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6 雨靄に霞む
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翌日の、金曜日は朝から重たそうな雲が空一面を覆っていて、江斐川にかかる三町大橋を渡り切ったあたりからは、ぽつぽつと雨滴が頬を叩き始めた。降り始めとあって雨脚も弱いとくればレインコートを羽織るのももどかしくて、聡介は高校までの真っ直ぐな道をひたすらに急いだ。
水田の間を駆け抜け正門をくぐり、まだ空きの目立つ駐輪場に自転車を止める。教室に着く頃にもなれば、雨脚は強くなっていた。クラスメイトの姿もまばらな教室を見渡せば、隅の席で窓を開けたままぼんやりと外を眺めていたらしい涼太郎が、億劫そうな手つきで窓を閉めている。どうやら雨だけでなく風まで吹き始めたらしい。
「よう、涼太郎」
声をかけると、渋い顔の涼太郎が振り返る。
「よう、じゃない。お前、園子に何か言ったな?」
涼太郎の指摘に心当たりはあるが、その責めるような口ぶりは、あんまりと言うか心外だ。そもそも、誰のせいでそうなったと思っているのか。
肩をすくめる。
「お前の言葉を伝えて、信じてもらうために出まかせを言った」
「やっぱり、な。そんなところだと思った。まったく……」
ため息を零した涼太郎が、力なく笑う。「分かっちゃいたがしかし、園子は本当に、聡介のことを信頼しているよ。少しだけ嫉妬しそうになる」
「お前なぁ」
呆れた聡介が語勢を強めれば、涼太郎はすまなそうに眉を寄せて、かぶりを振った。苦し気に顔を歪める。
「いや、悪い。お前にそれを言わせたのは俺だ。お前の言葉なら園子は信じる、って分かっていて俺が頼んだんだ。何かを言えた義理じゃないことは、分かってるんだ。ただ……、駄目な奴だな、俺は。昨日の帰りに、園子がなんて言ったと思う? 信じるね、だぞ。言えないことがあるなら、それでもいいよ、ってだな。笑顔で言うんだ。まったく、園子には敵わないよ」
なるほど、昨日の部活を最後まで残った涼太郎は、園子と家路を共にしたらしい。しかし、敵わない、とは。
「なんだ。まさか、後ろ暗いところがある、なんて言わないだろうな?」
浮気をしておいて、信じてくれと、聡介の口から園子に伝えさせたと言うつもりか。だとすれば、酷く裏切られた心地だ。
「まさか。誓って、お前等の考えているような、例えば浮気だなんてことはしていない。ただ、園子の方から正面切って、言わなくても構わない、なんてことを仏みたいな顔で言われると、俺も応えると言うか、悪いことをしている気になるんだ」
天を仰いで、ため息まじりに自嘲する。「なぁ。聡介は、もしかして気付いているのか?」
「何をだ」
「いや、気付いていないならいいんだ。ただ、お前は妙なところで鋭いから」
聡介は、ため息をつく。
「前から言っていると思うが、涼太郎のそれは過大評価だ。皆言っているだろう、大概鈍い、って」
「そうだったな。お前は、基本が酷く鈍感だった。それで鈍感と言えば、件の涼乃ちゃんとはどうなんだ?」
「お前は、人の心配をしていい立場にない」
「そう邪険にしてくれるなよ。親戚の子に名前が似ているから、どうにも気になるんだ」
気になるからと言われて正直に話せば、色々と訊かれて涼太郎から話を聞くどころではなくなる。肩をすくめて、
「まあ、仲良くやっているよ」
とだけ答える。「親戚の片瀬涼音さんとは、あれから相談に乗ってやったのか?」
「ん?」
しばしの間があってから、涼太郎は、なにやら得心したふうに頷いた。「ああ、そうだな。一応は、落ち着いているよ」
「今の間は、なんだ。放課後に会ってるのは、その片瀬涼音さんじゃないのか?」
それを隠す理由はとかくして、浮気でないなら親戚と会っているのだろうと考えていたのだが。
「従妹の涼音と会うのに俺が、お前等に隠し立てする必要なんてないだろう?」
肩をすくめる仕草が、どこかわざとらしく見えた。「まあ、事情が事情だから、知らないなら黙っていたかもしれないけど、な。聡介には涼音の両親のことは話したんだ。黙っている理由がない」
