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彼女の心は止まっている。ーバレンタインー
しおりを挟む⚫キャラクター紹介
・駿河明仁(するが あきひと)
普通の高校に通う、普通の高校1年生。
渚との出会いをきっかけに、大きく生活が変わっていった。
子供の頃に2度の臨死体験をしている。
・冬瀬渚(ふゆせ なぎさ)
容姿端麗で世界一の大富豪を父に持つ、住む世界が違う転校生。
子供の頃に出会った「しゅんくん」に会うためにこの街にやってくる。
明仁に命を救われた。
・遠野・S・歩美(とおの・すぷりんぐ・あゆみ)
渚と一緒にやって来た高身長ハーフ転校生。
渚に仕えてメイドをやっており、幼い頃に心の支えになってくれた渚を慕っている。
・城ヶ崎未捺(じょうがさき みなつ)
どこかマイペースな、明仁の幼馴染で同級生。
明仁に気がある様子だが、誰にも気づかれていない。
と思っているが、夏休みから少し状況が変わった。
彼女の心は止まっている。5話(バレンタイン)
配役表 1:3:0
・明仁♂・・・
・渚♀・・・
・歩美♀・・・
・未捺♀・・・
⚠台本として利用する際の規約⚠
https://writening.net/page?nJG7kt
作者X(@autummoonshiro)でも確認出来ます。
──────本編──────
明仁:気が付いた時には病院に居た。
明仁:クリスマスパーティーの準備をしてたハズなんだが・・・。
明仁:なんか記憶が曖昧だ。
明仁:竜宮城から帰ってきた浦島太郎ってこんな気分だったのかね?
明仁:ま、俺が乗ったのは亀じゃなくて救急車らしいけど。
明仁:・・・いや、笑えねぇよな、俺も笑えないもん。
明仁:そんなこんなで俺は今病院で入院している。
明仁:全治1ヶ月半の複雑骨折。
明仁:家に帰れるのは予定通りだとバレンタインの前後らしい。
明仁:なんとも、測ったようなタイミングだ。
明仁:世の男たちの反感を買う前に言っておくと、チョコレートなんて貰ったことないぞ、ホントに。
明仁:だが、俺は世の男たちの反感を買ってしまうことだろう。
明仁:何故なら───
渚:「明仁、あ~ん」
明仁:「あ~ん、美味しい」
渚:「ふふ、良かった」
明仁:「ありがと、渚」
渚:「ううん、私のせいでこうなっちゃったんだから、いくらでも甘えてね?」
明仁:「あんまり、気にしなくて良いよ」
渚:「助けてくれたんだもの、そんな訳にいかないわ」
明仁:「目の前であんな事起きたら、普通ああするって」
渚:「普通、ね・・・」
明仁:「あっ、いや・・・」
渚:「普通って、難しいのよ?」
明仁:「・・・そうだね」
明仁:相変わらず渚の心は『普通』という言葉に囚われている。
明仁:と、思う。
明仁:小さい頃に出会ったという少年。
明仁:そして彼に投げかけられた、『住む世界が違う』少女への『普通』という価値観。
明仁:幼い内から特殊な環境で育てられた彼女には、重い言葉だったのだろう。
明仁:その言葉を投げかけられた、その時からきっと───
明仁:彼女の心は止まっている(タイトルコール)
明仁:俺が病院で入院してる間に、渚と未捺(みなつ)は屋敷で話をしたらしい。
明仁:俺が寝てたのはクリスマスの前日から4日程度だ。
明仁:俺が目を覚まさなかっただけで容態は直ぐに安定してたらしく、皆は割と普通の生活を送っていたようだ。
明仁:あまり迷惑をかけてないみたいでよかった。
明仁が目を覚まして数日。
屋敷内で会話している。
渚:「明仁が事故の前に言っていたのだけど、未捺はシュン君の事を知っているの?」
未捺:「へ?アキの事?」
渚:「未捺、心配なのはわかるけどちゃんと聞いて?」
未捺:「えー、聞いてるよ~」
渚:「明仁の事じゃなくて、シュン君の事を聞いてるの」
