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第4章:ふたりの想い、消えゆく笑顔
183話
しおりを挟む「えっ…」
医務室のソファに座って本を読んでいた湊は、龍司の声が聞こえた気がして顔をあげた。
「あれ?…今…龍司の声が聞こえた気がした…」
(気のせいだったのかな…?)
(いや…でも確かに今、龍司が俺の名前を呼ぶ声が聞こえた)
湊は読みかけのページにしおりを挟むと立ちあがった。
医務室を見渡すが、もちろん誰もいない。
朝ロビーでルカ達に会ってからは誰も部屋には来ていないし、その時すでに龍司は出かけた後だったから龍司はいないはず。
でも確かに龍司の苦しそうな声が聞こえた。
10年以上聞き続けてきた好きな人の声を間違う訳がない。
「そんなわけ、ないか…。だって龍司が仕事から帰ってくるのは明日だって言っていたし…。それに…」
(龍司は父さんの妹…七瀬さんって人と結婚したって言っていた)
「もしかしたら今日龍司が出かけているのも…」
結婚の話は龍司本人から聞いたわけじゃないし、今でも信じられない。
信じたくない。
直接龍司の口から本当のことを聞きたいのに、明日まで聞くことができないのがもどかしい。
(多分龍司から結婚するなんて聞いたら、俺…当分立ち直れそうにない…。だって俺にはもう龍司しかいないんだから)
(10年間ずっと一緒にいたんだ)
(辛い時も、楽しい時も)
(父さんや母さんと一緒にいた時よりもずっと長い間…)
(俺が父さんに置いてかれて1人になった時も、龍司はずっと俺の傍にいてくれた)
(俺はもう、龍司がいないとだめになってしまった)
それ程に湊の中の龍司という存在は大きかった。
なにものにも代えられない。
代えることなんてできない。
もしかしたら、押しつぶされそうな不安から聞こえてしまった幻聴かもしれない…そう思うことにした。
「今は龍司の帰りを待っていなきゃ…きっとそれしか今の俺には出来ない」
気持ちを落ち着かせようと、湊は冷蔵庫からお茶が入っている容器を取り出した。そして、ソファの脇にある両開きのガラス扉の棚からグラスを1つ取った。
―――その時だった
パリンッ!!
「っ……!!」
手に取った瞬間グラスに亀裂が入り、そのまま床に落下したグラスは粉々になって割れてしまった。
「なに…?」
突然起きたことに呆然として散らばった破片を見る。
今までに経験したことのない割れ方だった。
(グラスに元々ヒビが入っていた…?)
(いや、違う)
ここの食器に置いてあるのは、セリが貰い物の粗品を開封して仕舞ってある棚だ。
湊がここに来てしばらくしてから、何度かセリが高級そうな箱からグラスや皿などの食器を出して仕舞っているのを見ていたから、恐らく仕舞ってあった食器は新品のはず。
お洒落なデザインの箱だったから見せてもらったこともある。
その時に今取り出したグラスも見せてもらった。
だが、ヒビなんて入っていなかった。
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