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出て行く背中を見送りながら、聡介はため息をついた。図書室には、友人に見捨てられたと思ってしょぼくれてしまっている小寺先輩と、どういうわけか泣き腫らした顔の高篠先輩。これで気まずくないわけがない。
「稲富君、あの……」
俯いた小寺先輩が、上目遣いに縋るような視線を向けてくる。こういう目は、やめてほしい。断るにも断れなくなってしまう。
聡介はまたぞろため息をついた。
「あんまり、期待しないで下さいよ」
聡介が言うと、小寺先輩は少しだけ安堵したふうな表情を浮かべた。
して、考えるにしてもその前に、気になって仕方がないことがある。
「ところで、高篠先輩はどうして泣いてるんですか?」
すると高篠先輩は拗ねたように視線を逸らして、「泣いてない」と呟く。どうして嘘を付くのだろう。それに、物怖じしない彼女を泣かせたものとはいったい何だろうか。
ふと考えてみた時、聡介は、昨日の昼休みに悩まし気と言うか物憂げともとれる様子で、本に視線を落としてはため息をついていた高篠先輩を思い出した。
つまり、そういうことなのだろうか?
他に返却ボックスを黙って開ける動機のある人物がいない以上、この思い付きはおそらく正しい。聡介の仮説であれば、高篠先輩の涙の理由も、『親切な亡霊』の謎も説明できる。できてしまうがしかし、これを小寺先輩の前で説明するのははばかられるし、高篠先輩に真相を確かめるのも、彼女の心の傷をえぐることになりそうで、これもあまりしたくない。
それに考えてもみれば、幽霊騒動の原因の一部は聡介にもあるのではないだろうか。あの時、時間を気にするあまり聡介は、冒しがたい雰囲気をまとった「図書室の妖精」に、無遠慮にも声をかけてしまった。
聡介が、どうしたものかと考えあぐねていると、高篠先輩が遠慮がちに口を開けようとしているのが見えた。一瞬だけ開けかけた口を、逡巡して閉じて、またためらいがちに唇を薄く開けて、閉じる。
どうやら、高篠先輩は彼女の知るすべてを話す気らしい。しかしそれでは、傷心の彼女は自らの手でその傷を、友人の前でえぐって見せなければならなくなる。傷付いて間もないだろうに、それはあまりにも不憫だ。
そう思った時、聡介は思わず口を開いていた。頭を下げる。
「すみません、俺です。あんまり忙しそうだったので、声をかけるのも躊躇われて勝手に棚に戻しました。迷惑をかけてすみませんでした」
訝しげに眉を寄せたのは小寺先輩で、もともと大きな目をさらに見開いて大きくしたのは高篠先輩だった。
「稲富君、さっきは部活で図書室には来ていない、って」
小寺先輩は困惑気味に言う。
「結泉部長にずっと付っきりと言うわけでもないです」
「それは、そうでしょうけど……」
納得がいかないらしい。さて、困った。困ったが、もうひとり困惑している人がいて、彼女への説明の方が先だろう。
「あの、稲富君……どうして?」
高篠先輩である。彼女は、「どうしてわたしのために嘘を付くの?」と問うている。
「俺が原因だからです。あの時、俺が声をかけなければ、先輩はあの手紙を慌てて隠す必要もなかったはずです」
すると高篠先輩は肩を震わせて、一瞬だけ傷付いたふうな悲しげな眼をした。「手紙」という言葉に、色々と思い出してしまったのだろう。
小寺先輩は、高篠先輩と聡介を見比べて首を捻っていた。
「どういうことなの?」
「こっちの話は、聞かないであげてください」
聡介に言われ小寺先輩は、泣き腫らして赤くなった目に溜まった、高篠先輩の涙を見て、諦めたように肩をすくめてはため息をついた。
「とりあえず、夏純が泣いている事情は、何となく分かった気がする。だから、まあ聞かない。でも、稲富君が嘘を付く理由が分からない」
聡介は苦笑した。
「嘘じゃないですよ。俺が返却ボックスを開けて本を戻したんです。以後、気を付けますから」
聡介が彼女の目を見て言うと、小寺先輩は根負けしたふうに視線を逸らした。
「意外に強情よね」
ため息が漏れた。呆れているようだ。
「あの、茉莉」
遠慮がちに高篠先輩が声をかける。すると小寺先輩は何をか察した様子で、小さく頷いた。労わるような視線の後に、彼女はいたずらっぽく微笑んでみせる。
「さて、幽霊の正体も分かったし、わたしはもう行くわ。図書室は閉館だけど、夏純、戸締りをお願いね。稲富君も、夏純のこと頼んだわよ。あと、これ以上に泣かすんじゃないわよ」
さて、どうだろう。聡介には、約束したところでそれを守れる自信がない。
「善処します」
「男の子なんだから、任せろ、くらい言ってくれなきゃ」
聡介は肩をすくめる。
「任せてください」
「不安になる『任せろ』ね」
失笑した小寺先輩は、聡介に図書室の鍵を預けて扉の方へ歩いていく。出る直前に振り返って、
「本当に、稲富君に夏純のこと任せちゃいたいんだけど」
言葉を切って、かぶりを振る。「ごめん、今のは忘れて。稲富君にも、夏純にも失礼だったわ」
言って、もう一度だけ振り返ってから、小寺先輩は図書室を後にした。
扉一枚を隔てた向こうに喧騒を聞きながら、静かな図書室には聡介と高篠先輩だけが残る。
「稲富君、あの……」
俯いた小寺先輩が、上目遣いに縋るような視線を向けてくる。こういう目は、やめてほしい。断るにも断れなくなってしまう。
聡介はまたぞろため息をついた。
「あんまり、期待しないで下さいよ」
聡介が言うと、小寺先輩は少しだけ安堵したふうな表情を浮かべた。
して、考えるにしてもその前に、気になって仕方がないことがある。
「ところで、高篠先輩はどうして泣いてるんですか?」
すると高篠先輩は拗ねたように視線を逸らして、「泣いてない」と呟く。どうして嘘を付くのだろう。それに、物怖じしない彼女を泣かせたものとはいったい何だろうか。
ふと考えてみた時、聡介は、昨日の昼休みに悩まし気と言うか物憂げともとれる様子で、本に視線を落としてはため息をついていた高篠先輩を思い出した。
つまり、そういうことなのだろうか?
