。
ヘルナの家も例外ではなかった。もともと両親とヘルナの三人で、つつましやかに暮らすのが、精いっぱいの畑しか持たないヘルナの一家であったが、母の染めの技術は素晴らしく、親子で幸せに暮らしていた。
しかし大戦。3年も続いた大戦は、4カ月前に終わったとは言え、ヘルナから全てを奪った。
母の作る美しい布地が、見向きもされなくなった途端、一家は困窮した。真面目だが体が強くなかった父は、無理を重ねたせいで、患った上にあえなく病死。
王国を始め人間達が、最も劣勢に立たされていた時期だから、満足に薬も手に入らなかったが、優しい母は苦しむ父に手をこまねいている事が出来ず、八方手を尽くして薬を手に入れていた。
結果残ったのはヘルナと母にとっては膨大な、僅かな田畑を売り払っても払いきれない借金。深い森の奥にある村の、ヘルナと母の住む古い家には、値段など付かなかった。
ヘルナは19歳、明日売られて行く。
賢王が治めるこの王国では、人身売買はれっきとした犯罪だが、美しいとは言えないまでも、母親に似て、快活で健康的な魅力を持つヘルナに、目を付けた好色な代官が、薬問屋からヘルナ一家の借金を買い取ったのだ。
名目上はメイドとして、住み込みで働きながら借金を返す事となる。ただし、好色な代官が、方々手を廻してまで手に入れたヘルナに、手を付けない等考えられなかった。
代官は一応ながら男爵で、身分制度が随分改善されたこの王国でも、その爵位はそれなりの意味を持つ。この田舎では男爵の館でメイドがどのように扱われようと、助けてくれる人などいないのだ。
それでも、ヘルナは逃げる訳にはいかなかった。強引に借金の返済を迫られれば、畑は勿論、値段の付かなかった古い家でさえ取り上げられてしまう。そうなれば文字通り路頭に迷う。代官に目をつけられた上に、家も田畑も失えば、この田舎では生きて行けない。
ヘルナは空を見ながらミュラーの事を思い出す。
ミュラーは村の外れ、森との境目に住む薬草師の老婆の養い子で、ヘルナより一つ幼かった。小さい村で姉弟のように育ったミュラーは、村の人間にしては線が細く、いつもヘルナが世話を焼いた。
そんなミュラーは意外と芯が強く、その心は時折、槍の穂先のようなまぶしい光を見せる。
戦争が始まる1年ほど前、薬草師の老婆が亡くなった時、そして今から2年半前、僅か16歳で戦争に旅立った時。どちらかと言えば華奢なその姿は、確かに美しく鍛えられた騎士の槍のように、凛とした輝きを放っていた。
「薬草師として従軍するのだから心配しないで。」
困ったように説明するミュラーの前で、ヘルナは初めて声をあげて泣いた。物ごころつく前から老婆に仕込まれたという、ミュラーの薬草師の腕は、村では評判となる程のものだったけれど、自ら従軍するなど寝耳に水だ。どうして従軍するのかと、詰るように聞いたヘルナの前で、ミュラーは半分泣いたような笑顔を向けるだけだった。
「必ず手紙を書くよ。」
そう言って、出征するミュラーにヘルナが出来たのは、小さなハンカチを渡す事。
大戦が始まる前、ヘルナの母が染めたとびきり美しい布地に、泣きながらヘルナがメーヴェの刺繍を入れた。メーヴェは渡り鳥、この鳥は毎年同じ場所に戻るから、あなたも必ず帰って来てと祈りを込めて。
最初の半年は少ないながらもミュラーから手紙が届いた。
村に来る、軍郵便局の配達人に直接託せば、出征中の軍人には無料で手紙が出せたから、ヘルナもせっせと手紙を書いた。だがそれも大戦が劣勢になるにつれ、返事は遅れがちになり、遂には全く無くなった。
それでもヘルナは2か月に一度やってくる行商人の丁稚を泣き落し、来なくなった配達人の代わりに手紙を街の軍郵便局へ届けてくれるよう、押しつけるように託しているが、それに意味があるのかヘルナにも分からない。
