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6その8
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「それの中身は見たくない」
コレット女史が封筒に触れるなりそう言って出て行ったグラント警部を、ミリアが見送って、そうして彼女が戻ってくる頃には、テーブルの上には古い地図が広げられていた。見たところノッティンガムシャー州のもので、エドウィンストー周辺の街路や街道が描かれているようだ。とはいえざっくりとした地図で、建物などの詳細は分からない。
「これが……?」
目をパチクリとさせてミス・キャロリンが首を捻る。要点を理解していないのであろう彼女に、コレット女史が頷きを返した。
「そう。これが、わたしが今『シャーウッド・ローズについて気になっていること』よ。地図の何ヶ所かに印が打ってあるのが分かるかしら?」
「ええと、この赤いバツ印……の、ことでしょうか?」
地図には、何ヶ所か赤色で×が記されていた。印の位置その物に法則性は無いようで、何らかの魔術を行使していたというわけでもなさそうである。
「この印のひとつに、思い当たるふしがあるかどうかを聞きたいの。エドウィンストーの街の近く……修道院の北側にちょうどひとつ印があるでしょう? この場所に心当たりがあるのではないかと思って、この資料を持ち出してきたのよ」
「修道院の北、って……!」
ミス・キャロリンが眼を見開いた。その視線は、地図の一点に釘付けになる。わなわなと震える唇から「どうして」と言葉が漏れた。
「どうして、シャーウッド・ローズの自生地がこの地図に記されているんですか?」
すると、コレット女史はかぶりを振った。
「これは、シャーウッド・ローズの自生地を記した地図ではないわ。ここに記されているのはすべて、セシリアお婆様が、マグヌサイトを肥料に出来ないかと考えて、実験をした場所なのよ」
なるほど。先程、コレット女史はこの資料について『マグヌサイトの肥料的価値とその評価』と論文のタイトルを口にしていた。この地図にあるバツ印は、その全てが『マグヌサイトの肥料的価値』を試した場所なのだ。そして、そのうちの一ヶ所に、シャーウッド・ローズが自生していたということになる。あるいは、これは……、
マギエラが眉をひそめた。
「マグヌサイトは魔術の塊だわ。もしかして、これの魔術の影響を受けて、シャーウッド・フォレストに自生していた何らかの植物が、変容した……?」
「そう。わたしもそれを疑っているの」
コレット女史が頷いた。「シャーウッド・フォレストに自生していたシダ植物か、あるいはまったく違う別の植物か、どのような植物かは定かではないけれど、この場にもともと自生していた植物のうちの一種類が、マグヌサイトの影響を受けて変容した結果、シャーウッド・ローズが誕生した。わたしは、そう考えているの。だから、シャーウッド・フォレストに詳しいミス・キャロリンに、この研究を引き継いで欲しいと考えているのだけれど――」
「ちょ、ちょっと待って下さい。シャーウッド・ローズが、マグヌサイトから生まれた……と、そう言いたいんですか? でも、シャーウッド・ローズはあの場所にしか自生していない植物で……この地図によると、他の場所でも実験は行われていますよね? どうしてあの場所だけなんですか?」
当然の疑問だ。ところが戸惑うミス・キャロリンに、コレット女史はニコリとした。
「それを、あなたに調べてもらいたいのよ。――具体的に言うと、どの植物が変容した結果、シャーウッド・ローズが誕生したのかを、ね。修道院の北側にしかシャーウッド・ローズが誕生しなかった理由は……おそらく、シャーウッド・ローズの元となった植物が、他の場所には自生していなかった、ただそれだけのことなのよ」
コレット女史の言にミス・キャロリンもようやくその意図するところに気付いたらしいことを、千早は察する。彼女が息を呑んだのである。
「つまり……わたしに、シャーウッド・ローズを作れ、と。そう仰るのですか?」
「ええ、そうよ」
コレット女史は、事も無げにそう言う。
それは……荷が勝ち過ぎているのではなかろうか。
そう思うも、それを千早が口に出来なかったのは、ミス・キャロリンが、罪人だったからなのかもしれない。
要するにこれが、コレット女史の用意した贖罪なのだ。
逃げられなくした上で弟子にする。なんて狡猾なのだろう。