未捺:「だから、アキの事でしょ?」
歩美:「やはり」
渚:「歩美(あゆみ)、何か知ってるの?」
歩美:「少し前から思っていたのですが・・・未捺、名字だな?」
未捺:「おー、すご~い!」
渚:「どういう事?」
歩美:「お嬢様、明仁のフルネームは『駿河昭仁』です。するがを漢字で書いた時、1文字目はシュンという字になります」
渚:「・・・あ!」
未捺:「アキって名前についてる子が近所に2人居たから、シュン君って一時期呼んでたの~」
渚:「全然気付かなかった・・・」
未捺:「それがどうかしたの?」
歩美:「私達がこの街に越してきたのは、小さな頃にお嬢様が出会ったシュン君という少年に会う為なんだ」
未捺:「へ、じゃあ、アキに会いに来たってこと?」
歩美:「その可能性が高くなった、という所か」
渚:「・・・ここにあったアパートに住んでいたなら、当然四季公園で遊んだりするわよね?」
未捺:「え、それはどうだろう・・・」
渚:「あまり使ったことがなかったのかしら?」
未捺:「あ、ううん、そういう訳じゃないけど・・・」
歩美:「何か思う所があるのか?」
未捺:「あそこってタコの大きな滑り台があるのは知ってる?」
渚:「目印になる、大きなタコよね?」
未捺:「そそ。・・・アキと私は子供の頃に水難事故に遭って溺れかけたことがあって、その後から海の生き物とかがお互いに苦手になって、大きなタコの滑り台がある四季公園で遊ぶことはなくなったの」
歩美:「使っていないのなら、別人なのかもしれないな」
渚:「明仁が・・・シュン君かもしれないなんて・・・(小声)」
未捺:「うーん、違うと思うけどな~」
渚:「どうして?明仁の可能性も充分あると思うわ」
未捺:「その、引っ越しちゃった方のアキオ君って子?知り合ってからすぐに引っ越しちゃったの。んー、つまり、アキがシュン君って呼ばれてたのって2週間くらいしかないんだよね」
歩美:「そんな短い期間の呼び名を未捺は覚えていたのか?」
未捺:「さっき言った水難事故の時と被ってるから、たまたまね」
渚:「・・・流石に別人ね、きっと。私の早とちりだわ」
歩美:「お嬢様、そうと決めつけるのも早とちりでは───」
渚:「ううん、もういいの。もうこの街には居ないのかもしれないし、過去に囚われすぎても仕方ないわ」
歩美:「お嬢様・・・」
渚:「それに今は他にも大切なモノが出来たから」
歩美:「え?」
未捺:「ふ~ん・・・?」
渚:「・・・ごめんなさい」
歩美:「え、な、何を謝っておられるのですか!?」
未捺:「それは、宣戦布告かなぁ~?」
渚:「どう取ってくれても構わないわ」
歩美:「み、未捺!?お嬢様!?え、えっと、わ、私はどうしたら・・・」
渚:「明仁の所にお見舞いに行きます。歩美、準備して」
歩美:「は、はい、かしこまりました・・・」
未捺:「いってらっしゃい」
渚:「あら、未捺は来ないのかしら?」
未捺:「うん、私はいい。・・・渚が出掛けるなら、少し部屋で休んでてもいい?」
渚:「・・・ええ」
未捺:「じゃあ、うん、ごめん、きをつけていってきてね。その、あー・・・アキに、よろしく」
渚:「・・・行ってきます」
未捺:渚は歩美を連れて明仁の病院に向かった。
未捺:私は1人屋敷に残ると自分の部屋にへと戻って、ベッドに身を投げ出すように飛び込んだ。
未捺:そのまま、枕を強く抱き締めた。
未捺:「そっかー・・・そっかぁ・・・。こんなの宣戦布告なんかじゃないよ。ズルいよ・・・。10年以上一緒にいて手が届かなかったのに、たった半年で持ってっちゃうの?ズルいよ、ズルい、ズルイズルイズルイ」
泣く声と少しの間。
未捺「大好きだよぉ、アキぃぃ・・・。大好きだよぉぉぉ・・・。大好きだから、諦めるしかないじゃん、アキが好きなのは渚だって、知ってるんだから、諦めるしか、ないじゃぁん・・・」
泣く声と少しの間。