文字通り全員が狂った魔獣の餌食となった、そんな部隊もあると聞く。そうなってしまっては戦死したかどうかさえ、曖昧のまま終わってしまう。
ミュラーが出征の朝、母に渡した袋の中に、従軍の支度金がそのまま入っているのを見たときは、母と二人で一晩中泣いた。
「ヘルナ、何を見ているの?」
ヘルナの母が声をかける。大戦前その容貌には輝くような明るさがあったが、夫を失い、明日娘を失う母は、経験した辛い思い出が身体全体に刻み込まれているようになった。
「何でもないわ、母さん。」
ヘルナは勤めて明るく返事をする。
「明日からの男爵様の邸宅での豪勢な暮らしを考えてただけよ。やっと美味しいものがおなか一杯食べられて、綺麗な服も着れるのだから。」
ヘルナはわざと茶化して答えたが、母は曖昧に笑って答えない。
この三年二人で本当良く泣いた。魔神と言う災厄のためとは言え、疲れ果てたヘルナも母も、もう流す涙は残っていない。
その時、ヘルナ一家の玄関の扉が、ひどく乱暴に打ち叩かれた。空にはうっすらと群青色の光が残っていたが、いくら小さな村の事とはいえ、母娘二人の家を訪ねるには少々時間が遅すぎる。
「一体、どちら様でしょうか?」
二人は顔を見合せながら、玄関に向かい、尋ねる。
尋ねる声に少々怯えの色が入った事は無理もない。大戦による各国の乱れを反映し、野盗の数も増えた。
「さっさと扉を開けろ、バカ者が!!領主アーベル男爵の御訪問だ!!」
ヘルナと母は顔を見合わせる。返って来た声は乱暴で、ひどく酔っている。しかし、扉を開かない訳にはいかない。何とか穏便に引き取ってもらえるよう祈る気持ちで閂をはずす。
「汚い家だ、それに迎え入れるのに一体、何時間かかっている!!この無能どもが!!」
はき捨てる様な台詞と、6人の取り巻きと共に入ってきたアーベル男爵は、やはりひどく酔っている。取り巻き達にも少々酒の色が見えるが、護衛も兼ねている為か主人ほど酩酊している者はいない。
「何の御用でしょう、領主さま。ヘルナがお世話になるのは明日からだと存じておりますが?」
ヘルナの母が勤めて穏やかに問う。決して広くない、食卓がおかれただけの食堂に、ヘルナと母を含めて9人。男たちの体臭、酒の臭い、そして領主の身につける香水が混じり合い、居間の空気は耐えがたい。その悪臭は、貧しい村の現状をまるで省みず、昼から酒をあおる領主の生活から生まれて来るようだ。
「何、かわいいメイド殿の顔が早く見たくてな、こうして駆けて来たまでの事。我が館で愛でるも良いが、粗末な生家での姿も趣深い。ほれ、ここに座り酌等して見せろ。」
領主は脂と汗が絞り出せるような、ぶよぶよとした自分のふとももをパンパンとたたく。断りもなく食卓の椅子に腰かけてはいるが、小さな椅子からは尻がはみ出し、食べ物のシミが飛んだ華美な衣装が醜悪さに磨きをかける。
「申し訳ありませんが、領主さま。貧乏暮しの我が家では、満足なお酒の用意も出来ません。楽しみは後に取って置いた方が、大きくなると申します。明日は早くにお屋敷に伺いますので、それまで待っては頂け…!?」
実際に領主の尊大な態度を目の前に、娘の今後を思い、蒼白となる母に代わって、似合いもしない軽薄な口調をわざと作ったヘルナが領主に答えた、その瞬間、ヘルナの目の前が白くはぜる。
領主が食卓に置かれたままになっていた、小さなポットをヘルナに投げつけたのだ。
「誰がお前に口を聞けといった!!この貧乏人が!!」
額に衝撃を受け、無意識にしゃがみこむヘルナの髪を、その肥満した身体から想像できない素早さで、領主が掴んで引きずり回す。ヘルナを床に引きずりまわす領主を、取り巻きたちは止めもせず、ただ、にやにやと視線を送る。
「おやめ下さい!!領主さま、ヘルナが死んでしまいます!!」
