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水の踊り子が愛する人
エピローグ【完】
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*****
「長い一日だったな」
「そうですね。なんか、いろんな事がいっぺんに起こりすぎて、わけが分からないです」
碧の家に帰宅後、いつも通り食事と風呂を済ませた波音と碧は、ベッドの上で隣り合って寝転んでいる。砂紋がもたらした混乱は、まだ二人に尾を引いていた。
プロポーズがなかったことになるのだと、あの一瞬で、波音は碧のために覚悟を決めた。心臓が引き絞られる思いだったが、碧の目標の集大成である曲芸団を、手放してほしくなかったのだ。
もちろん、碧には皇族になったとしても、人々を引っ張っていく統率力やカリスマ性はあると思うのだが、波音はピエロを演じている碧の方が好きだ。大好きだ。
もしもあの時、碧が取捨選択していたら、波音は砂紋のところに嫁いでいたかもしれない。どちらも譲れないと我が儘になってくれた碧に、今は感謝の気持ちでいっぱいだ。
「私、砂紋さんの演技って、全部が冗談ではないと思うんですよね……。途中、鬼気迫るものがありましたし」
「ああ。俺に対する恨みつらみは、多分本心だった。それに、お前に本気だって言ってたし」
「あれ、びっくりしました。一目惚れとか、今までされたことありませんでしたし……嘘でしょって」
「いや。砂紋が初めてじゃないぞ」
「え?」
碧が上体を起こし、波音の顔を覗き込む。何かを言いかけて口を開けたが、すぐに閉じてしまった。あれだけ砂紋の前で恥ずかしいやりとりをしておいて、まだ言葉にするのを躊躇っているのだろうか。
「なんですか? 聞きたいです」
「……俺の方が先。お前の面倒を見ようと思ったのも、意地悪したくなるのも、海で助けた時に……惚れたからだ」
碧は枕に顔を突っ伏してしまい、最後の方は声が窄んで聞き取りづらかった。可愛い一面に、波音は笑う。
「そうだったんですか。でも、渚さんからは、碧さんには忘れられない人がいるって聞きましたよ?」
「ああ……ずっと頭に影が引っ掛かってた。俺には、きっと大切な人がいたはずだって。それが、お前が現れた途端に消えたんだ。どういうことだと思う?」
「……さあ?」
「おい。俺をおちょくってるだろ?」
「わっ、くすぐったい! きゃー!」
仕返しのように脇腹をくすぐられ、波音は笑いながら悲鳴を上げた。碧が何でもかんでも波音に言わせようとするので、直接、碧の言葉で聞きたくて、わざとはぐらかしているのだ。
ひとしきり波音をくすぐった後、碧は神妙な面持ちになった。何かを気にしている顔だ。
「どうしました?」
「俺がもし、お前が想っている『深水碧』だとして、記憶を取り戻せるとは限らない。本当に俺で良いのか? 元の世界に帰らなくていいのか?」
「安心してください。私、碧兄ちゃんに似ているから碧さんを好きになったんじゃなくて、強引で偉そうで不器用なところも全部含めて、この碧さんが大好きなんです。今更、どうしても帰りたいなんて思いません。碧さんと一緒にいたいから」
「……無理。なんだ、この可愛い生き物……」
縋り付くようにぎゅっと抱きしめられ、顔を見合わせた後、二人はごくごく自然に唇を重ねた。永遠にも感じるような長い時間、舌を絡ませながら互いの唇を味わって、波音は蕩けた顔を見せる。
「……結婚するんだし、もう襲っていいよな?」
「んっ……やっ、急にどこ触ってるんですか!」
「言っていいのか?」
「恥ずかしいからやめてください! それに、ちゃんと碧さんの気持ち、聞いてません!」
波音の服を脱がそうとする手を捕まえ、波音はぴしゃりと言った。途端に目を逸らす碧だが、観念したように波音を抱きしめて、耳元で囁いた。