他に返却ボックスを黙って開ける動機のある人物がいない以上、この思い付きはおそらく正しい。聡介の仮説であれば、高篠先輩の涙の理由も、『親切な亡霊』の謎も説明できる。できてしまうがしかし、これを小寺先輩の前で説明するのははばかられるし、高篠先輩に真相を確かめるのも、彼女の心の傷をえぐることになりそうで、これもあまりしたくない。
それに考えてもみれば、幽霊騒動の原因の一部は聡介にもあるのではないだろうか。あの時、時間を気にするあまり聡介は、冒しがたい雰囲気をまとった「図書室の妖精」に、無遠慮にも声をかけてしまった。
聡介が、どうしたものかと考えあぐねていると、高篠先輩が遠慮がちに口を開けようとしているのが見えた。一瞬だけ開けかけた口を、逡巡して閉じて、またためらいがちに唇を薄く開けて、閉じる。
どうやら、高篠先輩は彼女の知るすべてを話す気らしい。しかしそれでは、傷心の彼女は自らの手でその傷を、友人の前でえぐって見せなければならなくなる。傷付いて間もないだろうに、それはあまりにも不憫だ。
そう思った時、聡介は思わず口を開いていた。頭を下げる。
「すみません、俺です。あんまり忙しそうだったので、声をかけるのも躊躇われて勝手に棚に戻しました。迷惑をかけてすみませんでした」
訝しげに眉を寄せたのは小寺先輩で、もともと大きな目をさらに見開いて大きくしたのは高篠先輩だった。
「稲富君、さっきは部活で図書室には来ていない、って」
小寺先輩は困惑気味に言う。
「結泉部長にずっと付っきりと言うわけでもないです」
「それは、そうでしょうけど……」
納得がいかないらしい。さて、困った。困ったが、もうひとり困惑している人がいて、彼女への説明の方が先だろう。
「あの、稲富君……どうして?」
高篠先輩である。彼女は、「どうしてわたしのために嘘を付くの?」と問うている。
「俺が原因だからです。あの時、俺が声をかけなければ、先輩はあの手紙を慌てて隠す必要もなかったはずです」
すると高篠先輩は肩を震わせて、一瞬だけ傷付いたふうな悲しげな眼をした。「手紙」という言葉に、色々と思い出してしまったのだろう。
小寺先輩は、高篠先輩と聡介を見比べて首を捻っていた。
「どういうことなの?」
「こっちの話は、聞かないであげてください」
聡介に言われ小寺先輩は、泣き腫らして赤くなった目に溜まった、高篠先輩の涙を見て、諦めたように肩をすくめてはため息をついた。
「とりあえず、夏純が泣いている事情は、何となく分かった気がする。だから、まあ聞かない。でも、稲富君が嘘を付く理由が分からない」
聡介は苦笑した。
「嘘じゃないですよ。俺が返却ボックスを開けて本を戻したんです。以後、気を付けますから」
聡介が彼女の目を見て言うと、小寺先輩は根負けしたふうに視線を逸らした。
「意外に強情よね」
ため息が漏れた。呆れているようだ。
「あの、茉莉」
遠慮がちに高篠先輩が声をかける。すると小寺先輩は何をか察した様子で、小さく頷いた。労わるような視線の後に、彼女はいたずらっぽく微笑んでみせる。
「さて、幽霊の正体も分かったし、わたしはもう行くわ。図書室は閉館だけど、夏純、戸締りをお願いね。稲富君も、夏純のこと頼んだわよ。あと、これ以上に泣かすんじゃないわよ」
さて、どうだろう。聡介には、約束したところでそれを守れる自信がない。
「善処します」
「男の子なんだから、任せろ、くらい言ってくれなきゃ」
聡介は肩をすくめる。
「任せてください」
「不安になる『任せろ』ね」
失笑した小寺先輩は、聡介に図書室の鍵を預けて扉の方へ歩いていく。出る直前に振り返って、
「本当に、稲富君に夏純のこと任せちゃいたいんだけど」
言葉を切って、かぶりを振る。「ごめん、今のは忘れて。稲富君にも、夏純にも失礼だったわ」
言って、もう一度だけ振り返ってから、小寺先輩は図書室を後にした。
扉一枚を隔てた向こうに喧騒を聞きながら、静かな図書室には聡介と高篠先輩だけが残る。
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