必死に止めに入ったヘルナの母も、豚の化け物のような領主に力で敵うはずもなく、殴り着けられ突き飛ばされ、さらに乗馬用の鞭で打たれさえした。
「全く持って不愉快だ!!貧乏人どもがわしに口答えするなど持ってのほかだ!!」
ポットが当たりずきずき痛む額、掴んで引きずり回されためひきつるような頭皮を抱え、ヘルナは怒り狂う領主を冷めた目で見ていた。
ああ、こいつは獣だ、私は獣に食い殺されるのだ。
「そうだ、良い事を思いついた!!よくよく見ればこの婆、まだまだ見れた身体をしている。おい、お前たち、ヘルナを手に入れる前祝いだ。この婆を相手して一番よがらせた奴に銀貨1枚くれてやる!!」
その声に取り巻き達が色めき立つ。獣の醜い欲望がヘルナの大事な何かを切り刻む。逃げなさいとヘルナに叫ぶ母の声も何処か遠くから聞こえて来るようだ。それでも止めようと領主ににじり寄るヘルナを取り巻きの一人が抑え着ける。
ヘルナの目から涙はこぼれない。涙の代わりに、まるで心臓にとどめを刺された野鹿のように、生きる力がその心からこぼれ落ちる。
「お取り込み中、失礼。」
決して叫ぶわけでもないのに、よく通る声が扉の方から聞こえた。家の誰もが注目せずにはいられない。
「扉の向こうまで大きな声が聞こえていたもので。」
視線の先には二人の騎士。一人は短い槍を手にしている様だ。槍を手にした一人は若く穏やかで、もう一人はやや年嵩に見える。
母がヘルナに幼いころ語ってくれた、寝物語の主人公のように、入口にたたずむ二人の騎士。
その騎士服に飾られた略式隊章は赤に銀。
憂えるヘルナの事など知らず、見える夕日は赤々と、心を締め付けるように美しい。
王国の北、大きな森に囲まれるようにあるこの村は、もともと豊かではなかった。村人達が歯を食いしばる様に、日々を手入れに費やす畑は決して広くはなく、それでも魔神大戦前は、森の木の実から作る染料で染めた布地が人々の暮らしを支えていた。しかしそれも、大戦が始まってからは、贅沢品にかける余裕は皆無くなり、綺麗な布も欲しがる人などいなくなった。
その上、男手は戦争に取られ、最低限の畑の手入れも滞り、貧しさに拍車をかけた。
ヘルナの家も例外ではなかった。もともと両親とヘルナの三人で、つつましやかに暮らすのが、精いっぱいの畑しか持たないヘルナの一家であったが、母の染めの技術は素晴らしく、親子で幸せに暮らしていた。
しかし大戦。3年も続いた大戦は、4カ月前に終わったとは言え、ヘルナから全てを奪った。
母の作る美しい布地が、見向きもされなくなった途端、一家は困窮した。真面目だが体が強くなかった父は、無理を重ねたせいで、患った上にあえなく病死。
王国を始め人間達が、最も劣勢に立たされていた時期だから、満足に薬も手に入らなかったが、優しい母は苦しむ父に手をこまねいている事が出来ず、八方手を尽くして薬を手に入れていた。
結果残ったのはヘルナと母にとっては膨大な、僅かな田畑を売り払っても払いきれない借金。深い森の奥にある村の、ヘルナと母の住む古い家には、値段など付かなかった。
ヘルナは19歳、明日売られて行く。
賢王が治めるこの王国では、人身売買はれっきとした犯罪だが、美しいとは言えないまでも、母親に似て、快活で健康的な魅力を持つヘルナに、目を付けた好色な代官が、薬問屋からヘルナ一家の借金を買い取ったのだ。
名目上はメイドとして、住み込みで働きながら借金を返す事となる。ただし、好色な代官が、方々手を廻してまで手に入れたヘルナに、手を付けない等考えられなかった。
代官は一応ながら男爵で、身分制度が随分改善されたこの王国でも、その爵位はそれなりの意味を持つ。この田舎では男爵の館でメイドがどのように扱われようと、助けてくれる人などいないのだ。