「……好きだ。愛してる」
【完】
「長い一日だったな」
「そうですね。なんか、いろんな事がいっぺんに起こりすぎて、わけが分からないです」
碧の家に帰宅後、いつも通り食事と風呂を済ませた波音と碧は、ベッドの上で隣り合って寝転んでいる。砂紋がもたらした混乱は、まだ二人に尾を引いていた。
プロポーズがなかったことになるのだと、あの一瞬で、波音は碧のために覚悟を決めた。心臓が引き絞られる思いだったが、碧の目標の集大成である曲芸団を、手放してほしくなかったのだ。
もちろん、碧には皇族になったとしても、人々を引っ張っていく統率力やカリスマ性はあると思うのだが、波音はピエロを演じている碧の方が好きだ。大好きだ。
もしもあの時、碧が取捨選択していたら、波音は砂紋のところに嫁いでいたかもしれない。どちらも譲れないと我が儘になってくれた碧に、今は感謝の気持ちでいっぱいだ。
「私、砂紋さんの演技って、全部が冗談ではないと思うんですよね……。途中、鬼気迫るものがありましたし」
「ああ。俺に対する恨みつらみは、多分本心だった。それに、お前に本気だって言ってたし」
「あれ、びっくりしました。一目惚れとか、今までされたことありませんでしたし……嘘でしょって」
「いや。砂紋が初めてじゃないぞ」
「え?」
碧が上体を起こし、波音の顔を覗き込む。何かを言いかけて口を開けたが、すぐに閉じてしまった。あれだけ砂紋の前で恥ずかしいやりとりをしておいて、まだ言葉にするのを躊躇っているのだろうか。
「なんですか? 聞きたいです」
「……俺の方が先。お前の面倒を見ようと思ったのも、意地悪したくなるのも、海で助けた時に……惚れたからだ」
碧は枕に顔を突っ伏してしまい、最後の方は声が窄んで聞き取りづらかった。可愛い一面に、波音は笑う。
「そうだったんですか。でも、渚さんからは、碧さんには忘れられない人がいるって聞きましたよ?」
「ああ……ずっと頭に影が引っ掛かってた。俺には、きっと大切な人がいたはずだって。それが、お前が現れた途端に消えたんだ。どういうことだと思う?」
「……さあ?」
「おい。俺をおちょくってるだろ?」
「わっ、くすぐったい! きゃー!」
仕返しのように脇腹をくすぐられ、波音は笑いながら悲鳴を上げた。碧が何でもかんでも波音に言わせようとするので、直接、碧の言葉で聞きたくて、わざとはぐらかしているのだ。
ひとしきり波音をくすぐった後、碧は神妙な面持ちになった。何かを気にしている顔だ。
「どうしました?」
「俺がもし、お前が想っている『深水碧』だとして、記憶を取り戻せるとは限らない。本当に俺で良いのか? 元の世界に帰らなくていいのか?」
「安心してください。私、碧兄ちゃんに似ているから碧さんを好きになったんじゃなくて、強引で偉そうで不器用なところも全部含めて、この碧さんが大好きなんです。今更、どうしても帰りたいなんて思いません。碧さんと一緒にいたいから」
「……無理。なんだ、この可愛い生き物……」
縋り付くようにぎゅっと抱きしめられ、顔を見合わせた後、二人はごくごく自然に唇を重ねた。永遠にも感じるような長い時間、舌を絡ませながら互いの唇を味わって、波音は蕩けた顔を見せる。
「……結婚するんだし、もう襲っていいよな?」
「んっ……やっ、急にどこ触ってるんですか!」
「言っていいのか?」
「恥ずかしいからやめてください! それに、ちゃんと碧さんの気持ち、聞いてません!」
波音の服を脱がそうとする手を捕まえ、波音はぴしゃりと言った。途端に目を逸らす碧だが、観念したように波音を抱きしめて、耳元で囁いた。
「……好きだ。愛してる」
【完】
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