未捺:「今までありがとう。あの時私を助けてくれてありがとう。アキが居たから、私は生きてるんだよ。ちゃんと、切り替えるから、ただの幼馴染みでいるから、今日だけは・・・。」
落ち着こうとする少しの間。
未捺:「アキ、大好きだったよぉ。・・・うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」
時間は冒頭に戻る。
明仁の病室に歩美と渚が居る。
明仁:「ご飯はもう大丈夫。たべさせてくれてありがとう」
渚:「本当に遠慮しなくていいのよ?」
明仁:「大丈夫だってば」
歩美:「少しだけ、良いか?」
明仁:「お、なに?」
歩美:「シュン君と呼ばれていたというのは事実か?」
明仁:「ああ・・・。そうだよ」
渚:「未捺から少しだけ話を聞いたんだけど、多分別人だったみたい」
明仁:「へ?」
渚:「私がシュン君と会ったのは6月、私達はあの時と同じ時期に合わせてこの街に越してきたの」
明仁:「それで?」
渚:「水難事故にあった前後にしかシュン君って呼んでなかったって、未捺が言ってたわ」
歩美:「溺れるような水難事故、つまり夏の出来事だろう。時期が合わない」
明仁:なるほど、ね
明仁:この二人はホントに察しが良くて頭が回る。
明仁:だからこそ生まれる勘違いもあるって訳で。
明仁:「俺は覚えてるよ」
渚:「何をかしら?」
明仁:「渚に会ったあの日のことを」
渚:「え!?」
明仁:「俺と未捺があった水難事故っていうのは、6月の海に釣りに行った時の話なんだ」
歩美:「海釣り・・・!」
明仁:「少しだけ、思い出話をしようか」
渚:「聞きたい、聞かせて?」
明仁:「6月のある日、俺はわざと赤信号の道路に飛び出す女の子にあったんだ。俺はそれがほおっておけなくて、その子を追う様に赤信号に飛び出して彼女を突き飛ばした。その時は今回みたいに事故りはしなかったんだ。んでさ、その子が言うんだよ「なんで助けたの?」って。だから俺は「普通助けるに決まってる」って答えたんだ」
渚:「・・・私は、散々な目に遭って、生きることにうんざりしていた。親の権威だけを目当てに近寄ってくる人達の政治の道具だった。そんな風に日々が流れていくうちに私は思ったの。私が死んだら、悲しむ人はいるのか、って」
歩美:「なっ・・・!お父様は───」
渚:「貴方はお父様に会ったことある?」
歩美:「・・・ありません」
渚:「私もなの。写真で見たことはあるけど、母にも父にも直接会ったことがない。」
歩美:「知りませんでした・・・」
渚:「そんな私のために悲しむとは思えなかった。あの頃の私には、どうしても思えなかった。だから、死んでみようと思って道路に飛び出したの」
明仁:「そんな経緯があったのか・・・」
渚:「その後にもう少し話したのは覚えてる?」
明仁:「私が死んで悲しむ人はいない」
渚:「俺が悲しむよ」
明仁:「他人なのにどうして?」
渚:「今知り合いになったから。知り合いが死んだら、普通悲しいだろ?」
明仁:「お互いバッチリじゃん」
歩美:「2人とも、覚えているんだな」
明仁:「ああ。っていうか、思い出した」
歩美:「思い出した?」
明仁:「似たような出来事を最近経験したからさ」
渚:「ごめんなさい・・・」
明仁:「あ、いやいや、ホントに良いんだって。渚ちゃんが無事なら、俺の事は良いんだ」
渚:「・・・知り合いが怪我したら、悲しいわ、普通」
明仁:「うぐ・・・」
渚:「明仁は、ズルい」
歩美:「ああ、本当に」
明仁:「何がだよ!」
渚:「人には自分を大切にしろみたいに言うのに、貴方は自分を大切にしないからよ」
明仁:「・・・俺はさ、死んでるんだよ」
歩美:「死んでる?」
明仁:「自殺しようとした女の子を助ける為に1回、海に落ちた女の子を助けるために1回、道路に飛び出てしまった片想いの子を助ける為に1回。俺はもう3度も死んでるんだ」