それでも、ヘルナは逃げる訳にはいかなかった。強引に借金の返済を迫られれば、畑は勿論、値段の付かなかった古い家でさえ取り上げられてしまう。そうなれば文字通り路頭に迷う。代官に目をつけられた上に、家も田畑も失えば、この田舎では生きて行けない。
ヘルナは空を見ながらミュラーの事を思い出す。
ミュラーは村の外れ、森との境目に住む薬草師の老婆の養い子で、ヘルナより一つ幼かった。小さい村で姉弟のように育ったミュラーは、村の人間にしては線が細く、いつもヘルナが世話を焼いた。
そんなミュラーは意外と芯が強く、その心は時折、槍の穂先のようなまぶしい光を見せる。
戦争が始まる1年ほど前、薬草師の老婆が亡くなった時、そして今から2年半前、僅か16歳で戦争に旅立った時。どちらかと言えば華奢なその姿は、確かに美しく鍛えられた騎士の槍のように、凛とした輝きを放っていた。
「薬草師として従軍するのだから心配しないで。」
困ったように説明するミュラーの前で、ヘルナは初めて声をあげて泣いた。物ごころつく前から老婆に仕込まれたという、ミュラーの薬草師の腕は、村では評判となる程のものだったけれど、自ら従軍するなど寝耳に水だ。どうして従軍するのかと、詰るように聞いたヘルナの前で、ミュラーは半分泣いたような笑顔を向けるだけだった。
「必ず手紙を書くよ。」
そう言って、出征するミュラーにヘルナが出来たのは、小さなハンカチを渡す事。
大戦が始まる前、ヘルナの母が染めたとびきり美しい布地に、泣きながらヘルナがメーヴェの刺繍を入れた。メーヴェは渡り鳥、この鳥は毎年同じ場所に戻るから、あなたも必ず帰って来てと祈りを込めて。
最初の半年は少ないながらもミュラーから手紙が届いた。
村に来る、軍郵便局の配達人に直接託せば、出征中の軍人には無料で手紙が出せたから、ヘルナもせっせと手紙を書いた。だがそれも大戦が劣勢になるにつれ、返事は遅れがちになり、遂には全く無くなった。
それでもヘルナは2か月に一度やってくる行商人の丁稚を泣き落し、来なくなった配達人の代わりに手紙を街の軍郵便局へ届けてくれるよう、押しつけるように託しているが、それに意味があるのかヘルナにも分からない。
文字通り全員が狂った魔獣の餌食となった、そんな部隊もあると聞く。そうなってしまっては戦死したかどうかさえ、曖昧のまま終わってしまう。
ミュラーが出征の朝、母に渡した袋の中に、従軍の支度金がそのまま入っているのを見たときは、母と二人で一晩中泣いた。
「ヘルナ、何を見ているの?」
ヘルナの母が声をかける。大戦前その容貌には輝くような明るさがあったが、夫を失い、明日娘を失う母は、経験した辛い思い出が身体全体に刻み込まれているようになった。
「何でもないわ、母さん。」
ヘルナは勤めて明るく返事をする。
「明日からの男爵様の邸宅での豪勢な暮らしを考えてただけよ。やっと美味しいものがおなか一杯食べられて、綺麗な服も着れるのだから。」
ヘルナはわざと茶化して答えたが、母は曖昧に笑って答えない。
この三年二人で本当良く泣いた。魔神と言う災厄のためとは言え、疲れ果てたヘルナも母も、もう流す涙は残っていない。
その時、ヘルナ一家の玄関の扉が、ひどく乱暴に打ち叩かれた。空にはうっすらと群青色の光が残っていたが、いくら小さな村の事とはいえ、母娘二人の家を訪ねるには少々時間が遅すぎる。
「一体、どちら様でしょうか?」
二人は顔を見合せながら、玄関に向かい、尋ねる。
尋ねる声に少々怯えの色が入った事は無理もない。大戦による各国の乱れを反映し、野盗の数も増えた。
「さっさと扉を開けろ、バカ者が!!領主アーベル男爵の御訪問だ!!」
ヘルナと母は顔を見合わせる。返って来た声は乱暴で、ひどく酔っている。しかし、扉を開かない訳にはいかない。何とか穏便に引き取ってもらえるよう祈る気持ちで閂をはずす。
