やがて一つになる君へ

秋月。

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少しの間、だったけど。

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拓斗:「遊べそうな奴は大体回ったかなー?」


菫:「多分」


拓斗:「満足した?」


菫:「うん」


拓斗:「そりゃよかった」


菫:「・・・楽しかった?」


拓斗:「菫が楽しかったなら」


菫:「えへへ、優しい」


拓斗:「俺は何回も縁日とか花火大会とか行ってるからさ。今日は君達が楽しむ日なんだよ」


菫:「ありがとう」


拓斗:「どういたしまして。花火見やすいとこに移動しようか」


菫:「うん」


拓斗:「はい、手握って?」


菫:「え?」


拓斗:「迷子になったら困るだろ?」


菫:「・・・うん」


拓斗:俺は菫の手を取ると、人混みの中を進む。

拓斗:小さな手が、俺に彼女の儚さをまた実感させる。

拓斗:交通事故で親を失い、心の逃げ道を作り、さらに身体的な弱点を背負う・・・。

拓斗:どこまで、神は冷たいんだろうか。


菫:「拓斗!」


拓斗:「ん?」


菫:「こっち」


拓斗:「そっちに道ないだろ?」


菫:「この奥に、開けた場所、あるから」


拓斗:「そうなの?」


菫:「こっちなら、人、いないと思う」


拓斗:「お、じゃあそっち行こうか」


拓斗:今度は逆に菫に手を引かれて、道の無い木の間を抜けていく。

拓斗:そうして進んでいくと───


菫:「ついた」


拓斗:「確かに、ここなら見晴らしもいいし花火も見やすそうだな」


菫:「前から、チェックしてた」


拓斗:「調べてないと、ここは気づかないよな 」


菫:「えへへ」


拓斗:「って、あれ?」


菫:「何?」


拓斗:「花火、苦手なんじゃないのか?」


菫:「・・・うん」


拓斗:「なら、どうして?」


菫:「いつか、拓斗と見たいなって、思ってたから」


拓斗:「俺と?」

拓斗:「・・・前から、聞いてみようと思ってたんだけどさ」


菫:「なぁに?」


拓斗:「菫は10年前に、俺と会ったこと覚えてるのか?」


菫:「10年前、って?」


拓斗:「嫌な話になるかも・・・」


菫:「・・・大丈夫、聞きたい」


拓斗:「・・・分かった」

拓斗:「俺は10年前、紫苑のお母さんが亡くなって、その葬式をするためにこの島に来た」

拓斗:「そこで俺は、菫っていう女の子に会ったんだ」

拓斗:「あれは、君だったんじゃないか?」


菫:「違うよ」


拓斗:「えっ、違う!?」


菫:「うん、絶対に、違う」


拓斗:「どうして───」


菫:「私達が産まれたのは、葬式の日の夜だから、間違いない」


拓斗:「な・・・じゃあ、あの日俺があったのは紫苑・・・!?」


菫:「うん、そうだと、おもう」

菫:「私に、拓斗と話した、思い出は無いけど、子供の頃の拓斗は、何故か知ってるから」

菫:「これは、私達の、根底にある、紫苑の記憶、なんだとおもう」


拓斗:「紫苑の・・・」


菫:「少し、お話、したい」


拓斗:「ん、いいよ?」


菫:「私は、ずっと、拓斗に会いたかった」

菫:「拓斗の事、知らないのに、いつか来るって、分かってた」

菫:「それだけ、紫苑の中で、貴方は、大きな存在、なんだと思う」

菫:「だから、分身の私も、拓斗を待ってた」

菫:「いつか、拓斗とここに来たいって」

菫:「この島で、大きな行事、これくらい、しかないから」


拓斗:「なるほど・・・」


菫:「・・・少しの間、だったけど、楽しかった」


拓斗:「え?」


菫:「会えて、ここに来れて、本当に、嬉しかった」

菫:「家、帰ったら、必ず、私の部屋にある本、見てね」


拓斗:「ああ・・・」


菫:「ありがとう」

菫:「・・・じゃあ、ね」


拓斗:菫はそう言うと俺から1歩離れて、背を向けた。

拓斗:1歩ではない、大きな1歩だった。


拓斗:「待った!!!」


菫:「・・・何?」


拓斗:「それ、どういう───」


菫:「ごめん」


拓斗:「ぁ・・・。」


菫:「私じゃ、上手く話せない、から」

菫:「ねぇ、拓斗」


拓斗:こっちを振り返った菫は、瞳に大粒の涙を浮かべていた。

拓斗:「(息を飲む)」


菫:「この、気持ちが、紫苑の物、だとしても、拓斗に、会えて、よかった」


拓斗:それだけ言うとまた俺に背を向ける。

拓斗:そして、また目が合った時には、そこに菫はいなかった。

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