渚:「ごめんなさい・・・」
明仁:別に渚ちゃんを責めたいとは思ってない。
明仁:でも、本当なんだ。
明仁:何度も死にかけて、その度に俺は生き延びてて。
明仁:「俺はさ、今さ、めちゃくちゃ嬉しいんだよ」
渚:「どうして、ですか?」
明仁:「子供の時に出会ったあの子が、ちゃんと生きてるって分かったから。ずっと心配だったんだ。あれから、どうしたのかなって」
渚:「私もシュン君はどうしてるんだろうって、ずっと気になってました」
明仁:「話をまとめるんだけどさ。渚と会った後、俺は冷静になってさ、車に轢かれかけたんだ、死にかけたんだって後からパニックになっちゃって。そうしたら未捺のお父さんが気分転換にって、翌日釣りに連れていってくれたんだ」
歩美:「それが海難事故か」
明仁:「そういうこと。あの日から俺の中で俺は交通事故で死んだ命なんだ。俺の命で他の人を助けなきゃいけないんだって思うようになったんだ。これ、伝わるかな?」
渚:「死んだかもしれない命だから、他の人を救うために使いたい、という事ですね」
明仁:「多分、そう」
明仁:君には伝わると思ってた。
明仁:なぜなら君は俺に似てるから。
渚:「私も同じです。あの日死のうとした日に私という人間は1度死んで、彼を悲しませない為に生きようと思って今日まで生きてきました」
歩美「・・・少し、違うかもしれないんだが、私も分かる。」
渚:「歩美も?」
歩美:「私も1度自分をやめて、自分を捨てて、お嬢様・・・渚に助けられました。あの日、私は1度死んだのです」
明仁:その言葉にハッとした。
明仁:俺は思い上がっていたのかもしれない、と。
明仁:俺は別に、特別な存在ではないんだ。
明仁:普通という言葉には尺度が沢山ある。
明仁:生きている人間の数だけ、普通というものが存在するように、生きていれば人間は皆色んな経験をするんだ。
明仁:それはきっと、特別なことではないんだ。
明仁:それこそ、これは───
明仁:「普通の事だったんだ」
渚:「え?」(同時)
歩美:「え?」(同時)
明仁:「ダメだな、ホント。色んなことを考え過ぎる性格しちゃってて。生きてるんだから、死に直面することなんて当たり前、普通の事なんだ。それを勝手に、あの日助かった命だからとか、あの日助けられた命だからとか持ち上げて、自分から重たくしてた」
渚:「明仁・・・」
明仁:余計なことを考えるのは終わりにしよう。
明仁:自分を蔑ろにするのはやめよう。
明仁:普通なんて曖昧なものをかざすのはやめよう。
明仁:答えはいつだって至極単純で、目の前にある。
明仁:「俺は渚が好きだ。初めて会った、あの日から。俺の思い出にいるあの子が、ずっと好きだったんだ。たった1度会っただけなのに俺の心に強く残る思い出なんだ。彼女にそうするのが普通と答えてしまったから、俺は彼女の見本になる為にそうあろうとしすぎてしまった。思い出の彼女の為に、自分の心を止めるのは終わりにする。渚、俺は君が好きだ。例えあの日会ったのが君じゃなくても、俺は4月に会って初めましてと挨拶して、太陽のように眩しい笑顔で微笑んでくれたあの瞬間から、君に恋をしているんだ」
渚「・・・。貴方は、本当に色んなことを考えていて、その思考は深過ぎて読み切れない。貴方は、本当に優しくて、常に周りに気を払っていて、尊敬します。その上で自分の考えをちゃんと話せる貴方は、私には太陽の様に眩しいです。私は、死のうとするような、めんどくさい女ですよ?」
明仁:「俺だって、同じ様なもんだよ。死んでもいいと思ってるから、今こんなことになってるんだぜ」
渚:「もっと、自分を大切にしてください」
明仁:「もっと、自分を大切にしてください」
渚:「ふふ、言い返されちゃいました」
明仁:「渚は周りの皆の幸せを願ってるんだよな。そう生きてきたから今更変えられないって」
