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しおりを挟むコンビニで適当なアイスを買って、当ても無く瑞稀と伊瀬は歩く。
「…終電いいの?」
瑞稀は伊瀬に目を向けずそう尋ねた。
「友達に自転車借りてるし、最悪その友達とか漫喫とかあるから平気」
伊瀬がそう言うと、そっか、と瑞稀も返す。
繁華街を抜け住宅街に出た。
夜でも明るいせいで、今の姿がはっきりと伊瀬に見えてしまうのを瑞稀は後悔した。
せめて、小綺麗な格好を伊瀬には見て欲しかった。
見せたところで、どうとでも無いが、瑞稀は伊瀬の前では、あくまで自然に、1番良い状態の自分を見せたかった。
住宅街に来ると、人の声も音楽も、あらゆる色の照明も、途端に静まり返る。
「なんかあった?」
伊瀬の問いに、瑞稀は肩をピクッと震わせた。
「…伊瀬くん、髪伸びたね」
聞こえなかったふりをして、あからさまに誤魔化す瑞稀に、伊瀬は一瞬眉を顰める。
「あぁ…」
伊瀬がため息混じりにそう答えると、瑞稀は似合ってるよ、短いのも似合うけど…と何かを隠す様にあえて明るく返した。
「…須藤も変わった。大学デビュー?そのままでいいのに。可愛いけどさ」
暫くの沈黙の後、伊瀬がそう言った。
可愛い、と言われると嬉しい反面、今の状態からしてお世辞なのは幾ら瑞稀でも分かる。
だが、手入れはしてるので、以前より幾分良いと前向きに捉える事にした。
「…連絡、返さなくてごめんね 忙しくて。伊瀬くんは最近どう?彼女とは?」
なんとなく話題を変えたくて、伊瀬が話す様に瑞稀は仕向ける。
今の瑞稀には、伊瀬に聞かれて困る事しか無い。
とはいえ、彼女の話なぞ、話したことは無かった。居るのか居ないのか、確証も無い。
どちらかと言えば、確かめたくなかった…というのが正しいかもしれない。
それでも…さも、知ってるよ、という顔で、瑞稀はあくまで自然に尋ねる。
「…彼女、留学したんだ。休学して。
一年だけって言ってたけど、延びるかも。それで、別れた。時差もあるし、距離が開くと、やっぱ難しい」
やっぱりあの美女と付き合ってたんだ。
そうだよね、知ってたよ、と言えるはずも無い。
別れた、と聞いても、瑞稀は微塵も期待を抱いていない。抱けば、もっと虚しい思いを味わうのは、容易に想像出来るからだ。
それよりも、彼女を失った伊瀬に同情した。
話ぶりからして、嫌いで別れた訳でも無いと察する。
「…ごめん」
瑞稀は気の利いた言葉も浮かばず、とりあえずそれだけ小さく口にした。
「なんで須藤が謝るの?」
伊瀬は困った様な笑みを浮かべて瑞稀を見る。
「良いんだよ、これで。終わった事だから」
伊瀬がカラッとした声でそう答えてくれたのは、気まずい空気を察してなのかもしれない、と瑞稀は思った。
ずるいよな、何かあったか聞かれても自分は何も答えずに、気も遣わせて…
瑞稀は買ったアイスが溶ける前に、急いで口の中に頬張る。
急に寒気がして、瑞稀は両手で肩をさすった。
「寒い?」
伊瀬は羽織っていた薄手のシャツを脱ぎ、瑞稀に差し出した。
いや…と瑞稀が言おうとすると、俺体温高いから、と伊瀬が言うので、瑞稀はお言葉に甘える事にする。
住宅街を抜けると、またガヤガヤとした繁華街が近付く。
見て、あれ…と伊瀬が指差すえげつない色の看板を見たりして、2人は笑った。
ポツポツと他愛の無い会話が繁華街の中で続く。
このまま、この時間がずっと続けば良いのに、と瑞稀は思った。
周りには酔っ払いや、声高に騒ぐ若者のグループが居る。ふと見た先に、一段と華やかな男女の集団がビルから出て来た。
「車どこー?まだ来てないじゃん」
女性の一際大きな声がする。
その集団の真ん中に居る人物を見て、瑞稀の体は血の気が失せ、動かなくなった。
「ぁ…」
声にならない声が瑞稀の口から漏れて、示し合わせたかにように、喬一の視線が瑞稀へ向かう。
喬一の側には露出の多い服を着たスタイルの良い綺麗な女性が居た。
「ていうか最近喬一付き合い悪いよねぇ…連絡しても返さないしさー」
あれが、彼女、なのだろうか…
喬一は瑞稀から目を離さない。
だが、その表情は瑞稀と違って落ち着き払っている…というよりも、どこまでも冷たく、冷酷にさえ瑞稀には見えた。
「飼い猫の世話で忙しいから」
喬一が瑞稀を見ながらそう言う。
「はー?動物嫌いじゃん」
女性は喬一を見上げながら、不機嫌そうにそう返した。
落ち着け、落ち着け、落ち着け…
「須藤…?」
瑞稀のただならぬ様子に、伊瀬がその顔を心配そうに覗き込む。
瑞稀は歩みを進める。
顔を伏せ、他人のフリして、通り過ぎようとした。
「なに他人の振りしてんの?」
喬一の声と共に、瑞稀の腕がぐっと掴まれる。
思わず瑞稀も顔を上げて喬一を見た。
だが、やはり、喬一が何を考えているのか瑞稀には分からない。
伊瀬がさっと瑞稀の隣に寄り添った。
「知り合い…?」
伊瀬は怪訝そうな顔を浮かべ、瑞稀を見ながらそう尋ねる。
「こんな夜更けにデート?…ねぇ、なんとか言ったら?」
喬一はずいっと顔を瑞稀に近づけた。
喬一の美しく整った顔には、喜怒哀楽を感じられない。
「おい!喬一、やめろって!ごめんね、瑞稀ちゃん。こいつ呑んでるから」
どこからか薫が出て来て、喬一の肩を掴んだ。薫は瑞稀を気遣うような視線を送り、喬一を諌め続ける。
「…瑞稀ちゃん?薫まで?へー…すっかり色気づいちゃって」
喬一は口の端に笑みを浮かべていた。
「手、離して」
口元だけニッコリと笑った伊瀬が喬一を見下ろしながらそう言う。
「いや、うちの飼い猫なんだけど?」
喬一もニッコリと笑って伊瀬にそう返した。
「何?」
伊瀬は不快感を隠さない。
喬一は意味ありげに瑞稀を見つめいる。
まさか、そんな…
瑞稀は息を大きく吸った。
「俺が買ったの」
「…やめてっ!」
瑞稀は喬一の言葉に被せて、叫んだ。
瑞稀の顔は真っ赤になり、溢れそうな涙を堪えた。
1番聞かせたく無い人の耳に、その言葉が聞こえてない事を祈りながら。
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