千早は、そんなコレット女史をまるでネペンテスのようだと思った。
コレット女史が封筒に触れるなりそう言って出て行ったグラント警部を、ミリアが見送って、そうして彼女が戻ってくる頃には、テーブルの上には古い地図が広げられていた。見たところノッティンガムシャー州のもので、エドウィンストー周辺の街路や街道が描かれているようだ。とはいえざっくりとした地図で、建物などの詳細は分からない。
「これが……?」
目をパチクリとさせてミス・キャロリンが首を捻る。要点を理解していないのであろう彼女に、コレット女史が頷きを返した。
「そう。これが、わたしが今『シャーウッド・ローズについて気になっていること』よ。地図の何ヶ所かに印が打ってあるのが分かるかしら?」
「ええと、この赤いバツ印……の、ことでしょうか?」
地図には、何ヶ所か赤色で×が記されていた。印の位置その物に法則性は無いようで、何らかの魔術を行使していたというわけでもなさそうである。
「この印のひとつに、思い当たるふしがあるかどうかを聞きたいの。エドウィンストーの街の近く……修道院の北側にちょうどひとつ印があるでしょう? この場所に心当たりがあるのではないかと思って、この資料を持ち出してきたのよ」
「修道院の北、って……!」
ミス・キャロリンが眼を見開いた。その視線は、地図の一点に釘付けになる。わなわなと震える唇から「どうして」と言葉が漏れた。
「どうして、シャーウッド・ローズの自生地がこの地図に記されているんですか?」
すると、コレット女史はかぶりを振った。
「これは、シャーウッド・ローズの自生地を記した地図ではないわ。ここに記されているのはすべて、セシリアお婆様が、マグヌサイトを肥料に出来ないかと考えて、実験をした場所なのよ」
なるほど。先程、コレット女史はこの資料について『マグヌサイトの肥料的価値とその評価』と論文のタイトルを口にしていた。この地図にあるバツ印は、その全てが『マグヌサイトの肥料的価値』を試した場所なのだ。そして、そのうちの一ヶ所に、シャーウッド・ローズが自生していたということになる。あるいは、これは……、
マギエラが眉をひそめた。
「マグヌサイトは魔術の塊だわ。もしかして、これの魔術の影響を受けて、シャーウッド・フォレストに自生していた何らかの植物が、変容した……?」
「そう。わたしもそれを疑っているの」
コレット女史が頷いた。「シャーウッド・フォレストに自生していたシダ植物か、あるいはまったく違う別の植物か、どのような植物かは定かではないけれど、この場にもともと自生していた植物のうちの一種類が、マグヌサイトの影響を受けて変容した結果、シャーウッド・ローズが誕生した。わたしは、そう考えているの。だから、シャーウッド・フォレストに詳しいミス・キャロリンに、この研究を引き継いで欲しいと考えているのだけれど――」
「ちょ、ちょっと待って下さい。シャーウッド・ローズが、マグヌサイトから生まれた……と、そう言いたいんですか? でも、シャーウッド・ローズはあの場所にしか自生していない植物で……この地図によると、他の場所でも実験は行われていますよね? どうしてあの場所だけなんですか?」
当然の疑問だ。ところが戸惑うミス・キャロリンに、コレット女史はニコリとした。
「それを、あなたに調べてもらいたいのよ。――具体的に言うと、どの植物が変容した結果、シャーウッド・ローズが誕生したのかを、ね。修道院の北側にしかシャーウッド・ローズが誕生しなかった理由は……おそらく、シャーウッド・ローズの元となった植物が、他の場所には自生していなかった、ただそれだけのことなのよ」
コレット女史の言にミス・キャロリンもようやくその意図するところに気付いたらしいことを、千早は察する。彼女が息を呑んだのである。
「つまり……わたしに、シャーウッド・ローズを作れ、と。そう仰るのですか?」
「ええ、そうよ」
コレット女史は、事も無げにそう言う。
それは……荷が勝ち過ぎているのではなかろうか。
そう思うも、それを千早が口に出来なかったのは、ミス・キャロリンが、罪人だったからなのかもしれない。
要するにこれが、コレット女史の用意した贖罪なのだ。
逃げられなくした上で弟子にする。なんて狡猾なのだろう。
千早は、そんなコレット女史をまるでネペンテスのようだと思った。
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