渚:「・・・はい」
明仁:「俺の幸せは、君の幸せだ」
渚:「私の幸せも、貴方の幸せです」
明仁:「俺も自分を直ぐに変えられるか分からないけど、自分の事を大切にするよ、君の為に」
渚:「私もです。死にたいなんて思わない。これから先、もっと貴方と、明仁と一緒に居たいから。貴方は絶対に悲しんでくれると信じられるから、試そうとなんてしない」
明仁:「俺たち、支え合えるよな?」
渚「ふふ、勿論です。・・・愛しています、明仁君」(リップ音)
明仁:本当なら俺からキスしたいんだけどね
明仁:体、動かせないからさ。
明仁:また、渚の手が震えている。
明仁:けど、これは嫌だからではない。
明仁:「また、緊張してる?」
渚:「明仁にしかキスしたことないんですからね」
明仁:「俺だって、この前のがファーストキスだよ」
渚:「・・・もうクリスマスは過ぎちゃいましたけど」
明仁:「けど?」
渚:「お願いです、自分を大切にしてください。お願いです、怪我が治ったら緊張しなくなるくらい沢山キスしてください。お願いです、これから先もずっと、私のことを大切にしてください」
明仁:「俺、サンタクロースじゃないんだけど?」
渚:「それでも、明仁君なら叶えてくれるかなって」
明仁:「えー、願い事が多いからなぁ」
渚:「知りませんでした?私って、結構わがままなんですよ」
明仁:「頑張るよ、叶えられるように。・・・これから、よろしくな」
渚:「ふふ、よろしくお願いしますね、シュン君こと、明仁君」
明仁:渚は俺を抱きしめて、もう一度キスをしてくれた。
明仁:俺に彼女の『普通』という呪縛を壊せるか分からない。
明仁:俺も『普通』ってなんなのか、よく分かんないから。
明仁:でも、彼女からお願いを引き出すことは出来た。
明仁:彼女のあの時から止まっていた心を動かすことが出来たはずだ。
明仁:それが嬉しかった。
明仁:竜宮城から帰った浦島太郎は玉手箱を開けて後悔したのだろうか。
明仁:俺は彼女の心の鍵開けた。
明仁:絶対に後悔はしない、させない。
明仁:今はただ、それを強く願うのだった。
明仁の病室の前。
扉の横に歩美は立っていた。
歩美:私がここにいたら2人の邪魔になる。
歩美:そう思って、黙って部屋を出た。
歩美:2人の邪魔はしたくなかった。
歩美:私は冬瀬渚が大好きだ。
歩美:私は駿河明仁が大好きだ。
歩美:私は2人に、幸せになって欲しい。
歩美:だから、これで良い。
歩美:私の事はどうでも良い。
歩美:私の事なんか、どうでも良い。
歩美:そう思っている、本当に思っているんだ。
歩美:この気持ちに嘘も偽りもない。
歩美:・・・はずなのに、私は頬を流れるそれを、止めることが出来なかった。
歩美:これは、2人を祝っているから、祝福しているから、流れ出ているんだ。
歩美:「ぅ・・・ぅぅ・・・」
歩美:2人に気付かれないように、2人の邪魔をしないように。
歩美:それだけは絶対したくない。
歩美:でも、どれだけ抑えようとしても、流れ出るものは止まらなくて、少しの声は漏れてしまう。
歩美:でも、今この時のワガママぐらいは許して欲しい。
歩美:私は、この先ずっと、この2人を支えていくのだから。
歩美:「お嬢様・・・明仁・・・私は、2人を、心の底から、愛しています。幸せに、なって、くだ、さい・・・」(嗚咽まじりに)
歩美:自然と言葉が溢れ出てしまった。
歩美:2人とも察しが良いから、きっとこの涙も、この気持ちも、バレてしまうんだろう。
歩美:それでも私は隠し通す。
歩美:見透かされようと、隠し通す。
歩美:2人が幸せになれるように。
部屋の中の2人。
渚:「ありがとう、歩美・・・」
明仁:「俺達は、恵まれてるな」
渚:「幸せにならないとね」
明仁:「ああ!」
それから約1ヶ月後。
屋敷の中。
明仁:いやー、諸君。
明仁:聞こえているか?
