然る日の手紙 泉田高校放課後事件録

野村だんだら

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3 彼女の部活は

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 翌朝、登校した聡介が教室に涼太郎の姿を探したところ、彼はいなかった。駐輪場に自転車があるのを確認したから、すでに登校しているはずなのだが。
 代わりに、窓外を眺める泉の姿を目に留めて、声をかけた。
「おはよう、井上さん。涼太郎を見ていないか?」
「あ、おはよう」
 振り返って笑顔を見せてくれる。「校舎の写真を撮ってくる、って言ってたから、しばらくは戻んないと思うわよ」
 言って、窓の方へと向き直った泉は、そのままきょろきょろと窓外に目を凝らしている。涼太郎を探してくれているらしい。
 隣に並んで聡介も外を見渡せば、六月の空はからりと晴れていて、いかにも初夏といった風情。西之山の稜線から細く長くたなびく雲の、落とす影が山裾を滑り降てしまう前に、もやにも似たそれは、澄んだ大気に吸い込まれるようにして溶けて消えている。
 朝もそう遅い時間でもないのに、射るような陽射しが、高く澄み渡る空の青をどこまでも貫いて、白い校舎特別棟に灰色の陰を落としているのが、教室から見えていた。
 泉田高校の校舎は、普段の授業で使われる各クラス教室のある一般棟と、特別授業や文化部の活動で使われる特別棟の他、体育館と、錬心舘と呼ばれる体育館のおまけみたいな建物がある。
 四階建ての一般棟には、一階に職員室や保健室、生徒指導室等が、二階から上には下から順に一年、二年、三年生の教室が割り振られている。また、一般棟と渡り廊下で繋がれた特別棟も四階建てである。ところが渡り廊下の方は三階までの高さしかないため、一般棟四階から特別棟へ行くには三階に下りなければならず、あまつさえ屋根が無いものだから雨天ともなればさらに下、二階まで下りなければならなくなる。ともすれば、上級生は苦労しているらしく結泉部長は「授業の移動が辛い」と嘆いていた。
 そうした渡り廊下が東西の二ヶ所にあって校舎二棟を繋げば、これらに囲まれてできる空間は、いわゆる中庭となっている。常緑樹や生け垣がある他にちょっとしたベンチなんかもあって、晴れた日の昼の時間ともなれば仲睦まじいカップルが見せつけるようにお弁当を食べたり食べさせたりしている姿を、見たくなくとも見ることになる。そんな憩いの空間も、文化祭の折には野外ステージになったり模擬店が並んだりするのだとか。
「いないな」
 教室から眺めただけでは涼太郎を見つけられなかったため、こうして西二階渡り廊下まで出て来たが、ざっと見渡してもそれらしき人影はない。ひょろりとした体躯で背のすこぶる高い彼は、歩いていれば一目でそれと分かるはずで、これが見えないということは、どこか室内にいるか東渡り廊下の向こう、ここからは見えない体育館か錬心舘か、あるいは特別棟裏側に広がるグラウンドにでも行っているのだろうか。
「ところで稲富君」
 渡り廊下まで付いてきた泉は、風に吹かれたスカートが捲れそうになるのを押さえている。ここの壁は腰の高さまでしかなくそれより上は欄干があるだけなため風通しがいい。ともすれば、ここを渡る女生徒は用心する必要があった。
「どうした?」
「えっと、珍しいなと思って」
 何が珍しいのか。聡介が眉をひそめたのが可笑しかったのか、泉は遠慮がちに笑った。
「朝から、本も読まないで工藤君を探すなんて、どうしたのかな、って」
 この口ぶりからすると、泉は涼太郎の浮気疑惑を知らないらしい。あまり吹聴する話でもないため聡介が返答に窮していると、泉は何をか察したらしく「無理に答えなくてもいいのよ」と苦笑を浮かべた。心遣いがありがたい。
「ただ、さ。工藤君このところ変と言うか、部活も早く切り上げているみたいだし、そのことと関係してるのかな、って思っただけ」
「涼太郎のこと、よく見てるんだな」
 先日は「見ている余裕はない」などと言っていたはずだが、あれは何だったのだ。
「そりゃあ、ね。園ちゃんの恋人だし。それに、ほら、わたしの初恋だし」
 さも何でもないことのように泉は、あっさり「初恋」を口にしたが初耳だ。
「涼太郎が好きなのか?」
「それがね、今はまるでそんなこともないのよ」
 泉はアハハと自嘲気味に笑う。「想像の中ではもっと嫉妬したりなんだったり、あると思ってたんだけどね。どうにも、わたしには園ちゃんの方が大事なみたいなのよ。案外、中学の頃のわたしって、園ちゃんが好きな工藤君を気にしてただけなのかも」
 その理屈なら、園子が思いを寄せている、涼太郎のことを泉が今でも気にかけてしまう理由を察することができなくもない。園子に関心を寄せれば、涼太郎のことも自ずと視界に入ってしまうというわけだ。意識して「見ている余裕はない」が勝手に視界に入るぶんにはまだ余地がある、と。

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