そのΩ売りました。オークションで。

塒 七巳

文字の大きさ
10 / 31

10

しおりを挟む
 


 コンビニで適当なアイスを買って、当ても無く瑞稀と伊瀬は歩く。

「…終電いいの?」
 瑞稀は伊瀬に目を向けずそう尋ねた。
 
「友達に自転車借りてるし、最悪その友達とか漫喫とかあるから平気」
 伊瀬がそう言うと、そっか、と瑞稀も返す。
 
 繁華街を抜け住宅街に出た。
 
 夜でも明るいせいで、今の姿がはっきりと伊瀬に見えてしまうのを瑞稀は後悔した。
 
 せめて、小綺麗な格好を伊瀬には見て欲しかった。
 見せたところで、どうとでも無いが、瑞稀は伊瀬の前では、あくまで自然に、1番良い状態の自分を見せたかった。
 
 住宅街に来ると、人の声も音楽も、あらゆる色の照明も、途端に静まり返る。
 
 
「なんかあった?」
 伊瀬の問いに、瑞稀は肩をピクッと震わせた。
 
「…伊瀬くん、髪伸びたね」
 聞こえなかったふりをして、あからさまに誤魔化す瑞稀に、伊瀬は一瞬眉を顰める。

「あぁ…」
 伊瀬がため息混じりにそう答えると、瑞稀は似合ってるよ、短いのも似合うけど…と何かを隠す様にあえて明るく返した。
 
 