明仁:今日が何の日かしっているか?
明仁:退院して5日程経った。
明仁:屋敷にチョコレートの匂いが漂っている。
明仁:そう、今日はバレンタインだ。
明仁:世の男たちよ、すまない、この匂いがしてるということは、俺はチョコレートをもら・・・んんん?
明仁:「くん、くんくん・・・」
明仁:チョコレートの臭いじゃないような・・・
明仁:いやいやいや、そんなはずは無い
明仁:俺には渚という彼女が居るんだ!
明仁:渚は絶対に俺にチョコレートくれるは───
明仁:「くっっせぇ!!」
明仁:・・・。
明仁:渚は、絶対に、俺に、
明仁:「くっっっっさ!!!!」
明仁:チクショウ、何事も無かったように言い直してやろうとしたのにどうなってんだ!!
明仁:これはどう考えてもチョコレートの匂いじゃないぞ!!!
明仁:甘いチョコレートの香りがしたのはほんの一瞬だけで、今はもう訳分からん激臭がしてる。
明仁:何を作ってるか、見に行くしかない。
明仁:これをするのは野暮だろう。
明仁:ああ分かってる、そんなことは分かってる。
明仁:だが、あまりにも臭すぎる!!
数時間前に遡る。
屋敷の中、キッチンに集まる女子3人。
渚:「じいやに絶対にキッチンに来ないよう伝えてあるわね?」
未捺:「伝えといたよ~」
歩美:「それでもじいやは何処かから見てるとは思いますが」
渚:「それはいいの。手作りに口出しをされたくないだけよ」
未捺:「手作りか~」
渚:「未捺は明仁にチョコレート上げたことはあるのかしら?」
未捺:「ないよ~。料理は全然だから」
渚:「そう。歩美は?」
歩美:「は、私もチョコレート作りというのは経験があまり・・・カカオ」
渚:「つまり、経験者はいないのね」
歩美:「申し訳ありません」
渚:「私も今までやってこなかったんだから仕方ないわ」
未捺:「ほら、こういうのは気持ちって言うしさ~」
渚:「そうよね!とりあえずやりましょう」
3人急に黙り若干の間
渚:「えーと・・・」
未捺:「何から始めるのかすら」
歩美:「全く分からないな」
渚:「ど、どうしましょう」
未捺:「アキならなんでも喜んでくれるよ~」
歩美:「確かに。明仁なら、お嬢様が用意したものならなんでも喜んでくれるはず」
渚:「そ、そうかもしれないけど・・・」
未捺:「けど?」
渚:「お、美味しいって言ってもらいたいわ・・・」
未捺:「あはは、わっかる~!」
歩美:「な、なるほど?」
未捺:「なんでも良いとか言われても張りたい見栄ってあるよね。すっぴんで良いと言われても、お化粧して少しでも可愛いと思って欲しい、みたいな」
渚:「そう!そうなのよ!」
歩美:「そ、そういうものですか・・・」
未捺:「あゆみんはこれから色々勉強しようね~」
歩美:「は!?あ、あゆみん!?」
未捺:「歩美が可愛いモードの時はあゆみんって呼ぼうかな、と!」
歩美:「な、なななな、なんだ!可愛いモードとは!!」
未捺:「あはは、それのことだよ~、あゆみん」
歩美:「い、いったい、どれのことを言ってるんだ!」
渚:「ふふ、2人ともこの1年で本当に仲良くなったわね」
歩美:「な、仲良く・・・?」
渚:「未捺、歩美は友達が少ないから、これからも仲良くしてあげてね」
未捺:「当たり前だよ~」
歩美:「な、いや、私はお嬢様のお付で、友達などと現を抜かしている場合では」
渚:「私は歩美にも幸せでいて欲しいの」
歩美:「お、お嬢様・・・」
