4 / 6
聖銀の槍(4)
しおりを挟む
「聖銀の騎士」アウグスト。近衛騎士団に次ぐ格式をもつ聖銀の槍の団・団長にして、王国北部に広大な領地を持つワーレン辺境伯家の後継。そして何より、王国の危機に際して赤竜の逆鱗に聖銀の槍を突きいれた英雄。
アーベル男爵の先程まで真っ赤になっていた顔は、すでに血の気が失せている。
この男爵は貴族として決しては馬鹿ではない。その為アウグストがこの村に自分を訪ねて来た意味を、この数瞬でほぼ正確に把握していた。上司の伯爵と王国に隠れて行った自分の数々の罪が、貴族院にばれたのだ。その為、貴族院から命令を受けたアウグストが捕縛をしに訪れたのだろう。なぜわざわざ聖銀の騎士が訪れたかは分からないが、今そんな事に気を取られている場合ではない。
館まで逃げなければ…。
アーベル男爵の館は、元は大戦以前に作られた砦で、四方を水堀と塀に囲まれていた。また、古に組まれた守りの加護により、攻め手の魔法も、加護も効果を発揮しづらくなっていた。さらに違法に集めた私財を投じて、数十人の私兵を集めている。
館に逃げ込めば何とかなる。
騎士団を相手に籠城し、勝てるとは決して思わないが、時間は稼げる。その間に館の大陸共通大金貨を持って、隠し通路から脱出すればいい。隣の公国まで逃れれば、大戦後間もないこの時期に、まさか追っては来れないだろう。
アーベル男爵は慎重に間合いを図る。彼の護衛は、年嵩の騎士の剣技を見ても戦意を失ってはおらず、それぞれの獲物に手を掛けている。実力差を見せつけられても、冷静な判断が出来る様な連中では無いのだ。
取り巻きの一人が、持っていた酒瓶を倒した瞬間、アーベル男爵が入り口とは逆の窓に向かって肉だまが弾むように走り出す。年嵩の騎士がそれを見て僅かに動いた様だが、それぞれに剣を握った取り巻き6人が間に入る。
後ろを気にしながら粗末な窓枠に足を掛け、転がりでる。ヘルナの家の裏には、アーベル男爵達の馬がつなぎ止められていて、アーベル男爵は汗を滝のように流しながら自分の馬に乗り、走り出す。騎士たちは取り巻き6人に足止めされているのか、まだ追って来ない。
アーベル男爵を乗せた馬が、息を切らせながら走り続ける。村から館までは、ほんの1マイリ程で、馬ならあっという間に着く。追手の騎士はまだ見えない、これは運よくどちらかに、手傷を負わせる事でも出来たかと考えていると、水堀に囲まれた館が見えた。
「開門!!開門!!跳ね橋を下せ!!」
アーベル男爵は用心深く、常は跳ね橋を上げていた。その跳ね橋が館の主の声に応じて下ろされる。1セクンデが1ウーアにも感じる。
後ろから騎士はまだ来ない。跳ね橋が地面に着く。勝った!!
「ありがとう、跳ね橋を下ろしてくれて。外から攻めるのは少々手間だからね。」
息がかかる程の距離から聞こえた声。
アーベル男爵は、33騎の騎士たちが、下ろされた跳ね橋を渡り領主の館に駆け込む姿を見る事なく、意識を失った。
ヘルナの家の取り巻き達は、年嵩の騎士にアッと言う間に意識を刈り取られた。取り巻き達を含めて誰一人、手傷のおったものさえいない事が、絶対的な技量の差を示してる。
それから僅か半ウーアの間に、アーベル男爵の館は騎士団の手に落ち、取り巻き六人も騎士団の騎士に引き取られて行った。
今は、別行動をしていた赤毛の騎士から、アウグストと年嵩の騎士・オイゲンが報告を受けている。
アウグストはヘルナとヘルナの母の方を見ようとしない。アウグストは確かにヘルナと母に用があると言っていたし、聖銀の騎士が訪ねて来ている以上、決して忘れて良いような物でもない。
ヘルナはうすうす感づいていた。アウグストは何か自分に伝えるべき事があるのだろうと。そしてそれは良い知らせではないに違いない。
「騎士アウグスト様。」
ヘルナは沈黙に耐えかね、声を出した。
「騎士アウグスト様、今回は助けて頂いて誠にありがとうございます。それで私と母には何の御用でございましょう?」
ヘルナの声に救国の英雄は柔らかい肉をえぐられたように顔をしかめた。
アウグストがオイゲンと赤毛の騎士から押し出される様に、前に出る。そして食卓に腰かけるヘルナと、母の前に進み、膝を折った。
「ヘルナ嬢、そして母君。」
心の奥から絞り出す様なアウグストの声、ヘルナの母は初めてアウグストが年相応の傷ついた若者に見えた。
「赤竜討伐の任にあたり、隊付きの薬草師の策を用いました。そのものは古来の薬草学に明るく、宮廷の薬草師とは異なる知識を持っており…。」
アウグストの後ろからオイゲンが、ワーゲン辺境伯家の家紋が入った布に包まれた何かを差し出す。
「その者は赤竜討伐の時、抜群の働きを示しました。しかし、あと一歩の時、赤竜が振り回した尾が谷の岩を崩し、その岩をわが身の代わりに受け…。今回われらと故郷に凱旋する事はかなわず…。彼は私の命の恩人です。そして掛け替えのない友人でもある、この髪飾りは赤竜との戦いの前、彼のものより預かったものです…。」
赤毛の騎士が見るのを堪えないというように視線を外す。