「…須藤も変わった。大学デビュー?そのままでいいのに。可愛いけどさ」
 暫くの沈黙の後、伊瀬がそう言った。

 可愛い、と言われると嬉しい反面、今の状態からしてお世辞なのは幾ら瑞稀でも分かる。
 
 だが、手入れはしてるので、以前より幾分良いと前向きに捉える事にした。


「…連絡、返さなくてごめんね 忙しくて。伊瀬くんは最近どう?彼女とは?」
 なんとなく話題を変えたくて、伊瀬が話す様に瑞稀は仕向ける。
 
 今の瑞稀には、伊瀬に聞かれて困る事しか無い。

 とはいえ、彼女の話なぞ、話したことは無かった。居るのか居ないのか、確証も無い。
 どちらかと言えば、確かめたくなかった…というのが正しいかもしれない。
 
 それでも…さも、知ってるよ、という顔で、瑞稀はあくまで自然に尋ねる。


「…彼女、留学したんだ。休学して。
 一年だけって言ってたけど、延びるかも。それで、別れた。時差もあるし、距離が開くと、やっぱ難しい」

 やっぱりあの美女と付き合ってたんだ。
 そうだよね、知ってたよ、と言えるはずも無い。

 別れた、と聞いても、瑞稀は微塵も期待を抱いていない。抱けば、もっと虚しい思いを味わうのは、容易に想像出来るからだ。
 
 それよりも、彼女を失った伊瀬に同情した。
 
 話ぶりからして、嫌いで別れた訳でも無いと察する。

「…ごめん」
 瑞稀は気の利いた言葉も浮かばず、とりあえずそれだけ小さく口にした。

「なんで須藤が謝るの?」
 伊瀬は困った様な笑みを浮かべて瑞稀を見る。
 
「良いんだよ、これで。終わった事だから」
 伊瀬がカラッとした声でそう答えてくれたのは、気まずい空気を察してなのかもしれない、と瑞稀は思った。
 
 
 ずるいよな、何かあったか聞かれても自分は何も答えずに、気も遣わせて…
 
 瑞稀は買ったアイスが溶ける前に、急いで口の中に頬張る。
 急に寒気がして、瑞稀は両手で肩をさすった。
 
「寒い?」
 伊瀬は羽織っていた薄手のシャツを脱ぎ、瑞稀に差し出した。
 
 いや…と瑞稀が言おうとすると、俺体温高いから、と伊瀬が言うので、瑞稀はお言葉に甘える事にする。
 
 
 住宅街を抜けると、またガヤガヤとした繁華街が近付く。
 
 見て、あれ…と伊瀬が指差すえげつない色の看板を見たりして、2人は笑った。
 
 ポツポツと他愛の無い会話が繁華街の中で続く。
 
 このまま、この時間がずっと続けば良いのに、と瑞稀は思った。
 
 
 周りには酔っ払いや、声高に騒ぐ若者のグループが居る。ふと見た先に、一段と華やかな男女の集団がビルから出て来た。
 
「車どこー?まだ来てないじゃん」
 女性の一際大きな声がする。
 
 その集団の真ん中に居る人物を見て、瑞稀の体は血の気が失せ、動かなくなった。

「ぁ…」
 



 声にならない声が瑞稀の口から漏れて、示し合わせたかにように、喬一の視線が瑞稀へ向かう。
 
 
 喬一の側には露出の多い服を着たスタイルの良い綺麗な女性が居た。

「ていうか最近喬一付き合い悪いよねぇ…連絡しても返さないしさー」
 
 あれが、彼女、なのだろうか…
 
 喬一は瑞稀から目を離さない。
 だが、その表情は瑞稀と違って落ち着き払っている…というよりも、どこまでも冷たく、冷酷にさえ瑞稀には見えた。

 
「飼い猫の世話で忙しいから」
 喬一が瑞稀を見ながらそう言う。
 
「はー?動物嫌いじゃん」
 女性は喬一を見上げながら、不機嫌そうにそう返した。
 

 落ち着け、落ち着け、落ち着け…
 
 
「須藤…?」
 瑞稀のただならぬ様子に、伊瀬がその顔を心配そうに覗き込む。
 
 瑞稀は歩みを進める。

 顔を伏せ、他人のフリして、通り過ぎようとした。
 

 
「なに他人の振りしてんの?」
 喬一の声と共に、瑞稀の腕がぐっと掴まれる。
 
 思わず瑞稀も顔を上げて喬一を見た。
 だが、やはり、喬一が何を考えているのか瑞稀には分からない。

 伊瀬がさっと瑞稀の隣に寄り添った。
 
「知り合い…?」
 伊瀬は怪訝そうな顔を浮かべ、瑞稀を見ながらそう尋ねる。

「こんな夜更けにデート?…ねぇ、なんとか言ったら?」
 喬一はずいっと顔を瑞稀に近づけた。
 
 喬一の美しく整った顔には、喜怒哀楽を感じられない。


「おい!喬一、やめろって!ごめんね、瑞稀ちゃん。こいつ呑んでるから」
 どこからか薫が出て来て、喬一の肩を掴んだ。薫は瑞稀を気遣うような視線を送り、喬一を諌め続ける。
 
「…瑞稀ちゃん?薫まで?へー…すっかり色気づいちゃって」
 喬一は口の端に笑みを浮かべていた。

「手、離して」
 口元だけニッコリと笑った伊瀬が喬一を見下ろしながらそう言う。
 
 
「いや、うちの飼い猫なんだけど?」
 喬一もニッコリと笑って伊瀬にそう返した。
 
「何?」
 伊瀬は不快感を隠さない。
 
 喬一は意味ありげに瑞稀を見つめいる。
 
 まさか、そんな…
 瑞稀は息を大きく吸った。
 
 
「俺が買ったの」
「…やめてっ!」
 瑞稀は喬一の言葉に被せて、叫んだ。



 瑞稀の顔は真っ赤になり、溢れそうな涙を堪えた。


 1番聞かせたく無い人の耳に、その言葉が聞こえてない事を祈りながら。

 
 
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

【完結】愛する人はあの人の代わりに私を抱く

紬あおい
恋愛
年上の優しい婚約者は、叶わなかった過去の恋人の代わりに私を抱く。気付かない振りが我慢の限界を超えた時、私は………そして、愛する婚約者や家族達は………悔いのない人生を送れましたか?

貴方の✕✕、やめます

戒月冷音
恋愛
私は貴方の傍に居る為、沢山努力した。 貴方が家に帰ってこなくても、私は帰ってきた時の為、色々準備した。 ・・・・・・・・ しかし、ある事をきっかけに全てが必要なくなった。 それなら私は…

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写と他もすべて架空です。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

絶望?いえいえ、余裕です! 10年にも及ぶ婚約を解消されても化物令嬢はモフモフに夢中ですので

ハートリオ
恋愛
伯爵令嬢ステラは6才の時に隣国の公爵令息ディングに見初められて婚約し、10才から婚約者ディングの公爵邸の別邸で暮らしていた。 しかし、ステラを呼び寄せてすぐにディングは婚約を後悔し、ステラを放置する事となる。 異様な姿で異臭を放つ『化物令嬢』となったステラを嫌った為だ。 異国の公爵邸の別邸で一人放置される事となった10才の少女ステラだが。 公爵邸別邸は森の中にあり、その森には白いモフモフがいたので。 『ツン』だけど優しい白クマさんがいたので耐えられた。 更にある事件をきっかけに自分を取り戻した後は、ディングの執事カロンと共に公爵家の仕事をこなすなどして暮らして来た。 だがステラが16才、王立高等学校卒業一ヶ月前にとうとう婚約解消され、ステラは公爵邸を出て行く。 ステラを厄介払い出来たはずの公爵令息ディングはなぜかモヤモヤする。 モヤモヤの理由が分からないまま、ステラが出て行った後の公爵邸では次々と不具合が起こり始めて―― 奇跡的に出会い、優しい時を過ごして愛を育んだ一人と一頭(?)の愛の物語です。 異世界、魔法のある世界です。 色々ゆるゆるです。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

処理中です...