未捺:「はいはい、早くチョコ作ろ~?」
渚:「チョコレートって、何が入ってるのかしら?」
未捺:「マカダミアナッツとか・・・?」
渚:「マカダミアナッツは定番ね。よく見かけるわ。・・・でも、それじゃあ芸がないわね」
歩美:「芸、ですか?」
渚:「明仁に美味しかったと思ってもらうには普通じゃダメよ。マカダミアナッツ以上の物を作らないと」
未捺:「確かに!」
歩美:「材料の用意はいくらでも出来ますので、とりあえず色々作ってみるのは如何でしょうか?」
渚:「そうね、とりあえずやってみましょう」
未捺:「はいはい、ドリアンチョコレートが良いと思います!」
渚:「ドリアン?」
未捺:「食べたことないけど、果物の王様っていうくらいだし、どうかな?」
渚:「ドリアンチョコレート、聞いたことがないけど・・・他に無いものを目指すのだから良いかもしれないわね」
歩美:「ご用意致します」
未捺:「あ、それからね~、アキは納豆が好きだよ」
渚:「確かに、毎朝のように食べていますね」
未捺:「という訳で納豆チョコ!」
渚:「・・・大好物が入ってるチョコレートなら、確かに喜んでもらえるかも」
歩美:「朝食用の備蓄がございます」
渚:「じゃあそれも持ってきて頂戴」
歩美:「はい、お嬢様」
未捺:「後はね~、シュールストレミングとか、ホンオフェとか、エピキュアーチーズとかも良い思う~」
渚:「・・・歩美」
歩美:「何でしょうか?」
渚:「初めて聞くものばかりだったけど、未捺が言ったもの全部準備して」
歩美:「かしこまりました」
未捺:「私、ちょっとマスク取ってくるね~」
渚:「あら、どうして?」
未捺:「あー・・・ツバとか入らないように?」
渚:「確かに、それは必要ね」
未捺:「渚の分も用意してくるね」
渚:「ありがとう、お願いするわ」
未捺、歩美は準備のために一度キッチンを後にする
渚:「多分、チョコレートを溶かせばいいのよね。お皿の上にチョコレートを乗せて・・・ボウルのが良いかしら・・・?全然分からないわ・・・」
渚:「でも、色々やってみなくちゃ!明仁に喜んでもらうわよ!」
時間は進み現在へ。
明仁はキッチンに到着してこっそりと中を覗く。
明仁:「は、え?なんで料理するのにガスマスク!?(小声)」
明仁:絶対おかしいだろ!?
明仁:ホントに、チョコレートを作ってるんだよな?
明仁:あからさまに発酵食の匂いがするんだが!?
未捺:「悪ノリのつもりだったんだけど、まさか全部本当に用意できるなんて・・・」
渚:「ええ!?」
未捺:「私達はマスクしてるからいいけど、かなり臭いと思う~」
渚:「こういう物だとばっかり・・・」
未捺:「ごめん~・・・」
歩美:「廃棄致しましょうか?」
渚:「ダメよ!食べ物を無駄にするのは良くないわ」
明仁:おいいいいい!?
明仁:無駄にしてくれていいぞ!?
未捺:「そうだよ~アキならなんでも喜ぶって!」
明仁:喜ばねぇよ!!!
明仁:未捺の野郎・・・絶対許さないからな!!
未捺:「チョコレートでコーティングしちゃえば匂いも少しはごまかせるだろうし、そうしたらアキに渡したら良いよ!」
歩美:「ごまかす、で、良いのでしょうか・・・?」
未捺:「チョコレートは渡すことが大事なんだよ」
明仁:それは確かにそうかも。
明仁:貰うだけでも充分嬉しいもんな。
未捺:「だから、気持ちが籠ってれば良いの」
明仁:お前の悪意がふんだんに盛り込まれてるけどなぁーあ!?