アウグストが包みを広げ中から取りだしたのは、一通の手紙とメーヴェの髪飾り。
アーベル男爵の先程まで真っ赤になっていた顔は、すでに血の気が失せている。
この男爵は貴族として決しては馬鹿ではない。その為アウグストがこの村に自分を訪ねて来た意味を、この数瞬でほぼ正確に把握していた。上司の伯爵と王国に隠れて行った自分の数々の罪が、貴族院にばれたのだ。その為、貴族院から命令を受けたアウグストが捕縛をしに訪れたのだろう。なぜわざわざ聖銀の騎士が訪れたかは分からないが、今そんな事に気を取られている場合ではない。
館まで逃げなければ…。
アーベル男爵の館は、元は大戦以前に作られた砦で、四方を水堀と塀に囲まれていた。また、古に組まれた守りの加護により、攻め手の魔法も、加護も効果を発揮しづらくなっていた。さらに違法に集めた私財を投じて、数十人の私兵を集めている。
館に逃げ込めば何とかなる。
騎士団を相手に籠城し、勝てるとは決して思わないが、時間は稼げる。その間に館の大陸共通大金貨を持って、隠し通路から脱出すればいい。隣の公国まで逃れれば、大戦後間もないこの時期に、まさか追っては来れないだろう。
アーベル男爵は慎重に間合いを図る。彼の護衛は、年嵩の騎士の剣技を見ても戦意を失ってはおらず、それぞれの獲物に手を掛けている。実力差を見せつけられても、冷静な判断が出来る様な連中では無いのだ。
取り巻きの一人が、持っていた酒瓶を倒した瞬間、アーベル男爵が入り口とは逆の窓に向かって肉だまが弾むように走り出す。年嵩の騎士がそれを見て僅かに動いた様だが、それぞれに剣を握った取り巻き6人が間に入る。
後ろを気にしながら粗末な窓枠に足を掛け、転がりでる。ヘルナの家の裏には、アーベル男爵達の馬がつなぎ止められていて、アーベル男爵は汗を滝のように流しながら自分の馬に乗り、走り出す。騎士たちは取り巻き6人に足止めされているのか、まだ追って来ない。
アーベル男爵を乗せた馬が、息を切らせながら走り続ける。村から館までは、ほんの1マイリ程で、馬ならあっという間に着く。追手の騎士はまだ見えない、これは運よくどちらかに、手傷を負わせる事でも出来たかと考えていると、水堀に囲まれた館が見えた。
「開門!!開門!!跳ね橋を下せ!!」
アーベル男爵は用心深く、常は跳ね橋を上げていた。その跳ね橋が館の主の声に応じて下ろされる。1セクンデが1ウーアにも感じる。
後ろから騎士はまだ来ない。跳ね橋が地面に着く。勝った!!
「ありがとう、跳ね橋を下ろしてくれて。外から攻めるのは少々手間だからね。」
息がかかる程の距離から聞こえた声。
アーベル男爵は、33騎の騎士たちが、下ろされた跳ね橋を渡り領主の館に駆け込む姿を見る事なく、意識を失った。
ヘルナの家の取り巻き達は、年嵩の騎士にアッと言う間に意識を刈り取られた。取り巻き達を含めて誰一人、手傷のおったものさえいない事が、絶対的な技量の差を示してる。
それから僅か半ウーアの間に、アーベル男爵の館は騎士団の手に落ち、取り巻き六人も騎士団の騎士に引き取られて行った。
今は、別行動をしていた赤毛の騎士から、アウグストと年嵩の騎士・オイゲンが報告を受けている。
アウグストはヘルナとヘルナの母の方を見ようとしない。アウグストは確かにヘルナと母に用があると言っていたし、聖銀の騎士が訪ねて来ている以上、決して忘れて良いような物でもない。
ヘルナはうすうす感づいていた。アウグストは何か自分に伝えるべき事があるのだろうと。そしてそれは良い知らせではないに違いない。
「騎士アウグスト様。」
ヘルナは沈黙に耐えかね、声を出した。
「騎士アウグスト様、今回は助けて頂いて誠にありがとうございます。それで私と母には何の御用でございましょう?」
ヘルナの声に救国の英雄は柔らかい肉をえぐられたように顔をしかめた。
アウグストがオイゲンと赤毛の騎士から押し出される様に、前に出る。そして食卓に腰かけるヘルナと、母の前に進み、膝を折った。
「ヘルナ嬢、そして母君。」
心の奥から絞り出す様なアウグストの声、ヘルナの母は初めてアウグストが年相応の傷ついた若者に見えた。
「赤竜討伐の任にあたり、隊付きの薬草師の策を用いました。そのものは古来の薬草学に明るく、宮廷の薬草師とは異なる知識を持っており…。」
アウグストの後ろからオイゲンが、ワーゲン辺境伯家の家紋が入った布に包まれた何かを差し出す。
「その者は赤竜討伐の時、抜群の働きを示しました。しかし、あと一歩の時、赤竜が振り回した尾が谷の岩を崩し、その岩をわが身の代わりに受け…。今回われらと故郷に凱旋する事はかなわず…。彼は私の命の恩人です。そして掛け替えのない友人でもある、この髪飾りは赤竜との戦いの前、彼のものより預かったものです…。」
赤毛の騎士が見るのを堪えないというように視線を外す。
アウグストが包みを広げ中から取りだしたのは、一通の手紙とメーヴェの髪飾り。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる