天ノ恋慕(改稿版)

ねこかもめ

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第4章 : 責務

異形の左手

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◇◇◇

 女性と話した場所から十分ほど歩くと、今度こそ真に生活の気配を感じなくなった。

 もはや岩場とすら呼べない、左右を岩盤の壁に囲われた渓谷だ。太古の時代から堆積する地層が綺麗なグラデーションを作っている。上までの高さはそれほどないが、落石には強く警戒する必要がある。

 そんな場所を進んでいた時のこと。

──つけられてる

上手くユウキの足音に重ねているが、岩壁に反響するそれは明らかにダブって聞こえた。

「…………っ!」

なるべく予備動作を見せず、突然剣を抜いて振り返る。

──?

 しかし彼の背後には誰もいない。左右は岩の壁であり、隠れる場所は見つけられなかった。

「……気のせい?」

 気張り過ぎていたのかと、ため息をつく。心を落ち着かせた事で、ふともう一つの選択肢が存在する事に気付いた。

「上?!」

咄嗟に防御態勢をとり、間一髪、ユウキを垂直に斬り裂かんとする斬撃は防がれた。

「ちっ、気付かれたか」

「お前は……あの時の!」

 以前、ウルスリーヴル近辺にて刃を交えた者。寒色系の装飾が入った鎧と月長石を身に付けた青年──月の巫女セレーネの遣い、ジュアンである。

「冥土の土産に教えてやるよ、ボクはジュアンだ」

「気持ちだけ貰っとくよ」

 不必要な贈り物を丁寧に断りつつ、ユウキの視線はジュアンの左腕へ。

「その腕……」

 ユウキが切り落としたはずのそこには、新しいものがついていた。しかし、どう見ても人間の体ではない。

「ああ、これか。素晴らしいだろ? セレーネ様から頂いたんだ」

 母指対向性の手である事に違いはないが、色が彼の肌とは大きく異なる。暗いのに輝いて見え、月長石のオーラと似ている。

 その中に、血管を思わせる赤黒い筋が通っており、脈打つ。何より不気味なのは小指側の手首から肘の方向へ向かって伸びるブレードのような突起である。

「そうまでして、なんでお前はセレーネって人に──」

「言ったろ? ボクとお前は同じだって」

「……?」

「まぁいいや。今度こそ、お前の旅はここで終わりだからな!」

 そう叫ぶジュアンの剣が月長石のオーラを帯びた。こうなれば戦う他あるまいと、ユウキもまた日の力を使う。

 二つの力がぶつかり合い、オーラは火花と化す。金属音は谷で反響し、周辺の物体と鼓膜を荒々しく刺激する。

「はぁ、はぁ、しつこいなユウキ!」

「そっちこそ!」

息があがったまま、ジュアンへ向けた垂直斬りを見舞う。

「遅い!」

──っ!

 しかしそれは右へ躱され、ユウキの腕には岩を叩いた衝撃が痺れとなって伝わる。

「サン・プロミ──」

「やらせるかよ!」

「なっ!?」

 剣から炎を独立させる攻撃手段。それに苦い思い出があったジュアンはユウキに急接近し、異形と化した左手で剣身を鷲掴みにして止めた。

「くっ……はあああああっ!」

掴まれた剣に再び日の力を宿し、振り上げんとする。

「ちっ」

 セレーネから与えられた腕は月長石の力そのものである為、ユウキが用いる炎に対しては普通の腕となんら変わりは無い。故に深追いせず、すぐユウキから離れた。

──来る!

 ジュアンの剣が振り上げられ、太陽の少年へと向かう。斜めに振り下ろそれた刃をバックステップで回避したユウキだが……。

──まずい、前回と逆の構図だ……!

 後ろへの勢いが残っており、態勢を整えるのに時間を要するユウキ。対してジュアンはすぐにでも追撃が可能だ。

「くらえ、お前の技だ!」

「ぼ、僕の……? ぐああああっ!」

 月の騎士が空を斬る。剣を覆っていた暗いオーラが独立し、ユウキを捉えた。

「はははっ、いい気味だな」

──な、なんだこれ?

──冷たい

──寂しい

 月長石の輝きに包まれた少年を支配したのは、痛みなどではなく、そんな不快感であった。別れ。喪失。悲しみ。挙げればキリがない程の負の感情が溢れ出す。

「どうだよ、セレーネ様のお力は?!」

 荒れた呼吸を戻しながら、嫌な微笑みと共に苦しむユウキへ近付く。

「く、くそ……!」

「残念だったな。仲間が一緒なら勝てたかもしれないのに」

「……う、動け、僕の身体……っ!」

「無駄だよ、もう抗えない。お前はここで一人、死んじまえ!」

 ジュアンのその言葉を最後に、ユウキの視界は真っ暗に。しかし妙な事に己の姿は見えていた。暗転したのではなく、ただ黒い空間に立っているのだと理解するまで数秒を要した。

「リオ……!?」

 数メートル先に立つ少女は、綺麗な巫女衣装に身を包み微笑む。

「ごめんよ、リオ。僕、勝てなかった」

彼女は何も言わず、ただ首を傾げる。

「やっぱりさ、僕は一人じゃ何も出来な──リオ?」

 ユウキの言葉を遮るように、目をつぶって首を横に振る。またしても言葉にはしないが、その動作は彼の言葉を明確に否定するものであった。

「……!」

 少女はユウキの両手をとって指を組ませ、自身の両手でそれを覆う。その瞬間、胸の日長石が今までに無いほど強く輝いた。

「そっか、僕は一人なんかじゃなかったね」

少女は頷く。

「君が託してくれた首飾りがある限り、僕は一人じゃない。ありがとう、リオ!」
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