渚:「分かったわ。明仁が喜んでくれるなら、頑張って作らなきゃ」
明仁:む・・・
明仁:あー・・・覗き向いてないな。
明仁:見るのやめて部屋に戻ろう。
明仁:ありがとうな、渚。
明仁はそのまま黙って部屋に戻る。
未捺:「行った?」
歩美:「ああ、行ったな」
渚:「???」
未捺:「さ、本物作るよ」
渚:「どういうこと!?」
未捺:「アキは気にしいだから絶対に覗きに来ると思ったの。だから、ちょっと一芝居ね」
歩美:「申し訳ありません、お嬢様」
渚:「2人して私を騙してたの?」
未捺:「バッチリ、料理は得意だから安心して!一緒に最高のチョコレート作ろ?」
歩美:「きっと明仁は不味いチョコレートが来ると思っているはずです。そこに美味しいチョコレートをもったお嬢様が現れれば、明仁もイチコロという訳です」
渚:「私の為に、2人で・・・?」
未捺:「そうだよ、2人のこと応援してるんだから」
渚:「ふふ、ありがとう。それじゃあ頑張らないといけないわね!」
歩美:「その調子です、お嬢様」
渚:「それじゃあまずは・・・」
未捺:「これを片付けるところからね」
歩美:「明日からの食事が大変だな、これは」
未捺:「任せて!臭いもの得意だから」
歩美:「心強いな」
未捺:「私たちは片付けするから、渚はチョコレートと生クリームを湯煎して、それから・・・」
数時間後。
明仁:だーーーめだーーー!!
明仁:全っ然、決心がつかない!!
明仁:え、俺、あれ食うの??
明仁:いやいや、無理だよ、無理。
明仁:浦島太郎だってあんな落ちがつくと知ってたら玉手箱を開けないはずだ。
明仁:俺も同じ。
明仁:死ぬとわかってて毒を食べたいとは思わない。
明仁:でぇもぉなぁ・・・渚の作ってくれたチョコレートだしなぁ・・・
明仁:・・・いやいや、俺は自分を蔑ろにするのをやめるんだ!
明仁:悪いがここは逃げさせてもらう!!
明仁:俺はこっそり、静かに、静寂をまといながら玄関に辿り着くと黙~って家を出た。
明仁:庭の横を通るとじいやさんが丁度手入れをしている所だったので軽く会釈した。
明仁:・・・あれ、じいやスマホ片手に持ってね?
明仁:・・・しかも誰かに電話してね?
電話先の光景。
歩美:「じいや、ありがとうございます。お嬢様、明仁は庭を抜けて外に出ようとしてるみたいです」
渚:「え~!?折角完成したのに、食べないのかしら・・・」
未捺:「ほらほら、渡しに行くよ!」
渚:「いえ、帰ってきてからでも」
未捺:「ダーメ!渡しに行くことに意味があるんだよ!」
歩美:「先回り致します」
明仁の視点に戻る。
全力で走る明仁。
明仁:「じいやめぇええええええ!!!」
歩美:「待て明仁!なんで逃げるんだ!」
明仁:「んなもん、逃げるに決まってんだろうが!!」
歩美:「決まってる訳が無いだろう!」
明仁:「うっせ、来んな!来るんじゃねえ!」
渚:「居たー!明仁ー!」
明仁:「っあ!渚ちゃんまで!?」
渚:「どこに行くのー!!」
明仁:「・・・っっっ!!はぁはぁはぁ」
明仁:俺はさらに全力を出してなんとか屋敷を抜け出す。
明仁:目の前には信号。
明仁:色は赤。
明仁:「はぁはぁ。追いつかれる・・・!!仕方ねぇ!!」
明仁:俺は、赤信号に、飛び込むことはしなかった。
明仁:流石に、しないって。
渚:「はぁはぁ、明仁、なんで逃げるのはぁはぁ」
明仁:「その、ちょっと、恥ずかしくなっちゃってさ」
渚:「恥ずかしい、の?」
明仁:「チョコレート貰うなんて初めてだから」
渚:「ふふ、そうだったのね!ちゃんと持ってきたわ」
歩美:「明仁、さっきのは偽物で、ちゃんと美味しいチョコレートをお嬢様は作っているんだ」
明仁:「へ!?あ、そうなの!?」
渚:「ふふ、その勘違いもしてたんですね。可愛いわね、明仁」
明仁:「あ、あははは」
渚:「私の気持ちだから、受け取って?あーーん」
明仁:「あーん、もぐもぐ」
未捺:「あ、ちょっとま・・・遅かったか」
歩美:「どうした未捺」
未捺:「それ、さっき作った偽物」
明仁:「まっっっずうううううい!!」
明仁:色んなことがあった1年だったけど、まだまだ俺たちの騒がしい日々は終わりそうにない。
完。
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