「汚い家だ、それに迎え入れるのに一体、何時間かかっている!!この無能どもが!!」
はき捨てる様な台詞と、6人の取り巻きと共に入ってきたアーベル男爵は、やはりひどく酔っている。取り巻き達にも少々酒の色が見えるが、護衛も兼ねている為か主人ほど酩酊している者はいない。
「何の御用でしょう、領主さま。ヘルナがお世話になるのは明日からだと存じておりますが?」
ヘルナの母が勤めて穏やかに問う。決して広くない、食卓がおかれただけの食堂に、ヘルナと母を含めて9人。男たちの体臭、酒の臭い、そして領主の身につける香水が混じり合い、居間の空気は耐えがたい。その悪臭は、貧しい村の現状をまるで省みず、昼から酒をあおる領主の生活から生まれて来るようだ。
「何、かわいいメイド殿の顔が早く見たくてな、こうして駆けて来たまでの事。我が館で愛でるも良いが、粗末な生家での姿も趣深い。ほれ、ここに座り酌等して見せろ。」
領主は脂と汗が絞り出せるような、ぶよぶよとした自分のふとももをパンパンとたたく。断りもなく食卓の椅子に腰かけてはいるが、小さな椅子からは尻がはみ出し、食べ物のシミが飛んだ華美な衣装が醜悪さに磨きをかける。
「申し訳ありませんが、領主さま。貧乏暮しの我が家では、満足なお酒の用意も出来ません。楽しみは後に取って置いた方が、大きくなると申します。明日は早くにお屋敷に伺いますので、それまで待っては頂け…!?」
実際に領主の尊大な態度を目の前に、娘の今後を思い、蒼白となる母に代わって、似合いもしない軽薄な口調をわざと作ったヘルナが領主に答えた、その瞬間、ヘルナの目の前が白くはぜる。
領主が食卓に置かれたままになっていた、小さなポットをヘルナに投げつけたのだ。
「誰がお前に口を聞けといった!!この貧乏人が!!」
額に衝撃を受け、無意識にしゃがみこむヘルナの髪を、その肥満した身体から想像できない素早さで、領主が掴んで引きずり回す。ヘルナを床に引きずりまわす領主を、取り巻きたちは止めもせず、ただ、にやにやと視線を送る。
「おやめ下さい!!領主さま、ヘルナが死んでしまいます!!」
必死に止めに入ったヘルナの母も、豚の化け物のような領主に力で敵うはずもなく、殴り着けられ突き飛ばされ、さらに乗馬用の鞭で打たれさえした。
「全く持って不愉快だ!!貧乏人どもがわしに口答えするなど持ってのほかだ!!」
ポットが当たりずきずき痛む額、掴んで引きずり回されためひきつるような頭皮を抱え、ヘルナは怒り狂う領主を冷めた目で見ていた。
ああ、こいつは獣だ、私は獣に食い殺されるのだ。
「そうだ、良い事を思いついた!!よくよく見ればこの婆、まだまだ見れた身体をしている。おい、お前たち、ヘルナを手に入れる前祝いだ。この婆を相手して一番よがらせた奴に銀貨1枚くれてやる!!」
その声に取り巻き達が色めき立つ。獣の醜い欲望がヘルナの大事な何かを切り刻む。逃げなさいとヘルナに叫ぶ母の声も何処か遠くから聞こえて来るようだ。それでも止めようと領主ににじり寄るヘルナを取り巻きの一人が抑え着ける。
ヘルナの目から涙はこぼれない。涙の代わりに、まるで心臓にとどめを刺された野鹿のように、生きる力がその心からこぼれ落ちる。
「お取り込み中、失礼。」
決して叫ぶわけでもないのに、よく通る声が扉の方から聞こえた。家の誰もが注目せずにはいられない。
「扉の向こうまで大きな声が聞こえていたもので。」
視線の先には二人の騎士。一人は短い槍を手にしている様だ。槍を手にした一人は若く穏やかで、もう一人はやや年嵩に見える。
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