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1その5
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「……それで、グレンからはどんな謝罪が聞けるのかしら?」
怒って出て行ってしまっていたマギエラは、捜したところ――と言ってもキーン夫人に行先を尋ねただけで済んだのだが――リージェント街の機巧屋オリエント・ギアに居たものの、当然のようにまだ不貞腐れていた。故に、彼女をコレット女史の縁者と知る店主は、カウンターの向こうで直立不動の姿勢のまま顔だけをやたら青くしていて、千早にはそれが不憫でしかたがなく思えた。
「いったい、何をやらかしてくれたのだね」
迷惑顔の店主だが、千早としては肩をすくめるしかない。
「エリーの機嫌が、ちょっと今朝から悪くてですね……」
「謝罪なぞする気はないぞ」
一方は、頑として言う警部である。「人間がひとり死んでいるのだ、意見のひとつくらいは聞かせてくれてもいいだろう?」
「人間が? いいえ。死刑囚が、の間違いでしょう? 遅かれ早かれ死ぬ運命にあった男の死因を追及して、それが何になると言うの?」
「このまま原因が分からなければ、次の犠牲は善良な市民かもしれん」
マギエラが、全てを見透かすようなピンクオパールの双眸を細めた。続けて、フフッと鼻で笑う。
「おかしなものね。原因が分からないだなんて言い草からすると、蒸気歯車はもちろん車体に異常も無かったのでしょう? それなのに、これ以上誰が犠牲になると言うのかしら」
懐から取り出したパイプを指で弄びつつ言うマギエラだったが、ふと「まさか」と呟いて顔をしかめた。何かに気付いたのだろうか。
「……グレン、埠頭の傾斜は調べたのでしょうね?」
「もちろんだとも。水平は確認済みだ」
何を今更、と憤然たるグラント警部である。
するとマギエラは眉を開くや、またしても鼻で笑ってみせている。続けて「なるほど」とも聞こえた気がした後、彼女は店内の、商談用だろうロッキングチェアに身を沈めて瞑目した。
「わたしには、ね。すべてを理解している男に貸してやる知恵なんて無いわ。けれど、そうね……たしかに、意見くらいはしてあげてもいいかしらね」
――グレン、自分を騙すのはもうやめたら?
マギエラは、たしかにそう呟いて。そして、これを聞いたグラント警部は肩を怒らせると、機巧屋のドアを乱暴に開けて出て行ってしまった。
……いったい、何が起きたというのだろう。千早には、まるで理解ができない。
やがて、開け放たれたままのドアから外の煤けた空気が入って来て、それを認識したらしい店の自動人形が、お辞儀をしつつ、ゆったりとした動作でドアを閉めていた。
怒って出て行ってしまっていたマギエラは、捜したところ――と言ってもキーン夫人に行先を尋ねただけで済んだのだが――リージェント街の機巧屋オリエント・ギアに居たものの、当然のようにまだ不貞腐れていた。故に、彼女をコレット女史の縁者と知る店主は、カウンターの向こうで直立不動の姿勢のまま顔だけをやたら青くしていて、千早にはそれが不憫でしかたがなく思えた。
「いったい、何をやらかしてくれたのだね」
迷惑顔の店主だが、千早としては肩をすくめるしかない。
「エリーの機嫌が、ちょっと今朝から悪くてですね……」
「謝罪なぞする気はないぞ」
一方は、頑として言う警部である。「人間がひとり死んでいるのだ、意見のひとつくらいは聞かせてくれてもいいだろう?」
「人間が? いいえ。死刑囚が、の間違いでしょう? 遅かれ早かれ死ぬ運命にあった男の死因を追及して、それが何になると言うの?」
「このまま原因が分からなければ、次の犠牲は善良な市民かもしれん」
マギエラが、全てを見透かすようなピンクオパールの双眸を細めた。続けて、フフッと鼻で笑う。
「おかしなものね。原因が分からないだなんて言い草からすると、蒸気歯車はもちろん車体に異常も無かったのでしょう? それなのに、これ以上誰が犠牲になると言うのかしら」
懐から取り出したパイプを指で弄びつつ言うマギエラだったが、ふと「まさか」と呟いて顔をしかめた。何かに気付いたのだろうか。
「……グレン、埠頭の傾斜は調べたのでしょうね?」
「もちろんだとも。水平は確認済みだ」
何を今更、と憤然たるグラント警部である。
するとマギエラは眉を開くや、またしても鼻で笑ってみせている。続けて「なるほど」とも聞こえた気がした後、彼女は店内の、商談用だろうロッキングチェアに身を沈めて瞑目した。
「わたしには、ね。すべてを理解している男に貸してやる知恵なんて無いわ。けれど、そうね……たしかに、意見くらいはしてあげてもいいかしらね」
――グレン、自分を騙すのはもうやめたら?
マギエラは、たしかにそう呟いて。そして、これを聞いたグラント警部は肩を怒らせると、機巧屋のドアを乱暴に開けて出て行ってしまった。
……いったい、何が起きたというのだろう。千早には、まるで理解ができない。
やがて、開け放たれたままのドアから外の煤けた空気が入って来て、それを認識したらしい店の自動人形が、お辞儀をしつつ、ゆったりとした動作でドアを閉めていた。
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