なるほど道理だ。しかし、それなら。
「お前は何を隠している?」
「言えない。そう言ったはずだ」
本日も涼太郎は、取り付く島もない。
水田の間を駆け抜け正門をくぐり、まだ空きの目立つ駐輪場に自転車を止める。教室に着く頃にもなれば、雨脚は強くなっていた。クラスメイトの姿もまばらな教室を見渡せば、隅の席で窓を開けたままぼんやりと外を眺めていたらしい涼太郎が、億劫そうな手つきで窓を閉めている。どうやら雨だけでなく風まで吹き始めたらしい。
「よう、涼太郎」
声をかけると、渋い顔の涼太郎が振り返る。
「よう、じゃない。お前、園子に何か言ったな?」
涼太郎の指摘に心当たりはあるが、その責めるような口ぶりは、あんまりと言うか心外だ。そもそも、誰のせいでそうなったと思っているのか。
肩をすくめる。
「お前の言葉を伝えて、信じてもらうために出まかせを言った」
「やっぱり、な。そんなところだと思った。まったく……」
ため息を零した涼太郎が、力なく笑う。「分かっちゃいたがしかし、園子は本当に、聡介のことを信頼しているよ。少しだけ嫉妬しそうになる」
「お前なぁ」
呆れた聡介が語勢を強めれば、涼太郎はすまなそうに眉を寄せて、かぶりを振った。苦し気に顔を歪める。
「いや、悪い。お前にそれを言わせたのは俺だ。お前の言葉なら園子は信じる、って分かっていて俺が頼んだんだ。何かを言えた義理じゃないことは、分かってるんだ。ただ……、駄目な奴だな、俺は。昨日の帰りに、園子がなんて言ったと思う? 信じるね、だぞ。言えないことがあるなら、それでもいいよ、ってだな。笑顔で言うんだ。まったく、園子には敵わないよ」
なるほど、昨日の部活を最後まで残った涼太郎は、園子と家路を共にしたらしい。しかし、敵わない、とは。
「なんだ。まさか、後ろ暗いところがある、なんて言わないだろうな?」
浮気をしておいて、信じてくれと、聡介の口から園子に伝えさせたと言うつもりか。だとすれば、酷く裏切られた心地だ。
「まさか。誓って、お前等の考えているような、例えば浮気だなんてことはしていない。ただ、園子の方から正面切って、言わなくても構わない、なんてことを仏みたいな顔で言われると、俺も応えると言うか、悪いことをしている気になるんだ」
天を仰いで、ため息まじりに自嘲する。「なぁ。聡介は、もしかして気付いているのか?」
「何をだ」
「いや、気付いていないならいいんだ。ただ、お前は妙なところで鋭いから」
聡介は、ため息をつく。
「前から言っていると思うが、涼太郎のそれは過大評価だ。皆言っているだろう、大概鈍い、って」
「そうだったな。お前は、基本が酷く鈍感だった。それで鈍感と言えば、件の涼乃ちゃんとはどうなんだ?」
「お前は、人の心配をしていい立場にない」
「そう邪険にしてくれるなよ。親戚の子に名前が似ているから、どうにも気になるんだ」
気になるからと言われて正直に話せば、色々と訊かれて涼太郎から話を聞くどころではなくなる。肩をすくめて、
「まあ、仲良くやっているよ」
とだけ答える。「親戚の片瀬涼音さんとは、あれから相談に乗ってやったのか?」
「ん?」
しばしの間があってから、涼太郎は、なにやら得心したふうに頷いた。「ああ、そうだな。一応は、落ち着いているよ」
「今の間は、なんだ。放課後に会ってるのは、その片瀬涼音さんじゃないのか?」
それを隠す理由はとかくして、浮気でないなら親戚と会っているのだろうと考えていたのだが。
「従妹の涼音と会うのに俺が、お前等に隠し立てする必要なんてないだろう?」
肩をすくめる仕草が、どこかわざとらしく見えた。「まあ、事情が事情だから、知らないなら黙っていたかもしれないけど、な。聡介には涼音の両親のことは話したんだ。黙っている理由がない」
なるほど道理だ。しかし、それなら。
「お前は何を隠している?」
「言えない。そう言ったはずだ」
本日も涼太郎は、取り付く島もない。
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